327 闘い終えて
表彰式をボイコットして退場している途中、通路に入る前に『審判の輪』を施してくれた運営スタッフを見つけた。
ウォルトは近づいて話しかける。
「お疲れ様です。出番が終わったので魔法の解除をお願いできますか?」
「お疲れさん。お前は…すげぇ魔導師なんだな。それでな…」
なにやら歯切れが悪い。
「『審判の輪』は解除しないように…と上から指示された」
「なぜですか?」
「理由は教えてもらえてない」
マードックが鼻で笑う。
「お前の正体が知りてぇとかそんなとこだろ。面倒臭ぇからコイツら全員燃やしちまえ」
「ちょ…!待てっ…!」
「ククッ!そんなところだろう。陰湿な魔導師連中の考えそうなことだ。お前の代わりに斬り殺してやろうか…?」
「待てって!俺は言われただけなんだ!」
「だったら貴方に迷惑がかからないよう後で解除しておきます」
「いつでも…解除できたのか…」
「大会に参加させてくれて感謝しています。ありがとうございました」
提案してもらわなければ参加できなかったに違いない。この人には本当に感謝している。歩を進めて通路に入ると、スザクさんが壁に寄りかかって立っていた。
「お疲れさん。いい仕合だったぁ」
「オッサン、まだいたのかよ」
「暇人め」
スザクさんは照れくさそうに頭を掻く。
「残って応援してたのに酷い言い草だなぁ。とりあえず優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「けっ!歯ごたえが足りねぇってんだよ!」
「その通りだ。次は個人戦に出る。お前を倒したあの女も倒す」
「はははっ。お前らはそうしなよ。サバトは、もしかして今大会が最後か?」
「はい。次があれば観客席でゆっくり観たいです」
「そうか。俺との飯の約束は忘れないでくれよ?」
「楽しみにしておきます」
スザクさんと別れる前に『審判の輪』を解除する。『無効化』で難なく消せた。
「お前さんはなんでもできるなぁ」
「できることだけです」
「できることが多いってだけか。それでも器用だ」
スザクさんと別れて通路を歩くボクらは、フクーベに帰ってから後日一緒にお酒を飲みに行くことに決めた。
この後は自由行動にして、とりあえず別行動をとることに。この3人で仲良く帰るなんてまずありえないから当然。
「飲むのはボクの住み家でも構わないぞ」
「わかってねぇな。それじゃお前が疲れて平等じゃねぇだろうが。じゃあ、フクーベでな。久々に面白かったぜ」
「俺もだ。魔法も見えるようになって修業の幅が広がった。次は…お前らを倒す」
「お断りしたいんですけど」
「ダメだ」
2人と別れて、とりあえずテラさんの家に向かうことにする。置かせてもらっている荷物に愛用のローブが入っている。このままでは、変装を解いても服装で直ぐにバレてしまう。誰も気にしてないと思うけど。
テラさんから事前に合鍵を預かった。「ずっと持ってていいですよ♪」と言われたけど、さすがにそういうワケにはいかない。目立つ格好だけどそれほど距離もないし、急ぎ足で向かおう。
「その前に…」
細い路地に入ると、即座に『隠蔽』を詠唱して姿を消す。しばらく待つと「どこに行った?」「猫の魔導師を探せ!」と数人の魔導師らしき者達が通り過ぎていく。
音もなく尾行されているのには匂いで気付いてた。足音を消す魔法か。『沈黙』で応用できるなんて考えてみる。
追跡されるようなことしたかな?表彰式を無視したから?まぁ、どうでもいいか。しつこく絡んでくるようならまた考えよう。
ボクにとって表彰式は興味も意味もない。一言で気持ちを伝えた国王陛下はさすがだと思った。
それはさておき、姿を消したままテラさんの家へと向かう。
「う~ん!爽快感が凄いっ!」
蒸れに蒸れた猫面を脱いだあと、持参したブラシで毛皮を整えていつものローブに着替える。家の中を綺麗に掃除した後、着替えをしまって布袋を背負うとテーブルにテラさんへの感謝を伝言に残して家を出た。
玄関を出て鍵を掛け、そのままドアの郵便受けに鍵を入れておく。伝言に残したから気付いてくれると思う。
王都に来るといつもお世話になってしまって、料理も作らせてくれて楽しい会話で心も和ませてくれる。そんなテラさんへの感謝を心で呟いて、王都を後にした。
★
チーム戦の決勝後、闘技場では魔法武闘会の決勝が行われる…はずだったが、ユルテロ代表のスメルズが棄権したことにより、王都の魔導師ナッシュが不戦勝となり優勝した。
時は少し遡って、スメルズが運営に棄権する旨を告げて帰ろうとしているとき、スザクが通路で声をかけた。
「スメルズさん。ちょっといいかい」
「アンタは、フクーベのスザク…だったか?俺になにか用か?」
「お疲れさん。なんで決勝を棄権したんだい?」
「あぁ…。あんな魔法戦の後に、しょぼい魔法を見せられるほど面の皮が厚くない」
スメルズはかなりの苦笑いを見せる。
「気持ちがわかりすぎるよ。俺はあの2人がおかしいんだと思う。あんな化け物が2人もいるなんて思わなかった」
「ははっ。確かにな…。けど、次こそ!って気持ちになった。今から帰って直ぐ修練だ。見たこともない魔法を見て、年甲斐もなく感動したんだよ。優勝なんてどうでもよくなった」
かなりのベテランだろうに向上心があるなぁ。サバトも認めるこの男の本気が見たかった。
「余計なことかもしれないけど、猫の魔導師は最初からアンタが優勝するって言ってた。凄い魔導師で、参加者では頭1つ抜けてるって」
「本当かっ!?あの魔導師に評価してもらえるなんて光栄だ…」
「アイツが言ってたけど、まだ全力を見せてなかったんだろう?次こそ楽しみにしとくよ」
「あぁ。猫の魔導師に会ったら言っておいてくれないか?いつか、貴方と魔法で力比べをしてみたいって」
「言っとくよ。会えない可能性が高いんだけどね」
スメルズはしっかりした足取りで帰って行く。表彰式に視線を向けると、ナッシュは石畳の上で満面の笑みを浮かべて歓声に応えていた。
「アイツも1年頑張ったんだろう。まぁ人それぞれってことか」
会場に背を向けて歩き出した。
★
スザクが会場をあとにした頃。
「フレイさん!お疲れ様でした♡」
「このタオル使って下さい♡」
「連絡先とか教えて下さい♪」
「私も知りたいです!」
「えっと…俺は王都には住んでなくて…」
決勝で敗れた【人間皆無】は、準優勝の表彰を受けたあと人に囲まれていた。…といっても、フレイが女性に囲まれているだけでバーヴとラクエは完全に蚊帳の外。少し離れた場所で苛立ちながらフレイを待っている。
「あんのヤロ~…!爆発すりゃいいんだ!」
「うむ。木っ端微塵にな」
妬みからの言葉が素直に口をつく。
「つうか、この後どうするよ?アイツは宮廷魔導師とかになっちまうんじゃねぇか?」
「おかしくはない」
「俺らもちったぁ名が売れたかもしれねぇけど、まだ足りねぇな。アイツがいなくなるとSランクは厳しいぜ」
「仕方なし。冒険者は強制されて続けられるものではない」
「まぁな。そん時は新しい奴と組むか。不細工な魔導師にすんぞ」
「同意」
どうにか女性ファンの対応を終えたフレイが、疲れ切った様子で戻ってきた。
「悪い。待たせた」
「大概待ったぞ!テメェは男の敵だ、バカヤローが!」
「バーヴ、お前に手紙だ。野性的な男性が好みだと」
「それを早く言えや!さっさと寄越せ!」
バーヴは口調とは真逆のだらしない顔で手紙を受け取る。
「俺」
「「ん?」」
「俺には?」
ラクエの言葉にフレイはそっと目を逸らす。バーヴが勝ち誇った顔で告げた。
「お前はよ、野性味だけはすげぇ。けど、蜥蜴みたいで気持ち悪ぃんだよ!グルハハ!」
ブチッ!と切れて白目を剥いたラクエは、剣を抜いてバーヴに斬りかかった。辛うじて刃を躱す。
「なにしやがんだ!この蜥蜴野郎!」
「シュルル……是非もなし…。捌いて熊肉として露店で売ってくれる」
「お前らやめろっ!」
その後、衛兵まで駆り出される騒ぎに発展して、【アーリカ】のAランクパーティー【人間皆無】はいろいろな意味で有名になってしまった。
★
一方その頃。魔導師ジグルの元に若い宮廷魔導師が集まっていた。
「申し訳ありません、ジグル様。完全に撒かれてしまいました…」
サバトの尾行を任せていた男達が頭を下げる。
「ご苦労だった。あの男は簡単に捕まるまいよ。儂の我が儘で話してみたかっただけのこと。気にするでない」
「しかし…『審判の輪』を自力で解除して我々の消音尾行にも気付くなんて考えられません」
「あの男は埒外。常識など通用せん」
サバトは人間の魔法『無効化』も軽々詠唱していた。いつでも解除できたが、大会に参加するタメにわざと付与されていたのだ。
魔法だけでなく五感にも優れているのだろう。かなりの賢さを備えているであろうことは容易に想像できる。とにかく深追いはするなと伝達しておいた。
エルフは気難しい者が多い。下手に気分を損ねるとどんな事態に直面するかわからん。
「お主らは、あの者達の魔法をどう感じた?」
「考えられない魔法でした…。エルフの凄まじさを実感しました」
「そうよな。だが、エルフだから凄まじかったのではない。あの者達の魔法を操る技量が優れているのだ。負けぬよう精進せよ」
「はい」
自信をなくしたであろう魔導師達に、1人1人言葉をかける。「其方達は今日の闘いを目にすることができて本当に幸運なのだ」と伝えた。あのような魔法戦は一生の内に何度も目にすることはできん。魔導師にとっては、真に幸運と呼べる出来事。
猫の魔導師サバトはもちろんのこと、フレイも素晴らしい魔導師だった。現時点で宮廷魔導師の頂点に立てる実力を持つ男。冒険者とのことだったが、宮廷魔導師に勧誘したい才能。エルフゆえに望むべくもないが。
魔法武闘会で優勝したナッシュなど足元にも及ばぬ。魔法武闘会は、本来であれば棄権したスメルズが優勝していたであろう。知る人ぞ知るスメルズは、経験に裏打ちされた高い技量を持ついぶし銀の魔導師で、魔法戦では無類の強さを誇る。
普段は地方都市ユルテロで暮らし、表舞台に姿を現さない。今大会の目玉になると確信しておったが、本気を見れなかったのが残念だ。
ただ…サバトはフレイもスメルズも遙かに凌駕していた。最も驚いたのは、あれほど激しい魔法戦を繰り広げながら最後まで全力ではなかったこと。
桁違いの威力を誇る魔法と膨大な魔力量、並外れた詠唱技術に度肝を抜かれた。フレイが勝る部分は1つも見当たらず、息も切らさずフレイの力量に合わせた手合わせに見えた。底が知れない魔導師。アレは…本当に人なのか。
「カネルラでも歴代最高の魔導師かもしれん…。死ぬまでに会って話してみたい。なんとかならぬか…」
数少ない知人のエルフであるルイスに訊いてみるか。さすがにエルフでも知らぬ者はいない手練であろう。
★
複雑な想いを抱える魔導師達と違い、今回の大会成功を喜んだのは王族。
「父上。大盛況の内に幕を閉じましたね」
「おそらく過去最高の盛り上がりだったはずだ。正直ホッとしている」
ナイデルは、ストリアル、アグレオと共に大会の余韻に浸っていた。
「各地の代表への応援がこれほど激しいとは思いませんでした」
「それぞれに故郷を愛している。家族や郷里を想う心が代表への声援に反映されたのだろう。やはり故郷とはいいモノだな」
民の熱狂を見れば一目瞭然。皆は、いつまでも故郷の心を忘れないのだと痛感した。都市を発展させることも大切だが、遠く小さな故郷を守ることも国王として忘れてはならない。
「それに、予想外の闘いも見れました。ジグルの話では数百年に一度あるかないかであると」
「正直あの魔法には恐怖を感じました」
「そうだな。あの2人の話を聞いてみたいが、王族などに興味もあるまい」
表彰式を辞退した獣人やエルフから、地位などに縛られないという意志を感じた。それでも一向に構わない。王族は神ではないのだ。ひれ伏す必要などない。
「ただ、獣人とチームを組んでいたのは意外でした。相反する種族に思えますが」
「2組ともにでしたね。時代が変わってきているのか、若しくはやはり人となりが重要であるのか」
「なんにせよ、盛況かつ無事に終えることができた。尽力してくれた皆に感謝を忘れてはならん」
「はい」
★
王族達の会話している直ぐ傍では、護衛の任務を終えようとしているアイリスはボバンと言葉を交わす。
「凄まじい魔法戦だったな。今年の観客は幸運だ」
「底が見えないとはあの人のことを言うのでしょうか」
最近では苦戦しているところを見てみたいと薄ら思ってしまう。今回は魔法戦だったけれど、ウォルトさんに魔法戦で勝てる魔導師は簡単に見つからないだろう。私は魔導師ではないけれど、世界中探しても存在するか怪しいとすら思える。
「フレイも掛け値なしに素晴らしい魔導師だった。おそらく宮廷魔導師よりも技量は上。そんな相手でも全く寄せ付けず勝ちきる。まるで別次元の生き物だ」
「エルフの魔法を操るだけでなく、それのみで闘い終えたように見えました。驚かないと思っても驚かざるをえません」
「そんなことができると初めて知ったが、今さら驚かない。できるだろうなで終わりだ」
団長はあらぬ方向を見た。
「アイツも今頃歯ぎしりしているだろう」
「誰ですか?」
「なんでもない」
★
王族女性陣も武闘会について感想を漏らす。
「はぁぁ~!やっぱり親友は凄かったぁ~!」
「そうね。凄すぎて表現できないわ」
カネルラに嫁いでからというもの、産後などを除いて10回以上武闘会を観覧してきた。祖国でも様々な魔導師に出会った。けれど、過去にウォルトのような魔導師は見たこともない。魔法の素人であっても凄い魔導師だと断言できる。
「リスティアの親友は、カネルラの歴史に残る魔導師になるかもしれないわね」
観客にそれほどの衝撃を与えた。
「かもしれないじゃなくて、なるだろうね。お母様。私には目標があるの」
「あら。初めて聞くわ」
「初めて言うからね。どこの国でもいいから、女王になって親友に支えてもらうの!もちろん国盗りって意味じゃないよ!」
「それはそうでしょう。宮廷魔導師ということ?」
「ただの世話係!料理とか勉強とか遊び相手をしてもらう!別に魔法はどうでもいい!」
疑問に思ったウィリナが確認する。
「リスティア様。カネルラも含まれるのですか?」
「もちろん!でも、その場合はお父様とお兄様達が民を苦しめるような政をしたときだけだよ!そんなことしたらお尻を思いきり蹴飛ばして城から追い出すって言ってあるから!」
リスティアはシュッ!シュッ!と尻を蹴る素振りを見せる。愛娘の思考と行動が可笑しくて笑ってしまう。ナイデル様達には悪いけれど、ちょっと見てみたいと思った。
「ふふっ!そうならないようアグレオ様にお願いしておきます」
「レイさん、大丈夫だよ!その時は、お母様とウィリナさんとレイさん、ジニアス達はお城に残して私が面倒みる!コレも言ってあるから!」
「ふふっ。その時はお願いするわ」
「その時はお世話になります」
「毎日美味しい料理が食べられそうです」
「…それに、美しい魔法も見れます」
「正直女王になれるなんて言い切れない!だから、まずは親友に支えてもらえるようになることが目標なの!」
「頑張っていい女になりなさい。きっと支えてもらえるわ」
王族に生を受けた女性は、本人が望む望まないに関わらず定められた道を歩まざるを得ないことを理解している。当然この子も。
ただ、リスティアは…この才能溢れる少女ならば、幾多の柵を越えて自分の歩む道を切り開くのではないか。そう思える。
色々な人の想いが交錯する中、『地獄の魔導師、灼熱のサバト』の名はカネルラ中に響き渡り、誰1人としてその行方を掴むことができず伝説のような扱いを受けることになる。