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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
323/706

323 剣士スザク

 武闘会は滞りなく進行して4強が出揃った。   


 その中には、フクーベ代表の【四門】の剣士スザクも勝ち残っている。噂を聞きつけたのか、休憩時間にウォルト達の前に姿を見せた。


「お前らがチーム戦に出場してるとは、夢にも思わんかったなぁ。しかも、本戦に残るとは立派なもんだ。相当な数がいたろうに」

「大したことねえよ。オッサンこそやるじゃねぇか」

「やるな、スザク。さっさとあと2つ勝て」

「はははっ!お前らは相変わらずだなぁ。俺もこう見えてかなりのベテランだぞ?話し方も昔から変わらんなぁ」

「今さら変わるワケねぇだろ。ガハハ!」


 ボクは初対面だけど、不思議な雰囲気を纏う剣士だ。一言で表現するなら全部が柔らかい。歳は40歳くらいだろうか?外見は大柄で傷だらけの強面な人間なのに、喋り方は優しさを感じさせるギャップがある。


 タダ、スザクさんの闘いぶりは見てないけど、強いのは間違いない。強者のオーラを感じる。


「お前らの出番も近いんだろう?観るのが楽しみだ」

「俺らの出番は最後だぜ」

「準決勝は?」

「相手が急に出るの辞めたんだとよ」

「そうか。それにしても、お前らはいい魔導師を見つけたなぁ。驚きだ」


 スザクさんはボクを見る。


「わかんのかよ。歳食ってるだけあってさすがだな」

「大きなお世話だ」


 スザクさんは微笑みとともにボクの前に立つ。


「お前さんは、名前はなんて言うんだい?」

「初めまして。サバトと言います」

「覚えておくよ。なぁ、サバト。図々しいお願いだけど、俺の体力を回復してもらえんかな?薄情なもんで、今日はウチの魔導師がいないんだ。回復薬だけじゃいまいち気分が上がらなくてなぁ。ちょっとでいいんだが」

「わかりました。傷はありますか?」

「切り傷とかすり傷があるよ」


 スザクさんの全身に『治癒』をかける。


「こりゃあ…見事な治癒魔法だ。マードックとエッゾにはもったいない。いつでもウチのパーティーに来てくれ」

「お世辞でも嬉しいです」

「お世辞じゃないんだがなぁ」

「おい、オッサン。とりあえず負けんなよ」

「約束はできないけど、フクーベの代表ってことで応援が凄いもんだから、やらなきゃならんよ」


 スザクさん達は各地の予選を勝ち抜いて出場している。街の看板を背負って闘っているようなもの。

 王都には地方出身者も多いだろう。だからこそ自分の出身地の代表に対する応援に熱が入っていて、おらが街の代表を精一杯の応援で鼓舞しているのは観戦して気付いた。


「お前らも声援に後押しされるよ」

「関係ねぇ。俺らはフクーベ背負ってねぇからな」

「俺達は俺達。ただ勝つだけだ」

「はははっ!サバト、コイツらを頼むよ。お前も無理するなよ」

「自分なりに頑張ります」

「お前さんはホントに謙虚だなぁ。闘いぶりを観るのが楽しみだよ。じゃあな」


 笑顔で控室に戻っていく。スザクさんは、心に涼やかな風を運んでくれた。心地いい爽やかな匂いを身に纏う男だ。



 ★



 スザクの準決勝は激戦になった。


 対戦相手はコーノスのAランク冒険者の剣士。端から見ても実力伯仲の名勝負。一進一退の攻防に、観客のボルテージも最高潮に達している。


 互いに傷付いても、構えを崩さず息を整えながら中央で対峙する。


「お前さんは強いなぁ。でも、負けられないんだよ」

「こんな舞台で、これ程大勢に応援されては負けられないだろ。俺もアンタも」

「だよねぇ。俺達は幸せ者だよ。普段の冒険なら絶対受けない声援もらってさ」

「あぁ。応援してくれる者に恥ずかしくない闘いをするだけだ」

「まったく同感だね」


 大歓声の中、石畳の上で闘いは続く。


 そして…。


「そこまで!勝者、スザク!」


 審判の名乗りに場内は大きな歓声に包まれる。肩で息をするスザクは、座り込む相手に歩み寄って手を差し伸べた。


「きっついなぁ…。疲れたぁ。もうボロボロになっちまったよ…」

「俺もだ…。もう動けん…」

「いい仕合できたよなぁ」

「胸を張ってコーノスに帰れる。アンタのおかげだ。ありがとう」

「こっちこそ。また()ろうよ」

「あぁ。優勝しろよ」


 起き上がって称えあうように抱擁すると、総立ちの観客から大きな拍手が贈られた。



 歓声に応えながら石畳を降りたスザクは、ゆっくり控室に歩を進めて通路に入ると、観客から見えない位置で壁に手をついて立ち止まる。


 いつっ…!こりゃあ……ちょっと厳しいなぁ。


 アイツは強かった…。勝てたのは俺の方がほんの少し運が良かっただけだ。気丈に振る舞って歩いていたが、殴られ打たれ、斬られて満身創痍。

 おそらく利き腕の骨にヒビが入ってるな。最悪折れているかもしれない。左足も同じ。こりゃあ…さすがに棄権するしかない…か。この状態で決勝は闘えない。相手にも失礼だ。せめて治癒魔法をかけてもらえば…。いや、ないものねだりしても仕方ない。

 

 …と、通路の先から人が近づいてくる気配。視線の先にいるのはマードック達の知り合いの魔導師サバト。


「お疲れさまでした。痛そうですが大丈夫ですか?」

「格好悪いとこ見られたなぁ」

「最高に格好よかったです。激闘に感動しました。お世辞じゃありません」

「そう言ってくれると助かる。ところで、どうしたんだ?対戦相手が決まる闘いが直ぐ始まるぞ?」

「1つ確認したくて来ました。なぜ今日はパーティーの魔導師がいないんですか?」


 そこが気になるのか?


「昨日の朝まではいたんだ。ギルドからの緊急依頼でフクーベに帰ったんだよ。小さな村に魔物が出たからって討伐にね」

「それで1人で闘うことに?」

「俺達は冒険者だから、困った人の依頼が優先。そこを履き違えたら存在する意味なんてないさ。俺の辞退はメンバーが許してくれなかった。「優勝してこい!」って無茶振りだよ」


 期待に添いたかったんだがなぁ。やっぱり強い奴ってのは沢山いるもんだ。


「そうでしたか。それにしても怪我が酷いですね。医療班に行くんですか?」

「どうしようか考え中。止められたくないんだ」


 武闘会に優秀な治癒師が待機してるのは百も承知だけど、診断次第では戦闘は続行不可能とみなされ強制的に棄権させられてしまう可能性がある。

 いかに王都の魔導師や治癒師が集まる医療班の技量でも、休憩中にこの怪我が完全に回復するとは思えないな。

 短時間では数人がかりでよくて5割回復すればいい方だろう。俺は冒険者だ。そのくらいの自己診断はできる。


 メンバーや想いを託してくれた対戦者、応援してくれる人達のために決勝には出たい。けど、治療を依頼すると止められてしまう可能性が高い。どうするべきか悩んでる。


「スザクさんがよければ、治療を任せてもらえませんか?」

「お前さんは優しいなぁ。アイツらとパーティーを組めるのも納得だ。でも、気持ちだけもらっとくよ」

「決勝に出たいんですよね?完治は無理でも駄目元です。誰にも言いません」


 なぜかサバトの言葉に期待が芽生える。できるはずもないのに、もしかすると……。そう思える不思議な感覚。


「確かに駄目元だよなぁ。じゃあ、悪いけど頼めるかい?」

「はい」


 サバトが何者か知らないし、あえて追求する必要もない。だが、明らかに気配が普通の魔導師と違う。さっきの『治癒』も見事だった。おそらく中身は高レベルの魔導師。どんな思惑があるか知らないが、痛みだけでもとれたら御の字だ。




「治療は終わりました。まだ気になる箇所はありますか?」

「いや…。ないよ…」

「よかったです」

 

 身体を動かしてみるが、どこにも痛みがない…。怪我は完治して体力も万全に回復している。とても信じられない…。数分という短時間で…しかもたった1人で治療したのに…だ。


「決勝での健闘を祈ります」


 サバトは背を向けて歩き出す。


「サバト!お前さんは何者なんだ?」


 訊かずにいられない。信じられない魔法を操る魔導師。こんな男を俺は他に知らない。立ち止まって振り返ったサバトは首を傾げた。

 

「ただの魔法が使える猫マスクです」

「…はははっ。そうかぁ。せめてもの礼に魔力回復薬はいらないか?アイツらは準備してないだろ?気が利く連中じゃないのはよく知ってる」

「気持ちだけ頂きます」

「元々ウチの魔導師に使う予定だったから遠慮はいらんよ」

「大丈夫です。正直に言うと、ここ何年か魔力回復薬を飲んでないので怖いんです」


 きっと嘘じゃないんだろうなぁ。下らない噓を吐きそうにない。


「そうかぁ。なぁ、サバト」

「なんでしょう?」

「いつか一緒に飯を食おうよ。今日の治療の礼に酒も驕らせてくれないか」

「是非お願いします。楽しみにしておきます」


 去りゆくサバトの背中を見送った。




 武闘会決勝は、カネルラに数組しか存在しないSランクパーティー【蒼い閃光(ブルレウム)】の剣士アルビニとスザクの対戦。


 王都の冒険者ギルド所属で、カネルラ最強の一角と名高い女性冒険者。白銀に輝く部分的な鎧を装着して、腰に付くほど長く美しい金髪を先だけ纏めて紐で縛っている。


 対峙して、舞台中央で言葉を交わす。


「お前さんは強いねぇ。オーラが違うよ」


 初めて会うけど、この子は強いなんてもんじゃないなぁ。まだ20代だろうにこの若さで大したもんだ。


「光栄です。貴方は先程の闘いでかなりの怪我をしたと見受けたのですが、大丈夫なのですか?」

「なんとかね。運良くいい治癒師に会ったもんでさ。全快だよ」

「そうですか。では、遠慮なく行きます」


 表情1つ変えないか。いい剣士だ。油断なんて微塵もないだろう。


「さすがだねぇ。そういう切り替えの速さは嫌いじゃないなぁ」


 審判がゆっくり右手を挙げる。


「それでは!武闘会、決勝…始め!」


 腕を振り下ろすと同時に、戦闘開始の銅鑼が鳴り響いた。


 

 ★



「いやぁ、負けたよ。完敗!」

「なんで嬉しそうなんだよ。この負けジジイが」

「負け犬みたいに言うなよ。俺はまだ精々おじさんだぞ」


 スザクさんは決勝で敗れ準優勝に終わった。闘い終えて直ぐに、ボクらの観覧場所に姿を現した。優勝したアルビニさんは強かった。剣技、技能、身体能力、どれを取っても一枚上手だったと云わざるを得ない。

 スザクさんは、接戦に持ち込むべく様々な策を練ったけど、驚かせることはできても脅かすまでは至らなかった。

 けれど、最後まで諦めず力を出し切った闘いに感動すら覚えた。態度は飄々としているけど、この人は本当に強くて凄い剣士だ。


「やっぱりSランクは違うなぁ。もうちょっと追い詰める予定だったけど」

「けっ!鍛え方が足りねぇんだよ!」

「お前はまだ上にいけるはずだ」

「お前らは、いい歳のおじさんに無茶言うなぁ。サバト、俺の決勝はどうだった?」

「素晴らしい仕合でした」


 本当にレベルの高い仕合だと思ったけれど、相手のアルビニさんが強すぎた。ボクの知る剣士ではボバンさんに並ぶ強さだと思える。

 スザクさんの剣術や作戦は通用していた。けれど、彼女は全ての策に冷静に対処して崩れなかった。地力に加えて場数を踏んでいるのだろう。


「俺はお前さんの治療を受けた分の闘いを見せられたかなぁ」

「はい。十二分に」


 律儀な人だ。強さは元より人間性を尊敬する。背負った想いを強さに変える剣士だと思える。


「だったらよかった。次はお前らだな」

「まだまだ時間はあんだよ。魔法の方の決勝前だからな」

「飯食って寝るとするか」

「お前ら忘れてないか?デルロッチの応援もしろよ」

「冗談言うんじゃねぇ!アイツは(きれ)ぇだ!」

「アイツは獣人を嫌ってる。その内斬ってやる」


 そうなのか。だったらそう思うのも仕方ないけど、この2人が言うことだから真に受けない方がいいか。


「しょうがない奴らだなぁ。サバト、お前さんはフクーベから来たのか?」

「いえ。違います」


 ボクは動物の森から来た。


「もしよかったらフクーベのデルロッチって奴を応援してやってくれ。俺達の顔見知りなんだ」

「はい」

「やめとけ!下らねぇ!」

「お前ならアイツの魔法を見ただけで嫌な奴だとわかる」

「違うって。お前らは勘違いしてるんだよなぁ」


 スザクさんの言う勘違いってなんだろう?フクーベの予選で既にデルロッチさんの魔法を見てるけど、特に気になるところはなかった。素晴らしい技量を備える魔導師。


 それはさておき、今からはボクにとって待ちに待った時間。この大会に参加した理由。カネルラ最高峰の現役魔導師が繰り広げる魔法戦を観れるのは心の底から嬉しい。


「顔は見えないけど、サバトは楽しそうにしてるなぁ」

「魔法武闘会を観るために誘ってもらったので、ワクワクしてます」

「そうだったのか。お前さんの笑顔が見たいもんだね」

「別にいいですよ」

「えっ…?!いいのか?」

「構いません。怖いモノを見るのは大丈夫ですか?」

「言ってる意味がわからんけど、大丈夫だと思うぞ…」

「では…」


 周囲に人がいないことを確認して猫の面を外すと、スザクさんは直ぐに嘔吐いて涙目になった。


「すまんっ!マジですまないっ…!オエェ…」

「ガハハハッ!アホだな、オッサン!テメェが見てぇっつったんだろ!」

「ククッ。好奇心で自爆してどうする」


 連呼しながら嘔吐くスザクさんの背中をさすって、やっぱりこの顔はやり過ぎなのかと思ったけど、とりあえず大会が終わるまではこの顔で通すことに決めた。

 

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