333 おかしな息子
久しぶりの実家でお茶を淹れたウォルトが居間に向かうと、会話が盛り上がっていた。
「せっかくの誕生日に、こんな辺鄙な町に来てよかったの?」
「来たかったのですごく嬉しいです」
「ミーナさんにも会いたかったんです!ウォルトさんを生んだなんて信じられないくらい若いですね!」
「そうかな!へへっ!」
母さんは指で鼻をこする。アニカ達には、ホントに若くて可愛い獣人に見えるんだろうな。人間だから思うんだろうけど、獣人からすると母さんはさほど若く見えない。
「嬉しいこと言ってくれるね!ウォルトはね、安産でスポーン!と生まれたんだよ!」
「「へぇ~!」」
音で表すのはやめてほしい。なんか恥ずかしいな。
「お茶、淹れたよ」
お茶を差し出て自分もテーブルにつく。
「ありがとう!。…うん!相変わらず安定の美味さだ!」
「「美味しいです」」
「よかった」
「そういえば、アンタ達はどういう知り合いなの?」
「ボクらは…」
知り合った経緯をざっくり説明する。母さんは「へぇ~!」「そうなの!?」と忙しなく耳を動かして楽しそうに聞いてる。
「私とアニカは、ウォルトさんに魔法を教えてもらってます。病気も治してもらって」
「私はウォルトさんに命を助けられてるので、命の恩人でもあります!」
「大袈裟だよ」
ボクのことをいいように伝えようとしてくれる優しい姉妹。でも、
「ふ~ん。ウォルトがねぇ~。ところで、そろそろ昼ご飯の時間だからお願いしていい?」
「もちろんいいよ。食材は?」
「買い出しからお願い!お金は渡す!」
「いらないよ。持ってるから」
町に行くときはお金を持ち歩くようになった。とにかく使い道がないのと、なにをするにも必要だから。
「母さんは食べたいモノある?」
「アンタに任せる!」
「ウイカとアニカは?」
「「お任せします!」」
「了解。ちょっと行ってくる。あと、母さん」
「なに?」
「2人に変なことを吹き込まないでくれ」
「言うか!変なことってなによ!?さっさと行け!」
一応念押しして買い出しに向かう。
★
ウォルトを追い出したミーナはほくそ笑む。
よし。邪魔者はいなくなった。
まさかウォルトがこんな可愛い子達を家に連れてくるなんて。誰だって話してみたくなる。しかも、雰囲気からしてウォルトのことが好きだと思うんだけど…。
「ウイカ、アニカ。訊いてもいい?」
「はい」
「どうぞ!」
「2人は…どっちかがウォルトの恋人とかじゃないの…?」
「残念ながら違います」
「でも、私達はそこを目指してます!」
アニカ達は笑って教えてくれた。
「やっぱり!くぅ~!詳しく教えてもらっていいかな!」
「はい。私達は…」
コイバナが大好きなので、会った瞬間から聞きたくてウズウズしていた。姉妹は包み隠さず自分達の想いを伝えてくれる。
「今の関係はこんな感じなんです!」
「よくわかった!教えてくれてありがとう!あの子をよろしくね!」
「はい」
「こっちがお世話になってるんですけど!」
「関係ないよ!ウォルトは賢いくせにニブチンで苦労するわよぉ~!アホなのかっ!ってくらい鈍いはず!」
「ふふっ。そうなんです。ミーナさんは驚くかもしれないですけど…」
「なに?」
「実は…私達とウォルトさんは昨日も同じベッドで寝ました!でも、なにもなかったです!」
「うっそぉぉっ!?ホントにぃ!?」
姉妹は笑顔で頷く。そして私は呆れた。あの朴念仁……いや、朴猫仁は大丈夫…?育て方を間違えたかな?まだ恋人じゃないから正しい行動…?白い自制心の塊?正解がわからない。
「若い男がウイカやアニカと一緒に寝て、なにも起きないとかあるの…?しかも、嫌がってないんだよね…?我が息子ながら信じられない…」
「「それがウォルトさんですから!」」
屈託なく笑う姉妹を健気でいい娘達だと思った。へんちくりんな息子の性格を理解したうえで好きだと言ってくれてる。あの子は幸せ者だね。
でも、そんな姉妹の好意に気付かない鈍すぎるバカ息子だという事実に溜息しか出ない。ちょいと説教しなきゃ私の気が済まない。
あと、ウォルトとの恋路を応援したいと思いながら、2人に言っておかなきゃいけないことがある。とても大事なこと。
「2人には教えておくね。もしかしたら、ライバルが現れるかもしれない。さーちゃんっていうんだけど」
「さーちゃん?もしかして、サマラさんのことですか?」
「えっ!?知ってるの?!」
「はい!私達白猫同盟の長女です!仲良しなんですよ♪」
「ど、同盟ってなにっ!?詳しく教えて!」
白猫同盟について説明してくれる。激しく耳が動いちゃうくらい面白い!
「ほぇ~!そんなことってあるんだね~!」
ウォルトを好きな子が集まって、仲良く奪い合いしてるなんて夢にも思わなかった。
「私達4姉妹が仲良くなれたのは、サマラさんのおかげです。ウォルトさんのことを詳しく知れたのも」
「過去のこととか教えてくれて、私達を対等にしてくれるんです!」
そっか…。この子達はウォルトの過去も知ってて…。
「最強のライバルなんです!」
「そうだろうね!あの子は普通じゃないから!チャチャにも会ってみたいなぁ~!」
「凄く可愛いですよ。機会があれば連れてきます。住み家に結構いるので、行ったら会えるかもしれません」
「今度会いに行ってみる!」
「あと、今日教えたことは絶対内緒でお願いします!」
「もちろん!誰にも言わないから安心して!」
この子達の恋路を応援しても、絶対に邪魔はしたくない。
「ところで、我が息子ながらモテると思えないんだけど、ウォルトのどこがいいの?面倒くさいし、理屈っぽい偏屈猫でしょ?」
「しいて言うなら」
「全部ですね!」
恋は盲目か!それでも嬉しい!
その後も、3人でかしましい女子会を楽しんだ。
★
一方、その頃。ウォルトは馴染みの店で食材を購入してのんびり町中を歩いていた。
自分でもちょっと不思議だ。ズーノシス騒動のとき以来の帰省だけど、前回よりトゥミエに対する嫌な気持ちが薄れている気がする。
アニカ達と一緒に来たからかもしれない。誰かと故郷に帰ってくるなんて考えたこともなかった。あるとしてもサマラかマードック、ヨーキーくらい。数年前は帰りたいとすら思っていなかったのに。
気付かない内に気持ちが変化してるのか?いくら考えたところで心理学は芸術と並ぶ苦手な分野だ。
「ウォルト!」
遠くから名を呼ばれて顔を向けると、ハルケ先生の姿。休憩中なのかタバコを咥えてる。
「お久しぶりです。シルバの件ではお手数かけました」
「気にするな。今日はどうしたんだ?」
「友人と一緒に来たんです。トゥミエに来てみたかったみたいで」
「そうか…。友達と……うわっ!」
先生の後ろから押し退けるようにミシャさんが前に出てくる。先生はなぜか「しまった!」とでも言いそうな顔。
「ウォルト、久しぶり」
「お久しぶりです。ミシャさんもお元気そうで」
「そうよ。友達と来たって聞こえたけど…男…?女…?」
質問がチャチャみたいだ。
「女性です。冒険者で人間の姉妹なんですけど」
「へぇ…。どこにいるの…?」
「実家で母さんと話してますけど…」
「ふぅん…」
なんだ…?ミシャさんの雰囲気がいつもと違う。いつも朗らかで笑顔を絶やさないのに、妙な緊張感が漂ってる。
「おい、ミシャ…」
「ハルケ。ちょっと巡回診療に行ってくる」
「はぁ…。わかった…。ウォルト、ちょっとお茶でも飲んでいかないか?」
「はい。いただきます」
ミシャさんは駆け出してどこかへ行ってしまった。駆けるの速いなぁ。誰もいない診察室に入ったハルケ先生は、溜息を吐きながらお茶を淹れてくれた。
「先生。ミシャさんは診察ができるようになったなんて凄いですね」
「できない。噓八百だ」
「えっ?!噓なんですか?」
「ミシャは勝手にお前を息子みたいに思っててな」
「嬉しいことです」
先生とミシャさんの間には子どもがいないからかもしれない。純粋に嬉しいけれど、ボクが息子だとしたら、手がかかり過ぎて申し訳なさ過ぎる。
「多分、見定めに行ったんだ」
「なにをですか?」
「お前の友人が、お前に相応しいか」
「えっ?恋人とかじゃなくて友達ですよ?」
「関係ない。昔から言ってた。お前を騙すような女は許さんってな」
先生の簡単な説明によると、ボクは幼い頃からずっと酷い目に遭ってきたから、女にまで騙されるのは我慢ならない!ということらしかった。同性だから特に許せないと。
「すまんな。きっとそんな子じゃないだろうに、ミシャの勝手な思い込みで。さっきも止められなかった」
ミシャさんは本当に優しいけど、母さんと一緒で直情的なところがある。昔、先生と言い争って見事な一撃で床に沈めているのを何度か目にした。ハルケ先生は止められないラインを理解してるんだろう。
「ミシャさんの気持ちは嬉しいですし、大丈夫です。連れてきた2人はミシャさんも気に入ってくれます」
ウイカとアニカは凄くいい娘だ。気に入ってくれる自信がある。
「それならいいんだが」
「間違いないですよ」
ハルケ先生と会話して家に帰ると、玄関に入るなり大きな声が聞こえた。
「やるじゃない…!人間なのに…!」
「ミシャさんこそ…!さすがです!」
この声は…ミシャさんとアニカだ。居間を覗き見ると、テーブルを使って腕相撲をしていた。ウイカと母さんは興奮しながら見守ってる。
アニカは獣人のミシャさんに魔法も使わず張り合っている。凄いと思うけど、なぜこんなことになったのかさっぱりわからない。
「…うぉりゃあぁっ!」
「わぁっ!?」
腕相撲の軍配はミシャさんに上がった。
「ただいま。なにしてるの?」
「ウォルトさん、おかえりなさい」
「ミシャさんと力比べしてました!」
「見ればわかるけど…なんで?」
誰も教えてくれない。言えないような理由なのかな。
「とりあえずご飯を作ってくるよ。ミシャさんも食べて下さい」
「いいの?」
「いいよ!我が息子の料理は美味し過ぎてミシャもびっくりするよ!」
「そんなことないよ。じゃあ、作ってくる」
「ごゆっくり!」
★
ウォルトが台所に向かって調理を始めると、聞こえないように女性陣が小声で話し始める。
「アニカ、ウイカ。これからもウォルトのことよろしくね」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「今度はミシャさんにも負けません!」
「アンタ達が仲良くなってよかったよ。久しぶりに悪ミシャを見たからね」
30分くらい前に玄関ドアがノックされた。
「はぁい!誰?…って、ミシャじゃん。どうしたの?」
「ミーナ…。ウォルトの女友達が来てるんでしょ?会わせて」
いきなり訪ねてきたミシャが黒い目をして言ってきた。このモードは珍しい。ハルケとケンカしたときによくなってるけど。
「別にいいけど、2人はいい娘だよ」
ミシャがウォルトを息子のように思ってることは知ってる。変な虫が付かないか確認に来たんだろうけど、心配性だね。
「私は自分の目で判断する…」
「あっそ」
招き入れてウイカ達に会わせる。
「私はミシャ。この町の診療所の看護師よ…」
「初めまして。ウイカです。冒険者です」
「初めまして!妹のアニカです!同じく冒険者です!」
2人は笑顔だけどミシャは警戒してる。気持ちはわからなくもない。ウイカとアニカは凄く可愛いから、余計ウォルトを騙してるっぽく見えるよね。
「単刀直入に訊くけど、貴女達はウォルトのなに?」
「友人です」
「私もです!」
「確認するわ。ウォルトを騙すつもりはないわね…?」
「私達が?」
「ウォルトさんを騙すんですか?」
意味不明だよね。そんな気はさらさらないんだから。獣人らしく話が直球すぎる。アタシが説明してあげよう。
「アニカ、ウイカ。ミシャは昔から怪我したウォルトを治療してた看護師ってヤツだよ。だから息子みたいに思ってて、アンタ達が悪さするんじゃないかって過保護に思ってる。2人とも美人だし」
「その通りよ…。そのつもりなら今すぐやめてもらう…」
ミシャの威圧にも姉妹はニコリと笑う。
「私達は絶対にそんなことしません」
「信用して下さい!」
「本当に…?美人なのに、なんの企みもなしでウォルトの友達だっていうの?」
「ミシャ。ウォルトを信用しなさいよ。アタシもちょっと思ったけどさ」
「美人じゃないですし、ウォルトさんは私達に女性としての興味はないんです。寂しいですけど」
「ちょっとは興味を持ってほしいんですけど、それがウォルトさんなので!」
笑顔を浮かべる姉妹を見てミシャが呟いた。
「ウォルトのことが好きなんだね」
「「はい!」」
そう。誰もがすぐ気付くほど好意を隠してないのに、ウチのバカ息子は気付いてない。鈍感にもほどがある。また腹が立ってきた!
そこから4人で落ち着いて話す。ミシャは、話を聞いてる内にウイカ達の人柄に好感を持ったみたいで、直ぐに打ち解けた。同盟の話なんかには目を輝かせてたけど…。
「ホントに…?触ってもこないの…?」
「そうなんです」
「寝てる隙にくっついても、絶対胸とかお尻とか触らないんです!地味に凄くないですか?!」
ミシャも昨夜の話を聞いて驚いてる。ウォルトだって獣人。真面目な性格とはいえ、女好きで当然の獣人なんだから、ウイカやアニカと添い寝してなにも起きないなんてあり得ない。
「ミーナ…。あの子、どうかしてるんじゃないの…?」
「アンタの言いたいことはよぉ~くわかる!しかも、聞いて驚け!さーちゃんも同じことしてなにもなかったらしいよ!」
「う、嘘でしょっ!?サマラでも!?入院させるべきよ!一度ハルケに診てもらおう!」
「ふふっ。ウォルトさんはいつでも平常運転なんです」
「そんなところも大好きなんですけどね!」
その後、「ウォルトさんを守れるような冒険者になるのが目標です!」というアニカの言葉を受けたミシャが、「だったら力を見せてもらおうか!」と腕相撲を挑んだ。
ミシャは、ウォルトがかなり強くなったことを知らない。だから心意気が嬉しかったんだと思う、人間のアニカが獣人のミシャを相手に生身で張り合うとは思わなかった。そんなところもミシャは気に入ったはず。
「ミシャさんやミーナさんと話せてよかったです」
「凄く気が楽になりました!」
「なんで?」
「同盟でも意見が一致してるんですけど」
「やっぱり手を出さないウォルトさんがおかしいってわかったので!」
母猫としては苦笑いしかできないね!