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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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339 3人目との邂逅

「ん?」


 森の住み家でのんびり畑仕事中のウォルトは、風に乗った友人の匂いを捉える。家の角から顔を覗かせると、チャチャが駆けてくる。会うのは1ヶ月ぶりくらい。


「チャチャ、久しぶりだね……えぇっ!?」

「兄ちゃ~~ん!」


 ペニー達のようにスピードを緩めることなく全速力で胸に飛び込んでくる。どうにか柔らかく受け止められてよかった。


 ローブに顔を埋めて猫吸いしているので、優しく頭を撫でると尻尾がクネクネ動く。


「ハグ!」

「はいはい」


 サマラやアニカ達もそうだけど、皆ハグが好きだなぁ。微笑んでそっと抱きしめる。久しぶりに会えてボクも嬉しい。


「チャチャ。元気だった?」

「元気だったよ」


 チャチャは顔を上げずに話す。


「ララちゃんやカズ達も?」

「元気だよ」

「そっか。とりあえずお茶する?」

「するけど、その前に…」


 パッと離れたチャチャは少し顔が赤い。


「兄ちゃん。私にモフらせて」


 意外な発言だけど快く了承する。微笑みながら屈むと、首に抱きついて頬擦りしてきた。やっぱりチャチャにモフられるのも心地いい。


「ふわふわで気持ちいい」

「そう?よかった」

「兄ちゃんはどう?」

「凄く心地いいよ」


 チャチャの頬にはほんの少し毛皮がある。そのせいかモフりモフられる感覚が新鮮だ。



 ★



 実は、チャチャがいきなりモフったのには理由がある。


 久しぶりの再会というのも当然あるけど、3日前に白猫同盟に参加していた。『久々に集まろう!』とお誘いの手紙が来たのだ。

 お姉ちゃんズは「ちょっと遅くなったけど」と、誕生日と成人のお祝いにお酒込みで食事を奢ってくれて、お金を出し合ってプレゼントまで準備してくれていた。私は嬉しくて不覚にもちょっと泣いてしまった。


 楽しく食事しながら、「惚けたウォルトが自分を人にモフらせて、その人が他人かどうか判別していた」という謎情報を入手したけど意味不明だった。

 サマラさん曰く、「他人かどうかを判別してるんじゃなくて、自分が好きだと思う人と触れあいたかっただけなんだよ!それっぽい理由を取って付けただけ」らしい。珍しく友達カップルの熱にあてられたんだと。


 サマラさんやウイカさん、アニカさんだけでなく、オーレンさんも標的になって困っていたと聞いた。兄ちゃんらしいけど見境なさすぎ。

 私も直ぐに会いに行けたらよかったんだけど、モフれたからよしとしよう。皆と同じ評価はゲットできた。


「アオサイもありがとう。サイズもピッタリだったし、成人祝も無事に終わったよ。見せてくれた火花の魔法も凄く綺麗だった」


 祝いの席でプレゼントにもらったアオサイを着たら村の皆に驚かれた。村の女の子達が、「私の時に貸してほしい!」と言ってくれて嬉しかったし、是非大事に着てもらいたい。


「楽しんでもらえたかな?」

「カズ達がしばらく大興奮だった。魔法についてしつこく訊かれて本当に困ったよ」

「なんて答えたの?」

「兄ちゃんの友達がお祝いに魔法を見せてくれたって言っておいた。噓は吐きたくなかったけど」

「納得してくれた?」

「なんとかね」


 久々の抱擁はしばらく続いたけど、ゆっくりお茶を飲みながら話すことに。変わらず照れ屋な兄ちゃんにホッとする。



 新作の花茶を頂く。


「はぁ…。美味しい…」

「家のことは少し落ち着いた?」

「うん。カズ達もララの世話ができるようになって可愛がってる。兄ちゃんの作った弓で皆で狩りにも行ってきた」

「楽しそうだね」

「カズ達も協力して1匹仕留めてたよ。でも、まだこれからだね」

「凄いなぁ。あの小さな弓で仕留めたのか」

「狩りは弓の大きさじゃないよ。大きい方が威力は高いけど」


 兄ちゃんが作ってくれた弓は、ただサイズが小さいだけで立派な弓。幼い頃からあの弓で狩りをすれば間違いなく腕は上がる。

 私が自分の弓を持ったのは、去年兄ちゃんに出会ったあと。狩りを手伝いたい私の気持ちを汲んで父さんが買ってくれた。だから、早くから自分の弓を持てるのは羨ましい。このままいくとサンが1番の狩人になるかも。


 弟達は、毎日の手入れも欠かさず大事に扱ってる。自分達も狩りの見習いを始めたからか、父さんや私の苦労に気付いたみたいで家の手伝いも進んでやるようになった。


 兄ちゃんには感謝しかない。そうだ。ついでに言っておこう。


「兄ちゃん」

「なに?」

「私、成人したから番えるようになったからね」

「知ってるよ。急にどうしたの?」

「言ってみただけ!」


 カネルラでは15歳の成人を期に婚姻関係を結ぶことが可能になる。…といっても、証明も申請もいらないんだけど。

 式を挙げたり宴を開いて、皆に周知してもらうことで晴れて番となる。式といっても形式張ってなくて食事会のように簡素で構わない。たった1人でも祝福を受けることが大事。


 鈍さがカネルラ有数の兄ちゃんに少しでも意識してもらわないといけないから、ちゃんと言っておこうと思った。もう子供じゃないって。


「あとね。今度、家族みんなで遊びに来ていいかな?父さんもお礼が言いたいんだって」

「構わないけど、なんのお礼?なにもしてないけど」

「いろいろだよ。薬とか弓とかね」


 父さんは「病気も治してもらって、子供達に弓までもらった。お礼を言わなきゃならない」って言ってたけど遅すぎる。恩を忘れないでお馴染みの獣人らしくない。

 私が兄ちゃんを好きなことに気付いてて、複雑な心境みたいって母さんが言ってたけど、それとこれとは話が別。何度か会いに行くように促したのに、「まだ時期じゃない」の一点張り。なんとなくこうなるのが予想できてたから早く行けばいいのにと思ってた。


 兄ちゃんは無意識で非常識な行動をする。どんどん恩が積み重なるんじゃないかって。


「お礼はいらないけど、皆で来るなら沢山料理を作れる。楽しみだなぁ」

「そんなの兄ちゃんだけだけどね」

「料理好きは誰でも同じだよ」

「今度、兄ちゃんのお袋の味を食べさせてくれない?」


 アニカさん達から、誕生日に兄ちゃんの実家に行ったことを聞いた。母親のミーナさんが凄く優しくしてくれて、鈍い兄ちゃんに私達のことを大事にしろと啖呵を切ってくれたらしい。大切な人の中でも特に大事にしろと。その気持ちが凄く嬉しかったと言ってた。

 同盟のことを説明したら、皆を応援するし私にも会いたいと言ってくれたみたい。「住み家に会いに行く!」と。私も会って話してみたいなぁ。


「ミーナさんは凄く面白い人だよ。ウォルトとは全然似てない」とはサマラさんの弁。なんと、兄ちゃんが腹を殴られて悶絶したらしい。見てみたかった。そんなミーナさんが作るお袋の味を知っておきたい。


「お袋の味だと…カーユになるけどいいかな?」

「なんでカーユ?」

「母さんが唯一作れる料理がカーユなんだ」

「それでもいいよ」

「じゃあ、チャチャの食欲がないときに作ろうか」


 …と、玄関のドアがノックされる。兄ちゃんが向かうと知らない声が聞こえた。


「遊びに来たよ!」

「いらっしゃい…」

「なんで嫌そうなのよ!」

「嫌じゃないよ」


 気になってコソッと玄関を覗くと、小さな三毛猫の獣人がいて目が合った。


「もしかしてチャチャ!?」

「は、はい。チャチャです」


 素早く兄ちゃんの横をすり抜けて、笑顔で私の前に立つ。


「アタシはミーナ!ウォルトの母親だよ!」

「初めまして。すぐわかりました」

「勘がいいね!全然似てないのに!」

「私のイメージ通りだったので。ウイカさん達やサマラさんの言う通りで、若くて綺麗で驚きました」


 鼻息荒いミーナさんの耳が激しく動く。


「チャチャもすっごく可愛い!さすが4姉妹の末妹だ!」

「褒めてもらって嬉しいです」

「アニカ達にも言ったけど、チャチャも私の娘みたいなモノだからね!なんでも気兼ねなく話して!」


 ミーナさんの台詞に兄ちゃんは目を細めた。


「母さん…?初対面だよ…?」


 私が人見知りだと知っているからフォローしてくれてる。もしくは、距離感がおかしいと思ってるかも。


「そんなの関係ない!私達はもはや5姉妹なんだから!会う前から通じ合ってるの!」

「いつの間にっ!?母さんが長女ってことか…?さっきまで娘って言ってたのに」

「細かいことはいいからお茶!美味しい花茶ね!駆けてきたからキンキンに冷やして!」

「はいはい」

「ハイは1回!」


 兄ちゃんは溜息を吐いて台所へ向かった。初めて見る反応で面白い。ミーナさんは姿が見えなくなったことを確認して小声で話す。


「急に来てごめんね…。お邪魔じゃなかった…?」

「私もアニカさん達から話を聞いてミーナさんと話したかったんです」

「よかった!嬉しい!」


 本当に可愛い人だ。さっきのやり取りからして、きっと人の話を聞かないタイプだけどそこも可愛い。軽く自己紹介がてら話していると、兄ちゃんが戻ってきた。


「とりあえず、遠いところまでお疲れ様」

「ありがと!」


 喉を鳴らしながら豪快に一息で飲み干す。


「ぷっはぁ~!美味い!じゃ、ウォルトは駆けてきなよ!」

「は?」

「チャチャとゆっくり話したいから、2時間くらい森を駆けてきたらいいよ♪」

「別にいてもいいだろう?ボクもチャチャに会うのは久しぶりなんだ」

「う~ん…。アンタにはわからないかもしれないけど、世の中には女同士の話ってのがあるんだよ」

「そっか。じゃあ行ってくるよ」


 そんな理由でいいんだ…。思考が謎すぎる…。


「チャチャは2人きりで大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「母さん、変なこと…」

「言わないっつうの!さっさと行け!」


 兄ちゃんを見送ってミーナさんと話す。私のことは、ウイカさん達からある程度教えてもらったらしいけど、同盟のことを聞いて以降ずっと会いたくて我慢できずに来てしまったらしい。


「アニカ達に話を聞いたら会わずにいれなくて!今日はラッキーだった!」

「嬉しいです」

「ウォルトだけだったら追い返されるかもしれなかったからね!」

「そんなことないと思いますけど」


 お互いのことや兄ちゃんのことについて話す。兄ちゃんを好きなのはバレてるから気軽に話せて楽だ。


「バカ息子でゴメンね。皆をやきもきさせてばかりで」

「いえ。それが兄ちゃんです」

「私はね…皆がいい娘すぎてウォルトに腹が立つのよ!!賢いくせに異常に鈍感てどういうことよっ!」


 アニカさん達も言ってたけど、ミーナさんが言うとスカッとする。気持ちを代弁してくれていて、それでいて貶したり文句を言ってるワケじゃない。単なる事実を強く述べているだけ。


「でも、兄ちゃんがグイグイくるタイプだったら変な感じになると思います。今年の誕生日にキザ猫になったんですけど」

「ウォルトがキザ猫に?!どういうこと!?」

「お酒を飲んだあと、皆でドキドキさせようと思ってサマラさんが選んでくれた服を着たらおかしくなっちゃったんです。「みんな可愛いな」とか堂々と言ってました。正直気味が悪かったです」


 私は兄ちゃんのことが好きだけど、あの状態の兄ちゃんは嫌いだ。ぶん殴りたくなる。


「あははははっ!刺激が強過ぎておかしくなったんだね!普通なら言われて嬉しいのに!」

「全員怪訝な顔してました。あんなに嬉しくない「可愛いな」は二度とないかもです」

「あははははっ!おかしい!」


 その後も話は途切れず、兄ちゃんの子供時代の話も聞けたりして楽しい。


「ねぇ、チャチャ」

「なんでしょう?」

「白猫同盟は、仲良しだけどライバルでもあるんでしょ?」

「はい。サマラさん達に負けたくないです」

「そっか。アニカとウイカにも言ったんだけど、誰が勝っても負けても…たとえ全員負けたとしてもアタシは仲良くしていきたい!よろしくね!」


 気持ちが嬉しいな。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「誰にも肩入れできないけど、代わりにウォルトに気合い入れる役はできるから!いつでも言ってね!」


 一番重要な役割かもしれない。凄く助かる。


「それと、ないと思うけどウォルトに酷いことされたり言われたらすぐ教えて!親の責任で成敗するから!」

「その時はお願いします」


 どう成敗されるのか気になる。


「もの凄い猫パンチを食らわせるから!」


 思った以上に直球だった。


「ふふっ。見たいです」

「そうだ!チャチャに1つだけアドバイスしていい?」

「なんでしょうか?」

「兄ちゃんって呼ぶのはやめた方がいいよ。いつまでも妹みたいに思われるかも」

「そうなんです……けど、出会ったときからの呼び方で、いきなり変えるのが恥ずかしくて…」


 ミーナさんの言う通りでずっと考えてた。でも、どのタイミングで呼び方を変えたらいいのか…。


「焦らなくていいの!でも、おもいきりも大事だよ!」

「はい。努力します」


 ミーナさんはいい人だ。私達を応援してくれてるから言ってくれてる。楽しく話していると、兄ちゃんが帰ってきた。駆けてきて疲れたろうに満足そう。


「ただいま」

「おかえり!チャチャと話して満足したから帰るね!」

「ボクとは話さなくていいの?」

「どうしよっかなぁ~。そんなにアタシと話したいのぉ~?」

「別に」


 ミーナさんは跳び上がってポカッと拳骨を食らわせた。兄ちゃんが殴られてるのを初めて見た。


「いてて…。すぐ殴るのよくないよ」

「やかましい!アンタを見てると母さんの気持ちがわかるよ!」

「ばあちゃんは殴ったりしないよ」

「めちゃくちゃするわ!」


 おばあさんはどんな人なんだろう?気になる。「いつでも遊びにきなさいね!」と言い残して、ミーナさんは帰路についた。

 魔物や獣に絡まれても逃げ切れるくらい駆けるのが速いから、兄ちゃんも心配してないみたい。


 姿が見えなくなって、肩を並べて見送ったあとポツリとこぼす。


「相変わらず嵐のようだった…」

「ミーナさんは優しいお母さんだね」


 きっと私が兄ちゃんとゆっくり話してほしくて直ぐに帰ったんだと思う。そんな気遣いも嬉しい。


「そうだね」

「ストレイさんにも会いたいから、今度遊びに連れて行ってほしいな」

「いつでもいいよ」

「ウイカさんとアニカさんを運んだ方法でも?」

「もちろんいいよ」


 アニカさん達から聞いた。とにかく最高だったと。サマラさんは「私は一緒に駆けたい派だけど、気持ちはわからなくもない!」と笑ってた。私もそうなんだけど一度は体験してみたい。 

 それから門限まで兄ちゃんとゆっくり話して帰路についた。今日の修練は遠慮しておく。



 帰りに森を駆けながら思う。成人した私の当面の目標は、兄ちゃんの番になることじゃなくて門限を撤廃してもらうことだ。

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