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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
319/706

319 精一杯やるだけ

「おい。どうすんだ?」

「う~ん…」


 ウォルトは住み家で頭を捻っている。


 ボクに問いかけているのは、昼間から堂々と酒を呷るマードック。久しぶりに住み家を訪れてあることに誘ってきた。予想外の誘いに頭を悩ませている。


「ボクが出ても役に立たないと思うぞ。他の人を探した方が…」

「できねぇ相談だ。…っつうか、お前はマジで大概アホだな」

「失礼な奴だ。なんでそうなる?」

「俺は獣人だけで…お前とエッゾと出てぇ。他の奴を誘うつもりはねぇ」

「そうなのか」


 マードックが誘ってきたのは、少し前に予選が行われたカネルラ武闘会への出場。各地の予選は終了して、近日中にいよいよ本戦が行われるらしい。

 ボクやマードックは予選にすら出場してない。飛び入りで本戦に出られるなんてあり得ないけど、今年は記念大会ということで武闘会と魔法武闘会の他にエキシビション的な3人以下1組での『チーム戦』が急遽開催されることが決定した。

 大会における休憩時間の間延びを防ぐ前座的な意味合いがあるらしく、マードックは「チーム戦に出てみねぇか?」と打診にきた。


 誘われたことは純粋に嬉しい。コイツは闘うことで負けるのが大嫌いだ。ボクも同じで、適当な誘いじゃないとわかるから力になりたいと思うけど…。


「正直に言っていいか?」

「言えや」

「仕合は見たい」

「だったら話は早ぇな。特等席で見れるぜ!ガハハハ!」


 フクーベ予選を直に観戦して興奮した。武闘会を間近で見て、色々な技能を覚えてみたい。


「ただ、闘うのは嫌いだし魔法を観衆に見せたくない。好奇な目で見られる」

「だったら魔法は使うなや」

「そうなると全く役に立てない。ただいるだけになる。それは嫌だ」

「他の方法でなんとかしろ。お前ならできんだろ」

「無茶言うなよ」


 魔法を使えないとなると、闘気か気を使うしかない。気は門外不出だし、ボクの生身では大会で通用しないことくらいわかる。フクーベ予選ですら勝ち抜けなかったろう。


「そうかよ…。魔法武闘会ってヤツを近くでガッツリ観れるらしいから誘ったが、しゃあねぇか」

「……なんだって?」


 今の台詞は聞き捨てならない。


「チーム戦に出れば、頭っからケツまで観覧できるんだとよ。お前が観てぇかと思ったけど、無理強いはしねぇ」

「まさか…ボクのタメにか…?」

「俺らがそんなもん観てもつまんねぇだろうが。俺らはただ暴れてぇ。お前は見たいもんが見れる。単純な理由だろ?」


 …眉間に皺が寄る。………観たい。今年の魔法武闘会は観たい…。


 カネルラ中の魔導師が集まる記念大会。フクーベ予選以降ずっと観たいという気持ちはあった。知らない魔法が飛び交うはずで、かなり貴重な機会になる。フクーベでも観戦は抽選だった。本戦は予選の比じゃないだろう。近くで確実に観れる機会は他にない。大会のスタッフくらいか。


「どうするよ?」

「役に立てる自信はない…。ボクのせいで負けるかもしれない…」

「構わねぇ。俺とエッゾはおもいきり暴れてぇだけだからな。サシで負けるつもりはねぇ」

「それでもよければ…………出たい」


 マードックはニヤリと笑う。


「決まりだな。情報を仕入れたらまた来る。酒と肴、追加で寄越せ」

「あぁ」



 武闘会に出場することに決めたウォルトは、肴を作りながら魔法の代わりとなる武器はないか考えを巡らせる。

 詳しいルールは不明だけど、マードックとエッゾさんに1対1で勝てる者は王都でもそういないと思う。

 ただ、チーム戦となればボクが負けると数の原理で劣勢になるのは間違いない。2人は意に介さないかもしれないけど、ボクも負けたくはない。


 なんとか魔法なしで闘えないか…。若しくは、素性がバレなければ魔法を使ってもいいんじゃないか。


 ふといい案を思いついた。肴を運んだあと、あるモノを部屋から持ち出してマードックに訊く。

 

「コレで出場してもいいか?素性がバレなければ魔法を使っていいと思うんだ」

「…んだそりゃ?意味ねぇだろ」


 呆れたようにマードックは言い放つ。


「木を隠すなら森の中って言うだろ。白猫を隠すなら白猫の被り物の中だ」

「知るか」


 ジニアス様達の誕生祝宴のときに着用したキリッとした表情の白猫の被り物を記念にもらっていた。

 緩くてブカブカだから、目の部分をくり抜いて視界を確保しつつ、サイズを仕立て直せば使いやすくなるはず。魔法を思う存分使えて、多少なりとも手助けできるはずだ。


「コレなら遠慮なくやれる」

「遠慮しねぇのがよっぽど問題なんだよ。お前は…マジでわかってねぇな」

「わかってない?」

「なんでもねぇ。とりあえず、今からエッゾ探すわ」

「ちょっと待て…。誘ったのはボクが先なのか?」

「アイツはほとんど街にいねぇ。どっちでも一緒だ。断るワケねぇんだからな。ガハハハ!」

 

 呆れた奴だな。まぁそうだろうけど。



 ★



 数日後。


 キャロルの情報網を頼ってエッゾを捕まえたマードックは、昼間から酒場に誘って大会のことを教える。


「ククッ!やっと面白そうなことに俺を誘ったな」

「…っつうことはいいのか?」

「当然だ。最近の修行の成果を確かめるいい機会だ。全員叩きのめしてやる」

「そう簡単にゃいかねぇぞ」

「どんな奴がいようと関係ない。俺の力を見せてやるだけだ。クククッ!」


 思う存分闘えりゃ満足っつう戦闘狂だ。話が早くて助かるぜ。


「相変わらずだな」

「お前も負けるつもりはないだろ」

「当たり前のこと訊くんじゃねぇよ。久々に…人相手に暴れるぜ」

「ククッ!アイツの出番はないかもしれんな」

「別にいい。アイツは切り札みてぇなもんだ。どんな奴がいるかわからねぇ。とにかく俺らは魔法と相性が悪ぃかんな」


 3人1組っつうことは、魔法を使う奴も混じってるのが普通だ。そんくれぇわかる。


「なるほどな。そもそも、アイツが本気を出せば全員一瞬で消し炭か…ククッ!」

「そういうこった」



 ★



 大会前日を迎えて、ウォルトは王都へ向かい全力で駆けている。


 早朝から予選が行われるということで、前乗りして王都に泊まること決めた。


 マードックに「移動はどうする?当日、駆けるか?」と確認したら、「当日はだりぃ。俺はエッゾと前乗りするわ」と言われたので、現地集合することに決めてボクも前乗りすることにした。

 普段ナバロさんから受け取ってる報酬の使い道がないから、今日はゆっくり王都の料理を食べつつ1つの約束を果たそうと思っている。


 2時間ほどで王都の東門に到着すると、いつもの守衛は不在だったけれど親切に教えてもらえた。丁寧にお礼を伝えて目的地に向かう。


 しばらく歩いて辿り着いたのは、王都に幾つかある劇場の1つ。中規模の劇場だ。入口の横には、上演中の舞台ポスターが数枚貼られている。

 じっくり読み込んでいくと、出演者の欄に知ってる名前を見つけた。アンジェさんの名前がある。頑張ってるんだな。


 森で出会った女性アンジェさんは、顔に重度の火傷を負って役者になる夢を諦めかけていた。治癒魔法による治療が成功してまた役者を目指すと言っていたけれど、有言実行の凄い人だ。「必ず観にいく」と約束していたので今回はいい機会だと思った。


 タイミングよく上演時間まであと20分ほど。チケットを購入して劇場に入る。


 アンジェさんは「来るときはいい席を取ります!」と言ってくれたけど、ボクには事前に来ることを伝える術がない。気を使わせたくないから、こっそり観るのが最善。問題なく約束は守れて気が済む。

 舞台は盛況で、空いていた席は最後列だったけれど視力はいいから特に問題はない。開演時間を迎えて観客席の明かりが落ちると、劇の幕が上がる。


 ボクは初めて観る演目。喜怒哀楽を全て詰め込んでいるのに、無理矢理な演出がなくて入り込んで楽しめた。脚本を書いた人は凄い。

 アンジェさんは準主役級の役で、出会った頃とは別人のように生き生きして演じている。言ったら怒られそうだけど、別れたときより体型もふっくらしていて健康そう。

 芝居に詳しくないけど、ごく自然な演技でボクの知るアンジェさんと全く違う人物を演じきっていた。『この人は本当に役のような人だ』と観客に思わせるのがいい役者の演技じゃないのかな。


 2時間に渡る劇が終わって、出演者が壇上で惜しみない拍手に包まれているとき、ふと目が合ったような気がした。

 アンジェさんは少し驚いたように見えたけど、距離は遠いしきっと気のせい。今後の活躍を願いながら足早に退場する。約束を果たし、次は食材を見て回ろうと歩き出して直ぐに背後から声が聞こえた。


「ウォルトさん!」


 振り向いた視線の先にはアンジェさんが立っていた。舞台衣装のまま駆けてくるのを立ち止まって待つ。


「はぁ…はぁ…。お久しぶりです…!」

「お久しぶりです。約束通り観覧に来ました。素晴らしい演技でした」


 息を整えたアンジェさんが、キッ!とボクを見る。


「なんで教えてくれなかったんですか!来るのがわかってたら最前列の席を用意したのに!」


 勢いに困って頬を掻く。


「森に住んでいると、来るのを伝える手段がなくて。急ですみません」

「それは…そうですよね…。ウォルトさんには特等席で観てもらいたかったので…。勝手なことを言ってすみません…」


 アンジェさんは肩を落とす。


「気持ちは嬉しいです。目がいいので後ろからでもよく見えましたよ」

「そうですか。でも、こっそり帰るのはダメです!寂しくなりました!」

「次はちゃんと挨拶させてもらいます」

「お願いしますね!…私は、ウォルトさんのおかげでまた役者に戻れました!ありがとうございました!」

「アンジェさんの努力の成果です。ほんの少し手助けしたくらいで」

「ふふっ。相変わらずですね。今度来るときは、できるならココに手紙を送って下さい」


 家の住所を書いた紙をくれる。


「次の公演があるので戻ります。今日…会えて嬉しかったです!」

「ボクもです。またお会いしましょう」

「はい!先輩、約束ですよ!」

「はい。後輩に約束します」


 手を振りながら急いで劇場に戻るアンジェさんを見送って市場に向かう。王都でしか手に入らないような食材を見て、覚えて帰りたい。

 王都は市場の規模もフクーベとは桁違い。見たこともない食材が並んでいるのを目にして、今すぐ色々な料理を作ってみたくなる。夢のような場所だ。


 満足して市場をあとにする。そろそろ今宵の宿を探すことに決めた。テラさんに急に泊めて下さいとは言えない。

 安い宿でいいし、なければ近くの森で野宿すればいいと思いながら、値段の書かれた看板を頼りに宿屋街をブラついていると…。


「あれっ!?」

「ウォルトさん!?」

「えっ?」


 声のした方を向くと、アイリスさんとテラさんがいた。人通りが多すぎて匂いに全く気付かなかった。2人は騎士の装備ではなく、軽装の私服姿。


「こんなところでなにしてるんですか!」

「王都に用ですか?」

「えっと…。実際に用があるのは明日で、今日は前泊しようと宿を探しに…」

「むっ…!」


 口を閉じたテラさんの頬が膨らんでいく。嫌な予感…。

 

「私の家に泊まればいいじゃないですか!嫌なんですか?!」


 やっぱり…。本日叱られるのは2回目。しかもこんな短時間で…。


「嫌とかではなくて、急に泊まらせてもらうのはさすがに迷惑だと思って…」

「あぁ~~あ!私が行ったらウォルトさんはなんでもしてくれるのに、私は冷たい女だと思われてるんですね!凄くショックです!」


 マズい…。本気で怒ってる…。


「テラ。ウォルトさんにも事情があるだろうし、それが普通の思考よ」

「そうですかぁ?!納得いかないです!」


 アイリスさんがフォローしてくれる。


「いつでもなんでも受け入れてくれるウォルトさんが普通じゃないの」

「…なるほど。言われてみればそうでした!それなら納得です!」


 そんなことないと思うし、納得しないでほしい。


「とにかくウチに泊まってください!ダナンさんもカリーも喜びますから!」


 確かに2人に会いたい。


「では、お言葉に甘えます」

「その代わり、泊めるお礼にご飯を作って下さい♪」

「いいんですか?」

「食材を買って帰りましょう!アイリスさんも食べにきて下さい!」

「いいの?」

「当然です!ウォルトさんは食べる人が多いほど喜びますから!」


 その通りだから嬉しい。それはそうと、マードックとエッゾさんは宿屋街に泊まるのかな?どこに泊まるのかも知らないけど、エッゾさんは…花街かもしれない。あぁ見えて真面目なマードックはあり得ないけど。


「お2人は休みなんですか?」

「いえ。私服で巡回しながら王都を見て回っています」

「王都は発展するのも早いので、いざというとき新しい道も知らないなんて騎士として恥ずかしいので!」

「なるほど。大事なことですね」


 その後、食材を購入してテラさんの家へと向かった。




 ダナンさんとカリーも帰宅して、ボクが作った夕食を皆で囲みながら明日の予定について伝えた。


「えぇ~!?ウォルトさんが武闘会に出るんですか?!」

「驚きですぞ」

「ヒヒン!」

「チーム戦の人数合わせみたいな感じで、友達に誘ってもらったんです。ボクが魔法武闘会を近くで観れるように考えてくれたみたいで」

「なるほど。ウォルト殿のチームなら本戦に残れそうですな」

「本戦に残れる?」


 どういうことだろう?アイリスさんが教えてくれる。


「詳細は不明ですが、朝一で予選を開始して武闘会本戦に残る数チームを決定すると聞いています。予選で敗れてしまうと武闘会は観れません」

「そうなんですね。知りませんでした」

「急遽開催が決まったチーム戦は、多くの参加希望者がいることが予想されます。全員を大会に参加させるワケにはいかないのです」


 言われてみればその通り。負けて観戦だけというのは難しそう。予選を勝ち抜かないと魔法武闘会を観れそうにない。

 マードック達にも知らせ……なくていいか。きっと「知ったことか」と一蹴する。予選があろうとなかろうと負ける気なんて毛頭ないはずだ。


「負けられないですね!」

「それより、ウォルトさんは観客に魔法を見せても大丈夫なのですか?」

「その点に関しては、こんなモノを作ってみたんですが」


 仕立て直した白猫のお面を被ってみる。


「いいですね!まったくわかりません!完璧です!」

「一部の人を除いて…ね」

「祝宴以来ですな」

「服装も変えてみるつもりです」


 自分で生地を織るようになったから、張り切って大会用にローブも作ってみた。

 師匠にもらった一張羅のローブを万が一にも剣や魔法で傷付けたくない。服を脱いでもいいけど獣人だとバレてしまう。


「楽しみですな。滅多にお目にかかれぬウォルト殿の勇姿を目に焼き付けますぞ」

「ヒヒン!」

「せめて恥ずかしくない仕合をしたいです」

「ウォルトさんなら心配無用ですよ!私はめっちゃ応援します!騎士団の参加者よりも!」

「それはダメでしょ。でも応援しています。頑張って下さい」


 騎士団からも数名が武闘会に出場するみたいだけど、アイリスさんもテラさんも、ダナンさんやボバンさんも出場しないみたいだ。どうなるか予想できないけど、明日は精一杯やるだけ。


「ウォルト殿。お手柔らかにお願いしますぞ」

「その通りです。際限なく魔法を使ってはダメですよ」


 心配無用な助言をくれるダナンさんとアイリスさん。


「対人戦で使える魔法は限られます。誰もが条件は同じですよ」

「それはそうなのですが…」

「ウォルトさんの場合、同じ魔法でも話が違うので…」


 意味不明だけど、ボクはやれることをやるだけ。もしチーム戦にも魔導師が参加していて、魔法を観れるなら嬉しい。怪我なく魔法武闘会を観るのがボクの目標だ。


 当然負けるつもりはないけど。

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