322 一悶着
食事を終えて闘技場に戻る途中の一幕。
マードックが苛立ちを隠さない口調で告げた。
「おい。アイツらをなんとかしろや」
「そんなこと言われても、ボクも困ってるんだ」
「まぁ、奴らの気持ちはわからんでもない。ククッ!」
3人で食事に向かったら、なぜか数人の魔導師が後を付いてきた。気になって「どうかしましたか?」と尋ねてみると「弟子にしてください!」と頭を下げてお願いされた。
「無理です。人に魔法を教えられるような者じゃないので」
「そんなはずないです!」
「高名な魔導師のはずです!」
「凄い人だと一目でわかりました!」
凄い勢いで褒め殺されて困ってしまう。結局、食事処まで付いてきたので、ボクは面を外せず飲み物をストローで飲んだだけ。その後もずっと付いてきてる。
「どうすんだよ。家まできちまうぞ」
「はぁ…。仕方ないな…」
簡単な言い訳を思いついた。コレで諦めてくれないかな。立ち止まって振り向く。
「皆さんにお見せしたいモノがあります…。なぜ弟子にできないのか…。なぜ私が面を被っているのか…」
弟子志願者に向かっておもむろに白猫の面を外した。
「ひぃっ…!」
「うわぁっ…!」
「きゃあぁぁ…!」
面の中から現れたのは、顔中焼け爛れて原形を留めない人の顔。耳や鼻は削、髪や眉もない。あるのは目と綺麗に並んだ歯だけ。種族など判別できない。肉が剥き出しで謎の粘液が染み出している。
もちろん『変化』で作り上げた顔。
「私の修練を受ける気なら…こんな姿になっても容赦しません…。それでも弟子になりたいですか…?であれば…」
「「「し、失礼しましたぁ~!」」」
蜘蛛の子を散らすように姿を消した。直ぐお面を被り直して安堵の溜息を漏らす。
「ガハハハハ!お前はマジでぶっ飛んでんな!面白ぇ!」
「まったく愉快だ。しばらく夢に出るぞ。眠れんだろう。ククッ!」
「諦めてくれるなら御の字です」
帰って言いふらしてくれたら、面を被ってる理由として理解してもらえるはず。こんなに効果的なら初めからこうしておけばよかった。
闘技場に戻るなり、人のいい運営スタッフに謝られる。
「おい、サバト!お前さんは『顔面灼熱地獄』で『折檻の魔導師』なんだって?!お面は周りに気を使ってくれてたんだな!不正とか疑ってすまん!」
噂の広まる速さは尋常じゃないな…。肝に銘じとこう。それにしても…『顔面灼熱地獄』はわかるけど『折檻の魔導師』ってなんだ?折檻されたような顔?折檻好きの変態魔導師ってことか?
妙な異名を付けられてしまったけど、そもそも魔導師じゃないし、二度と表舞台に立つことはないから問題ない。
「謝らなくていいですし、実際それほどでもないですよ。貴方も見ますか?」
「イヤイヤイヤイヤ!さっき見た奴らが思い出し嘔吐してた!俺みたいな小心者は飯を食えなくなっちゃうよ!想像しただけで…うっぷ…!」
そんなに…?大して気味の悪い顔じゃなかったと思うけどなぁ。ボクは師匠との修練で何度も似たような顔になってる。
「ところで、ボクらは開会式とか出るんでしょうか?」
「あくまで武闘会と魔法武闘会の選手だけだ。チーム戦は合間の時間を繋ぐために行われるだけだからな」
「ということは、出番まで大会を観覧して良いんですよね?」
「いいぞ。観客の邪魔にならないところでな」
「ありがとうございます」
カネルラ全土から集まった魔導師達の夢の競演。最高に楽しみだ。
★
武闘会の開会式は滞りなく終了した。
各地の予選を勝ち抜いた強者達は、昨日の内に最終予選を闘って、今日は勝ち上がった8名による大会が行われる。
各地の誇りを胸に集まった者達は素晴らしい闘いを繰り広げ、まさに記念大会に相応しいレベルの高さを示した。
敗れた者であっても、騎士団や宮廷魔導師への勧誘が行われた。今大会には、各地に散らばる優秀な人材を発掘して本人にその気があれば登用する狙いもある。
勝ち残った者達は、誰もが優勝できる実力を持つ者ばかり。カネルラの王族達も熱戦を期待している。
「今大会は素晴らしい選手ばかりと聞いたが」
「過去最高の大会になるものと存じます。私も最終予選を観戦しましたが強者揃いでありました」
「お前が言うのなら間違いないな。楽しみだ」
王族観覧席の国王ナイデルと騎士団長ボバンの会話が聞こえる位置に女性騎士アイリスの姿があった。今年も護衛に選ばれ、ボバン団長とともに近くに控える。
開始前の今がお伝えする好機。ストリアル王子、アグレオ王子、そしてリスティア様を含めた女性陣が並ぶ観覧席にそっと近付く。
「王女様…」
「なに?」
他の方に聞こえぬよう小声で伝える。
「驚かずに聞いて頂きたいのですが、本日の武闘会…」
「なにかあるの?」
「ウォルトさんが出場されます」
「うっそぉぉぉ~!?」
急いで口を押さえる王女様。国王様が気付いてこちらを向く。
「なんだ?どうした?」
「なんでもないよ!こっちの話!動物の森の話だよ!」
「…鬱蒼?」
違和感を感じた表情ながらも、国王様は団長との会話に戻られた。
「ふぅ…。あぶなかった…。お父様が単純でよかったぁ」
「多分、誤魔化せていませんが」
さすがに無理がある。
「驚くなって言われたのにゴメンね。詳しく聞かせて」
「ウォルトさんはチーム戦に出場されます。予選からの出場ですが、あの人がいるチームが負けるとは思えません」
「確かに。でも魔法を使えないよね?」
「一応変装されています。変装と言えるか微妙ですが」
昨夜ウォルトさんから聞いたことを伝える。身分を隠すタメに王女様から頂いた白猫のお面を被っていることも。
「そっか!魔法武闘会を観たくて参加するんだ。ふふっ!でもその格好は目立つね!」
「予選のスタッフに確認したところ、かなり異質だったみたいです。変に丁寧な話し方の猫マスクがいると」
「だよね~!一気に今日が楽しみになったよ!教えてくれてありがと!」
「王女様は直ぐに気付かれるとは思ったのですが。念のため」
王女様は元より、私もウォルトさんが負けるとは微塵も思っていない。むしろ、単独による参加でもチーム戦を勝ち進んでいるだろう。
あの人の魔法は常識外れ。どんな作戦を立てるのか、どんな魔法を詠唱するのか想像できない。
今日を逃すと表舞台で観ることは二度とないだろう。おそらく貴重で希少な日となる。
★
チーム戦で勝ち残ったのは、ウォルト達【獣人の力】を含めた4チーム。
午前中に行われる武闘会決勝前の休憩時間に準決勝を闘い、午後の魔法武闘会決勝前の休憩時間を使って決勝を闘う。2つの武闘会の決勝前の間を繋ぐ、あくまで前座的な位置付け。
予選と打って変わって時間に余裕があるので、集合時間までは各々自由行動に決めた。エッゾさんは「武器屋を見て回る」と言っていたけど、「しゃあねぇな。俺も行くぜ」とマードックも付いていった。
のんびり1人で観戦する前に、まずは雉を撃ちに向かうと途中で声を掛けられる。
「サバトさん…だったか?」
声のした方を向くと3人組が立っている。見覚えがある。…というか準決勝の対戦相手だ。
「なんでしょう?」
「アンタに話がある。顔を貸してもらえるかな?ココじゃ話しにくいことなんだ」
「いいですよ」
後を付いていくと、闘技場から離れて人気のない場所に辿り着く。見たところ古い修練場のよう。
「俺らは王都の冒険者で【逆鱗】ってAランクパーティーだ。成りたてだけどな。俺はリーダーのアリ」
「そうですか」
この3人は予選でも実力が抜きん出ていた。本戦に残った他の3組は全てボクの予想通りで、その内の1組。
「単刀直入に言う。アンタら…俺達に負けてくれねぇか?」
「どういうことです?」
「俺らはSランクを狙ってる。だから、この大会で名を売らなきゃならない」
「だったら実力で勝てばいいのでは?なぜ八百長のような真似を?」
「…アンタは冒険者か?」
「いえ」
「わからないだろうな。Sランクに上がるには…こんな大会で万が一にも負けられない」
「そうだとしても、わざと負けるのは無理です。他の2人が納得しないので。それに、わざと負けてもらってランクを上げるくらいなら、冒険者をやめた方がいいのでは?」
そんな冒険者がSランクとやらに登れないだろう。有り得ないけど、ボクはオーレン達が言ってきたとしても同じことを言う。
「仕方ないな。交渉決裂か」
「交渉なんてしてないです。聞かなかったことにします」
歩き出して直ぐ引き留められる。
「待ってくれ。俺らが八百長を持ちかけたことをアンタが言わない保障はないよな?」
「ないですね。誰にも言いませんが」
「なら……力尽くで口止めしないとな」
「ですよね」
面の中で苦笑する。
「その口振り。わかってて付いてきたってのか…?」
「えぇ」
匂いでわかるんだ。それぞれの体臭は違っても同じような匂いがする。人を傷付けようとする者からは……反吐が出そうな匂いが。
「やっぱりアンタは危険だ。ウチの魔導師が警戒する意味がわかった」
「買い被りです」
「提案なんだが、大会が終わったら俺らのパーティーに入らないか?アンタなら歓迎する」
「お断りします。先約があるので」
約束したオーレン達以外と冒険者パーティーを組むつもりはない。組めるとも思わない。
「残念だ。しばらく王都の病院で休んでもらうとしようか」
「魅力的な提案ですがお断りします。それより、Aランク冒険者ということは…」
マードックやエッゾさんと同じような強さということ。ならば…。
「全力でいかないとな…」
面の中で嗤い、すっと手を翳した。
★
「ぐうっ!?なんなんだコイツは!」
「ウラァァ!」
「がぁっ!クソがぁぁっ!」
「ウダラ、どけっ!『火炎』」
『反射』
「ぎゃあ!炎が…!」
「イヴォク!」
「大丈夫だ!『水撃』!はぁ…ふぅ…」
俺達は息を整えながら猫面の魔導師と対峙する。冷静に考えを纏めようとするが、興奮が治まらない。
コイツは魔導師なんじゃないのか…?3対1だぞ?なぜ俺達が圧倒されてる…?戦闘でも…魔法でもだ。
俺らは、成り立てとはいえ王都のAランクパーティー。それが…たった1人の魔導師を相手に苦戦させられている。
サバトは手を翳し即座に詠唱する。
『破砕』
「ぐあぁぁっ!」
「がぁっ!…イヴォク!」
「くぅっ…!ぐぅっ…!」
踏ん張っても軽々と吹き飛ばされる威力に、魔導師のイヴォクは気を失った。とんでもない範囲と威力の『破砕』。イヴォクはもう起きれない。障壁も展開できない詠唱の速さ。
なぜだ…?なぜ俺達がこんなボロボロになる…?コイツは…一体何者なんだ…!
「1人倒れたぞ。まだやるか?」
「舐めるなっ!クソ猫がっ!」
「ウダラ!不用意に近づくな!」
魔法のダメージが残るウダラの拳を軽やかに躱したサバトは、腹を両掌で打つ。
「フゥッ…!」
ウダラの腹が渦巻のように捻れた。見たこともない技能。
「ぐはぁぁあっ……。が……はっ…」
白目を剥いてガクンと膝から崩れ落ちる。
「残りはお前だけだ。どうする?」
多くの魔法を詠唱し、激しく動きながらも息1つ乱していない。
「お前は…柔らかい態度で凶暴な爪を隠してる…。これほどやるとは」
「なにを言ってる?お前らは格下だと思って力を抑えて闘ってる。そこにつけ込むのは容易い」
それは事実だ…が、それだけでこの有様はあり得ない。コイツの仲間のゴリラの戦士と狐の剣士は強者だと…危険だと感じた。だから、この白猫と交渉した。
イヴォクは「アイツは凄い魔導師だ。並の技量じゃない」と言ったが、俺とウダラには理解できなかった。
今さら実感する。コイツは化物だ…。とんでもない奴にケンカを売ってしまった。
この状況を打破する方法は…。
「大したもんだ。ところで……お前が俺達を襲った。こんなシナリオはどうだ?」
嫌な笑みを浮かべてみせる。
「お前らと対戦するのを恐れて、こちらが襲ってからの今だと?」
「あぁ。面白いシナリオだろう?卑怯な手と不意を突かれてやられたってとこか。俺は衛兵にも顔が利く」
脅しのような台詞を受けたサバトは思案する仕草を見せる。さぁどう答える。
「確かに面白い。卑怯な手を使う魔法使いの暴漢に襲われ、王都のAランクパーティーがあえなく全滅。世間の同情を買ってランクが上がりそうな最高のシナリオだ。太鼓判を押してやる。衛兵にも洗いざらい話してやろう。箸にも棒にもかからない冒険者だと」
「ぐっ…」
コイツは気付いてる…。そんなことをしたら、俺達は今後絶対Sランクに上がれない。それどころか嘲笑の的になるだけだと。
「見逃してくれるか?」
「やるなら徹底的にやる主義だ」
じゃあ「どうする?」って聞く意味ないだろ…。コイツ…天然なのか?
「お前は仲間に欲しかった」
「願い下げだ」
ふぅ…。やるしかない。だが、その前に…。
「偉そうに言えないが、コイツらは俺の計画に加担しただけだ。脅迫したことは黙っててくれ。頼む」
なんとかコイツらだけは…。
「人の話を聞いてないのか?さっきも言ったが、なにも聞いてないし誰にも言わない。同じことを何遍も言わせるな」
まさか…本当ににそのつもりだった?
「参ったな…。アンタに惚れそうだ」
「御託はいい。狙い通り回復したろう」
ちっ…。気付いてて待ってたのか。世の中には凄い奴がいる…。この男に勝てないでなにがSランクだ…!夢のまた夢だろうがっ…!
「俺の全力で……お前をぶっ倒す!」
「やってみろ」
目を覚ましたときサバトはいなかった。辺りを見渡して気付く。
「完敗だ…。すげぇ人に会った…」
自分も含めメンバー全員に傷1つない。去る前に治癒魔法で回復してくれたのだと気付く。とりあえずイヴォクとウダラを起こして状況を伝える。
「そうか…。腹への一撃は過去に味わったこともない。千切れるかと思った」
「とんでもない魔導師だ…。近接戦闘もできる人がいるなんて…」
「俺達が手を抜いてることに気付いてた。だから、そこにつけ込んだんだと」
口に出しながら苦笑いしかできない。舐めていたのは事実だが、俺達は直ぐに全力を出した。イヴォクも感じていたことを口にする。
「魔法の威力を多少抑えたのはある。けど、本気でいってもきっと歯が立たない」
「そうなのか?」
「サバトの魔法は全然本気じゃなかったからな…。俺にはわかる。絶望的な実力差だ」
「マジか…」
肩を落とす2人。
「嫌なことに付き合わせて悪かった。俺が昇格を焦ったばっかりに」
「お前だけが悪いわけじゃない。俺も同意したんだから同罪だ。Sランクに上がるにはこんなとこで躓いてられないと思った」
「まともに闘っても勝てないと思ったから俺も乗った。汚い手を使っても勝ちたいと思ったからな」
これは伝えておくか。
「サバトは…今日のことを誰にも言わないと言ってくれた。噓はないと思う」
「1からやり直せ…ということか?」
「格好よすぎる。俺を弟子入りさせてくれないか…」
スッと立ち上がる。
「それは無理だろ。俺達のことをよく思ってるはずない。とりあえず……行くか!」
「そうだな」
「気持ちは不思議と軽い」
俺達は清々しい顔で闘技場へ向かう。
★
ウォルトは闘技場の通路の隅で武闘会を観戦していた。
激闘合間の休憩中に、ついさっきの出来事を思い返す。思いがけず闘うことになったけれど、闘いの途中で気付いた。
彼らの行為は絶対認められないけど、きっと根っからの悪人じゃない。口では悪ぶっていたけど、殴るのを躊躇っていると感じたし放つ魔法の威力もかなり抑えてた。技能も使ってない。本気でボクに大怪我をさせるつもりはなかったはず。
なによりも、彼らが本気で闘えばボクが倒せるはずがない。マードック達と同じ実力を持つ冒険者だ。卑怯な手も使うこともなかった。魔法を損得なしで互いにかばい合う姿もあった。
色々な違和感が積み重なったことで推測した。ただの自己顕示欲でSランクに上がりたいのではなく、きっとなにかしらの理由があるんだと。いつも熱くなって忘れる大事なこと。
人を傷付けようとする者の匂いはした。実際に口封じという愚行に出たけど、今回はやりすぎないように心がけて、だからこそ怪我の治療もした。もし間違っていたら責任はボクにある。
問題は…その時はどうやって責任をとればいいのかだけど…。回復させたことで、他のチームにも同じことを仕掛けたら面目が立たない。
ちょっと胃が痛くなってきた。でも信じよう。本戦でまた闘って、結果はどうなるかわからないけどその後に理由を聞いてみたい。その時は彼らと本音で話せるような気がする。
そんな淡い希望は、運営の「【逆鱗】は辞退した。お前に「ありがとう」と礼を伝えてくれとのことだった。意味がわかるか?」という台詞で打ち砕かれた。