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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
320/706

320 闘いの幕が上がる

 武闘会開催当日の朝を迎えた。


 ウォルトはテラ達に見送られて家を出る。聞いていた時間より少し早く闘技場に着いたけど、まだ2人の姿はない。参加者らしき者達は既に大勢集まっていた。


 冒険者パーティーのような装備を着けていて、強そうな雰囲気を醸し出している。そんな中、ボクは明らかに浮いていた。

 キリッとした白猫の面を被って、自作の紋様を刻んだ紺のローブと黒の手袋に身を包む異様な男は直ぐ注目の的になる。


「そのお面、可愛いですね」

「ありがとうございます」

「なんか…怖くね?」

「気にしないで下さい。照れ屋で」

「とにかく暑そうだけど大丈夫なんですか?」

「そんなことないです」


 いろいろな人に話し掛けられて、丁寧に対応しながら内心焦っていた。完全に珍獣扱いで好奇の目に晒されてる…。


 マードック!エッゾさん!早く来てくれ!奇特な姿を選んだ自分が悪いんだけど、段々いたたまれなくなってきた。


「お前は人気者だな」


 一通り対応を終えて人の輪から離れて佇んでいるところに、エッゾさんが現れた。後ろにマードックも立ってる。エッゾさんには久しぶりに会うけど、一段と逞しくなったように見える。


「お久しぶりです」

「久しぶりだな。その変な面を被ったまま闘うつもりか?」

「視界もいいですし鼻も利きます。支障はないです」

「ならいい。おかしな格好が原因で負けたら許さんからな」

「負けてもコレが原因ということはないです」

「服まで替えてんのか。お前なりの変装ってヤツか?」

「それもあるけど、それ以外にも理由はある」


 この特製ローブは、魔力の伝導率が高い金属を限りなく細く加工して、鎖片平のように編み込んでる。コンゴウさん達に加工を教わりながら作り上げた。『硬化』の魔力を流すだけで、ローブを斬撃に耐えるモノへと変化させられる。異種戦を想定してこの大会のタメに作った。


 マードックとエッゾさんの姿を見た他の参加者達がザワつく。


「あのゴツい獣人、ホライズンのマードックだ…」

「横の獣人は『狂狐』だろ?アイツらも出るのか…」

「ヤベぇな…」


 王都でも知られてるなんて2人は有名なんだな。


「ガハハ!どいつもこいつも節穴ばっかだぜ!」

「あぁ。愉快だが仕方ないだろう」


 謙虚な態度がちょっと意外だ。2人には特に似つかわしくない。


「そろそろ時間だろう」

「あぁ。行くぜ」

「その前に、エッゾさん」

「なんだ?」

「魔法はまだ視えないんですよね?」


 生まれつき魔力を感じられない体質なのは知ってる。


「あぁ。それがどうかしたか?」

「一度ボクに診せてもらえませんか?今日の闘いでは魔法が見えないと厳しいかもしれません」


 ざっと見渡しただけでも魔導師が結構いる。ボクが予想していた以上の数で、闘いで魔法が飛び交うのは間違いない。この人は勘で躱すだろうけど、視認できるに越したことはない。


「無駄だ。俺には『可視化』も効果がない」

「やってみなければわかりません。嫌なら無理にとは言いませんが」

「やってもらえや。駄目元だろうが」

「それもそうか。やってみろ」


 エッゾさんの背中に手を当てて、魔力を流し込みながら身体を巡らせて原因を探る。直ぐ気付いたけど、相当魔力が流れにくい体質だ。

 しばらく探っていると、心臓に近いある部分で急に魔力の巡りが阻止される。明らかに不自然な閉塞。様子を見ながら魔力を操作して、少しずつ回路をこじ開けながら慎重に魔力を通してみる。


「むっ…!?」

「大丈夫ですか」

「あぁ。少し嫌なモノを感じた」

「続けていいですか?」

「構わん」


 無理なく魔力を流し続け、閉塞していた部分は流れを妨げないよう魔力を変化させて流動を確保する。魔力の巡りが滞りない程度まで改善されたことを確認して手を離した。


「終わりました」

「なにかわかったのか?」


 試しに指先に『炎』を灯す。


「…小さな炎が見える。信じられん…」

「マジかよ」

「完全に見えるようになったと断言できませんが、少なくとも今日は保つと思います」

「それでも構わん。おもいきり暴れられる…ククッ!」


 エッゾさんは愉悦の表情を浮かべた。見た目は完全に犯罪者なんだよなぁ。




 予選開始前、各チームに詳しいルール説明がなされることに。


「お前が聞いてこい。俺は覚えられねぇ」

「エッゾさんは?」

「ルールなど知るか。叩き斬るだけだ」

「わかりました」


 訊くまでもなかったな。チームの代表者として確認に向かったけれど…。


「ぶふっ…!…こほん!お前はふざけてるのか?大会を甘く見ると…死ぬぞ…?ぶふっ!」

「至って真面目です」


 スタッフは笑いを堪えながらお面について忠告してくれた。周囲の代表者達も失笑してる…。いいアイデアだと自負していたけど、「誰にも知られずに入れ替わることができるから、覆面は許可できない」と注意されて気付いた。


 それはそうだ。いかにもな不正。なぜ気付かなかったのか。別の手段を考えるしかないかな。思案していると苦笑したスタッフから提案が。


「『審判の輪(ジャッジ)』を付与していいなら許可できるが」


 聞いたこともない魔法だけど、変な魔法じゃないことは間違いないし、是非とも体験したいので二つ返事でお願いした。

 スタッフが『審判の輪』を詠唱すると、ボクの頭上に小さな魔法陣の輪が浮かんだ。身体を動かしても付いてくる。

 人物や物に付与すると、この輪がずっと付いて回るということか。遠目にも特定するのは容易になる。


「この魔法で覆面の中身がお前だと証明できる。入れ替わることはできないし、解除も術者にしかできない」

「凄い魔法ですね。ありがとうございます」

「無理に解除しようとしたら、電撃が走るからな。肝に銘じておけよ」


 裁きということなのか?そんなつもりはないから問題ない。とりあえずルールは単純で直ぐに理解できた。


 チーム戦勝利の基本的な条件は…。


① 相手チームを全員降伏させる。

② 若しくは戦闘不能に出来れば勝利。

③ 石畳から場外に退場させた場合も戦闘不能とみなす。


 魔法や技能、武器、魔道具の使用に制限は設けない。ただし、あくまで武闘会であり命のやりとりは認めない。断じて負けを認めず、降参しないとしても審判が続行不能と判断すれば敗北となる。

 また、気絶している者に対して攻撃をやめないような目に余る非人道的な行為や、審判の指示に従わない場合は即刻失格とする。


 2人に説明すると呆れたような顔をした。


「全然わからん。とりあえず全員ぶち殺せばいいんだな」

「えれぇ難しいこと考えやがる。面倒くせぇ奴らだ」 


 難しくないのに…。そもそも真面目に聞く気が感じられない。引き続き説明する。


「あと、思った以上に参加者が多いらしくて、予選は4組同時に対戦することになりました」


 急遽開催を決めたチーム戦には参加資格の制限を設けなかったので、出場したい者が予想以上に集まってしまった。少々計画が杜撰だと思うのはボクだけか?

 武闘会の開始時刻までに予選を終わらせるには他に方法がないようで、不満があるチームもあったけど本戦に出場したければ承諾せざるを得なかった。


 しかも、予選には10分の時間制限が設けられた。限られた時間で全ての試合をこなせるようにだ。


 時間内に決着がつかなかった場合、対戦した4組の内、残っている者が多いチームが勝ち抜けとなる。

 もしも残存人数が同数の場合は、審判の判定により勝者が決定する。逃げ回っての時間稼ぎは消極的な行動として減点の対象。

 さらに、治癒魔法や回復薬の使用は可能。ただし場外での回復は認めない。あくまで闘いの中で回復する必要があり、試合が終わったあとの休憩における回復は当然認められている。


 説明を聞き終えた2人の反応は…。


「面倒くさくなくていい。単純明快だ」

「だな。楽でいいぜ」


 こっちの説明の方が絶対面倒なはずなのに…。どういう基準なんだ?それは置いといて、軽く仕合を想像してみる。


 闘技場の石畳は広いので、4組同時でも戦闘スペースには余裕がある。ただし、敵味方が入り乱れる大乱戦になりかねない。どんな戦法が効果的なのかボクには思いつかないな。


「おい。お前に言っときてぇことがある」

「なんだ?」

「基本的に俺らに『身体強化』とかの補助魔法はいらねぇ。お前が必要だと思ったら直ぐかけろ」

「わかった。他にあるか?」

「俺らはとにかく魔法と相性が悪ぃ。邪魔な魔法はなんとかしてくれや」

「可能な限りなんとかする」

「あと、人に向けて魔法を撃つなら普通より相当弱めに撃て。俺らに打つより大分弱めにだ」

「なんでだ?」

「言ってもわからねぇよ。あと、負けるつもりはねぇぞ」

「ボクもやるからには負けるつもりはない。最善を尽くす」

「それでいい。行くぞ!」


 組み合わせは抽選で決まる。当然のようにボクが任されて抽選に向かう。…と、その前に。


「チーム名ですか?」

「そうだ」


 出番はチーム名で呼び出すので教えてくれと言われたものの、もちろん考えてない。適当でもいいかな?2人に訊いても「どうでもいい」って答えるに決まってる。


「じゃあ…【獣人の力(クティノス)】でお願いします」

「わかった。代表者の名前は?」


 変装してるのに本名を名乗るのもおかしい。どうするか…。


「サバトです」

「そうか。サバト…と」

 

 じいちゃん…。勝手に名前を借りてゴメン。絶対に恥ずかしくない闘いをするから許してほしい。


「けっ…!いい名前じゃねぇか」

「むぅ…。思い付かなかった。やるな」


 勝手にチーム名を付けたことを告げると、なぜか感心された。適当に付けたのに。

 ついでに、ボクはサバトという名で登録したことも伝えると「だったら今日だけそう呼んでやらぁ」と言われた。



 抽選の結果、1回戦での出番は4番目に決まった。一度でも負けたら終わりの勝ち上がり方式。勝ち進んだら対戦するかもしれない他の組の予選も見学する。

 3試合目まで見学して気付いたこと。必然と言うべきか、強そうなチームは示し合わせたように他の3チームから集中砲火を受ける。仮に他のチームと争ったとして、疲れたところで最も戦力の大きいチームに攻撃されると太刀打ちできない。

 実力差が大きくサシの勝負で分が悪いと判断すれば、共闘のような形で潰しにかかるのは卑怯でもなんでもなく立派な作戦。


 その他にも、基本的に剣士や武闘家を前衛、魔導師を後衛に据えて闘っている。直接戦闘に向いていない魔導師を守るのと詠唱時間を稼ぐ意味合いだろう。

 体力や魔力の回復、軽症の治療は薬でできるけど、魔導師が潰れると大きな怪我の治療ができなくなる。1試合で終わるなら魔導師が戦闘不能になってもいい。ただ、勝ち進むつもりなら魔導師の存在は必須。当然、魔法の火力を求めているのもある。

 それともう1つ。10分という制限時間は短いようで長いということ。全周囲に敵がいる状態で気が休まる暇もなく、気力や体力の消耗も激しい。だからこそ冷静に周囲に気を配る者が勝つ。強者は、挟撃や背後からの強襲を受けないよう上手く立ち回って撃破している。


 考えを纏めて、作戦について2人に相談しようと思ったけど…。


「ンゴゴゴ…。グガァ…」

「スゥ…スゥ…」


 並んで座ったまま器用に寝てる。闘いを見てすらいない。本当に勝つつもりがあるのか不安になってきた。まぁ愚問なんだけど。

 休むべきときにしっかり休むのは、冒険者としても闘う者としても当然の行為。当たり前のことをしているだけなんだろう。ボクが気にしすぎなのかもしれない。


 なんにせよ自分にできることをやるだけ。





 名を呼ばれて、いよいよボクら【獣人の力】は初戦を迎える。石畳に登り、審判に指示された位置につく。


「よく寝たぜ」

「俺もだ」

「なにか作戦とか?」

「ねぇよ」

「あるワケないだろう」


 わかってた。訊いたボクがバカなんだ。


「ハハッ。どうやら俺らが邪魔みてぇだな」

「ククッ。嬉しいことだ」


 対峙する3組は、ボクらに狙いを定めてるのが一目瞭然。マードックとエッゾさんが無駄に威圧感を放っているからに違いない。ボクも同じ立場ならこの2人を警戒する。

 まどろっこしいことを嫌う2人は、真っ向勝負しか考えてないだろう。可能な限りフォローするだけだ。


 マードックは手甲を打ち鳴らし、エッゾさんは愛剣ポントーを鞘から抜く。そして、ボクは1歩後ろで相手を万遍なく観察する。


 戦闘開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。競い合う4組は、巨大な正方形を象る石畳の隅にそれぞれ配置されている。


「さっさと行くぜ!」

「歯応えがあるといいがな」


 マードックとエッゾさんは、迷わず対角を除いた2組に向かってそれぞれ駆け出す。凄まじい速さ。


「来たぞっ!頼むっ!」

「任せろ!『鈍化(イナート)』」


 示し合わせたように同じ魔法が詠唱された。魔力が霧のように纏わり付いて、相手の動きを一時的に鈍くする魔法。一気に駆ける速度が減速した。


「今だっ!やれるぞっ!」

「迎撃しろ!」

「ハハッ!俺らだけなら面倒な魔法だ。けど、あえて躱してねぇんだぜ」

「やはりアイツは甘く見られてるな。ククッ!」


 魔力の霧は一瞬で霧散する。


「なんだとっ!?なぜだ!?」


 再び加速した2人は、標的をそれぞれ蹴散らしにかかった。


「オラァァ!ガハハハッ!」

「ぐはぁっ…!」

「シッ!フゥッ!」

「がぁっ…!」


 マードックは一撃必殺とばかりに相手を殴って一撃で沈める。対して、エッゾさんは相手剣士の反撃をものともせず、高速の峰打ちで叩き伏せた。


「んだよ。つまんねぇな」

「あとは…」

「うっ…!」


 残された1組は、抵抗虚しく直ぐに退場させられた。


「そこまでっ!!勝者、【獣人の力】!直ぐに次の試合を開始する!」


 石畳から降りて2人を労う。


「マードック、お疲れ。エッゾさんもお疲れさまでした」

「疲れてねぇよ」

「準備運動にもならん。それより魔法は助かった」

「余計なことしましたか?」

「してねぇよ。助かったぜ。『鈍化』は面倒くせぇからな」

「それならよかった」


 無詠唱の『無効化』で『鈍化』を掻き消した。大魔導師ライアンに見せてもらって習得した魔法。魔力が限りなく透明なので、魔導師以外にはほぼ気付かれないはず。『審判の輪』には影響が及ばないように放った。


「次はいつだよ?」

「進行具合からすると、1時間半後くらいか」

「よっしゃ!飯食いに行くぜ!腹減った!」

「俺もそうするか」

「ボクは観戦しておく。魔導師の魔法を観たい」


 結構な数の魔導師がいて、仕合では魔法も飛び交う。見ていて勉強になる。


「腹減ったから負けたとか言うなよ」

「そんなこと言わない。ゆっくり食べてきてくれ」


 マードックとエッゾさんは、揃って闘技場から出て行く。ボクは1人観戦を続けた。

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