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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
330/706

330 嵐の日に

 カネルラは、年に数回発生する嵐に見舞われていた。


 特に、1年で最も暑い季節である那季節(ナツ)から亜季節(アキ)へと移行する時期に発生しやすく、海から運ばれてくるというのが通説。

 どういった原理で嵐が発生するのか不明だが、船乗りにとっては【地獄の釜】と呼ばれ恐れられている。


 日頃、忙しなくなにかをしているウォルトも、この日ばかりは住み家に籠もって大人しくしている……ワケもなく、嵐の中、迷宮(ダンジョン)に潜っていた。


 そのダンジョンとは悪魔の鉄槌。潜るのはマードックが閉じ込められたとき以来。

 嵐の日に訪れたのにはちょっとした理由がある。…というのも、悪魔の鉄槌のように階層の深いダンジョンは攻略中の冒険者と遭遇する可能性が高い。

 いつもは『隠蔽』で姿を隠す、若しくは聴覚や嗅覚をフル回転させて人の気配を避けながら会わないよう攻略する。


 基本的には人気のないダンジョンにしか足を踏み入れないけど、今日ばかりはお目当てのモノを手に入れたくて訪れていた。

 

 ボクには強い味方がいる。仮に誰かに出会っても誤魔化せるはずだ…と、サバトに変装していたときのローブに身を包み、白猫の面の中で笑う。

 新作ローブの性能もまだ実証しきれてない。おそらく人に遭遇することはないけれど念のために変装してみた。


 嬉々として悪魔の鉄槌に挑み、単独潜行とは思えぬ速度で進む。ガルヴォルン壁が発動して、行く手を塞いでいる階層すら魔法で難なく突破し、一旦休憩しようと持参したゴザの上でのんびりお茶をすすっていた。


 すると、先の階層から逆に登ってきた冒険者パーティーと遭遇する。先頭に立つ冒険者には見覚えがあった。


「あれ…?サバトじゃないか!」

「お久しぶりです、スザクさん」


 ということは、スザクさんの所属する【四門】のメンバーかな?フクーベギルド所属のAランクパーティーらしいけど、ボクはスザクさん以外知らない。


「奇遇だなぁ。こんなところでなにしてるんだ?」

「手に入れたい素材があるので来ました」

「もしかして…単独で下りて来たのか?」

「はい」

「お前さんは凄いなぁ。硬い壁はどうやって突破したの?」

「魔法で穴を空けてきました」

「へぇ~。どんな感じで……うわっ!」


 スザクさんを押し退けるようにして、スッと男が前に出た。細身で黒縁の丸眼鏡を掛け、短めの黒髪をピシッと分けて真面目そうな雰囲気。


「サバトさん。俺はセイリュウと申します。このパーティーの魔導師です」

「初めまして。サバトと申します」

「まさかダンジョンでお会いできるとは。会えて光栄です。お噂は兼々」


 噂…?変な魔法使いとして噂になってるとか…?困ったな…。


「武闘会ではウチのスザクを回復して頂いたようで。感謝します」

「いえ。勝手に回復したかっただけなので」

「貴方は…カネルラ中の注目の的です。こんな場所でなければ是非魔法で手合わせ願いたかった」


 やっぱり猫の面で注目の的なのか…。恥ずかしいけど、今は気をしっかり持とう。

 変装しているし、本当ならボクも魔法での手合わせは大歓迎。セイリュウさんは高度な魔法を操る魔導師だ。纏う魔力と佇まいだけでわかる。きっと素晴らしい魔法が見れたろうに…。


「残念です。是非セイリュウさんの魔法を拝見したかったです」

「くっ…!せめて魔力が万全であれば…」


 問題は魔力量なのかな?


「もしや、魔力の残量が?」

「えぇ。昨日から潜っているのでほぼ残っていません…。魔力回復薬も切れてしまって、地上に戻るだけの魔力と体力しか…」


 ガルヴォルン壁のせいで帰れなかったのか。直ぐには引っ込んでくれないタチの悪い罠。ダンジョンで眠るのは凄く疲れるし、気持ちはわかる。今のボクが手助けできることは…。


「魔力回復薬があれば渡せるんですが、よければ手を貸して頂けますか?」

「手を…ですか?」


 そっと差し出されたセイリュウさんの手をとる。


「……っ!」

「気をつけて地上に戻って下さい。またお会いできるのを楽しみにしています」


 それだけ告げて次の階層へ向けて歩き出す。離れた場所に同時に出現した複数の魔物を、歩みを止めず『大地の憤怒』で一瞬で葬り去る。


 次の階層への通路を下りて姿を消した。



 ★



 サバトの背中を見つめたまま微動だにしないセイリュウは、なぜか言葉にならない顔をしてる。


 スザクは胸の内を訊いてみることにした。


「この階層の魔物を一瞬か。笑えるくらい凄い。ところで、なにを驚いてたんだ?」

「俺の魔力を…完全に回復してくれた…。彼はエルフなのに…」

「サバトならすんなりできそうだ。驚くことでもないだろ」

「エルフと人間は魔力の質が違う。ドワーフやハーフリングもだ。違う魔力を譲渡されると拒絶反応が起きる。…なのに、サバトは人間の操る魔力を譲渡してきた…。つまり、どちらも操れるということ」

「アイツならできるだろうさ」

「俺は単純な魔力量に自信がある…。だが、気に留める様子もなく一気に満タンまで補充された」

「そうだったのかぁ。やっぱり優しい男だ」

「今の魔法を見たか?あの威力の魔法を高速で…しかも発動する瞬間まで魔力を全く感知できなかった。噂に聞いていたが想像以上の魔導師だ。信じられない」

「お前がケンカを売らなくてよかったよ」


 さっきの様子からすると、魔力さえ残っていれば挑んでそうだったからなぁ。さすがにダンジョンでやることじゃない。


「ケンカなんてできる次元じゃない。とにかく帰ったら修練だ。今日は無理だが、いつか絶対に手合わせしてみたい。その時、笑われたくない」

「はははっ。そうかぁ。初対面なのにそう思うのか」


 セイリュウも例に漏れずプライドの高い魔導師。魔法では負けず嫌いなのを知ってる。それなのに完全に白旗を上げた。

 魔法武闘会の決勝を辞退したスメルズも似たようなことを言っていた。サバトに出会った魔導師は全員技量が上がるのかもしれない。アイツは他の魔導師を更なる高みへと導く魔導師なんだなぁ。


 そういえば…別れ際のスメルズの言葉も、お礼の飯に誘うのも言い忘れてしまった。こりゃ参ったね。さすがに追いかける元気はない。


「1つ疑問が浮かんだ。彼は…本当にエルフなのか?」

「どういう意味だ?」

「人間の魔力を操れるということは、逆の可能性もある」

「人間がエルフの魔法を操ってエルフに勝ったっていうのか?」


 言ってることは理解できなくはない。確かに理屈ではそうだ。ただ、常識で考えるとあり得ない。フレイと呼ばれたエルフはもの凄い魔導師だった。


「あくまで可能性の話だ。相手も相当な魔導師だったんだろう?言いたくないが、数十年しか生きられない人間が手練れのエルフを相手に魔法戦で勝つのは困難だ。俺はエルフの魔法を知っている」

「話した感じだと、ライアンさんみたいな老人ってワケじゃなさそうだしなぁ」

「そうだ。人間だとしたら足取りから雰囲気まで全てが若すぎる。それこそ化け物だ」

 

 サバトはあまりに謎が多すぎて逆に面白い。まるで獣人フィガロのようだ。そして、また恩が増えてしまったなぁ。

 のちにセイリュウから話を聞いたデルロッチが、「サバトに会うときは俺も誘えと言ったろ!」と俺に逆ギレしてきた。


 やっぱり飲むときに誘うのはやめとこう。コイツはケンカを売りそうだ。



 ★



 25階層と28階層でそれぞれ目当ての素材を手に入れたウォルトは、一気にダンジョンの入口までとんぼ返り。

 暴風吹き荒れる森の中をずぶ濡れで住み家に戻った。びしょ濡れになった衣服や靴を魔法で乾かして直ぐお風呂に向かう。


「はぁ~…。ずぶ濡れになるのは、寒いし気持ち悪いけどお風呂は最高だ…」


 ハーブで香り付けしたお湯に浸かって、じっくり芯まで温まった後は毛皮を乾かして机に向かう。

 窓はガタガタ震え、雨が激しく打ちつける中、採ってきた素材を作業机に並べて作業を始めた。




 カネルラに吹き荒れた嵐が去ったのは2日後のこと。昨日までの嵐がまるで噓だったような晴天を見上げて、陽の光に目を細める。


「よし!」


 一言呟いて駆け出す。目指すはフクーベの街。



 ★



「お姉ちゃん!そろそろ準備しよう!」

「うん。そうしよう」


 朝食を終えて一息ついたアニカとウイカは冒険に向かう準備を始める。オーレンは「俺はマックさん達とクエストに行く」と朝早くに出掛けた。というワケで、姉妹水入らずで冒険に向かう。


「今日は晴れてよかったね!せっかくの誕生日だから!」

「そうだね。明日も天気はよさそうだよ」


 姉妹の誕生日は1日違い。今日はウイカの誕生日で19歳になった。冒険を終えたら夜はゆっくり祝うつもり。


「冒険者になって初めての誕生日だね!クエストが早く終わったらウォルトさんに会いに行こうよ!」

「行きたいけど、まずは無事に帰ってきてからね」

「いつも通り気を抜かず行こう!まずはギルドだ!」


 姉妹はギルドに向けて出発した。



 そんは2人の姿が見えなくなった直後、家の玄関にこっそり近づく人影が2つ。


「よしっ。ウォルトさん、今の内です」

「ゴメンね、オーレン。朝早くから変なことを頼んで」

「全然構わないです。アイツらがなんのクエストを受けるかわからないんで、早めに準備しましょう」


 2人で家に入って作業を始める。一通りの準備を終えると、オーレンはウォルトにあるモノを手渡した。


「ウォルトさん。受け取ってもらえませんか?」

「もしかして…この家の合鍵?」

「いつでも遊びに来て下さい。冒険でいなかったりしたら中で寛いでていいんで」

「さすがに悪いよ」

「俺達は住み家の合鍵を預かってますよね。同じようにウォルトさんを信頼してます。アイツらも了承済みです」

「そういうことなら…ありがとう」

「知り合いのパーティーとクエストに行ってきます。また夜に」

「うん」


 オーレンは足早に家を出た。

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