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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
321/706

321 力を合わせて

 マードックとエッゾさんが食事に向かって、およそ30分後。残されたウォルトにちょっとした…いや、結構大きな問題が起こる。

 

 運営側が予選終了時間の見込みを間違っていたことに加えて、参加者の多くが辞退すると言いだした。腕試しのつもりで参加した者も多かったようで、他のチームの実力を目の当たりにして怖じ気づいてしまったらしい。


 更なる時間短縮となり、一度に闘うのは4チームから6チームに。そして…マードックとエッゾさんが戻る前に2回戦が開始されることになってしまった。


「所用で2人いないんですが、出番を遅らせてもらうのは無理ですか…?」


 申し訳なさげに運営スタッフに尋ねてみる。


「飯を食いに行ったんだろ?あれだけデカい声で話してれば嫌でも聞こえる。諦めろ」

「ですよね」

「そもそも、この時間に飯に行く胆力は尊敬に値する。でもな…いくらなんでも常識がなさ過ぎるだろ」


 スタッフの苦笑も当然。いつ呼ばれるかわからないのに、食事に行くのは普通の神経じゃない。携行してくるのが普通だ。引き延ばせないかと下手な噓を吐いてみたものの、あっけなく看破されて手詰まり。


「辞退するしかないんでしょうか?」


 あと5分もすればボクらの出番。探しに行く時間もない。


「全く薦めないが…お前が単独で闘っても構わない。他人を加えるのは違反だが、1人でも出場できればチームとして認められる」


 それもそうか。怪我で人数が1人減ることだってあり得る。いいことを聞いた。なんとかなるかもしれない。


「わかりました。ありがとうございます」

「棄権するのも勇気だ。無謀な選択をすることはない」


 スタッフの気遣いは有り難い。だけど、ボクはやれることをやると決めてる。


「それまで!続けて2回戦を行う!」


 さぁ、やろうか。



 舞台となる石畳に登り、作戦を考えていると対戦相手に声をかけられた。


「おい、猫さんよ!棄権した方がいいんじゃねぇのか?」

「そうよ。1人は危ないわよ?」

「大怪我したらどうするんだ?」


 気遣っているような言葉をくれる。でも…本心は違うな。完全にバカにされてる。


「運がなかったな。金魚のフンみてぇに数合わせで付いてくるからだぞ?ハハッ!」

「狐と狼の威を借る猫ってとこかしら?」

「せめて最後に一瞬で倒してやるさ」


 コイツらはボクのことを舐めている。過去に嫌というほど向けられた視線。本心が隠せてない。隠すつもりもないか。

 ボクは1回戦でなにもしてない。弱いと思われて当然だし、そこに異論はない。マードック達がいなければ強気に出る者もいるというだけのこと。


 ただ、この場にいる者より弱いかと言われたら…。


「やってみなければわかりませんよ」

「そりゃそうだな!」

「貴方が勝ち抜こうと思ったら、ココにいる全員を倒さないといけないわよ」

「とんでもない奥の手でもあるってのか」


 確かにボクが勝ち抜くには全員を倒す必要があって、もちろんそのつもりだ。とりあえず、人を蔑むだけの実力を見せてもらおう。


「準備はいいか!2回戦、はじめ!」


 審判の掛け声がかかると同時に、他のチームは激突した。


「おらぁぁっ!」

「ふんっ!」

「てやぁぁっ!」


 拍子抜けだ。ボクに向かってくる者はいない。魔導師が魔法を放つ気配もない。本当に眼中にないんだな。言葉通り最後に軽く倒そうって算段か?試しに寝転がったりしてみようかな。

 冗談はさておき…その方が好都合だ。そういえば、マードックがかなり威力を抑えろと言ってたな。


 じゃあ、このくらいか?片膝をつき右掌を石畳に添えて詠唱する。


『波雷』


 石畳に魔力が広がる。一瞬で小競り合いを続ける対戦相手の集団に到達した。


「なんだっ!?くっ…!」

「跳べ!『波雷』だっ!」

「ぐあっ!」「ぎゃっ!」「きゃあ!」


『波雷』が駆け抜けた後、石畳に立っていたのは跳んで躱した5人。予想した通りの人達。地に足を着けていた者は、全員痺れて戦闘不能。


「今のは……まさかアイツの魔法か?」

「魔導師だと…?ただのおちゃらけ野郎じゃないのか?」


 制限時間は10分。2人残りのチームがあるな。次の手を打たなければ。


「猪口才な猫マスクをなんとかする!」

「猫マスクを先にやっちまうか!」


 猫マスクて…。語呂がいいな。少しは脅威だと思ってもらえたか。そんなことはどうでもいい。とにかく時間がないんだ。迫りくる相手に手を翳して『捕縛』で投網のように広範囲に魔力の網を広げた。


「うわっ…!」

「くっ…!」


 前方の石畳を全て埋め尽くす。網の目を細かくしたから場外に避難しない限り逃れられない。

 全員で向かってきたから一網打尽にできた。魔力の網を縮めて動けないように締めつける。魔力で網を切って脱出する者もいない。1人1人の網を切り離して……と。


「お疲れさまでした」


 雁字搦めの対戦相手を1人ずつ場外に放り投げる。魔力の網に締められた相手に反撃する術はない。


「うわぁ!」

「いでっ!」

「きゃあ!」


 ポイ!ポイ!と痺れていた者も全て場外に投げ終えると気が晴れた。予想通りこの中には脅威になる者はいなかった。ボクを蔑むだけの力はない。審判に声をかける。


「終わりましたけど」

「そ、そこまで!直ぐに次の対戦を始める!準備しろ!」


 無事に勝ち上がれて胸をなで下ろす。腹立たしくもあったけど、舐めてかかってくれたおかげで上手くいった。作戦勝ちかな。石畳を降りるとマードックとエッゾさんがいた。


「面倒くせぇことしやがる。派手にぶっ飛ばせよ」

「そんな必要ない。勝てばいいんだ」


 目立ちたくもない。


「ククッ!見事だった」

「ありがとうございます。どうにか勝てました。戻ってこないから困りましたよ」

「噓つくんじゃねぇよ。俺らはお前が1人でも勝つって知ってっから飯食いに行った。まぁ…よくやった」

「大したことはしてない」


 こういう声掛けはチームって感じがしていいな…。 


「多分あと1回勝てば予選通過だ」

「そうかよ。早ぇな」

「次は峰打ちしなくていい相手だといいがな…。クックッ!」


 顔が悦びに歪んでる。亡くなる頃には『人斬りエッゾ』とか呼ばれていそう。時代が時代なら殺戮数でフィガロを超える獣人になっていてもおかしくない。

  

「おい。マードック、エッゾ」

「あん…?」

「ん…?」


 背後から呼びかけられてマードックとエッゾさんが振り向く。


「レスリーか。お前らも来てたのかよ」

「あぁ。いい助っ人を連れてきてるな。空き時間に飯食いに行くとか正直バカだと思ったぞ。負け確定だとな」

「邪魔者が消えるチャンスか?ガハハ!そうはいかねぇ!」

「ククッ!普通はそう考えるだろう」

「今の仕合で他の奴らも一気に警戒を強めたな」

「俺らにゃ関係ねぇ」

「知ったことか」

「そうか…。お前らと俺達は予選じゃ当たらない。お互い本戦に残れたらお手柔らかにな」

「そりゃ無理な注文ってヤツだ」

「その時は腹一杯斬り合うだけだ。ククッ!」

「はははっ!だな。俺らもそろそろ出番だ。じゃあな!」


 立ち去る前にパーティーの魔術師らしき男がボクの前に立つ。


「俺は冒険者パーティー【男達の挽歌(ツイハーク)】の魔導師で、ジョンウーと言います。貴方の名前を伺っても?」


 明らかにボクより年上だけど丁寧な物言い。丁寧に返答する。


「サバトと申します」

「サバトさんは、なんというパーティーに所属しているんですか?」

「冒険者ではありません」


 少し驚いたようなジョンウーさんは、微笑んで続けた。


「そうですか。なぜ素性を隠しているか知りませんが、素晴らしい魔法でした」

「大した魔法ではないです」

「会場にいる魔導師が全員驚いたはずです。貴方の詠唱と魔法を操る技量に。魔導師にしか理解できないことと思いますが」

「ありがとうございます。光栄です」


 とても大袈裟な評価だけど本当に光栄だ。


「では、また。互いに勝ち上がれるよう」

「頑張って下さい」


 立ち去る背中を見送りながら笑みがこぼれる。初対面だけど頑張ってほしいと素直に思えた。


「凄く丁寧な人だったなぁ」

「お前がジジイだと思われてるからだ」

「ククッ!間違いない」


 ボクがジジイ?意味不明だ。


「なんでそうなるんだ?」

「お前に言ってもわからねぇよ」

「ボクを分からず屋だと思ってるな?言ってみなきゃわからないだろ」


 マードックは、しょっちゅう「言ってもわからねぇ」と言い切る。


「じゃあ言ってやるぜ。すげぇ魔導師っつうのは、大体の歳は幾つだ?」

「淀みなく魔法を操ることができる魔導師は、人間なら30代以上か。フクーベの予選会でもそのくらいだったような……いや、40代か?」

「だろうが。っつうことはお前はジジイだ」

「意味がわからない」 

「ほら見やがれ!言っても無駄だったろうがっ!クソ面倒くせぇ!」

「ククッ。確かにな」


 マードックは意外に理知的な奴だけど、時折意味不明なことを言う。


「それよか、次の出番はいつだ?」

「あと30分くらいか」

「よし!寝るぜ!」

「そうするか」


 今度は地面に寝転がって本格的に寝た。時間になっても起きないとかあったりするのか?いざとなったら『覚醒』で起こすか、毛皮を軽く燃やして起こそう。それくらい許されるはず。


 ボクは仕合で飛び交う魔法に感動しながら観戦を続けた。




 3回戦は予定通りに進行して、いよいよ本戦に進む4チームが決まる。既に石畳に登って各チームは臨戦態勢。


「ふぁ~!よく寝たぜっ!」

「気分は爽快だ」

「イビキで周りに迷惑かけてたぞ」

「細けぇな!知らねぇよ!」

「静かにしろ。今回は…全力で行けそうだ。ククッ…」


 対戦相手を見ると、全員が『身体強化』を纏ってる。事前に付与してはならないというルールはなかった。


「ボクらも強化するか?」

「いらねぇ。ただ、向こうのは掻き消してくれや」

「そうだな。互いに生身でヤり合いたい…。ククッ…!」


 その『ヤ』には『殺』の字が入るんだろう。顔に書いてある。


「魔法の対処は任せてくれ。ただ暴れてくれたらいい」

「言われなくてもそのつもりだぜ」

「頼んだぞ」


 審判の手が挙がる。


「お前達、準備はいいか?3回戦、はじめ!」


 開始の銅鑼が鳴ると同時に、マードックとエッゾさんは駆け出そうとした。


「ちょっと待ってくれ」


 2人を呼び止める。


「んだよ?」

「なんだ?」

「どうやら5対1みたいだ」

「あん?」


 相手は全チームが1カ所に固まって、大きなグループを形成していた。飛び込んでくるのを全員で迎撃する態勢。


「けっ…!」

「つまらん奴らだ。ズタズタに斬り伏せてやる…」

「面倒なボクらを全員で倒し、残ったチームで代表の椅子を争うつもりだ。作戦としては正しいかもしれない」


 個人的な意見だけど、予選道中は別として代表を決定する闘いでこの戦略を選ぶのは褒められない。真剣勝負の醍醐味が薄れてしまってつまらなくなる。


「まずはボクに任せてくれ」


 手を翳すと、石畳中央に魔力の弾が出現する。そういう戦略で来るなら相応に応えるだけ。奴らの肝になる部分を攻めよう。


『操弾』

「うわっ!?」


 5つに分裂した魔力弾は凄まじい速度で集団に迫り、グループ前衛の壁の僅かな隙間をすり抜けるようにして、後ろに隠れた魔導師を直撃した。


「ぐはぁっ…!」

「がはっ!」

「うっ…!」


 視界を人の壁に塞がれている後衛の魔導師達は、『魔法障壁』を展開する間もなく崩れ落ちる。かなり威力を抑えているけど、『雷撃』を軽く含ませているのでしばらく痺れて動けないはず。

 隠れているつもりでも魔力反応で正確な位置がバレてる。密集しすぎで障壁を展開したり躱すスペースもない。自らの首を締める愚策だ。逆に言えばそのおかげで簡単に撃破できた。格上の魔導師であっても、魔法の技量だけで闘いの勝敗は決まらない。その後、『無効化』を詠唱して相手全員の付与魔法を掻き消す。


「魔導師は全員倒したから魔法攻撃はない。付与も全て掻き消した。あとは任せる」

「ハハハッ!軽々かよ。行くぜっ!」

「本当に愉快だ。存分に…楽しませてもらうぞ!」


 10人の前衛陣に向かって、正面から駆け出すマードックとエッゾさん。直ぐに戦闘の火蓋は切られた。


「フハハハ!お前ら、いいぜ!ちっとは歯応えがあるじゃねぇか!」

「ククッ…!全員叩き斬ってくれる!」

「なんで付与魔法の効果が消えたんだ!?ぐぅっ…!」

「落ち着け!1人で相手をするな!2人以上で対応しろ!できるなら囲め!」


 後方に控えて援護態勢を整えているけど出番がない。2人は数をモノともせず、むしろ押し込んでいる。…と、ボクに2人の剣士が向かってくる。


「まずはお前を倒す!」

「人数合わせだ!そこからだな!」


 全チームの魔導師が倒れ、人数のバランスを取るためにボクを狙ってきたのか。一気に間合いを詰めて同時に斬りかかってくる。


「もらった!」

「捉えたぞ!」


 ボクを魔導師だと勘違いしているなら、躱すか『強化盾』で防ぐと予想しているだろう。でも、選ぶのはどちらでもない。

 ローブに『硬化』の魔力を付与して、両腕で剣を受け止めた。やっと新しいローブの効果が実証できた。納得の出来に満足だ。


「なんだとっ?!」

「あり得ないっ!」


『睡眠』


 眼前の剣士達に至近距離で魔法を浴びせると膝から崩れ落ちる。優しく場外に放り投げておいた。


「お~い。また2人倒したぞぉ~」


 呼びかけた声にマードックが反応する。


「アイツに負けてられねぇ。遊びは終わりだ!」

「ククッ!そうだな…負けられん!」


 1人、また1人と崩れ落ちていく。その様子を見ながら思った。2人はかなり強くなってる。凄い成長だ。この試合ではボクの出番はない。

 数分後、マードックとエッゾさんは全ての対戦相手を叩きのめした。見たところ相手にも大きな怪我を負った人はいないようだな。


「ちったぁ楽しめたぜ」

「うむ。まだまだ修業が足りん。何発か攻撃を受けてしまった」

「回復は?」

「俺はいらねぇ」

「俺は頼む。常に万全でいたいんでな。どこでケンカを売られるかわからん」

「そんな人いないと思いますが」

「そんなことより、お前が一番撃破してるが嬉しくないのか」

「あれ?そうですか?」


 言われてみればそうか。でも、どうでもいい。チームの役に立って最終的に勝てればそれでいい。あと、いろんな魔法を見たいだけ。


「お前は興味ねぇよな。マジで予選は終わりか?」

「間違いない」

「じゃあ、時間まで3人で飯行くぞ」

「本気で言ってるのか?さっき食べたばかりだろ?」


 いくらなんでも非常識過ぎる。


「お前はバカだな。動けば腹が減るだろうが。予選突破の祝勝会みてぇなもんだ」

「それはいい。行くか」

「っつうことでお前に拒否権はねぇ。残ってる奴の魔法はもう見たろうが。残りは本戦で観ろや。予選で奥の手なんか見せねぇよ。いいな」

「わかった」


 本戦の集合時間を確認してから2人のあとを追う。


 なぜだろう。自分の足取りがいつもより軽く感じた。

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