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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
338/706

338 長年のモヤモヤ

「今回も修理をお願いしたいんだ」

 

 調味料の納品でウォルトの住み家を訪ねたナバロは、古い掛け時計を差し出す。


「年季の入った時計ですね」

「亡くなった親御さんとの思い出の品らしいんだ。直せそうかな?」

「分解して確認してみます。丁寧に扱いますので」

「心配してないよ」


 なぜなら、ウォルト君は腕のいい職人だから。懐中時計の修理をお願いして以降、定期的に修理を依頼してる。どんな方法なのか不明だけど、機械修理や溶接から木を接ぐことまでなんでもできる。


 織物や精錬など、教えてくれる師匠がいることは聞いたけれど、彼はこれまで頼んだモノを直せなかったことがない。さらに仕事が迅速で丁寧。僕の知る最高の修理屋。

 依頼者には内緒にする約束だけど、報酬の他に感謝の品を渡されたときはちゃんと説明して気持ちと共に届けてる。


「納品の対価は本当に生地だけでいいんですか?」

「もちろん。ウォルト君に織ってもらう生地は凄く好評なんだ」

「嬉しいです。薬も渡せますよ?」

「それだと貰いすぎだね。どうしても必要なときにお願いしていいかな?」

「わかりました」


 織り機を譲ってから何度か織ってもらった生地は、立派な作りに見事な刺繍や模様が入って女性に人気がある。注文通りに細かく織ってくれるから本当に凄い。

 発注も多いけれど、ウォルト君に報酬を渡す時は『これ以上は断固受け取らない』というラインがあるから大量には頼めない。その代わりと言ってはなんだけど、珍しいモノを見せたり渡すことにしてる。


「ちょっと珍しいモノを持ってきたよ」

「なんでしょう?」

「秘密箱っていうんだけど」

「知ってます。カラクリ仕掛けの木でできた箱ですよね?」

「そう。家の物置から出てきたけど、どうやっても開かないからいらないって譲ってもらってね。預けるから好きなように扱っていいよ」


 両掌に載る程度の箱をそっと手渡す。


「初めて見ます。昔は金庫代わりだったんですよね」

「そうらしいね。今では工芸品みたいになってしまってるけど、人の知恵を感じる。作れる職人も今ではほとんどいないらしい」

「中を調べてみたいです。本当に預かっていいんですか?」

「もちろん。ただ、ボクも開け方を知らないんだ。それでも大丈夫?」

「構いません。お礼に好きなだけ薬を持っていって下さい」

「じゃあ、1つ貰うよ」

「ダメです。こんな珍しいモノを預けてもらうんですから。最低でも3種類は持って帰って下さい」

「そうさせてもらうよ」


 友人の強い知識欲に苦笑しながら薬を選び終えると、笑顔で帰路についた。



 ★



 外で見送ったウォルトは、直ぐに箱の解析にとりかかる。まだ時間は昼下がり。ワクワクが止まらない。


 接ぎ木して作られた箱は、ぱっと見ではどこが開くのか予想できない。蓋式なのか引き出し式なのかすら判別できなくて、本当に普通のの木箱に見える。


「凄いなぁ。木工技術が半端じゃない」


 相当腕のいい大工か職人の作だと思う。寄木細工なのに、ほぼ隙間もなく見事な仕上がり。ここまで細かい作業はコンゴウさん達でも難しいはず。そもそも、ドワーフは指が太いので指先で行う精密な作業には向いてないらしい。


「どこから手を付ければいいのかな?」


 取っ掛かりを探すも中々見つからない。丁寧に探していると、一辺が微かにズレた。まずこの部分から始めるとみた。


「次は…?」


 反対の辺が少しだけ動く。その次は横…といった具合に少しずつ動かしてみる。幾つものパターンを繰り返して、ちょっとずつ前進している感触がある。

 見えない引っ掛かりを解除するパターンもあったりして、唸りながら着実にゴールへと向かう。微かな音の違いを聞き分けたりするのは得意だ。


「楽しいな。複雑な知恵の輪みたいだ」


 食事も忘れて秘密箱の解錠に励む。



 

「よし。開いた」


 箱を開けた時、外はすっかり陽が暮れ始めていた。結局箱を開けるには50以上の手順を踏む必要があった。

 正解に辿り着くと、使い手のことを考えた複雑すぎず簡単すぎない理屈だと気付く。解錠方法を忘れないギリギリのラインをついて考案されている。


「面白かったなぁ……ん?」


 開いた箱の底に見えるのは古い封筒。傾けたりしても音や重さを感じなかったのは、貼り付けられているから。

 持ち主の大事な手紙かな。破らないようそっと剥がして箱をナバロさんに返すときに渡すことにする。


『診断』


 その後は逆順で再び組み立てたあと、魔法で内部の動きを確認しながら開けていく。見事な細工と仕掛けに心を躍らせながら、秘密箱を隅から隅まで存分に堪能して古時計の修理にとりかかった。



 ★



 次の日。


 商会で仕事に勤しんでいたナバロは、店番をしているヤコに呼ばれた。ウォルト君が箱と修理した古時計を返却するタメに訪ねてきてくれたと言う。


「遠いところまですまないね」

「遠くはないです。秘密箱と時計をお返しに来ました」

「…ということは、もう開けたのかい?」

「はい。凄くいいものを見せてもらいました。ナバロさんにコレを」


 1枚の紙を手渡される。目を通すと箱の開け方が記されていた。


「開ける手順書です。せっかくの秘密箱を使わないともったいないので。ちょっと手順が多いんですけど」

「君は……ホントに……」


 どうやったら、壊さずにこんな立体的な図を描けるんだ?ほぼ設計図だ。腕のいい職人なら見ながら箱を作れるんじゃないか?毎度信じられないことをやってのけるウォルト君は、素知らぬ顔で唯々笑うだけ。


「それと、箱の中に手紙が入っていました。持ち主に返して頂けますか?」

「預かるよ」

「時計も修理は終わってます。部品が劣化して破損してたので修理しておきました。整備して油も差したのでしばらく大丈夫だと思います」

「なにからなにまでありがとう」

「またなにかあれば是非やらせて下さい。修理は勉強になります」


 笑顔のウォルト君を見て、ずっと胸に秘めていたことを確認することを決める。


 薄々勘付いていながら深く聞けなかったけど、最近では確信に近い。いつか確かめなければと思っていた。答えてくれるかな…。


「帰る前に、1つだけ訊いていいかな?」

「ボクに答えられることなら」


 周囲に人の気配がないことを確認して、静かに尋ねた。


「ウォルト君は、普通の獣人と違うことができるんじゃ?例えば……魔法が使えるとか…」


 ウォルト君はニャッと笑う。


「その通りです」


 やっぱりそうなのか。獣人の魔法使いは、過去も現在もいないと云われてる。けれど、彼の行動はそうでもしないと説明できないことばかりだ。

 何年も前からそうかもしれないと薄ら思い続けていた。けれど、常識ではあり得ないから突拍子もない話だと口に出せずにいた。


 でも、彼は種族関係なくボクの知人の中で飛び抜けて賢い。魔法を操ったとしても驚かない。一緒に住んでいた師匠とやらは、魔法の師匠なんじゃないかと推測していた。


「以前から気付いてる様だったのでハッキリお伝えしてませんでした。でも、いつか言わないといけないと思っていました」


 申し訳なさそうに笑う。


「全然構わないよ。知っても知らなくても僕らの関係は変わらない」

「これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ。ずっと黙っていて、森に住んでるということは他言無用だね?」

「できればお願いします」


 できればと言ってるけど、僕が吹聴するとウォルト君との縁は切れてしまう。なぜかそう思える。あの場所からいなくなるかもしれない。そんな予感があるからこの推測を誰とも共有したことはない。

 なにより、内緒にしているのは森に住む理由の1つかもしれない。彼が本気になればどんな商売だってできる。なのに、世間と隔離された場所で静かに生きているのにはきっと理由があるんだ。


「スッキリしたよ。早く訊いておけばよかった」

「ボクもです。伝えなくてすみません」

「誰にでも口に出したくないことはあるよ」

「そう言ってもらえると助かります」

「僕は商人だけど、君をタダの客だと思ってない。長く付き合っていきたい友人だと思ってるんだ」

「ボクもです」


 互いに笑う。


「また住み家に行くよ」

「お待ちしてます」


 これからもゆっくりでいいからウォルト君と話して、少しずつ知っていこう。彼の友人の1人として。


 あと、依頼主に手紙を出しておこうか。



 ★



 数日後。


 ナバロはフクーベの喫茶店で秘密箱を譲ってくれた男と会う約束をとりつけた。男が時間通りに到着すると、ナバロは既に席についている。


「秘密箱から手紙が出てきたのでお返しします」

「すまん、ありがとう」

「いえ。僕が開けたワケではないので」

「知り合いの職人か?」

「そんなところです。それと、こちらもどうぞ」

「…手順書?」


 緻密に箱の内部が描かれている。信じられん…。


「開けた人が親切に作ってくれました。秘密箱を使わないのはもったいないと。なので、箱もお返しします。傷1つ付いてないはずです」

「そうか」

「用件はそれだけです。では」

「ナバロ」

「なんでしょう?」

「その職人に礼を言いたいんだが、会えたりするか?」


 ナバロは苦笑いを浮かべた。


「依頼人には内緒にする約束なんです。すみません」

「お礼の品を渡したりは?」

「可能です。信用してもらえるなら僕が責任を持って渡します」

「そうか。今度渡すかもしれない」

「無理はしないで下さい。報酬は僕から渡してます」

「おそらく、以前の懐中時計も同じ職人が直したんだろう?」

「それも内緒です」

「そうか」


 ナバロが去ったあと、遠縁にあたるベルマーレ商会の執事フランクは、冷めてしまったカフィを口に含む。


 フクーベのカフィは少々苦味が強い。俺の好みではないな。件の職人は、ナバロの知り合いということで間違いないか。渡された手順書と秘密箱を眺める。

 どうやってこんなモノを描いた?分解しなければ、内部構造は詳細に描けないはず。だが、どう見ても破壊した痕跡はない。内部を探るような魔法を使えるというのなら可能だろうが。

 そうだとしても、ここまで精密な図を描くのは並大抵の画力ではない。まるで写真のようだ。頼んでもいないことまでこなす親切さにも驚く。


 この職人は、懐中時計の修理を請け負った職人と同一人物に違いない。相手はあのベルマーレ様の興味を引く者。確かに謎だらけで興味が尽きない。

 この秘密箱は、ベルマーレ様から「先代の形見だが遊び道具にしかならない。開け方も知らない」と見せて頂いたモノだ。「お前にやるから好きにしろ」と言われたので、丁重にお預かりして個人的にナバロに渡すとどうなるか試したかっただけ。


 まさか懇切丁寧に返されるとは思わなかった。おそらく俺がナバロに渡すことをベルマーレ様は予想していただろう。

 とりあえず早急に報告しなければな。王都へとんぼ返りするか。大した報告はできはしないが。



 フランクが事情を説明して、ベルマーレに手紙を渡すと、開かれた便箋には『面白かったろう!』と先代の筆跡で書かれていた。

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