335 よく似てる
自室で黒歴史を知られて恥を晒した…とウォルトが落ち込んでいたけれど、ウイカとアニカは既に違うことを考えていた。
「ウォルトさん。トゥミエで、もう1つ行ってみたいところがあるんですけど」
「いいよ。どこ?」
「サマラさんの実家です!見てきましたって言いたいです!」
「なるほど。行ってみようか」
サマラと皆の話題になりそうだ。
「サマラさんの両親に会えたりしますか?」
「仕事が休みなら会えるかもしれない。とりあえず、行ってみようか」
「「はい!」」
母さんに出掛けることを告げて家を出た。サマラの実家はそう遠くない場所にある。
「ウォルトさんは、サマラさんの家によく遊びに行ってたんですか?」
「サマラの両親に嫌われてたから、あまり遊びに行ってないんだ」
「そうなんですか?!」
「ほとんどサマラが遊びに来てくれてたね」
「それじゃ…あまり行きたくないんじゃ…」
姉妹は申し訳なさげな顔をする。
「大丈夫だよ。別に獲って食われるワケじゃない。会えない可能性が高いしね」
「あの…なんでウォルトさんが嫌われるんですか…?」
「ボクは力が弱くていつも苛められてた。だけど、サマラは気にしなかった。両親からすれば、ボクに関わることでサマラが不利益を被ると思ったんじゃないかな」
サマラは、多分ボクと付き合うなと言われてたと思う。どこで厄介事に巻き込まれるかわからない子供と付き合わせたくない。親としては当然の判断。
面と向かって言われたことはないけど、サマラの両親に会うと、いつも不機嫌そうな匂いを嗅ぎ取った。
「それは…マードックさんもですか?」
「マードックはボクに対してなにもしないスタンスだった。苛めもしないし助けもしない」
「全てウォルトさん任せってことですか?」
「自分でなんとかしろってことだね。アイツは男の獣人で唯一普通に接してきた。同情も軽蔑もせずに。そんな奴だから今でも友達なんだ」
懐かしんでヒゲが動く。マードックは今もまったく変わってないな。
「嫌なことは嫌ってハッキリ言って下さいね。私達に気を使ってないですか?」
「使ってないよ。久しぶりに行ってみたいと思ってる。本音だよ」
「それならいいんですけど、私達は友達です!言いたいことは言って下さいね!」
「ありがとう」
アニカとウイカは優しい。マードック達の両親に会ったりしたら、嫌なことを言われやしないかと心配してくれてるんだろうけど、本当に嫌なことは嫌だと断る。
会いたいか会いたくないかで言えば、別に会いたくはない。でも、昔ほど嫌じゃない。小さな頃はサマラといつか番になりたい…なんて甘い希望を抱いてた。だから、マードック達の両親に会うのが辛かった。
きっと一生認めてもらえないだろうと、子供ながらにわかってたから。でも今は違う。サマラのことは好きだけど、番になれるなんて微塵も思ってない。あの頃の『好き』とは感情が違う。なにを言われても大抵のことは受け流せる。
それに、リオンさんのおかげで昔よりは強くなれてる自覚もあって幾分か堂々と話せそうだ。 マードックとサマラの両親は基本的に優しい獣人で、会うのが嫌なのはボクの方だと思う。
会話しながら辿り着いたのは、白を基調とした至って普通の家。玄関から少し離れた場所で立ち止まる。
「ココがサマラの実家だよ」
「なんというか、普通です!」
「無理して褒めなくていいと思うよ。獣人の家はシンプルな作りが多いんだ」
「そういえば、サマラさんの両親は容姿とか似てるんですか?」
「よく似てる。両親とも狼の獣人だしね」
「へぇ~!じゃあ、お母さんも凄い美人なんですね!」
「まぁ、似てるんだけど……」
説明しようとしたら、家の中から大きな声が聞こえた。
★
「ガハハハ!買い物に行ってくる!」
私とお姉ちゃんは聞き覚えのある声。
「ギルドで聞いたマードックさんの声にそっくりです!」
「確かにそうだね」
マードックさんと面識はないけど、ギルドで何度か目にしたことがあって、その度に兄妹に見えないと不思議に思ってる。できれば挨拶だけでもしておきたい。待ち構える私達の前で玄関のドアが開いた。
「「…えっ?!」」
驚いて目を丸くする。家を出てきたのは……女性服を着たマードックさんだった。はち切れんばかりの筋肉の鎧に、白いブラウスと空色のスカートを纏う。あまりの衝撃に声が出ない。
買い物用の可愛い編み籠をぶら下げて、こちらへ歩いてくる。ふと目が合った。
「誰だ…?」
「ランさん。お久しぶりです」
ウォルトさんが一歩前に出ると、ランさんは目を細めた。
「アンタ……ウォルトか?」
「はい」
「ちっとはデカくなったな!ガハハ!なんか用か?」
「友達と一緒に帰ってきました。この娘達はサマラの友達なので、一緒に訪ねてきたんです」
「サマラの友達ねぇ…」
ランさんはジロリと私達を見る。眼力が凄い。
「初めまして。ウイカと言います」
「初めまして。アニカです!」
「ランだ」
「「よろしくお願いします」」
「サマラは元気か?」
「はい!とても!」
「そうか。たまには帰ってこいバカ娘!って言っとけ!ガハハハ!」
豪快に笑うランさんに、気圧されてしまう。
「ラン、どうした?誰か来たのか?」
笑い声に反応するように家の中から姿を現したのは……男装したサマラさんのような美男子。少し年を取っているけれど、スラッとした身体つきのハンサムな獣人。一目でサマラさんの父親だとわかった。
そして、ウォルトさんが言った「よく似てる」はもちろん噓ではなく、『似てるけど性別は逆』なのだと気付いた。
正直、かなり予想外!
★
「リカント。この子達はサマラの友達なんだとさ」
「なに?サマラの?」
姉妹が再び自己紹介すると、リカントさんは優しく笑った。相変わらず笑顔がサマラと似ている。
「ウイカとアニカだな。俺はリカント。サマラの父親だ。それと…久しぶりだな、ウォルト」
少しだけ険しい顔をして、ボクに視線を向ける。
「お久しぶりです」
「少しは逞しくなったか?」
「多少は」
「マードックは元気か?」
「相変わらずです」
「たまには帰ってこい、と言っといてくれ」
「言っておきます」
ランさんが親指で家を指差す。
「せっかく来たんだ。アンタらは家で茶でも飲んでいけ。リカント、相手頼むわ。ウォルト、お前はちょっと面貸せ」
「おい…ラン…」
「わかりました。2人はココで少し待ってて」
「「わかりました!」」
ランさんの後を黙って付いて歩く。久しぶりに見るランさんの後ろ姿は、やっぱり大柄だ。さすがマードックの母親。熊のアイヤばあちゃんと同じくらい体格がいい。振り向かずに話しかけてくる。
「ウォルト。アンタは強くなったな」
「そうですか?」
「とぼけんな。けど、マードックとは違う。変な感じだ」
「変な感じ…」
直感なのか不明だけど、ボクの変化を感じているみたいだ。魔法が使えるようになったことには気付いてないと思うけど。
人気のない空き地まで歩いてきた。子供の頃、たまに遊んでいた場所。今はちょうど誰もいない。
「ちっと強引だけど、アンタが強くなったのを見せてもらおうか」
「なにをするんですか?」
「決まってんだろ。力比べだ。獣人が他にやることあるのか?」
やっぱり親子だ。思考がマードックと似ている。
「なぜボクと力比べを?」
「久しぶりに見たもやしっ子が、えらい雰囲気が変わってる。どのくらい成長したか知りたくなるだろ?」
「やりたくないんですけど」
「負けるのが怖ぇのか?」
「ランさんに怪我させるかもしれないので」
ボクの言葉にランさんはマードックと同じ顔で笑う。
「おもしれぇ。殴り合いじゃなきゃいいんだな?」
「それなら構いません」
「なら、手ぇ出しな」
右手を差し出すとランさんがスッと握る。そして、グッと力を込めてきた。万力で締めつけられるような痛み。
「くっ…」
「どうだい?やる気になったか………なんだとっ!?」
『筋力強化』で握り返す。ランさんの上腕二頭筋は、ブラウスの袖を引き裂かんばかりに膨張した。
「…ちったぁやるじゃねぇか…!……うおっ!」
そのまま片手でランさんを持ち上げた。筋力を強化していても重い。でも、なんとかなる。少しだけ宙に浮かせたまま話しかける。
「どうでしょう?わかってもらえましたか?」
「たまげたぜ…。けど、まだだ!」
持ち上げられたまま、空中でボクの頭部を目掛けて回し蹴りを繰り出した。迫る丸太のような足を軽やかに躱し、空振りしたランさんの身体を優しく受け止めてお姫様抱っこした。
腕の中でキョトンとしているランさんに微笑む。口には出せないけどずっしり重い。力も『筋力強化』してやっと少し勝てたくらい。
「もうやめませんか?」
「ふっ……ガハハハ!やられた!下ろしてくれや!」
そっと地面に下ろす。
「負けたぜ…。ワタシの目は節穴だったみたいだな…」
「勝負してないですし、そうだとしたら反則です」
凄い力だった。直ぐに魔法を使ってなければ、きっと手を握り潰されていた。年齢や性別を超えた剛力。
「なに言ってんだ?負けは負けだ。アンタの好きにしな。…脱げっつうんなら脱ぐぞ」
マズい…。ランさんの悪い癖が出かけてる。
「そんなこと言いません」
「なにぃ…?ワタシの身体は見る価値もねぇってのか…?」
睨むようにジロリと見てくる。
「違います。リカントさんに悪いので」
「くっ…。そう言われちゃ…。いい男ぶりやがって…」
危ない、危ない…。サマラから聞いた話だけど、ランさんは『男に負けるとなにかしら命令される』と思ってるらしい。
そして…なぜか直ぐに服を脱ぎたがると。マードックは強制的に何度か見せられてるらしくて、その点だけはアイツに同情する。男なら、誰だって母親の裸は見たくない。
サマラ曰く「とにかく筋肉に自信があるから見せたがってる!」らしいけど、いくら逞しくても女性だ。下着姿や裸を見るわけにはいかない。しかも、数少ない友達の母親。
「そんなことより…ランさんは買い物に行く途中だったんですよね?よければ手伝います」
「ちっ…!手伝ってもらうか…」
なんとか誤魔化せたかな。結果、並んで食材を買いに行くことになった。
「アンタ、鍛えてんのか?」
「鍛えられるだけ鍛えてます」
「今のアンタならサマラより強いかもな」
「サマラとは手合わせして負けました」
「ガハハハ!そうかい!相変わらずだなあの子は!」
「マードックもAランク冒険者です」
「知らねぇよ。どうせまだまだ未熟モンだろうが。あと、ズーなんとかって病気の薬、アンタが作ったらしいな。ありがとよ」
ピクッと耳が動く。
「…なんで知ってるんですか?」
「あん?「内緒だ!」っつってミーナが教えてくれた。だから誰にも言ってねぇ」
先生にはお願いしたけど、母さんには口止めするの忘れてた。てっきり黙っててくれるとばかり。2人は知り合いだから仕方ないか。
それにしても、信じてくれたことが驚きだ。
「大したことはしてないです」
「バカ言うんじゃねぇ!どれだけ助かったと思ってんだ!薬を作れんのは大したモンだろうが!」
「そうですか?」
「アンタがそんな獣人に成長すると思ってなかった。甘く見て悪かったな」
「誰でもできます」
「できるワケねぇだろ!獣人舐めんな!」
舐めてはいないけど、褒められてるのは感じる。
「はぁ…。いつもそんな調子かよ?」
「こんな感じです」
「ちっとは自分をちゃんと見ろ。いずれ周りに愛想尽かされるぞ」
「その時は仕方ないですね」
「獣人を誤解してんじゃねぇのか?」
「誤解?」
「人間なんかと違って単純だ。掌返して見直されるぞ」
ボクはそれを望まない。
「誤解してませんし、見直されたいとも思いません」
「確かに気持ち悪ぃな」
「掌を返されていいことは1つもないです」
「やり返しにくくなる…か?」
「いえ。余計に腹が立ちます」
「男らしく、過去のことはスカッと水に流すっつうのはどうだ?」
獣人同士の会話では愚問だ。男らしいとかそういう問題じゃない。
「ランさんならできますか?」
「ちっ…!獣人だからな」
「ボクが人間なら多少は違ったんでしょうけど」
苦笑いしかできないけど事実だから仕方ない。死ぬまで昔の記憶と共に生きていく。上手く付き合っていくしかないんだ。そして、新たにできた友人の優しさに助けられて今は上手く付き合えてる。
「アタシらのことも恨んでんのか?」
「なぜですか?」
「しらばっくれんな。マードックやサマラをアンタから遠ざけようとしたろうが」
やっばりそうだったのか。
「あの頃のボクは絡まれて殴られてばかりでした。マードックは別として、サマラは巻き込まれてもおかしくなかった。恨んでいません」
「そうかい」
「それに、ランさんもリカントさんも結局遊ぶのを許可してくれてました。だから恩があります。マードックやサマラと今でも交流できているのはランさん達のおかげです」
今だから思う。付き合わせるのに反対していたはずだけど、内心はボクのことを可哀想だと思っていたんだろうと。
だから、マードックやサマラに強く言ってなかったはず。そのおかげでボクにはいい思い出もある。2人には感謝してる。
「ちっ…!アイツらはアンタが好きみてぇだからな。アタシらよりアンタをとった。それだけのこった!」
フンッ!と外方を向いて何事も素直に認めない。マードックにソックリだ。
ランさんとじっくり話すのは初めての経験だけど、少しだけ嬉しい。あの頃はできなかった。今だからできること。