340 策士に向いてない
晴天に恵まれたある日のこと。
友人同士、会話しながら動物の森を歩く。
「僕らが一緒に行ったら驚くかなぁ!」
「ふっと微笑むだけとみた!」
「そうかもね!」
「目に浮かぶよ!」
足取り軽く歩みを進める2人は、白猫の友人の住み家に辿り着いた。直ぐに家の角から顔を出したのは、ほっかむり猫状態のウォルト。本当にいつも外にいる。
競うように駆け出した。
「「ウォルト~!」」
微笑んで待ち受けるウォルトに向かって突き進む。予想した通りの表情。
「もらったぁ~!」
先にウォルトの胸に飛び込んだのはサマラだった。
「くっそぉ~!やっぱり獣人には勝てないや!」
遅れて抱きついて悔しがるのは音楽好きの友人ヨーキー。今日は2人揃って訪ねてきた。
★
サマラとヨーキーを優しく抱き留めたウォルト。
「2人とも、いらっしゃい」
「久しぶりに休みで遊びに来た!」
「約束通り一緒に来たんだ!」
「ありがとう。嬉しいよ。喉が渇いたろう?お茶を出すから中に入ろう」
住み家に入って冷たいお茶を淹れる。
「うまぁぁ~い!」
「美味しすぎるんだぁ~!」
大袈裟な反応に苦笑する。お茶がそんなに美味しいはずない。
「お代わりは?」
「「いる!」」
お代わりも飲み干した2人に訊く。
「今日は約束して来たの?」
「街でヨーキーが歌ってるとこに出くわして、今日は私が休みだから一緒に行くか!ってなった!」
「僕はいつも休みみたいなモノだからね!マードックも誘ったんだけど「行かねぇよ」って断られた。アイツは冷たい!友達やめた方がいいよ!」
相変わらずモノマネが上手いなぁ。マードックは基本的に誰ともつるまないのを知っているから、冷たいとかじゃない。
「ヨーキーは歌で食べていけてる?」
「なんとかね!大道芸人みたいだけど、投げ銭を貰えたりたまに舞台にも立ってるよ!」
「凄いなぁ」
「ヨーキーの歌は元気がもらえるような歌だからね。そこは私も認める」
「いやぁ!そうかなぁ~!」
「逆に言うと、元気の押し売り感が凄いけどね」
「サマラは一言多いんだよ!」
サマラとヨーキーは、昔と変わらず仲良さそう。見ていてほっこりする。
「そろそろ昼だけど、ご飯食べる?」
「「もちろん食べる!」」
作った料理を食べるご陽気コンビ。今日は、トゥミエの郷土料理ジゴクダキをアレンジして出してみよう。
「うんまぁぉぁぉ~!」
「美味しすぎて死ぬ!ウォルトは料理人にならなくちゃダメだぁ~!」
「大袈裟過ぎるって」
でも、2人が嘘を吐いてないのはわかるから、もの凄く照れくさい。
「「ごちそうさま!」」
「お粗末さま」
後片付けを終えて戻ってくると、ヨーキーにお願いされる。
「ウォルトにお願いがあるんだ」
「どうしたの?」
「昨夜、調弦してたらリュートの糸巻きが1本だけ割れちゃって。修理できたりするかな?」
「見せてもらっていい?」
「どうぞ」
リュートを受け取ると、確かに弦を張るペグが根元から折れている。
「直せるよ。張る用の弦はある?」
「あるよ!お願いしてもいいかな?」
「もちろん。むしろやりたい」
「ありがとう!」
抱きついてくるヨーキー。男同士なのに恥ずかしくないのかな?…と思っていたのもかなり昔のこと。
ヨーキーは小さな頃からなぜかボクにだけ抱きついてきた。他にも獣人は沢山いたのに。確認したことはないけど、モフモフ好きなのかもしれない。サマラが声を上げる。
「こらっ!ヨーキー!」
「なにさ?」
「大人しく座って待ってなよ!ウォルトが作業できないでしょ!」
「むぅ~!いいじゃないか!僕はたまにしか会えないんだ!ウォルトもそう思うよね!」
くりっとした大きな目で見つめてくる。
「会いに来てくれるのは凄く嬉しいよ」
「ほらぁ!」
「でも、直ぐに作業したくてウズウズしてるでしょ?」
「そうだね。ヨーキー、いいかい?」
「お願いします!どうやって修理するか見てていい?」
「面白くないけどいいの?」
「「いい!」」
揃って作業机に移動する。そこで、横に置かれた足踏み式の織り機を見たサマラが驚いた顔。
「コレって、織り機だよね…?」
「最近、生地も織ってるんだ」
「ウォルトはなんでもできるなぁ!すごいや!」
「そんなことないよ。じゃあ、修理を始めるよ」
リュートの弦を外して折れてしまったペグを取り除こうとしたけど、穴にがっちり詰まってる。
「欠片が差し込み部分に残ってるんだ。工具を当てる隙間もなくて。修理屋なら持ってるんだろうけど」
「大丈夫。心配ないよ」
指先をペグの折れ残った部分に当てると、押し出されるようにポン!と抜けた。
「今のどうやったの?!」
「指先から魔法を弱く撃ち出した。この部分は腐ってもないし、後で使えるから取っておいて指で掴む部分を作るよ」
家にある木材を削り出してペグを作る。丁寧に削り、ヤスリがけしながら寸分違わぬモノを作り上げた。
「あとは…」
弦を通す穴を綺麗に空けたい。よさげな太さのネジ回しを手に取る。
「ヨーキー。作ったペグを指で挟んで持っててくれる?」
「こう?」
「少しだけそのままで」
ネジ回しの先を木材に当てると、抵抗なくゆっくり先が沈んでやがて貫通した。
「よし。大きさの微調整をしよう」
「びっくりしたよ…。手品みたいだ…。今のも魔法…?」
「『貫通』の魔法なんだ」
作った部分と差し込み口に残っていた欠片を『同化接着』したあと、再度差し込み口に嵌め込んで、ガタつきや動きを細かくチェックして作業は終了。
「大丈夫だと思う。弦を張って鳴らしてみて」
サマラとヨーキーに目をやると、ポカンとしている。
「どうかした?」
「いや…。ウォルトが器用なのは知ってたけどさ…」
「職人みたいだなぁと思って…」
「モノづくりが好きなだけだよ。職人の足元にも及ばない」
コンゴウさんやファムさん達ドワーフを知っているから、恐れ多くて器用なんて言えない。リュートを手渡してヨーキーに弦を張ってもらう。
「僕は調弦が得意じゃないんだ。結構適当なんだよね」
「音程も『大体このくらい』っていうノリってことか!ヨーキーらしい!」
「その通りだけど、サマラに言われると腹立つぅ~!」
「ボクが調弦しようか?」
「できるの?!」
「多分。各弦の音程を教えてくれる?」
「えっと、コレがEで…コレはDで…」
弦を弾いて、ペグを回しながら音を合わせていく。微調整すること数分。ジャーンと全ての弦を弾き鳴らした。
「言われた通りなら間違いないと思う。緩まなければ」
2人はまたポカンとしてる。
「どうしたの?もしかして、音が違った?」
『知ったかぶったかニャ~?』とか言いそうな顔で照れてしまう。恥ずかしいな。
「僕も正確な音はわからないけど、合ってると思う。凄く綺麗に鳴ってるから」
「っていうか、ウォルトってホントなんでもできるね」
「ボクも聴覚には自信がある。音程を合わせるくらいならできるさ」
「普通の人にはできないんだ。調弦師がいるくらいだから」
「そんなことより、ちょっと弾いてみていいかな?」
「え…?」
「ウォルト、楽器も弾けるの?私も初めて聞いたけど」
サマラも初耳だろう。なぜなら…最近興味を持ったから。
「ヨーキーが弾いてるのを見て覚えただけなんだけど、弾けると思う」
「僕も聴きたい!」
「ありがとう」
そっと手を添えて、ゆっくりリュートを弾く。
「なんとか弾けたけど、やっぱり演奏は難しいね…って、どうしたの?」
リュートを弾き終えると、2人はまたまたポカンとしてる。
「いや…。この間、見たときに覚えたって言ったから、初めて弾いたってことだよね…?」
「そうだよ」
「充分上手いよ!私はびっくりした!」
「そうかな?ありがとう」
「器用とかいうレベルじゃないね!手も大きくて、僕用では弾き辛いはずなのに!」
「このくらいならボクでも弾けるんだ」
褒められて純粋に嬉しい。そして、今回の行動にはちゃんと狙いがある。
「うぅ~!僕も弾きたくなってきた!外で弾きながら歌ってみよう!」
「いいね!皆で歌おうよ♪」
ヨーキーとサマラはノリノリで外へ向かった。やっぱりこうなった。2人は幼馴染み。予想通りだ。ボクの…アピールが活きるはず!ヨーキー達を追って外に出て直ぐに声をかける。
「ヨーキー。サマラ」
「「どうしたの?」」
「ボクは、さっきみたいに簡単な曲ならリュートが弾ける。だから伴奏するよ」
我ながら完璧な作戦。ボクはリュートの素人。弾きながら歌うのは無理だ。でも、弾きながら音程を覚えたから楽譜がわかる曲なら弾ける。
歌が上手い2人に歌ってもらって、ボクは伴奏に専念して精一杯演奏するだけ。これなら歌わなくて済む。
「なに言ってんの?ダメに決まってるじゃん」
「そうだよ!伴奏はボクがするから、ウォルトも歌うんだよ!」
「えぇっ!?」
呆れた表情のご陽気幼馴染みコンビ。
「ヨーキー、私達も舐められたもんだね~」
「だね!狙いは最初からバレバレだよ?リュートを弾けるのは驚いたけど、僕らをバカにしてるとしか思えない!」
「バカにはしてないよ」
噓じゃないのに、なんでバレたんだろう?
「なんでバレた?って顔してるね。教えてあげようか?」
「知りたい」
「ウォルトは正直者だから、いつもと違うことをすると直ぐにおかしな行動だって気付く。さっきの演奏もそうだよ」
「普段のウォルトなら、好奇心で試しに弾くことはあっても、自分から弾けるアピールはしないよね。僕らを甘く見てる」
「なるほど…」
だから裏があると気付かれてしまった。歌いたくないんだな…と。そして、姑息なボクに裁きが下される。
「歌ってくれたらバカにしたの許すよ!」
「僕も賛成!多数決だから決まりだ!」
「3人で多数決はダメだよ…。ボクは歌が下手で、迷惑になるから歌いたくないんだ。勘弁してくれないか?」
「ダメだってば。大体、誰がウォルトに下手だって言ったの?」
「そうだよ!僕はソイツを許さない!」
「それは…」
しばし考え込む。言われたのはいつだったかなぁ…。…あれ?誰にも言われたことはない…のか…?
「ないかもしれない…」
「だよね!だって下手じゃないもん!」
「むしろ上手いよ!僕とサマラが保障する!」
胸を叩く2人は確かに嘘を吐いてない。2人の匂いはよく知ってる。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、自信がないんだ」
「ウォルト。僕は前にも言ったけど歌は心なんだ!上手いとか下手じゃないんだよ!」
「前にヨーキーと歌ったとき楽しかったんじゃないの?顔に書いてたよ?」
「それは…そうなんだけど…」
「じゃあ歌おう!ウォルトは歌が好きなんだよ!」
「私もそう思う!」
「そうかな…?いや、そうかもしれない」
下手だけど、歌うのは好きかもしれない。畑仕事をしてても、たまに口ずさむときがあったりする。
「よし!始めるよ!」
「ヨーキー、演奏は任せた!」
2人にのせられて、ヨーキーの伴奏に合わせて歌い出す。やっぱり恥ずかしいから目はしっかり瞑って。
サマラとヨーキーの姿は見えないけど、とても嬉しそうな匂いがしてる。