317 久しぶりの修練場
久しぶりに魔法の修練場にやってきたウォルト。
今日は可能な限り魔法の修練をするために来た。しばらく顔を出してなかったけどスケさん達は元気だろうか。
いつものように、師匠の仕掛けに魔力を注いで洞窟を明るく照らす。師匠が作った装置の魔力を付与する箇所には魔法陣が描かれていない。
ボクの知識ではあり得ないことだけど、ハズキさんなら理由がわかるかな?意見を訊いてみたい。
魔物を倒しながら奥に進んで修練場に辿り着くと、呼びかける前に地面が盛り上がってピョン!と元気に皆が飛び出してきた。詠唱する準備を整えるが、皆は武器を構えもせず全速力で突っ込んできた。いつもと様子が違う。
『『『ウォルト~!』』』
「わぁぁぁっ!?」
骨群に飛びつかれて思わず後ろに倒れ込んだ。
「いてててっ…」
『久しぶりだな!元気だったのか!?』
『どこか悪いところがあるのか!?』
『なかなか来ないから心配したんだからね!もう!』
「皆さん…。すみません…」
最近来てなかったからボクを心配してくれたのか。気遣いが有り難い。
『勝手な心配だし、別にいいけどさ』
『お前がいなくなったら誰が俺達を成仏させてくれんだよ』
『そうよ。たまには顔を出してね』
「はい」
とりあえず修練は置いといて、久しぶりの会話を楽しむ。しばらく話して、ふと気になった。
「そういえば、スケさんはいないんですか?」
リーダー格であるスケさんの姿が見えない。いつもなら直ぐに姿を見せてくれるのに。
『あぁ…』
『スケは……な?』
『うん…。ね?』
歯切れが悪い返事が返ってきた。心配になって詳しく訊いてみる。
「問題が起こってるんですか?よければ教えて下さい。力になりたいです」
皆は顎に手を当てて思案する。
『う~ん…。ウォルトに言ってもなぁ…』
『気持ちは嬉しいだろうけど…』
『骨になった者特有の悩みよね』
「骨の悩み?脆くなってきたとかそういうことですか?」
『違うっつうの。とりあえず本人と話してもらうか』
『そうだな』
ズズズ…と皆が地面に潜っていく。しばらく待っていると、修練場の真ん中が大きく盛り上がった。身体が大きいスケさんが出てくるときに起こる現象だけど、しばらく動きがない。
『まだかニャ?』と言いそうな顔でさらに待つこと数分。
『しゃらくせぇ~!』
スケ三郎さんの声とともに、神輿を担ぐようにしてスケさんを持ち上げた皆が出てきた。地面の中でなにが行われてたんだろう?
『スケ三郎!下ろせ!』
『言われなくても下ろしてやるよ!うらぁ!』
スケさんは、ビターン!と全員に投げ下ろされた。痛覚はないらしいけど。
「スケさん。ご無沙汰してます」
『む…。ウォルトか…。久しいな…』
「どうしたんですか?なにかあったんですか?」
『いや……。なにもない…』
『噓つけ!ウォルト!この根性なしをどうにかしろ!』
「詳しく話を訊かせてください」
『ウォルトに言うようなことじゃない』
『うるせぇ!お前が言わないなら俺らが言うぞ!男らしくねぇな!』
『勝手にしろ…』
ズズズ…とスケさんは大きな体躯を沈めていく。…が、皆も沈んでまた担ぎ上げられた。今度はポイッ!と雑に投げ捨てられる。
『いい大人が逃げるなバカ!喋らなくていいから黙って聞いとけ!』
『くっ…!』
常識があって皆をまとめる立場のスケさんが、よく言ってもふざけてるスケ三郎さんに叱られてる。なにがあったんだろう…?スケ美さんがその辺の事情を説明してくれた。
『この間、スケさんの娘がココに来てね』
「えっ?スケさんがいることを知ってたんですか?」
『そうじゃなくて、ホントにただの偶然なの。冒険者になってて』
「それは、かなりの偶然ですね」
でも納得できる。冒険者なら来る可能性はありそう。
『殺された私が言うことじゃないけど、ココはそこまで強い魔物は出現しにくいでしょ?修練で来たっぽかったわ。まだ新人みたいだったし』
「話しかけたりしたんですか?」
『ううん。してない。私達は冒険者の前に姿は現さない。知ってるでしょ?』
スケ美さんたちは元スケルトンであって魔物じゃない。意思のある骨だ。冒険者を襲う理由はないし、そんな本能もないと言ってた。たまに侵入されてもジッと身を潜めているらしい。
「なんでスケさんは落ち込んでるんですか?」
『落ち込んでなどいない』
『噓つくな!本当は話したかったんだろうが!大きくなった娘と!違うか?!』
スケ三郎さんの問いにスケさんは黙ったまま答えない。無言は肯定ということかな。
『スケさんの様子がおかしかったから問い詰めたら、娘だってことだけ教えてくれたの。私もスケ三郎の言う通りだと思うんだけど、骨だから姿を見せたくなかったのか、魔物と間違えられるのが嫌なのか、それとも別の理由か。なにも答えてくれないのよ』
「そうだったんですね」
『でも、ウォルトに訊けば娘さんと繋がれると思ってた』
「えっ?なぜですか?」
『一緒にいた冒険者の中に前にウォルトと来たアニカがいたから』
「そうなんですか?」
『うん。私達のことは言わずに来たみたい。帰るときに、こっそり頭だけ下げて帰った。いい娘ね』
前に一緒に訪れたとき、修練場に冒険初心者向けの魔物が出現することは教えていた。アニカの性格だとスケさん達への挨拶も兼ねていたかもしれない。状況は概ね理解したけれど、大事なのは…。
「スケさんは娘さんに会いたいんですか?」
スケさんの気持ちをハッキリさせないとアニカに訊くことはできない。きっと余計なお世話でしかないから。
『会いたいか、会いなくないかだけハッキリしろよ。難しいことねぇだろ』
『……会いたくはない』
『てめぇは…』
スケさんの言葉は本意じゃない。匂わないし、鈍いボクでもそんな気がするけど。
「わかりました。ボクはなにも言いません」
『ウォルト、お前…!』
「ボクはスケさんの言葉を尊重します」
『……けっ!勝手にしろ!』
スケ三郎さんは地中に潜ってしまった。スケさんへのキツい物言いも、優しさからの言葉だと思う。だけど、スケさんは会うのに心の準備が必要で今じゃないだけかもしれない。
「皆さん、今日のところは…」
『あぁ。修練はまた今度にしよう』
『そうね。また来てね』
1人また1人と沈んで最後にスケさんが残った。
『せっかく来てくれたのにすまんな』
「気にしないで下さい。また来ます」
『ウォルト…』
「なんでしょう?」
『アニカに……娘をよろしく頼むと……伝えてくれないか…。すまん…』
それだけ言い残してスケさんも潜ってしまった。とりあえずアニカに会いに行こう。
一旦住み家に戻ると、ちょうどアニカ達が訪ねてきてくれていた。我が家のように寛いでくれてる。
「ウォルトさん!お帰りなさい♪」
「ただいま。皆に今から会いに行こうと思ってたところだったんだ。訊きたいことがあってね。最近、修練場に行った?」
「「修練場?」」
ウイカとオーレンはピンときてない。1人だけ理解してくれたアニカが笑顔で答えてくれる。
「行きました!知り合いの冒険者と一緒に!」
「一緒に行った冒険者について教えてくれないか」
「いいですよ!知り合ったばかりなんですけど…」
アニカはミーリャとロックについて教えてくれる。知り合ったばかりの新人冒険者で、アニカとオーレンのような関係らしい。ということは、幼馴染みの男の子もスケさんの知り合いの可能性がある。
「なるほど。ありがとう」
「気になることがあるんですか?」
「皆には言ってもいいと思うから教えるよ」
事情を説明すると、スケさん達の存在を知らないウイカとオーレンは驚いた。アニカだけが神妙な面持ち。
「ミーリャのお父さんがスケさんなんですかか…。亡くなってるのに生きてるなんて、ちょっと複雑ですね」
「皆はミーリャさんの父親についてなにか聞いてない?」
「俺は聞いてないです」
「私もです!」
ウイカが「私は少しだけ聞いてます」と答えた。
「どんなこと?」
「父親は冒険者だったことと、多分もう亡くなってるって言ってました。でも、悲壮感は感じなかったです。諦めてるというより割り切ってる感じで」
「そうなんだね」
「いなくなった時、まだ小さかったからじゃないでしょうか。あまり記憶に残ってないと言ってました」
そうなると、会いたくないか気にしてない可能性がある。どうするべきなんだろう?余計なことをすると変に混乱させるかもしれない。
「ウォルトさん。私がミーリャにハッキリ訊きます!」
「なにを?」
「父親をどう思ってるのか。それと会いたいか、会いたくないかを。外野が四の五の言うより、本人の気持ち次第で出来ることは変わってきます!」
それはそうか。事情をよく知りもしないのに、会わせてやりたいとか話をさせたいなんてただの傲慢かもしれない。本音を教えてもらえるかわからないけど、まずはそこからだ。
「お願いしてもいいかな?ちなみにスケさんは会いたくないって言ってるんだ」
「えぇっ!?なんでですか?!娘なのに!」
「答えてくれないんだ。でも、アニカにミーリャをよろしく頼むと伝えてほしいってお願いされた」
「その言い方だと、会えない理由があるっぽいですね!もし、ミーリャも会いたくなかったら…この話は終わりかもしれないです!」
「そうだね」
スケ三郎さんやスケ美さん達には悪いけど、無理やり会わせることはボクには出来ない。ミーリャさんの気持ちを確認してからにしよう。
★
ミーリャに関する話が終わって、皆で修練する。
全員で休憩している内に、オーレンはウォルトに伝えたいことがあった。
「ウォルトさん。もらった剣の調整なんですけど、必要なさそうです。切れ味も抜群でした」
かなり戦闘が楽になって使えば使うほど馴染んできた。
「よかったよ。使い勝手はどう?」
「問題ないです。大事に使わせてもらいます。俺はもらった剣に恥じない剣士になります!絶対に!」
「そんな大層なモノじゃないよ。でも頑張って」
「あの…もらった剣の素材がなんなのか教えてもらっていいですか?」
「ミスリルだよ」
「「「ミスリル?!」」」
ミスリルはとんでもなく高価でレアな素材。Dランク冒険者が買える代物じゃない。御用達の武器屋には、ミスリル製の武器を置いてさえいない。薄々そんな気はしてたけど…やっぱりとんでもない逸品だった。
「一体どうやって…」
「高価な素材らしいね。でも、ボクにとっては素材の価値はどうでもいい」
「どういうことですか?」
「精錬の師匠達に相談して、オーレンの剣術や闘い方に最も適した剣を作りたかった。今のボクに作れる最上のモノを目指したらミスリルの剣だっただけ」
『…ということなんだニャ!』とか言いそうに師匠は笑っている。目を潤ませていると、アニカが俺の肩を叩いた。
「売ったりしたら八つ裂きにして殺すからね…」
「するか、バカ!見くびるなよっ!」
ウイカも反対の肩に手を置く。
「売ったお金をギャンブルに使ったら…燃やすよ…」
「売らないって言ってるだろ!お前ら、いい加減にしろよ!」
「あはははっ。気持ちは嬉しいけどボクが作った剣なんて売れないよ。それより、オーレンがよければ折れてしまった剣でなにか作ろうか?」
「えっ!?完全に折れてますよ?」
提案の意味が理解できない。
「溶かして鋼に戻すことになるけど、身に着けるモノに加工できると思う。でも、思い出の剣だからそのまま保管しておきたいかな」
「いえ!お願いします!ずっと一緒に冒険してきた相棒だったから、形が変わっても身に着けられるなら嬉しいです」
「わかった。今度持ってきてくれるかい」
「はい!」
ウォルトさんは、冷たいお茶を淹れるために住み家へ向かった。アニカとウイカは俺にジト目を向けてくる。
「なんだよ…?」
ろくでもないことを言われる気がするな…。
「ウォルトさんが気にしてくれたからって調子に乗りなさんなよ…!」
「羨ましいとか思ってないから…」
ウザすぎる…。コイツらはウォルトさんが絡むととにかく面倒くさい。この際だからハッキリ言ってやろう。
「お前らはおかしい!きっとウォルトさんも内心怖がってる。その内、姉妹揃って嫌われるぞ!」
姉妹は青筋を立てた。
「アンタは…言ってはならないことを言った!エロいことしか能がないくせに!」
「失礼な。そんなワケないでしょ。だから子供達に嫌われるんだよ」
酷い言われようだ。もう許さん!
「尊敬する師匠のタメにお前らを更生させてやる!負けたら淑女になりやがれ!」
「やれるもんならやってみろ!」
「というか、もうなってるし!」
★
ウォルトが戻ってきたとき、3人は素手で殴り合っていた。オーレンが姉妹を相手に押されているものの善戦してる。休みなく組手の修練をしてるのか。凄いなぁ。
「くっ…!おっらぁぁっ!」
「うりゃぁ!」
「てぇい!」
修練なのに鬼気迫る勢い。まるで命のやり取りをしているような迫力。どっちも頑張れ。
やはり2対1で分が悪かったオーレンは、時間を追う毎に劣勢になり力尽きた。でも、健闘を称えたい。負けたくないという強い意志を感じた。
「いい組手だったね。2人を相手に素晴らしかった。強い意志を感じたよ」
素直な感想を伝えると、疲れているだろうに爽やかに笑ってくれた。