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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
329/706

329 彼氏、彼女の事情

 武闘会のときに約束したマードックとエッゾとの祝勝会に参加するタメにフクーベを訪れたウォルト。

 

「早めにウチに来てのんびりしとけ」とマードックに言われたので家を訪ねた。


「あのバカ狐がまたどっか行っちまいやがった!悪ぃけどまた今度にしようや」

「ボクはいつでもいい」


 予想の範疇。この件に関しては、マードックでもボクでもなくエッゾさんが問題。

 住み家に帰ろうとしたとき、そういえば最近ラットに会ってないことを思い出して顔を出してみることに決めた。


 路地裏にあるラットの住み家に辿り着いて、いつものごとく軽快にドアをノックすると、直ぐに声が聞こえた。


「私が出よう!」

「俺が出るからいい」

「別にいいじゃないか。…まさか浮気相手か?!」

「俺の友達だ!」

「友達?!いたのか?!」

「うるせぇ!」


 中でドタバタしている…。友達いたの?って言われるのは地味に辛いな…。ラットの気持ちはわかる。しばらく押し問答しているみたいだったけど、すったもんだの末にドアノブが回った。


「はい!」


 中から顔を出したのは、赤毛で活発そうな人間の女性。ラットは敗れ去ったみたいだ。鍛え方が足りない貧弱鼠人。


 目が合ったこの女性をボクは知っている。武闘会のフクーベ予選の時に知り合ったリンドルさんだ。

 初めて出会ったときリンドルさんからラットの匂いがした。その時ラットの恋人だと気付いて、いつか再会することがあるかもしれないと予想してた。ラットが人間の女性と接するなんて恋人以外にあり得ないと思ったから。


「初めまして。ウォルトといいます」


 前に会ったときは、若い頃のテムズさんに変装してたからもしかしたらバレるかもしれない。ドキドキしながら自己紹介してみた。


「私はリンドル。ラットの彼女だ。よろしく」

「そうなんですね」

「中に入ってゆっくりしていってくれ」

「恋人が来てるのにお邪魔できません。また来ます」

「私はまったく構わない。しょっちゅう来てるからな。ゆっくり話をしようじゃないか。過去のラットの恥部を晒してくれ」

「なに言ってんだ、バカ!」


 リンドルさんの背後から疲れた様子のラットが姿を見せる。争ったのか毛皮が乱れてるな。


「ラット。また来るよ」

「既にお茶も沸かしてる。無駄になるから飲んでいけばいい」

「噓つくな!」

「では、お茶だけ頂いていきます」

「おい、ウォルト…」

「ウォルトは話が早い!狭いが入ってくれ!」

「俺の家だ」

「お邪魔します」


 リンドルさんは嬉々として部屋に戻る。結局お茶はボクが淹れることに。台所でラットと会話する。


「前に紹介してくれると言ってたろ。お前の予定とは違うだろうけど、少しだけ話していいか?」

「お前がいいならいい。いきなりだとドギマギすると思ったから、事前に伝えてゆっくり会わせたかっただけだ」

 

 ラットはボクの性格をよく知る友達だ。


「ちなみに、リンドルさんのことは少しだけ知ってるから大丈夫だ」

「なんでだ?」


 お湯を沸かしながら経緯を説明する。その時からラットの恋人だと気付いていたことも。


「火事か。確かにそんなこと言ってたな。走り負けて悔しがってた。その時の相手が、変装してたお前だったなんてな。それなら納得だ」

「もし、ボクがなにか変なことを言ったらフォローしてくれ」

「お前は嘘が下手だからな。あと、アイツの話の半分以上は冗談だから、真に受けるなよ」

「わかった」

 

 お茶を淹れ、居間で待つリンドルさんに差し出して円卓を囲む。


「どうぞ」

「噓をついてすまなかったな……美味いっ!」

「ありがとうございます」

「君はお茶を淹れるのが上手いな。ラットと大違いだ」

「大きなお世話だ」

「だが、ラットには補って余りあるモフモフがある!」

「関係ないだろ」

「なんだ?友達の前だから照れてるのか?いつもより男らしさを演出してるな」 

「はぁ…。疲れる…。いつも通りだろうが…」


 リンドルさんが年上だからか、ラットは掌の上で転がされているような印象。でも楽しそうだ。


「しかし、ラットに友達がいたとは。初めて会ったから緊張するな」

「噓つくな。お前は人見知りしないだろ」

「まぁな。人見知りの意味がわからん」


 リンドルさんは息をするように嘘を吐くな…。それはさておき、普段治療の仕事に就いていたら、知らない人ばかりを相手にするだろうしそれも当然だと思う。


「ときにウォルト」

「なんでしょうか?」

「君は私とどこかで会ったことがないか?」

「いえ…」

「声とか雰囲気が会ったことがあるような気がしたんだ」

「気のせいだと思います」


 …下手な噓はバレるかな?


「そうか。君のように物腰柔らかい獣人に出会っていれば覚えてるはずだな!」

「ボクも覚えてると思います」

「君は知的で初めて会うタイプの獣人だ」

「そんなことないです」


 …と、ラットが余計な一言を発する。


「実際ウォルトはリンドルより賢いからな」

「なにぃ?!聞き捨てならんな!」

「ラットの冗談ですよ」

「違う…。この顔は本気だ…。私は彼女だからわかる!」

「噓だと思うなら知識で勝負してみろよ」


 ラットめ…。さては面白がってるな。リンドルさんは負けず嫌いなのか。


「いいだろう!なんの知識で勝負する?」

「そうだな。薬学なんかどうだ?」


 なんでお前が答えるんだ…。


「治癒師である私の得意分野で勝負とは…。ウォルトは漢だな!」


 ボクはなにも言ってない…。


「負けたらしばらく静かにしてろ」

「負けん!ただし、ウォルトが負けたらいつもの倍モフらせてもらう!」


 断じてボクはなにも言ってない。趣味嗜好の話は2人きりの時に話してほしい。予期せずなぜか知識比べをすることになってしまった。





「…むぅ。わからない。正解は?」

「ボギ草です。2回煮詰めるとより回復効果が上がります」

「なるほど。では、次の素材でできる薬はなんだ?」


 リンドルさんの問いに即答する。


「マリ病の第2級治療薬です」

「正解だ…」


 ラットが勝ち誇ったように告げる。


「もういいだろ。ウォルトの勝ちだ」

「まだだっ…!まだ私は負けてない…!」

「ウォルトは全問正解。お前はよくて半分。既に点差は挽回できないくらい開いた。負けを認めろ」

「ぐぅぅっ…!」


 リンドルさんは、両膝と両手を床について項垂れている。彼女は治癒師であって薬師じゃない。基礎的な知識はあるだろうけど、おそらく薬にはボクの方が詳しいというだけのこと。なぜ見下ろすラットが偉そうなのかは置いといて…。


「リンドルさん。薬学の知識比べ楽しかったです。静かにする必要はありません」

「ウォルト…。君はいい奴だ…」

「それに、ラットをモフるのもいつもの倍で構いません」

「本当か?!」

「ウォルト!お前っ…!」


 ボクの意見を無視した罰だ。嫌というほどモフられるがいい。


「勝ったのはボクです。ラットは実際なにもしてません。決める権利はボクにあると思いませんか?」

「…その通りだな!後でのお楽しみだ、ラットォ!」

「くっ…!」


 なんだかんだ仲がよさそうだ。ボクにも伝わるし、誰かと一緒にいて楽しそうなのが少しだけ羨ましく思える。


「それにしても、君は薬師になった方がいいぞ。その知識を遊ばせておくのはもったいない」

「獣人の作った薬は信用されないです」

「そんなことはない。誰が作ろうといいモノはいい。下らない中傷など良質な薬の前には無意味だ。調合技術によると思うが」


 リンドルさんの言ってることは正しくない…と思っていたら、またラットが余計な一言をぶち込んでくる。


「ウォルトはリンドルより器用だけどな」

「なにぃ!?それは聞き捨てならんな!」

「勝負はしませんよ。というか、勝負のしようもないですけど」

「それもそうか」


 ラット。いい加減にしろ。


「なぁ、ウォルト。君をモフっていいか?」


 突然おかしなことを言いだした。


「ラットの方がモフモフしてますよ」

「関係ない。猫の獣人の毛皮の感触を知りたいんだけだ」

「それでもダメです。恥ずかしいので」

「そうか…。残念だ…」

 

 さすがに友達の恋人にモフられるのは困る。


「リンドルは誰に対してもこんな感じなんだ。空気を読めない」

「なんだその言い方は。ウォルトが嫌がったみたいじゃないか」

「嫌がってるだろ。時と場合を考えろ」

「顔を手で触るくらいならいいだろう!人を変態みたいに!」


 確かにその程度なら構わない。キャミィがモフってくるイメージだったから断った。勘違いして恥ずかしいな。


「お前は手じゃないだろ。顔を擦るくせに」

「顔も手も大して変わらん!」


 危なかった…。合ってた…。モフモフ好きは頬で感じないと気が済まないのか?


「ウォルトに彼女がいたら迷惑だろ?お前は俺が他の女にモフらせたら笑って許してくれるのか?」

「絶対に許さん。どっちも殴る」

「だろ?そういうことだ」

「むぅ…。確かにウォルトの彼女に悪いな」


 …よくない展開になる予感がする。


「ボクはそろそろ…」

「まぁ、待て。ウォルトは恋人はいるのか?」

「いないです」

「そうか。私の知り合いに可愛くてモフモフ好きがいるんだが紹介しよう。君は優しい獣人だから間違いなく上手くいく」


 珍しく予想通りだ。リンドルさんに悪気がないから困ってしまう。


「リンドル。ウォルトは人見知りだ」

「だからなんだ?人見知りは出会いを求めたらいけないのか?お前と私もきっかけあって知り合ったろう」

「そういうことを言ってるんじゃない。誰にでも自分のペースがある。お前はいつもなにをしても早い。出会いだって一緒だ。ゆっくり進む人だっている」

「むぅ…そうなのか。気が向いたら声をかけてくれ。いつでも紹介する」

「ありがとうございます」


 ラットがいて助かる。やっぱり持つべきものは友達。もし恋人ができたら紹介しよう。まずないけど。

 それにしても、2人はお似合いだ。正直ラットが恋人とどんな会話をしてるのか想像もできなかった。言いたいことを言い合える関係みたいで、なにも心配いらなそう。


 凄くいい関係だと思う。初めて恋人同士を見て羨ましく感じた。その後も会話を楽しんで、キリのいいところで帰ることにした。ラットとリンドルさんは玄関で見送ってくれる。


「君には他の場所でまた会いそうな気がする」

「その時はよろしくお願いします」

「次はリンドルがいないときにゆっくり会おう」

「あぁ。また」

「そうはさせん!もうウォルトは私の友達でもある!」


 フクーべを後にしようとしたけれど、なぜかふわっとした心持ちで自然にマードックの家に向かった。



 ★



 時間は宵のうち。


 サマラが家でのんびりしていると、いきなり玄関のドアがノックされて、ウォルトが訪ねてきた。


「ウォルト!どうしたの!?」

「えっと…サマラにハグしたくて来たんだけど…いいかな?」

「えぇ~!?珍しい!いいに決まってるよ!いくらでもどうぞ♪」

「ありがとう」


 いきなりどうしたの気になりながらも、玄関でハグして幸せ。


「サマラはボクをモフりたいと思う?」

「いつだって思ってるよ!」

「よかったらどうぞ」

「やったね!」


 抱きついて顔に頬擦りする。モフモフで気持ちいい。


「ありがとう」

「よくわかんないけど、こちらこそ。いきなりどしたの?」

「さっき友達とその恋人に会ってきたんだけど、恋人が他人にモフられるのは嫌だって話を聞いて」

「そりゃそうでしょ」

「ということは、本人も嫌なんじゃないかと思ったんだ」

「どゆこと?」

「要するに、ボクがモフられた時に嫌悪感を感じる人は他人だと思う説」


 …なんのこっちゃ?普通、赤の他人に毛皮をモフらせないでしょうよ。


「私はどう?」

「すごく心地いい」

「やったね♪帰る前にアニカ達のとこにも行ってあげてよ!」

「うん。2人にもお願いしてみようと思ってるんだ」

「へぇ~。意外だなぁ~。ウォルトからねぇ…」

「なにが?」

「こっちの話だよ!でも、私はいいことだと思うよ!」


 正直、ウォルトが言ってる意味が理解できないけど、珍しく他人に影響されてる。それも恋愛絡みで。

 その友達と恋人はきっと仲のいいカップルだ!ずっと前に話してたラットって人だね。羨ましく感じたならいい傾向。

 普段のウォルトだったら「ハグさせてほしい」なんて言うはずない。今まで言われたことないんだから。…いや!再会したときは抱きしめてくれたね!


 本人は気付いてないけど、ウォルトに関して勘が異常に鋭い私は気付いた。この行動は、相手が他人かどうかを確かめることが目的じゃないんだなぁ。きっと…自分が好きだと思える人とただくっつきたいだけなのだ!それもほぼ無意識に!


 だから私は凄く嬉しい!明日が楽しみだ!顔を見れないのが残念すぎる!



 ★



 笑顔のサマラに見送られて、ウォルトはアニカとウイカに会いに行く。


 運良く家にいてくれたので、簡単に事情を説明して「ハグさせてほしい」とお願いしてみた。「よければモフってほしい」とも。すると、姉妹は目を丸くして驚いた。


「えぇ~!そ、そんなことしていいんですか~っ!?」

「ど、どういうことでしょう?」

「急に変なことを頼んでゴメンね。嫌ならいいんだ」

「「いいに決まってます!」」

「ありがとう」

「「こちらこそ」」


 まずはウイカから。首にしっかり抱きついて頬を優しく擦ってくれる。


「どうでしょう…?」

「すごく心地いいよ。ありがとう」

「私もです。嬉しいです…」


 アニカも同じように頬擦りしてくれる。


「どうですか!」

「やっぱり心地いい。ありがとう」

「よかったぁ~!初めてウォルトさんをモフりました!」

「あれ?そうだっけ?」

「私も初めてです」

「そっか。今後はいつでもモフっていいからね」

「「い、いいんですか?!」」

「言ってくれれば2人ならいいよ。あと、オーレンもモフってもらっていいかな?」

「お、俺もですかっ?!」


 オーレンは、困惑した匂いをさせながら姉妹と同様に頬擦りしてくれる。

 

「心地いいよ」

「毛皮が気持ちいいんですけど…男同士で抱き合うのはもの凄く照れくさいですね…。できればやらない方が…」

「オーレン!ふざけるなっ!ぶん殴られたいのかっ!」

「どういうつもり!?」

「しょ、しょうがないだろ!」



 今回、皆にモフってもらって気付いたこと。サマラとウイカとアニカはボクにとってかなり好ましい人。凄く心地よかった。オーレンは3人とちょっと違う気がしたけど、全然嫌じゃなかった。

 あとはチャチャにも頼んでみよう。キャミィにはいつもモフられてるからお願いしなくても大丈夫。




 次の日。


 ウォルトは住み家で頭を抱え、『なんであんなことを頼んでしまったんだ』と悶絶することになった。 

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