328 余韻
最近フクーベのギルドで最も熱い話題。
「とにかく半端ない魔法だったらしいな」
「エルフだったんだろ?」
「顔が地獄だったってさ!焼け爛れて肉から毒液が出てたらしいよ…。友達が実際見たらしいけど、3日間なにも喉を通らなかったって!」
「怖すぎる…」
「エルフでもそのくらいまで自分を追い込まないと高みには昇れないんだろうな。スゲぇよなぁ」
1週間ほど前に開催されたカネルラ武闘会に、とんでもない魔導師が出現したという噂は直ぐにカネルラ全土を駆け巡った。
サバトと名乗る猫の面を被った魔導師は、急遽開催されたチーム戦に出場して予選から高度な魔法を操り、決勝では魔法武闘会で優勝間違いなしの実力を持つイケメンエルフ魔導師を寄せ付けず優勝した。
表彰式をボイコットして姿を消したサバトは、強力なエルフの魔法を操っていたことから素性がエルフであるのはほぼ確実。
数名が実際に見た顔は、首まで炎に焼かれ種族すら判別できなかったという。それを隠すタメか、もしくは顔を保護するのに白猫の面を着用していたと推測される。
王都の宮廷魔導師を含め、多くの魔導師が情報収集を行って追跡したものの、未だ消息は掴めていない。ただ、フクーベのAランク冒険者であるマードック及びエッゾとチームを組んでいたことから、幾度となく情報を掴もうとフクーベのギルドを通して当人達に接触したが、共に「どこのどいつか知らねぇ」「会場周辺で強そうな奴を人数合わせに捕まえただけだ」と答えた。
「お前ら…正直に話せ」と、自身も魔導師であり興味しかないギルドマスターのクウジが問いただしたが、「俺らにエルフの知り合いがいると思うか?」と言われて逆に納得した。
野蛮なマードックやエッゾに気難しいエルフの知り合いがいるとは思えない。人数合わせにそこらで拾って無理やりチームを組んだというほうが現実的。
さらに「あんまうるせぇと、面倒くせぇからギルドやめるわ」と言い出して、深く追求しないことに決めた。
謎が謎を呼ぶ魔導師サバト。確かに存在していたのに、既に存在が幻影のよう。だが、多くの国民に衝撃を与えた彼の魔法は、カネルラ中の魔導師に羨望と畏敬の念を抱かせた。そんな魔導師の正体に気付いた冒険者が3名いる。
「間違いないな」
「だね」
「すぐ会いに行こう!」
Dランクパーティー【森の白猫】は噂の魔導師サバトの元に向かった。
森の住み家に辿り着くと、ウォルトさんはいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。
オーレンは早速本題を切り出す。
「こんにちは。俺達は武闘会での活躍について訊きに来ました」
「えっ?」
「サバトはウォルトさんですよね!」
「私達は話を聞いただけで直ぐ気付きました」
俺達に断言されたウォルトさんは驚いたような顔。
「よくわかったね。お面とローブだけの雑な変装だったから?」
「全然違います。俺達は姿を見てないですから」
「私達を舐めちゃダメです」
「私達以外は辿り着けないかもですね!」
「そっか。勘が鋭いなぁ。とりあえずゆっくり話そう」
住み家に入って花茶とカフィで寛ぐ。詳しく話を訊いてみよう。
「武闘会はどうでしたか?」
「勉強になったよ。見たこともない凄い闘士や魔導師ばかりだったんだ。本当は皆も誘って行きたかったんだけど…」
「いえ!観覧はとんでもない倍率だったから、きっと無理でした!」
アニカは「ウォルトさんと一緒に見に行きたいたい!」と張り切って、武闘会本戦の観覧にも応募してた。そんなアニカの執念をもってしても当選は叶わなかった。凄い倍率だったみたいだ。
「今回も新しい魔法を見れたんですか?」
「幾つか見れたよ」
「私達にも見せて下さい!」
「もちろん。時期を見て教える」
「それだけで嬉しいです!」
「でも、ウォルトさんの勇姿を見たかったよな」
「格好よかったでしょうね」
「間違いないよね!」
「ボクはなにもしてないんだ。マードック達が強すぎただけで」
目撃者の情報によると「サバトは単独でも優勝してた。とにかく魔法が凶悪すぎた」と言われてる。観客の評価は正しい。ウォルトさんに言っても無駄なんだよな。
「気になったんですけど、サバトって名前の由来はなんですか?」
「じいちゃんの名前なんだ」
「多分お爺さんの名前はカネルラの歴史に残りますよ」
「変なお面を被った魔法使いとして名を残すのは嫌だなぁ。じいちゃんに怒られそうだ…」
違うけど…と思いながら俺達は口には出さない。
「武闘会はスザクさんが準優勝したんですよね。どうでしたか?」
「スザクさんは強かった。でも、優勝したアルビニさんはもっと強かった」
「俺は話したことあるんですけど、凄くいい人なんで優勝してほしかったです。けど、上には上がいるんですね」
「スザクさんは尊敬できる冒険者だと思う。ボクもまた話したい。変装してたからまず無理だと思うけど」
その後も武闘会について話していると、急にアニカが立ち上がった。
「うぅ~!話を聞いてたら修練したくなってきました!」
「私も!」
「俺も」
「じゃあ、修練しようか」
嬉々として住み家を出て行く3人の後ろ姿を見ながら、『きっと未来の武闘会で観客を沸かせるんだろうな』とウォルトは笑みがこぼれた。
★
ところ変わってフクーベでは。
「おい、スザク。お前、サバトと話したらしいな。目撃情報がある」
「結構話したし、治癒魔法までかけてもらった。ちょっとした自慢かな」
スザクはデルロッチに誘われて昼食に来ている。纏う空気で件の魔導師が気になっているのだと直ぐにわかった。デルロッチは年上だが、歳が近くて昔から親交がある。気難しい男と言われているけど、俺は妙に気が合う。
「どんな魔導師だった?」
「賢そうで性格も温和だったよ。アイツにはまた会いたいなぁ」
「そうか。出身とか訊いてないのか?」
「フクーベじゃないとは言ってた。エルフだから当然だな」
「そうか。顔は?」
「見た。というか見せてくれたよ。皆が噂してる通りだ。俺は嘔吐いちゃって失礼なことしたんだよなぁ…」
冒険者として長くやってきたから、えげつない傷や気持ち悪さに耐性があると思ってたのに、サバトの顔面の衝撃には耐えられなかった。自信なくしたんだよな。
デルロッチは腕を組んで思案してる。この仕草が出ると話しかけても無駄だと知っているから黙って待とう。
待つこと数分。
「そんな顔で…生きていられるのか?」
「どういう意味だ?」
「髪も眉もないほど焼け爛れた顔で、普通に生活できるか?そもそも面なんか被っていいのか?」
「俺やお前の常識では無理かもな。ただ、サバトならどうにかするだろう。そう思わせる常識破りの魔導師だったよ」
「そうか…。今さらだが俺も話してみたかった…」
心底後悔した顔に苦笑いしかできない。デルロッチは敗退したことに立腹して、足早に王都を後にした。
後に皆の話を聞いて「なぜすぐに帰ってしまったのか…」と、ずっと後悔しているらしい。
『サバトを見たんだろ?!詳しく教えてくれ!』→『直ぐに帰ったから見てない…』→『はぁ!?』の繰り返しで何人もに呆れられていると言った。
「負けたからって直ぐに帰ったお前が悪いよ」
「言うな…。あの時は悔しくてな…」
「気持ちはわかる。サバトはお前のことも凄い魔導師だと言った。得意とする魔法同士の相性が悪かっただけだって。それ以外はお前が上で、緻密に万遍なく鍛え上げられた魔法は素晴らしいって。魔法を見ただけでお前の性格まで言い当てたなぁ」
「そうか…」
「魔法武闘会を食い入るように見つめてた。他の魔導師を凄いって褒める言葉に嫌味もなくてさ。仕合を観たくて誘ってもらったらしいから、別にマードック達じゃなくてもよかったのかもしれない」
「なるほどな。間近で仕合を観たくて自分も参加した…か。サバトがアイツらの知り合い…って線は?」
「そこまで親しげでもなかったし、さすがにないと思う。お前はあると思うかい?」
「まずないな。特にアイツらの性格だと、エルフと親しくなれないだろう」
「とにかく魔法や魔導師が好きなんだって感じたよ。俺は治療の礼に飯を奢る約束したから楽しみだ」
「なにぃっ!?その時は俺も誘えよ!」
「サバトがいいって言ったらな」
なんとなくサバトは人見知りっぽかった。デルロッチが来るなら行かないって可能性もある。だったら誘わない。
「誘わなかったら絶交だからな」
「お前は子供か。まぁ、もう一度会えたらの話だよ」
★
その日の夜。
珍しくマルソーがマードックを呼び出していた。「酒を驕ってやるから家に来い」と。
俺は初めて自宅に人を呼んだ。他人に会話を聞かれないように配慮した形。巷で話題の人物が、俺達の友人だと即看破したのは当然のこと。買ってきた酒と肴をマードックに差し出す。
「最近、人気者だな」
「揶揄うんじゃねぇ!マジでうぜぇよ!」
「お前が目立つことするからだろ」
「…ちっ!」
外方を向くマードックに酒を注ぐ。
「俺も見たかった。他の種族がエルフの魔法だけでエルフに勝つなんてまず不可能だ」
そもそも操ること自体が不可能と云われている。魔力の質から発動方法まで全てが違うと。しかも、相手はかなり凄い魔導師だったと聞いた。宮廷魔導師を超えるような実力を持つエルフだったと。
「お前ら魔導師の常識ってやつか?」
「そうだ。ウォルト君に通用しないのは知ってるけどな」
「俺やエッゾは知ったこっちゃねぇ。わかんのは、アイツの魔法は面白ぇってことだけだ」
「今回の狙いはなんだ?」
「あん?」
「なんの理由もなしにお前がこんなことをするとは思えない。彼を表舞台に立たせたかったワケじゃないだろう?むしろ逆のはず」
彼が目立つことによってヘソを曲げる可能性があることを教えてくれたのはコイツだ。ヘソを曲げたら大変だとも。
「お前にゃ教えてもいい。理由は3つある」
「なんだ?」
「1つは俺の夢のタメだ」
「夢?どんな?」
「お前には言ってもしゃあねぇ。2つ目は、アイツが知らない魔法を見せるタメだ」
「それはわかる」
彼に知らない魔法を見せれば、勝手に習得してさらに凄い魔導師に成長する。常識破りのとんでもない獣人。
「3つ目は…俺らがSランクに上がるタメだ」
「そうか…。それもあったのか」
自分の名を売ったということか。納得だ。
「面倒くせぇけど、こういうのがいるんだろ?違うか?」
「そうだな。いいアピールになったろう。表彰式をボイコットしてなければ…な」
「うるせぇな!勝ちゃいいんだよ!」
「そういうとこだぞ。ランクを上げたければ多少は品位を保て。頭の固い奴らにアピールする必要があるらしいからな」
「ちっ…!」
「だが、パーティーのことも考えてくれたのは有り難い」
マードックは間違いなく脳筋だが、頭が悪いワケじゃない。ウォルト君には遠く及ばないが、獣人では賢い方だろう。
「お前……なんか失礼なこと…」
こういうとこだけ妙に鋭い。
「そんなことより、Sランクの剣士はどうだったんだ?見たんだろ?」
「あの女は相当強ぇ。ハルトでもよくてトントンか分が悪ぃ。スザクでも歯が立たなかったかんな」
「今は、だろ。先はわからない」
「ククッ。そうだ。俺もお前もな」
★
エルフの隠れ里ウークを懐かしい顔が訪れていた。サバトと共に武闘会を沸かせたフレイは、20年ぶりに故郷ウークに帰ってきた。目的は妹であるキャミィに会うこと。
魔力を注ぎ、結界を通過して中に入って懐かしい空気を浴びる。森だから大きく変化しているはずもないのに、立派に育った木々の成長に過ぎた年月を感じる。家に向かう途中で懐かしい顔に会った。
「フレイか。帰ってきたのか」
「あぁ。元気そうだな。フラウ」
フラウは昔から才能ある魔導師だった。昔より逞しくなったような印象。頻繁に修練するタイプじゃなかったはずだが。
「お前、雰囲気が変わったな」
「そうか?お前の方が変わったような気がする。俺は冒険者になったからかもな」
「はぁ?なんでそんなモンに?」
「実戦で魔法を磨くタメだ。俺は甘えていたら魔法は上達しない。お前とは違うんだよ」
俺にはフラウのような魔法の才能はない。3兄妹の中でも最も才能がないという自覚がある。ウークにいるだけでは発展しないと考えて、兄さんのように里を出た。
それから20年と少し。冒険したり自己研鑽を重ねて今に至る。サバトに「魔法が磨かれて光っている」と言われたのは嬉しかった。あれほどの魔導師に修練の成果を認めてもらえたのだから。
「お前らしい選択かもな。で、ルイスに用か?」
「いや。キャミィに会いに来た」
「キャミィなら修験林にいる」
「そうか」
フラウと別れて修験林に向かう。知っていたということは、アイツも今までいたってことだ。やっぱり修練してるんだな。
到着すると、キャミィは1人で魔法を修練していた。練り上げた魔力で見事なエルフ魔法を放っている。妹はウークの中でも幼い頃から魔法の才が飛び抜けていた。今でも変わらず磨いていることを嬉しく思う。
まだ100とちょっとしか生きていないのに、魔導師としての技量はウークの中でも指折りのはず。見る限り父さんに迫る技量かもしれない。そっと近付いて話しかける。
「キャミィ」
汗を拭って視線を向けてくれた。
「…フレイ兄さん。久しぶりね」
キャミィは昔から表情に乏しい。けれど、嬉しそうにしているのがわかる。昔から真面目で可愛い妹。
「見事な魔法だ。凄いな」
「ありがとう」
「キャミィに訊きたいことがあって帰ってきた」
「なに?」
並んで切り株に腰掛ける。
「少し前にカネルラの王都で開かれた武闘会に出場した。俺の組んでる冒険者パーティーで」
「冒険者になったのね。兄さんらしい」
「それで決勝までいった。けど負けた」
「残念だったわね」
淡々とした口調に昔を思い出す。悪気なくキャミィはこういう話し方。
「それでな…負けた相手に魔導師がいて、エルフだった」
「もう1人エルフがいたの?珍しいわね」
「ほぼ間違いない」
「ほぼ?どういう意味?」
「その魔導師は、正体を隠すために白猫の面を被ってた。素顔は種族が判別できないくらい焼け爛れてたと見た者は言ってる。けど、操る魔法はエルフの魔法で人間の魔法まで操ってた。今カネルラはその男の話題で持ちきりになってる。サバトって名前なんだけど偽名かもしれない」
「白猫の面…。サバト…」
「俺の魔法は全く歯が立たなかったよ。ゆっくり話したかったけど直ぐに立ち去ってさ。でも、キャミィや兄さんのことを知ってる風だったから訊きに来た」
「……心当たりがなくはない」
やはり。あれだけの魔導師はエルフにもまずいない。面識があれば直ぐに気付くはず。
「確信が欲しいから幾つか訊いてもいいかしら?」
「もちろん」
「話し方が柔らかいんじゃない?」
「凄く丁寧だった。エルフじゃないみたいに」
言葉遣いはまるで人間のようだった。エルフは基本的に高圧的な話し方しかしない。
「背は兄さんよりかなり高いわよね?」
「高かった。結構大柄だ」
「もしかして、私より若いって言わなかった?」
「言ってた。キャミィより若いのにあんなに身体が大きくなるはずないと思った」
キャミィより若いとまだ子供と言っていい大きさのはず。あれほど大きく成長するエルフはまずいないと思う。
「ローブを着てたんじゃない?」
「手袋までして見るからに暑そうだったよ」
闘技場の熱気は凄かった。獣人があの格好をしたら死んでるレベル。それでも平然としていた。
「障壁を張らずに魔法を受け止めたでしょ?」
「『雷鳥の筺』を軽く防がれたよ」
アレには心底驚いた。信じられない技量。質問を終えたキャミィは自信を持って告げた。
「その魔導師は私の友人よ」
「本当か!?会って話せるか?」
「定期的に会ってるから、次に会ったとき訊いてみる。他人と積極的に交流するタイプじゃないからあまり期待しないでほしい」
「訊いてくれるだけで充分だ。ありがとう」
今は話せなくても、100年後には気が変わるかもしれない。その時でいいから話せたら。社交辞令かもしれないが、また会えたらよろしくと言ってくれた。期待してみよう。
「あと…彼に会う気なら知ったことを誰にも言わないと約束してもらう。もし破ったら…私が許さない」
キャミィは真剣な眼差しを向けてくる。ああ見えてサバトは気難しいのかもしれない。
「約束する。キャミィに迷惑はかけない」
「お願いするわ。もしモフれなくなったりしたら…ゲフン!ゲフン!」
モフレ…?なんだって?
★
その頃、カネルラ王城のとある場所にて。
「お前…アイツが武闘会に出場するのを知っていたのか…?」
「いや。入場してきたとき気付いた」
シノとボバンが会話していた。珍しくシノからボバンを訪ねた。
「そうか…。役立たずめ…」
「はぁ…?お前はなに言ってんだ?」
「カネルラの驚異となる化け物を…王族がいる会場に入場するまで放置するような…鈍感騎士団長…。ククッ!」
蔑むように笑うシノ。普段なら受け流すが、俺も苛立ちを隠さない。
「言わせておけば…。そんなことだからウォルトに手合わせを断られる!この性悪覆面野郎がっ!!」
「くっ…。黙れ…。カカア天下の最弱騎士が…」
「死ぬほどモテないくせに偉そうに言いやがって!欠陥だらけ人間には嫁など来ることもないだろうがな!」
地味~に気にしていることを指摘されて、シノは覆面の内で青筋を立てた。
「お前は許さん…。殺す…」
「やってみろ!」
シノとボバンは、武闘会でのウォルトの闘いを見て以降、訓練だけでは昂る気持ちを発散できずにいる。
力を持て余している2人は、城内で大立ち回りを演じ、いつも制止する役割を担う者達からの陳情を受けた国王ナイデルから謹慎を言い渡された。