337 強い味方ができた!
実家へ向かう帰り道でウォルトは姉妹に確認する。
「そろそろフクーベに帰る?誕生日なのに絡まれたりして大変だったろう」
「全然大丈夫です」
「すっごく楽しいですし、絡まれるのはフクーベの方が多いです!」
「それに、まだやり残したことがあって」
「ストレイさんに会いたいです!」
なるほど。
「ボクも2人を紹介したい。そろそろ帰ってくると思うよ」
「ちょっと緊張します」
「大丈夫だよ。母さんに比べると100倍常識のある獣人だからね」
「ミーナさんも非常識な感じはしなかったですよ?」
「凄く普通の人だよね!」
「………」
もしかして…ボクの感覚がおかしいのか…?実家に着くと母さんが出迎えてくれた。
「3人ともお帰り♪」
「「「ただいま」」」
「そろそろストレイも帰ってくるよ。ふふっ」
母さんは、なぜか『見物だニャ!』とでも言いそうな顔で笑う。凄く嫌な予感がするけど…なんでだ?
父さんが帰宅するまであと少し。皆でのんびり会話しながら待って、帰ってきたら夕食を準備する流れに。
「リカントとランに会えた?」
「会えました」
「凄く似てました!」
「逆だけど似てるでしょ!2人は気付いたかな?ランはあぁ見えて露出狂なところがあるからね!」
「えぇっ!?そうなんですか?!」
反応せずに黙ってお茶をすする。
「見せたいのは裸じゃなくて筋肉なんだけど。私はうんざりするくらい見た。女なのに直ぐ脱ごうとするなんておかしいでしょ!」
「確かに大胆すぎます」
「1歩間違えば露出狂ですね!」
どの口が言っているんだ…?でも、ボクはツッコまない。
「リカントは、あぁ見えてラン一筋なんだよ。基本チャラいけどいい奴だしね!」
「話しても真面目そうでした」
「ランを怒らせると洒落にならないからね~!この町には止められる人がいないかも!」
「凄く強そうでした!」
「でもね~、リカントには結構デレるんだよ!ニシシ!」
「「へぇ~!」」
個人情報がダダ漏れだ。大事なことは口止めしとかないと。
「ストレイ遅いね~。まだかなぁ~?」
待ちくたびれた声に反応するように、玄関のドアが開いた音がする。母さんは耳をピンと立てて玄関に向かう。
「ストレイ!おかえり♪」
「む…。ただいま…」
ボクらも、父さんを出迎えようとゆっくり玄関に向かう。
「父さん、おか……えぇっ!」
まさかの…両親がキスをしている場面に出くわす。あまりの衝撃にフラついた。
「「ウォルトさん?!大丈夫ですか?!」」
声に反応して目を開けた父さんは、ボクらの存在に気付くと顔を赤く染めてフラつく。そして、母さんが勝ち誇ったように笑った。
男ならこれくらいやりなさいよ!と言わんばかりに。
「父さん…。久しぶりだね…」
「ん…」
なんとか落ち着きを取り戻して、父さんにお茶を淹れる。いつもと違って互いに余所余所しい。並んで座るボクらに向かって、事の元凶が声を上げた。
「アンタ達はなんなの!?親子なのに、付き合いたてのカップルみたいに緊張しちゃってさ!」
「なんでもないよ」
「別に…」
「じゃあ、なんでそんなにカチカチなのよ!」
「母さんのせいだろ!」と、声を大にして言いたいけど、父さんも片棒を担いでる。身勝手な三毛猫母さんは「じゃあ、ストレイも共犯だ!」と騒ぎ立てるだろう。それはさすがに可哀想だ。
確かにおかしなことはなにもしてない。ただ夫婦仲がいいだけのこと。頭では理解してるんだけど、ここ数年で最も衝撃的な光景だった。
この間は気配を察してばあちゃんに会いにいったけど、今日は完全に頭から抜け落ちてた。まさかウイカやアニカの前でも堂々とやるなんて。昔はしてなかったような気がするけど、ボクが気付いてなかっただけなのか?
「ストレイ!息子が帰ってきて嬉しくないの?!」
「そんなことはない…」
息子だからわかる。誰かさんと違って父さんは照れ屋なんだ。何十年も一緒にいて知らないはずがない。あえて無視してるのか?
「ストレイさん、初めまして。ウイカといいます」
「初めまして!私はアニカです!」
「私達は姉妹でウォルトさんの友達です」
「今日はフクーベからトゥミエに連れてきてもらいました!」
ウイカ達がいつもと変わらない様子で自己紹介してくれて、雰囲気が一気に明るくなる。空気を読むってこういうことかな。
「俺は…ストレイ…。ウォルトの…父だ…。よろしく…」
父さんが微笑むとウイカ達がフラっとする。どうしたんだろう?
「ミーナさん…。予想以上に破壊力が…」
「これは…いかんですね…!」
「でしょ!2人はよく似てるからね!」
コソコソ話してる女性陣。丸聞こえだけど。似てるってなんだ?父さんも小首を傾げてる。ボクらは親子だし、同じく猫顔だから似てると思う。体型と毛色が違うだけで。サバトじいちゃんも猫顔だった。
「ウォルト!晩ご飯お願い!食べながらゆっくり話そう!」
「わかった。父さんは食べれる?」
「大丈夫だ…」
「「私達も手伝います!」」
「今日は大丈夫だよ。ゆっくり話してて」
調理のために台所に向かう。
★
お姉ちゃんと私は、ストレイさんにまずお詫びする。
「急に訪ねて来てすみません!」
「お邪魔じゃなかったですか?」
「2人に会えて…嬉しい…」
ストレイさんは表情も口調もとても優しい。やっぱりウォルトさんのお父さんだ!大っきくてふわふわしてる。
「2人はウォルトに魔法を習ってるんだってさ!」
「そうか…」
ウォルトさんと私達の関係について説明すると、優しい表情で耳を傾けてくれた。
「という感じで」
「めちゃくちゃお世話になってるんです!」
「ウォルトに…お世話されておくといい…」
「はい!お世話されます!」
『元気だニャ…』とか言いそうに微笑んでくれる。めっちゃいい人の雰囲気出てるなぁ。
「ところで、なんで帰ってくるの遅かったの?」
「帰り道で…獣人を…助けてた…。かなり殴られて…倒れてた…」
「へぇ~。ケンカなんて珍しくないけど、知ってる獣人?」
「若い…馬と鹿だったが…知らない…」
お姉ちゃんと顔を見合わせて申し訳ない表情を浮かべる。殴ったことに後悔はないけど、ストレイさんに迷惑をかけてしまった…。今度からは治癒院の前に捨て置くことにしよう!
急にミーナさんの耳がピン!と立つ。
「そうだ!ウイカもアニカも猫吸いしてみる?ストレイのモフモフは気持ちいいよ~!」
「おい…ミーナ…」
私達はニンマリ笑う。
「気持ちだけ頂きます」
「ストレイさんにもミーナさんにも悪いですし!」
私達はモフモフ好きだけど、モフりたいのはウォルトさんだから!それに、ミーナさんに申し訳ない。私がウォルトさんの番だったとして、他の人にモフられたら嫌だから!
「そっか~!さすがだね!」
ミーナさんがモフり始めると、ストレイさんは『困ったニャ…』と言わんばかりの顔をしてる。その表情を目にした私達は、心の中で涎を垂らした。
…すっごい似てるし、決して浮気ではない!お姉ちゃんも同意するはず!
「お待たせ。晩ご飯できたよ」
「待ってました!さあ、皆で食べよ~!」
並べ終えて皆で頂く。
「んん~!美味しいねっ!」
「美味いな…」
「「美味しいです!」」
「口に合ってよかった。甘味も準備してるよ」
「食べるぅ~!」
「母さんにはないよ」
「にゃにおぅ!?」
「噓だよ。ちゃんと母さんの分もある」
「もしなかったら、ランに来てもらって脱いでもらうところだったよ」
「ゴメン!ボクが悪かった!」
「「ふふっ!」」
ウォルトさんが冗句を言うのは珍しい。家族には軽口を叩くんだなぁ。いつか私達にも言ってくれると嬉しい。
★
ウイカとアニカは優しいな。
ボクと母さんのつまらない会話でも楽しそうに笑ってくれる。
「ゴメンね。下らない会話を聞かせて」
「下らなくないでしょうが!」
「凄く楽しいです」
「ウォルトさんの意外な一面を見たような気がします!」
「そうかな?」
「それにしても、アンタはストレイより料理上手くなったね」
父さんもコクリと頷く。
「そんなことない。父さんはボクの料理の師匠だ。まだまだ修行して追いつかないと」
「アンタはいつもそれだね。師匠とかばっか」
「本当だからね。いろんなことで師匠に恵まれてる」
「料理はストレイ?」
「そうだね。ビスコさんっていう凄い料理人もいる。狩りや釣り、精錬や織物にも師匠がいるんだ」
「へぇ~。アタシは?」
「え?」
「アタシはウォルトのなんの師匠?」
母さんがボクの師匠…?
「なんの師匠でもないけど」
「そんなワケないでしょ!15年も一緒に暮らしてたんだから、なにかあるでしょ!」
いきなり難解な問題を突きつけられたぞ…。『ニャんだろう…』と悩む白猫と『まずいニャ…』と内心動揺する茶猫。そして『ニャにかあるでしょ♪』と期待に胸を膨らませる三毛猫。
じっくり悩んだ末に弾き出した答えは…。
「やってはいけないことを身を以て教えてくれる師匠」
『だニャ!』と言わんばかりに笑ったけど、脳天に拳骨が落とされた。薄い舌をおもいきり嚙む。
「いててっ…」
「失礼なこと言うな!バカ息子!」
食事中なのにコミカルに怒る。安定の動き。
「ゴメンって言いたいけど、他には健康の師匠くらいしか思い付かないよ」
「あるじゃない!なんでそう言わないのよ!」
健康は、教わるとかじゃなくて遺伝だからなんだけど…。
「それはそうと、ウイカ達は泊まっていく?」
「いえ。ゆっくり休んだので明日からは冒険しようかと思ってます」
「今度ゆっくり泊まりに来てもいいですか!」
「もちろん!アンタ達はもう私の娘みたいなものだからね!」
大切な友人にそう言ってくれるのは嬉しいけれど。
「距離を詰めるの早すぎない?」
「黙らっしゃい!アタシに言わせれば、アンタはボケッとしてるからダメなんだよ!」
「ちょっとなに言ってるかわからない。ボクのなにがダメなんだ?」
「アンタにはハッキリ言わないといけないみたいね…。鈍いのも大概にしなさい!痛い目をみるよ!」
人の心の機微には疎いけど、他になにが鈍いっていうんだ?
「母さんには言われたくないなぁ」
「うるさい!だったらアンタは私に似たんだ!」
「そうかもしれないけど、そんなに怒らなくてもいいのに」
「怒らないと話を聞かない分からず屋だからだよ!もう怒られることもないでしょうが!」
「そうでもないよ。しょっちゅう怒られてる」
ボクはいろんな人に説教される。マイペースな頑固猫だという自覚があるから有り難い。
「はぁ…。とにかく周りをよく見なさい。人が離れていくよ」
ランさんと同じことを口にする。
「母さんがまともなことを言うなんて…」
「言わせておけば……もう許さん!ウイカ、アニカ!ウォルトはね、昔はおねしょばっかりしてて…」
「わあぁぁっ!いきなりなにを言い出すんだっ!?」
焦って止めようとするけど、母さんは止まらない。
「雷も怖がって、鳴ろうものならすかさず私のベッドに潜り込ん…もごもご…」
「ボクが悪かった!謝るから!」
慌てて口を押さえる。
「…ぶはっ!とにかくちゃんとしなさい!さーちゃんもアニカもウイカもチャチャも同じように大事にしなさぁ~い!」
「言われなくてもわかってる!皆、大切な人なんだ!」
「大切な人の中でも特に大事にしろ!昔の恥ずかしいことを全部バラすぞっ!」
「わかったって!」
「言質とったからね!忘れなさんなよ!」
ギャーギャー騒ぐ母さんを宥めながら、ウイカとアニカをチラッと見れば、なぜか満面の笑みを浮かべている。
「お世話になりました」
「また来ます!」
「いつでもいいよ!ウォルトは置いてきてもいいから!」
「絶対ボクも来る。なにを言われるかわかったモノじゃない。じゃあ、父さん、母さんありがとう」
「いつでも…帰ってこい…」
歩き出してすぐにお詫びする。
「騒がしいのに巻き込んじゃってゴメンね」
「凄く楽しかったです」
「最高の誕生日だったよね!」
「そう言ってもらえると助かるよ。帰るのが遅くなったけど」
「遅くなって問題ありますか?」
「2人の誕生日を祝いたい人は他にもいるのに、ボクが独占してしまったから」
「気にしないで下さい。嬉しかったです」
「来たのは私達の希望ですから!」
今年は2人の優しさに甘えよう。町の外に向かいながら一言断りを入れて、ハルケ先生達に挨拶だけと診療所に寄ってみると、タイミングよくハルケ先生が出てきた。心なしかゲッソリしてる。
「おっ…。ウォルトか…」
「先生。フクーベに戻ります」
「そうか。ミシャから聞いたよ…。アイツを治療してくれてありがとう。お前は…凄い男になったんだな」
ハルケ先生は嬉しそうに笑った。胸が温かくなる。
「魔法が使えるだけです。治癒師じゃないので、完璧に治せたとは言い切れません。でも、ミシャさんになにかあれば可能な限りまた治療します。今度は薬も併用して。いつでも呼んで下さい」
「その時は頼む」
いろんな魔法を習得した今だから治療できたと思う。もし、ミシャさんの症状が再発したとしても、直ぐに治療できるように治癒魔法の修練を続けよう。
…と、ミシャさんがドアの隙間から顔を出した。先生とは対照的に肌が艶々してる。
「あっ!ウォルト、帰るの?」
「はい。また来ます」
「気をつけて帰ってね!ハルケ!早く!」
「あ、あぁ…」
腕を引っぱられて先生は中に消えた。全身は見えなかったけど、明らかにミシャさんは服を着てなかったな…。とりあえず見なかったことにしよう。
トゥミエの外に出て一応確認してみる。
「帰りもボクが運ぼうか?」
「「お願いします♪」」
…よし。とにかく無心だ。男たるものジタバタしてはいけない。今度は抵抗することなく姉妹の身体を密着させる。煩悩は気合いで抑えこむ。
「ウォルトさん。もうハグは大丈夫です」
「かなり落ち着いたと思います!」
「そう?じゃあ、一気に行くよ」
帰路は駆けながら会話する。少し耐性が付いたのか、若干動揺も軽くなった。
「ウォルトさん。この体勢ドキドキしますか?」
「する。というか、しっぱなしだよ」
「そうですか!実は私達もですよ!」
「そうなの?!やめようか?!」
それなら他の方法を考える。
「「ダメです」」
「そっか。でも嬉しいよ」
「なにがですか?」
「ボクは男だって認識されてたんだね。てっきり猫の置物くらいに思われてるかと」
2人がドキドキするということは、恥ずかしいということ。
「「あはははは!」」
「なにか変なこと言った?」
「いえ」
「凄くウォルトさんらしいです!」
抱きつく力を強めた姉妹は、最高に楽しい誕生日を過ごした帰路でまた幸せを噛み締めた。