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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
334/706

334 少しの恩返し

 久しぶりに実家で腕を振るった料理を並べて満足。だけど、ミシャさんはなんとも言えない表情を浮かべてる。


「ウォルトは料理人になったの…?」

「ウォルトさんは料理が趣味なんです。頂きましょう」

「好きだったのは知ってるけど、この料理が趣味…?」

「美味しいですよ!」

「2人の言う通り!間違いないんだから!とにかく食べてみなって!」

「うん…。……なにコレっ!?もの凄く美味しい!」

「ですよね♪」

「アタシは天才料理猫を生んだんだよ!」

 

 また出た…。ボクは天才料理猫なんかじゃない。ただの料理好きな猫人だ。ミシャさんはお代わりまでしてくれて嬉しい限り。張り切って作った甲斐があった。


「美味しいけどもう食べれない…。お腹がはち切れそう…」

「そうですか?私はまだまだいけますよ~!」

「私もです。お代わりください」


 同じ量を食べているのに姉妹は余裕の表情。さすがだなぁ。


「なっ…!負けられないっ!私もお代わりっ!あるんでしょ?!」

「ミシャさんはやめといた方が…」

「お黙りっ!」


 獣人だから仕方ないけど、負けず嫌いだなぁ。アニカとウイカの食べる量は普通じゃないと思う。なんといっても胃の拡張速度が凄い。魔法の才能と同じで大食いの才能も伸び代しか感じない。

 言ったら怒るだろうけど、痩せていることが不思議だ。ただ、偏食せず沢山食べてくれるからボクは作り甲斐がある。


 しばらくして、案の定ミシャさんは横になってしまった。しかも床に…。姉妹は変わらずご飯を食べてる。完全敗北だ。


「もう無理っ!さっすがに無理!…いてててっ!調子に乗りすぎた!」

「ミシャさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ!古傷が痛むだけだから!」

「古傷?どこが痛むんですか?」


 初めて聞いた。


「お腹がね~、時々痛むのよ」

「ボクでよければ薬を作って持ってきます。どんな症状ですか?」

「ありがと。でも病気じゃないから。昔の怪我でさ。若い頃に付き合ってた男とケンカになって、丸太で腹を殴られた。それからたまに痛むの」

「丸太で!?ソイツはどこにいるんですか?私が魔法で燃やします」

「私もです!女の敵です!」


 姉妹は寝そべるミシャさんを覗き込んで憤慨している。殴り倒したあとに怒っているみたいで可笑しい。


「2人ともありがと!でも大丈夫だよ。そのあと私より酷い目に遭わせてやったからね!」

「やられたら」

「やり返すですね!」

「そう!半殺しにしてやったけど、優秀な治癒師がいたんだよね~!腹立つ!」


 ミシャさんもやっぱり逞しい。


「この怪我のおかげでハルケに出会えたから悪いことばかりでもなかったんだよ。ただねぇ…」

「なにかあるんですか?」

「この古傷のせいで子供はできにくいんじゃないかってハルケは言ってた。それだけがちょっと残念だね」

「怪我したときに子袋が傷付いたってことですか?」

「ハルケが教えてくれたけど、詳しく説明されてもわかんない。気にしてもしょうがないし」


 丸太で殴られて内臓に傷を負ったのなら可能性があると思う。ただ、ボクも体内の構造にはそれほど詳しくない。

 確かなのは、ミシャさんに元気でいてほしい。できることなら治療したい。昔から本当に優しいお姉さんで数え切れないほどお世話になった。


「ミシャさん。ボクが診てもいいですか?」

「診るってなにを?」

「ミシャさんの古傷をです。治せるとは言えないですけど」

「えっ?ウォルトは診察もできるの?!」

「少しだけ」


 師匠の残した医学書の知識だけど。


「そっかぁ。獣人なのに凄いね!診てもらおうかな!」


 ミシャさんは笑ってる。子供のままごとのように受け取ったっぽいな。でも、ボクは至って真剣。


「母さん。ミシャさんの横に寝てくれないか?」

「なんで?」

「比べたいんだ」

「よくわかんないけど、いいよ」


 寝そべった母さんとミシャさんの間に座る。ウイカとアニカは、ジッとボクを見つめていて、なにをしようとしてるか気付いてるんだな。


「ウイカとアニカはよく見てて。母さん、少しだけお腹に触れるよ」

「えっ!?今は食べ過ぎて出っ張ってるから、ちょっと恥ずかしい…」


 全裸を見せるのは平気なのに恥ずかしいのか…。ともかく断りを入れたので、それぞれのお腹に掌を翳して詠唱する。


『診断』


 掌が魔力を纏う。


「ウォルト?!それって!?」

「集中するので少しだけ静かにしてて下さい」

「ん…!ゴメン!」


 少しずつ掌を動かしながら2人の体内を同時に探ると、ミシャさんの下腹部の臓器に腫瘤のようなモノができてる。母さんと比べて明らかに形が歪だ。手を翳したままで説明する。


「ミシャさんの内臓に瘤のようなモノがあります。手を翳している辺りです。古傷かもしれません」

「そうなの…?よくわかるね。確かにその辺りが痛むけど」

「ボクが使っている魔法は体内を探ることができます」

「やっぱり魔法なんだね!びっくりしたよ!」

「この間、言わなくてすみません」

「気にしなくていいよ!そっかぁ…。ウォルトは賢いもんね。獣人なのに魔法が使えるなんてホントに凄い!」


 横になったまま手を伸ばして、頭を撫でてくれる。小さな頃もこうしてくれたことを思い出す。『ウォルト、負けるな!』って。


 …と、黙っていた母さんが口を開く。


「ウォルト。私はなんともない?お腹が異常に膨れてるけど…」

「単なる食べ過ぎだね」

「ノリが悪いぞっ!息子なのにっ!」


 アニカ達は笑ってくれてる。優しい友達だ。


「母さんはもういいよ。協力してくれてありがとう。ミシャさんの古傷を魔法で治療をしたいんですが、いいですか?」

「もちろんいいよ!お願いします!」


 即答して変わらず笑ってる。信じてくれてるんだな。


「では、直ぐに始めます」


 いつものように『治癒』『精霊の慈悲』『精霊の加護』、それに加えて最近習得したドワーフの『回復』を比率を変えながら混合して治療する。

 効果的な比率を見つけたあとは、『診断』で変化を確認しながら治療して、10分とかからず終了した。完璧とは言えないかもしれないけど綺麗に治せた。

 

「終わりました。どうですか?」


 ミシャさんは身体を起こしてボクを抱きしめた。


「もう全然痛くないよ…。噓みたい…。ホントに………凄い獣人になったねぇ…。ぐすっ…」

「大袈裟ですよ…」

「そんなことない……。ありがとね…」

「ボクがお世話になったことに比べれば微々たるモノです。また痛むようならボクが治療します」


 なんでかな…。ボクも泣きそうだ…。やっと…ミシャさんに少しだけ恩を返せた。今までなにも返せなかったから。


「魔法を使えるの…ハルケにも教えていい…?」

「もちろんです。2人だけの秘密にしてもらえますか?」


 コクリと頷いてくれる。ハルケ先生とミシャさんにはいずれ伝えるつもりだった。時期が早まっただけのこと。


「子供も…できるかなぁ…」

「瘤が原因だとしたら可能性は高くなると思います」


 ボクから離れたミシャさんがニコッと笑った。


「ハルケと絡んでくる!今日はもう診療所は休み!それと、ウイカとアニカはいつでも遊びに来なさい!待ってるから!サマラとチャチャも一緒にね!」

「「ありがとうございます!」」


 笑顔で家を飛び出した。本当に痛みはなさそうでよかった。あと、そういうことは口に出さない方がいいと思う…。獣人は基本的に奔放だけど。静かに見守ってくれたウイカ達に治癒魔法と『診断』について教える。


「2人はまだ『治癒』しか使えないけど、直ぐに他の治癒魔法を使えるようになるから、理屈だけ覚えておいて」

「はい。4種類も複合するなんて凄いです」

「多分まだ先になりますけど!」


 話を聞いていた母さんが首を傾げた。 


「言ってることはわかんないけど、ウォルトって実は凄い魔法使いなの?」

「ボクはただの魔法が使える獣人だよ」

「それだけでも凄いけどさ」

「そんなことない。それより、アニカ達はトゥミエでやりたいこととかないの?せっかくの誕生日だから」

「行ってみたいところはあります」

「お姉ちゃん、どこ?」

「多分アニカも行きたいと思うよ」


 ウイカが行ってみたい場所は、思った以上に近かった。


「本当にココでいいの?」

「来てみたかったんです」

「確かにねっ!わぁ~!本が並んでる!」


 やってきたのは、幼少期を過ごしたボクの部屋。ボク自身、足を踏み入れるのは久しぶりだったりする。

 綺麗に掃除されていて家を出て行った頃のまま変わってない。両親が埃を払ってくれてるんだろう。久しぶりに入った部屋は懐かしい匂いに溢れている。父さんに感謝しよう。


「ウォルトさん!ベッドに寝てみていいですか?」

「いいけど、ボクの匂いが染みついてるかもしれない。気分が悪くなるかも」

「「大丈夫です!」」


 仲良く寝転んで嬉しそうにしてる。


「ほうほう…」

「コレは…いいね」


 楽しそうだけど、なにがいいんだろう?


「この部屋にサマラさんも来てたんですか?」

「サマラも来たことはあるけど、獣人の子供は家の中に居たがらないから少しの時間だったね」

「ウォルトさんは家の中でも苦にならなかったんですか?」

「外も好きだけど、本を読んだりするのも好きだったからね。サマラは外で遊びたい派だった。ホントにたまに来るくらいだったよ」


 ボクの部屋はいい思い出と悪い思い出が混在する場所。動きたくても動けずにいた苦い思い出があるけれど、今は懐かしさが勝る。


「本棚とかも見ていいですか?」

「私も見たいです!」

「いいよ。面白くないと思うけど」



 ★



 ウイカが1冊ずつ表題を見ていくと、フィガロ関連の本やトレーニング系の本が並ぶ。


 強さに憧れる少年だった頃のウォルトさんの姿が目に浮かぶ。きっと一生懸命鍛えたんだろうなぁ。


「…ん?コレはなんだろ…?」

「お姉ちゃん、どしたの?」


 手に取ったのは、本棚の端にひっそり挟まっていたノート。ウォルトさんに目をやると、机の引き出しを開けたりして懐かしんでる。私達を気にしてない。


「中を見ていいかな…?」

「気になるね…」


 私とアニカは、ウォルトさんに背を向けるようにしてこっそりノートを開いてみる。


「「ぶっ…ふぉっ…!?」」

「…ん?どうかした?」

「い、いえっ……ぶふっ!」

「なにも…な……ごふっ!」


 ウォルトさんが近づいてくる。赤い顔をした私達は振り返って向き合い、間髪入れずにアニカがお願いした。


「ウォルトさん!厚かましいんですが、お願いがあります!」

「どうしたの?」

「私の誕生日プレゼントはもう頂いたんですけど!」

「うん」

「もしよければ、この本棚に並んでるモノから1冊頂けませんか?」

「う~ん…。フィガロ関連の本はあげられないかな。あと、親から買ってもらった本も」

「それ以外ならいいですか?」

「いいよ。全部読んだからね。ちなみに、どの本が欲しいの?」

「コレです!」

 

 後ろ手に隠していたノートを見せると、ウォルトさんはこれ以上ないくらい目を見開いた。


「あぁぁぁぁっ!そのノートはっ…!」

「ありがとうございます!嬉しいです!」

「ちょっと待ったっ!それは本じゃないよねっ!?いい本はあるよ?!…というか、それ以外は全部いい本だよ?!」


 尋常じゃなく焦ってる。ちょっと可愛い。


「はい!でも、『この本棚に並んでるモノ』です!フィガロの本でも買ってもらった本でもないはずです!コレが欲しいです♪」

「ぐぅっ…!」



 ★



 確かにアニカはそう言った…。そして、ボクは「いいよ」と答えた…。でも、それは恥ずかしい!ボクの……幼少期のトレーニング日記は…!


 小さかった頃、身体を鍛えては記録を付けていた。腕立てや腹筋もできる回数が増えるのが嬉しかったから。昨日の自分を超えようと、日々頑張った記録。

 

 でも、そんなことはどうでもいい。あのノートには…ボクが成りたい理想の体型を描いた沢山の絵が描かれてる…。サマラに見つかったとき、大爆笑されてその日は外で遊べなかったっけ…。

 ちょっとした黒歴史のようなもの。いや、黒歴史そのもの。でも、努力の成果だから初心を忘れないように持ち続けてきた。今日はノートの存在が完全に頭から抜け落ちてた。

 

「ウォルトさん…。もらっちゃダメですか…?」


 アニカは潤んだ瞳で見つめてくる。


「ダメじゃないけど……なにかの役に立つかな…?」

「私が修練で行き詰まっても、尊敬するウォルトさんの小さな頃からの努力が詰まったノートを見れば、勇気を貰える気がして…」


 そうか…。アニカもウイカもボクの苦労を知ってる。ボクの努力の記録が彼女の助力になるのなら…。


「いいよ」

「ありがとうございます!ずっと大切にします!ねっ!お姉ちゃん!」

「アニカの言う通りです」

「必要なくなったら、いつでも返してくれていいからね。よかったらウイカも選んで構わないよ」


 アニカだけだと申し訳ない。今回は2人の誕生祝いだ。


「本当ですか!?ん~と……じゃあ、コレを下さい!」

「……ん?それは…?………あぁぁぁっ!ボクの勉強ノート!?」


 勉強ノートにも気分転換に妄想の落書きしている。完っ全に忘れてた。


「私も大切にします!治癒師の勉強で落ち込んだときに見るので!」

「うん…。あまり落ち込まないでくれると…」


 はぁ…。2人の役に立つとは思えないんだけどなぁ…。



 ★



 ウォルトさんは肩を落としてるけど、私達は少年だったウォルトさんが頑張った証をもらえて心から嬉しい。多少かもしれないけど、幼少期のことを知ることができる。


 宝物が増えた私達は、姉妹揃ってホクホクの笑顔を浮かべた。

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