32 狩りの師匠
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
息を殺して森に潜むウォルト。
今日は久しぶりに弓で狩りをしてる。基本的に自給自足の生活を送っているので、野菜は森で収穫したり畑で栽培しているけど、肉は獣人としての感覚を忘れないように、狩りをして調達してる。
…よし、今だ!
草むらに潜み、縦に伸びた瞳孔、猫の眼で狙いをつけて弓を射る。狙いはカーシという立派な角を備える草食獣。
狙いをつけて放たれた矢は、一直線にドカーシの後方の木の根元に突き刺さり軽々逃げられてしまった。
「はぁ~…」
肩を落として大きな溜息を吐く。
ボクは狩りが苦手だ。いや…下手だ。もの凄く下手だ…。何度やっても上達する気配がない。しかも原因がわからない。致命的にセンスがないと自覚している。
溜息混じりにとぼとぼ歩いて外した矢を回収に向かう。周りの匂いを嗅いでも近くにはカーシの気配はない。
魔法で狩りをすれば仕留めるのは簡単だけど、一応獣人としてのプライドがある。
昔からの伝統的な狩りに成功してこそ獲物との勝負に勝った充実感と高揚が味わえる……んだけど、ほぼ間違いなく失敗して結局魔法で仕留めることになる。
…よし!次こそはっ!
気合いを入れ直して次の場所に移動しようとした時、魔物の匂いを嗅ぎ取る。しかも、なぜか獣人らしき匂いが混じってる。
冒険者なら問題ないけど、違った場合を考慮して匂いのする方向へ足早に駆け出した。
現場には直ぐ辿り着いて、口内に矢が突き刺さったフォレストウルフと弓を構えた獣人が目に入った。意外なことに、猿の獣人…の子供だ。
まだ12~13歳くらいに見える。茶色の短髪に幼い顔立ちで、身体に似合わない大きな弓を構えている。
頬まで伸びた毛皮と匂いで獣人であることは判別できるけど、容姿はほぼ人間と言っていい。猿の獣人は姿が最も人間に近いと云われている種族。
こんな子供があの弓を使いこなして狩ったのか?感心していると向こうから話しかけてきた。
「誰…?」
感覚が優れているのか離れた場所に潜んでいたボクに気付いたみたいだ。姿を見せて名乗る。
「ボクはウォルト。この森に住んでる猫の獣人だ。君がやったのか?」
「そうだよ。今日の晩ご飯さ」
「そうか。凄いね」
「こんなの簡単だよ。獣人ならね」
グサッ!と心が貫かれる。
獣人は生まれつき狩りに関する能力が高いから、当然と言えばそれまで。それでも、この歳にしては見事な腕だと思う。
「ボクは狩りが苦手だからやっぱり凄いと思うよ」
「へぇ。兄ちゃんは珍しい獣人なんだな」
「上達しなくて困ってるんだよ」
そう言って苦笑すると、「弓を構えてあの魔物を狙ってみて」と倒れた魔物を指差される。
言われた通りに構えて狙ってみると「兄ちゃんの狙いはズレてるよ。もう少し弓を傾けるんだ」と指摘された。
「こうかな?」
「そうそう。もう少し右かな?それで狙って射ってみて」
言われた通りに構えて矢を射る。すると、ある程度狙ったところに矢が刺さった。
「かなり近くに当たった…」
「照準ができてなかっただけだよ。それさえできれば当たる。誰も教えてくれなかったのか?」
「お前は下手くそだ、って言われるだけだったね」
「そりゃ仲間が酷いよ。兄ちゃんは苦労してるんだな」
うんうん頷いている。この子は優しいな。
「あっ…!!そろそろ帰らないと怒られちまう」
仕留めたフォレストウルフに近付いて、縄を使って器用に背負う。
「狩りのコツを教えてくれてありがとう。君の名前は?」
「モンタだよ。兄ちゃん、またな」
「またね。今度会ったら今日のお礼をするから」
「お礼なんていらないよ」
ニッ!と笑ったかと思うと、モンタは跳ぶようにして街の方角に走り去った。
その後、モンタに習った照準を駆使して運よくカーシを仕留めることに成功した。大満足の内に帰宅すると、1人で食べきれないほどの肉を調理する。
今日の成果は完全にまぐれだったけど、今まではまぐれが起こる気配すらなかった。だから上達したと言っていい……はず。
「頂きます」
祈りを捧げて満腹になるまで食すと、残りを保存食にすることに決める。この保存食は今度会ったときモンタに渡そう。
★
数日後。
少しでも前回の感覚を忘れない内に…と足取り軽く狩りに出掛けて、森をしばらく徘徊していると魔物の匂いを嗅ぎつける。
またモンタの匂いがする。ただ、前回とは違ってモンタの他に複数の魔物の匂い。しかも…血の匂いが混じってる。
嫌な予感がして即座に駆け出した。匂いの場所に辿り着くと、首に矢が刺さり既に息絶えている2匹のフォレストウルフと、血を流して倒れているモンタの姿。モンタを取り囲み威嚇している4匹のフォレストウルフ。
いかにモンタが狩りが得意でも多勢に無勢。魔物の輪の中に素早く跳び込んだ。襲われたときに壊れたのであろう弓を大事そうに抱えて横たわっている。身体には何箇所も噛まれたり引き裂かれた痕が。出血が酷いけど意識はあるみたいだ。
「モンタ!」
優しく抱き起こすと薄く目を開けた。
「ウォルト兄ちゃん…?」
「大丈夫かい?」
「逃げろ…。兄ちゃん…」
この状況でボクの心配をするのか…。なんて子だ。
「それは聞けない。ゆっくり休むんだ」
『睡眠』
無詠唱の魔法でモンタを眠らせる。フォレストウルフの興奮は限界を迎えていたようで、示し合わせたようにボクらに向かって跳びかかってきた。
「グルルル!ガァッ!!」
「悪いな。この子はボクの狩りの師匠なんだ」
『氷結』
「ギャァァ…!!」
「グァァッ…!!」
以前オーレン達に見せた円形の『火炎』のように、鋭利な氷塊を自分達を囲むように発動して一撃で串刺しにする。森の中でなければ『火炎』で灼き尽くしていたけど、この状況ではコレが最善。
避ける術もなく一瞬にして肉塊になったフォレストウルフを尻目に、魔法を解除してモンタと荷物を抱えると、足早に住み家へと駆けた。
ベッドで眠るモンタ。怪我は『治癒』で綺麗に治療したから心配ない。けれど、精神的なショックを受けてるはず。まだ子供だけに魔物から強い恐怖を受けたことが狩りに響かないことを願う。
様子を見ながら寄り添っていると、モンタが目を開けた。ゆっくり周りを見渡してる。見たこともない家の中で混乱してるみたいだ。
「目が覚めたかい?」
声をかけるとこっちを向く。
「兄ちゃん…。ココは…?」
「ボクの住み家だよ。怪我が酷かったんだ。まだ休んでてくれ」
自分の身体を見て包帯を触ったりしてる。いつものように薬で治したことにするつもりだ。モンタは獣人で、ボクが魔法で治したことは余計信じてもらえない。
「助けてくれたのか…。ありがとう…」
「気にしなくていい。狩りを教えてもらった恩を返せてよかった」
「そんなの…いらないのに…。俺は…弓も壊して…肉も……うぅ~っ…」
急に泣き出してしまった。背中をさすりながら落ち着くのを待って話を聞く。
「ボクでよかったら話を聞かせてくれないか?どうしたの?」
「…父さんが病気になって……狩りができないから俺が飯のおかずを狩りに出てたんだ…。1人での狩りは兄ちゃんと会ったときが初めてだったけど…父さんといつも行ってたから上手くいった…」
「そんな理由があったんだね」
「今日はウルフの集団に見つかって、あっという間に囲まれた…。なんとか2匹仕留めたけど……父さんの弓も壊して…肉も持って帰れない…。俺…なにしてんだろう…」
堪えながら大粒の涙を流す。そんなモンタの頭を優しく撫でた。
「よかったら、モンタの父さんの症状を教えてくれないか?」
「症状…?よくわからないけど、町医者の話ではタカン病っていう病気らしい…」
「タカン病か」
文献で見たことがある。タカン病は獣の死骸を媒体として発症する病で、狩人に発症する者が多い。しばらく高熱が続いて、治療薬を飲まないと根本的な治療ができないけど、高価で買えずに最悪亡くなる者もいる。
「うちは…貧乏だから…。父さんは「治るから心配するな」って言うけど………うぅぅ~っ…」
落ち着くまで優しく背中をさする。この子は…小さな身体で父親の代わりに家族を養おうと頑張っていたんだ。ボクなんかより遙かに立派な獣人。
落ち着いた頃を見計らって、あるモノを渡す。
「モンタ。ボクが直した。ちゃんと使えるといいんだけど」
「えっ…!?弓が…直ってる…」
モンタが眠っている間に弓を修復しておいた。モノづくりが好きだから魔法を使った工作は得意。綺麗に直せた自信はあるけど、微調整は使い手に任せるしかない。
「狩りを教えてくれたモンタへのささやかなお礼なんだ。またボクに教えてくれないか?」
「あ…ありがとう兄ちゃん…。俺でよかったらいつでも教えるよ」
「嬉しい。あと、お父さんの病気もなんとかなるかもしれない」
「どういうこと…?」
「ちょっと付いてきてくれるかい」
モンタを調合室に案内して説明する。
「ボクは薬を作れる。モンタの怪我はボクの作った回復薬で治したんだ」
「兄ちゃんが…?獣人なのに…?」
当然の反応。いきなり薬を作れると獣人に言われても普通信じない。
「治療薬の作り方は文献にある。幸い素材も揃ってる。ボクのことを信じてくれるなら、作って渡すからお父さんに飲ませてほしい。ボクは資格を持つ薬師じゃないけど、作れる自信はある。治らないとしても、飲んで絶対に悪化することはないよ」
自家製薬の効果を信じてもらえるか。あとはモンタと家族が決めること。
「…兄ちゃんを信じる!お願いします!」とモンタは頭を下げた。
「うん。ゆっくり待ってて」
「作るのを見てていい?」
「もちろん」
モンタに見守られながら薬を調合すること数十分。
「完成したよ」
出来上がった薬について説明する。
「この薬を少しずつ何回かに分けて飲ませると効果が出るはず。あまり量を飲ませちゃダメだ。このくらいで…」
服用方法について細かく説明する。頷きながらモンタは耳を傾けていた。
「説明は終わりだよ。紙に書いて渡そうか?」
「大丈夫。全部覚えた」
内心驚いた。モンタはとても賢い。理由は不明だけど、獣人は性別や年齢関係なく複雑なことを覚えることが苦手だ。覚える気がないとも言えるけど。
だから、内容が複雑な本を読んだり多くの手順を暗記するのが困難だけど、モンタは一度聞いただけで覚えた。強がりや勘違いでないことは反応を見ればわかるし、復唱してもらったけど完璧に理解してた。
モンタは早く家に帰らないと家族が心配すると言うので、薬を渡して家の前で見送ることに。
「お礼なんかできないのに…。ホントにありがとう…」
「お礼はいらないよ」
初めて会ったときの台詞をお返しすると、クスッと笑ってくれた。
「あっ!そうだ。帰る前に少しだけ待っててくれ」
足早に台所へ向かう。戻ってきて手渡したのは、肉がゴロッと入ったスープと、保存食の干し肉を入れた器。モンタのおかげで狩ることができたカーシを使った料理。
「持って帰って家族に食べさせて」
「こんなに…もらえないよ…」
「遠慮はいらない。このカーシはモンタに教えてもらったから狩れたんだ。1人じゃ食べきれない。それより重いけど大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。兄ちゃんのおかけでどこも痛くない」
「そっか。気を付けて」
「うん。ホントにありがとう」
見えなくなるまで手を振ってくれたモンタは、身を翻すと駆け出した。
匂いがするモノを持たせたので、森の出口まで気付かれない距離を保ちながら護衛したけど、心配したようなことは起きなくてホッと胸をなで下ろす。
住み家に戻り、椅子に腰掛けて想いを馳せる。あの子は、ボクをバカにすることなく、狩りの仕方を教えてくれた。教えなかった者達が悪いと言った。モンタは昔ながらの獣人だ。
元来獣人は強い結び付きをもって集団で狩りをしていたと云われてる。できる者ができない者を助けていた。
近年では、力を誇示するタメか、はたまた人を蹴落とすためかそういう風潮は薄れて、できない者は笑い者にされるようになってしまった。
だから…狩りが苦手な獣人に自然な態度で接するモンタの昔ながらの気質に、少なからず感動を覚えたんだ。きっと、モンタを育てた両親もそんな獣人なのだろうと想像できる。だから、なんとかしてあげたかった。
小さな狩りの師匠とその家族の力になれたらと思った。1つわからなかったことがあるけど、また会えたら聞いてみよう。
★
それから10日ほど経ったある日のこと。畑作業をしているとモンタが住み家を訪ねてきた。
「兄ちゃん!おはよう!」
弾けるような笑顔で駆け寄ってくる。
「元気そうだね。怪我はもう大丈夫?」
「俺は大丈夫だし、もらった薬のおかげで父さんも元気になったんだ!ホントにありがとう!」
モンタはペコリと頭を下げる。
「それはよかった」
「父さんがお礼にこれを持って行けって!」
紐で背負っていた獲物を降ろすと、大きなカーシが眉間を一撃で仕留められている。見事な腕だ。見る限り父親の狩りの腕は戻ったとみていい。スープの容器も律儀に洗って返してくれた。
「兄ちゃんに俺もお礼したいんだけど」
「充分過ぎるよ。お礼はいらないから、ボクの質問に答えてくれないかな?嫌なら言わなくていい」
「質問ってなに?」
「モンタの本当の名前はなんだい?」
驚いた表情を見せる。
「…いつ気付いたの?」
「初めて会ったときだよ。女の子なのに、男の格好と喋り方なのが気になってた。でも、言いたくないなら言わなくていい」
彼女はまだ知らないかもしれないけど、獣人は匂いで男女を判別できる。
「俺……可愛くないから…。性格も…」
ボクはそう思わない。
「ボクは初めて会ったときから可愛いと思った。お世辞じゃない。それに、今からもっと綺麗になる。だから心配いらないよ」
「兄ちゃん…。ありがとう…」
「迷惑かもしれないけど、勝手に君を狩りの師匠だと思ってる。できれば今後も仲良くしたいんだ。だから本当の名前が知りたい。別にモンタのままでいいんだけどね」
しばらく黙っていたモンタは少し恥ずかしそうに呟いた。
「……チャチャだよ」
「ありがとう。これからもよろしくね、チャチャ」
「うん。こちらこそ」
こうして新たに友人兼狩りの師匠を得た。
そして数年後。
チャチャはボクの予想通り美しく成長することになる。
読んで頂きありがとうございます。