326 エルフVSエルフ?
ウォルトはエルフの魔力を練り上げながら思案する。
おそらくフレイさんは肉弾戦を仕掛けてこない。魔力の高まりが今から魔法戦を開始すると言わんばかり。もし肉弾戦になったらボクも頭を切り替えるだけ。
なぜかボクをエルフだと勘違いしてるようだけど、変装して素性を隠しているからそれ自体は好都合。間違えられたままで一向に構わない。…であれば、修練を兼ねてエルフの魔法のみで闘ってみよう。ボクのエルフ魔法はどこまで通用するのか知りたい。無理だと判断すれば直ぐにいつもの魔法を詠唱すればいい。
まずは相手の出方を待つ。本来、動き回って魔法を放つよりじっくり相手の魔法を観察したい派。
『浅葱色の氷雨』
フレイさんが詠唱すると同時に『聖なる障壁』を展開すると観客から歓声が上がった。フォルランさんに見せてもらった魔法とは完成度がまるで違う。観察を終えて防ぎきったのち即座に反撃した。
『浅葱色の氷雨』
「ぐぅっ…!」
障壁を展開して見事に防ぎきられた。さすがの強固さ。
「とても同じ魔法とは思えない……なにっ!?」
間髪入れず頭上に手を翳し、一瞬で『破魔の矢』を発現させ照準を合わせる。
「なんて魔力量だ…」
観客席から声が上がる。
「なんだありゃ?!」
「とんでもないデカさの矢だ!」
腕を振り下ろして『破魔の矢』を放つと、細かく分裂して障壁に衝突し連続で爆発を起こす。
「ぐうぅぅっ…!」
防ぎながら苦悶の表情を浮かべてるけど、ちょっと大袈裟に思える。フレイさんはこの程度の魔法で顔を歪めるような魔導師じゃない。ボクとしては、エルフだと思ってもらう挨拶代わりの魔法。
★
味わったこともない威力のエルフ魔法を障壁で防ぎ続けるフレイ。
「おぉぉぉ!」
「すげぇ魔法だ~!」
「なんて魔法だ!大迫力だぁ!矢地獄だ!」
「食らったら間違いなく死んでしまうぞ!」
会場が盛り上がりを見せる中で、俺は必死に『破魔の矢』を防ぎ続ける。サバトの仲間達が、舞台袖で爆風を受けながら笑っている声が聞こえた。
「ふざけた奴だぜ!面白すぎるだろ!ガハハハ!」
「アイツのおかげでよく見える。コイツの魔法は、恐怖以外のナニモノでもない。ククッ!ハハッ!」
俺は1つも面白くない…!アイツらは倒れるまで闘いきった…。俺も……負けられないんだよ!歯を食いしばって弾幕の雨を防ぎきると会場から拍手が巻き起こる。
「おぉぉっ!防いだっ!すげぇぞっ!」
「すっごいイケメンだし、かっこいい~!」
「直ぐに反撃だ!いけ!」
「もっと凄い魔法なら勝てるぞ!」
簡単に言ってくれるな…。生半可な魔法ではサバトに通用しない。よくわかった。認めたくないがコイツは俺より格上の魔導師。見蕩れるほどに美しく力強い魔法を操るエルフ。
「これならどうだ…」
サバトに覆い被せるように、一瞬で半透明の魔力の箱を発現させた。壁となる四方と天井に魔法陣が描かれている。
『雷鳥の筺』
詠唱と同時に魔法陣から雷撃が発生して、中央に立つサバトを直撃する。無数の鳥が羽ばたくように雷光が筺の中で反射しながら駆け巡る。
「とんでもない魔法だっ!」
「眩しくて見えない!中はどうなってる!?」
「猫は黒焦げなんじゃないか?!」
焼き焦がすつもりでしばらく魔力を放出し続け、魔力が霧散して視界が晴れたとき…サバトは平然と立っていた。残念だが予想通りか。この男は甘くない。
「うぉぉぉおっ!平然としてる!」
「マジかっ?!猫は無傷だぞ!?」
「お面まで無事だ!すげぇよ!」
観客の言う通りで苦笑しかできない。
「簡単に防ぐなんて凄いとしか言いようがない」
「凄いのは貴方の魔法です。凄まじい威力でした」
「身体を覆う膜のように障壁を展開したのか」
「その通りです」
一瞬だけ魔力を纏ったのが見えた。おそらく、瞬時に何層もの障壁を展開している。今ので破壊できたのはその内の1、2層。
驚くべき魔力操作と障壁の展開速度。常識で考えたら、あの一瞬でそんな複雑な操作ができるはずがない。しかも、限りなく薄く強固な障壁。
このエルフ魔導師は…やはり化け物だ。
★
ウォルトを知る王族女性陣は、観戦しながら驚いていた。
「リスティア…。貴方の親友は戦闘魔法まで凄いのね…」
お母様が言いたいことはわかる。さっきの矢の魔法も、優しいウォルトが放つ魔法だと思えなかった。相手が並の魔導師なら命を落とすような凶悪無比な魔法。
「私はウォルトの戦闘魔法しか見たことがなかった。普通なら怖いはずなのに、もの凄く綺麗だったから祝宴で魔法を見せてほしいって頼んだの」
「それなのに、祝宴では優しくて楽しい魔法を披露してくれたということですか?」
「ウィリナさんの言う通り。だから、あの時は凄く驚いた!私の想像なんか軽く超えてくる!それが親友!今だってそうだよ!むふぅ~!」
ウォルトはエルフ魔法のみで魔法戦に挑んでる。魔法の形態が違うから、多種族の魔法を操るのは不可能だと云われているのに、平然と操ってる。「自分はエルフだ」と言わんばかり。こんなの誰も疑いようもない。
レイさんが屈託ない笑顔を浮かべた。
「本当に凄い魔導師ですね」
「そうなの!凄い魔法使いなのに、とにかく謙虚で優しくて温かいの!作る料理も美味しい!」
私はそんな親友が大好き!口には出せないけど精一杯応援してる!頑張って!
★
充分に観察しながら初めて目にした魔法を防ぎきって、次はどんな魔法を見れるのかとウォルトが考えを巡らせていると、フレイが口を開いた。
「サバト、教えてくれ。俺の魔法は父さんと比べてどうだ?」
「ルイスさんと…ですか?」
「あぁ。俺の目標とする魔導師は父さんなんだ」
「ルイスさんの魔法を見たことがないので比べられません」
「そうか」
「1つだけ言えるのは、間違いなくフォルランさんとキャミィより上です」
フレイさんの操る魔法は2人とは質が違う。上手く表現できないけど、フォルランさんとキャミィは天才が操る魔法を放つ。ウイカやアニカも同様で、才能溢れる魔導師が操る真似できない唯一無二の魔法でもいうか。
それに比べてフレイさんは磨き上げられた魔法を放つ。初めは鈍い光しか放たなかった宝石を長い年月怠ることなく磨き続けて美しい光を放つような。
詠唱、魔力操作、魔力量。全てが上回ってる。現状魔法を見たことがあるエルフの中では間違いなく最高の魔導師。
「今の俺は2人より上なのか…。貴方に言われると信じられる」
「貴方の魔法は磨き上げられて光を放っています。心から尊敬します」
ずっと険しい顔をしていたフレイさんが笑みをこぼした。
「ホントに不思議な人だ。最後まで付き合ってもらいたい」
「喜んで」
そこから、互いに『炎舞』『炎龍』『颶風』『逆巻雨』とエルフの魔法を惜しみなく見せ合う。放つ魔法の全てが煌めいていて心に響く。やっぱり凄い魔導師だ。
★
フレイとサバトは派手なエルフ魔法を繰り出して会場を沸かせる。
相殺したり、障壁で受け止めたり、即座に反射させたりと、大立ち回りを繰り広げて観客は大熱狂。
「うぉぉぉお!すげぇなぁ!」
「見たこともない魔法ばかりだ!」
「めちゃくちゃかっこいい!」
「この2人は凄すぎる!」
「サバトの魔法は…怖いのに美しいな…」
「フレイの魔法も凄いよ。でも、猫の方がもっと凄いね」
「これってチーム戦だろ?!魔法武闘会の決勝じゃないよな!?」
「どっちもがんばれぇぇぇ~!」
どちらを応援するでもなく、老若男女が声を枯らして熱い声援を贈る。医療班で治療を受け目を覚ましたバーヴとラクエは、治癒師の制止も聞かず会場に戻ってきた。舞台に残された2人の闘いを間近で眺める。
「ハハッ!あんなバケモンが相手じゃ、俺らの援護は無理だったワケだぜ!」
「化け物を相手に拮抗。上出来」
「魔法のことは知らねぇけど、フレイの野郎はバケモンだ。だがよ…世の中にはとんでもねぇ野郎がいるな。どう見ても猫仮面の方が余裕だぜ」
「態度と裏腹に魔法は凶悪。フレイを超える異端」
「つうか、押されてるってのにアイツやけに楽しそうじゃねぇか?」
「ウム。初の破顔」
視線の先には、楽しそうに魔法を詠唱するフレイの姿。汗だくになって肩で息をしながら爽やかな笑顔が弾けている。
「フレイさん、かっこいい~♡」
「キャ~!こっち向いてぇ~♡」
「フッレッイ♪フッレッイ♪」
イケメンエルフのフレイには、自然と応援団が結成されていた。
「なんか………腹立つぜ」
「完全同意」
「しゃあねぇ……。モテない猫を応援すっか!」
「ソレもやむなし」
★
王族観覧席ではナイデルが思わず唸りを上げた。
「うぅむ…。ジグルよ。エルフの魔法とは恐ろしいな」
「左様で。間近に観ると、やはり魔法に愛された種族だと実感致します。魔導師なら誰もが彼等の魔法を操ってみたいと願わずにいられませぬ。叶わぬ願いでありますが」
「なんとなくだが理解できる」
平静を装っているが、儂は内心舞台に立つ2人の魔導師に脅威を感じていた。この者達は揃って化け物の部類。手を組めば、国王様をはじめ会場の観客全員を抹殺することも不可能ではない。それ程の魔導師。
此奴らが放っている魔法は、普通の魔導師が相手であれば確実に死に至る威力。宮廷魔導師であっても防ぎきれる保証はなく、命に関わるであろう。
多くの宮廷魔導師は防ぎきることすらできまい。闘気を操る騎士が盾となれば、王族の皆様を逃がすことが可能かもしれない、といったところ。
正確には、フレイだけが相手であれば甚大な被害はあれど王族の皆様と大多数の民を守れる。おそらく数で押し切れるであろう。
だが……猫の魔導師は違う。観客を守るタメに配置された魔導師や儂が死ぬ気で抵抗しても、魔法戦では決して勝てはしない。抑えようにも頭数が足りない。凄まじい魔法戦を繰り広げながら、現時点で魔導師としての能力の底がまったく見えていないのだ。唯一判明しているのは、間違いなく全力ではないということ。
跡形もなく壊滅させられるかもしれぬ。赤子の手を捻るように、軽く葬られる未来が容易に想像できる。まさか、生きている内にこんな魔導師を目にできようとは…。
顔に深い皺を刻んで笑う。間違いなく武闘会史上最高の魔法戦。想像すらできなかった。永遠に見ていられると思えるほど素晴らしい魔法の応酬。年甲斐もなく興奮せずにいられぬ。
「フゥゥ……」
そんなことを考えていたのも束の間、集中して魔力を入念に練るフレイの姿。
「コレは……どう受ける?」
両手を翳すと同時に、サバトに向け巨大な魔力弾が放たれた。
「いかん!」
思わず大きな声を上げた。放たれた魔力弾の延長線上には、王族の観覧席がある。フレイの放った魔力弾が、かなりの魔力量を秘めているのは一目瞭然。観覧席など簡単に吹き飛ばされる威力。
現在展開している魔法障壁では間違いなく防ぎきれぬほどの魔力量。仮に猫の魔導師が躱した場合、大惨事になる。
同じく危険性に気付いた警護の魔導師達も、障壁を強化するため即座に魔力を高める。展開が間に合うか微妙なタイミング。
猫の魔導師が上空に逸らすか弾き返すことを願いながら、魔導師達は『魔法障壁』の詠唱に入る。
だが、猫の魔導師が障壁を展開する素振りはない。躱すと我らが認識した直後、サバトは迫りくる魔力弾に右手を翳した。
翳した掌に魔力弾が触れた刹那……魔力弾は跡形もなく消滅して、儂らは呆気にとられる。
「なんという…魔導師じゃ……。信じられん…」
凄まじい魔力を含有した魔力弾を一瞬で吸収したというのか…?それとも無効化…?どちらにせよ凄まじい技量。
フレイは一瞬だけ目を見開いたあと、爽やかな微笑みを浮かべて口を開いた。
「サバト。俺の負けだ」
★
「え…?」
ウォルトは突然の敗北宣言に思わず声が漏れた。
「そこまで!勝負あった!勝者【獣人の力】!」
審判の声が響き、一瞬で沸騰したように闘技場が大きな歓声に包まれる。
「すげぇもんを見た!一生自慢できる!」
「どっちもよくやったぞ!」
「お前らは最高だっ!格好よすぎる!」
「フレイさんが負けちゃったぁ~!いやぁ~!」
面を被っていても耳が痛い。観客総立ちで降り注ぐ拍手と歓声の中、フレイさんが歩み寄ってくる。
「魔力切れだ。まさか渾身の魔力弾を吸収されるとは思わなかった」
「たまたま上手くいっただけです。今日は勉強させてもらいました」
フレイさんは本当に凄い魔導師だ。なんとか凌ぎきることができただけ。師匠との修練のおかげだし、オーレン達との修練の成果でもある。
「魔法で偶然上手くいくことなんてほぼない。貴方はなんでそんなに謙虚なんだ?まるで人間のようだ」
「謙虚じゃないです。まだ若造ですし」
ボクは謙虚なんかじゃない。師匠としか魔法戦をやったことがないし、負けなかったのは今回が初めて。「魔導師は決して手の内を見せない。目クソほどの脳ミソに深く刻んでおけ、バカ猫が」と師匠に叩き込まれてきた。
魔力切れは本当かもしれないけど、花を持たせてもらった可能性が高い。勝ったなんて言えないし喜べるようなことじゃない。
「気になってたけど、サバトは何歳なんだ?雰囲気からすると300歳くらいか?」
さすがキャミィの兄。妹と同じ質問だけど、なんて答えるべきか…。エルフも獣人と同じで年齢は気にしないだろうけど今は変装中だし…。
「えっ…と、キャミィよりは年下です…」
「う、噓だろっ!?」
「本当です。あと、フレイさん」
「なんだ?」
「またお会いしたときはよろしくお願いします」
「うん?あとでゆっくり話したいん…」
「おい!サバト!さっさと降りてこいや!」
「あぁ、今行く。では、お疲れ様でした」
フレイさんを残して石畳から降り、マードックの前に立つ。
「なんとか負けなかった」
「当たり前だ!ガハハハ!」
「実に愉快な闘いだったぞ。ククッ!」
「さっさと行くぜ」
「わかった」
会場から出ようと揃って歩き出す。
「待てっ!お前達、どこへ行く!?」
審判に呼び止められ、気怠そうにマードックが答えた。
「終わったから帰るに決まってんだろ」
「な、なに?!まだ表彰式があるっ!待たんかっ!」
「勝手にやれ。下らん茶番に付き合ってられん」
「賞品と賞状はっ?!サバト!お前は代表者だろう!?どうするんだっ!?」
「大丈夫です」
「なにが!?」
やることを終えたら長居は無用。獣人の共通認識だ。表彰式なんかに興味はない。再びてくてくと歩き出す。
「待てっ!」
「あん…?」
再び呼び止めたのは、リスティアの父であるナイデル国王陛下。立ち上がってボクらを見つめている。立ち止まって目が合うと、直ぐに爽やかな笑みを浮かべた。
「いい仕合であった!獣人の力、とくと見せもらったぞ!」
それ以上、なにも言わない。
「ガハハハ!ありがとよっ!」
「さすが国王。獣人を知っている」
「有り難きお言葉」
ボクはそれっぽい返事をして、今度こそ振り返らずに会場を後にした。