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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
316/706

316 努力の人なんだ

「叩きが甘いわ!もっと均等にしっかり叩いて延ばせ!」

「はい!すみません!」

「そうじゃない!バカタレ!こうだ!」


 ドワーフ工房にコンゴウの大きな声が響いている。ウォルトは大量の汗をかきながら真っ赤に染まった鉄を叩き延ばしている。


「動きが悪くなっとるぞ!少し休めっ!」

「まだいけます!」

「バカかっ!倒れたらなんにもならん!いいから水を飲んで休んでこい!」

「わかりました。休みます」


 覚束ない足取りで炉から離れた場所に座り込むと、魔法でキンキンに冷やした水を飲む。冷たい飲み物なんて滅多に飲まない。身体が生き返る美味さ。


 ファムさんが声をかけてくれる。


「ウォルト。大丈夫かい?」

「はい。なんとか」


 熱した金属の熱さは灼熱。『鉄壁』とローブに纏う『氷結』の魔力でも防ぎきれない熱さ。そんな中で、ほぼ魔法も使わず平然と動き続けるドワーフの頑強さに心底感服する。


「コンゴウもちょっとは優しくすりゃあいいのにねぇ」

「無理を言ってるのはボクです。仕事で忙しいのに教えてもらって感謝しかないです」

「そうかい。あまり無理するんじゃないよ」

「ウォルト!一休みしたらさっさと戻ってこい!時間がもったいなかろうが!今度はワシらを手伝え!」

「はい!すぐ行きます!」


 直ぐに走って向かう。



 ★



「あの子は一体なにを作りたいってんだい?」


 ファムは首を傾げた。ウォルトはなにかを作ろうとしてる。けど、なんなのかわからない。ヘロヘロになるまで作業を続けても、ウォルトは宴用の料理を作るのはやめなかった。


「疲れてるんだから、今日はやめときな!」

「恩返しなので無理です。ボクにとっては学んだ技術を頭の中で纏めるのにいい時間なんです。許して下さい」


 そう言って笑った。


「ドラゴ。あの子はなにをしようとしてんだい?」

「後のお楽しみだ!」


 その後も、何度か工房を訪ねては教えを請うたウォルトは、修行を重ねると同時にコンゴウ達の手伝いをこなした。


「…よし!上出来だ!お前らはどう思う?」


 コンゴウの台詞に仲間達が次々反応する。


「合格だろ」

「文句はないな」

「というか、だいぶ前からもう大丈夫だったろうが」

「納得してなかったのはお前だけだ。頑固ジジイ」

「まぁ、気持ちはわからんでもない」

「…とにかく文句ないな!ウォルト!やってみろ!」

「皆さん。本当にありがとうございます。ボクの我が儘を受け入れてもらって」

「殊勝な態度なんかいらん!感謝してるならモノで語れ!黙っていいモノを作ってみろ!自信を持っておもいきりやれ!」

「はい。やります」


 全員が黙って見守る中、真剣な表情でウォルトは作業を始めた。作業工程が進むにつれて、なにを作ろうとしているのか気付いた。


「アンタ達は…コレを教えてたのか…。よかったのかい?」

「俺らも最初は悩んだ。けどアイツは俺らの仲間だ。反対はなかったな」

「そうかい。確かにそうだねぇ」


 アタシらはウォルトの作業を黙って見守る。孤独な作業は明け方まで続いた。





「でき…ました…。皆さん…ありがとう…ございました…」


 目的のモノをたった1人で完成させたウォルトは、精根尽き果てて大の字になって眠ってしまった。黙って見守っていたアタシらは、そっと近寄って完成品を手に取る。


「ははっ。コイツはバケモンだな」

「本当に1人でやっちまいやがった」

「まだ少し仕上がりは粗いが、気持ちがこもってる」

「しかも効率的に魔法を使ってたぞ」

「あんな方法は考えもつかなかった。1人だから必要だったんだろうが」

「勉強させてもらったのはコッチかもしれねぇな」


 後ろで見ていたアタシらも驚いた。


「ホントに凄い子だ。溜息しか出ないよ」

「誰かのタメに作ったんだろう?だって、必要ないモノだ」

「正直ときめいちまったよ。見てて年甲斐もなく興奮した」

「シビれたね。私らの弟子はいい男だ」


 眠っているウォルトを囲んで、ドワーフの治癒魔法『回復(リカバリ)』を使う。ただ純粋に弟子を労う気持ちだった。



 ★



 ウォルトがあるモノを完成させた翌日。【森の白猫】の住居では、ウイカとアニカが花茶を飲んでいる。

 クエストに行く準備を整えたのだが、若干1名パーティーメンバーの姿が見えない。


「かなり落ち込んでるね。大丈夫かなぁ?」

「見たことないくらいヘコんでる。さすがに私も茶化せなかったよ」

「あんなことが起こるなんて…想像できないもんね」

「そうだね。まったく予想できなかった。オーレンもだろうけど」


 姉妹が会話していると、ドアノブが回る音がして力ない足音が近付いてくる。肩を落とすオーレンは、溜息を吐きながらテーブルについた。 


「どう?なんとかなりそう?」

「どうしようもない…」

「いつも手入れをお願いしてる武器屋に預けてみたら?素人じゃ判断できないでしょ?」

「そうだな…。はぁぁ~……。最悪の誕生日だ…」

「なにもしてないのに剣が折れるなんて…誰も思わないよね」

 

 ウイカの言う通りで、まさかの出来事だった。クエストに行く前に状態を確認しようと剣を抜いたら突然折れた。ヒビ割れや欠けたとかじゃなく、根元から見事にポキッと。


「きっともう限界だったんでしょ。元々安物だしね」


 アニカの言う通りで、冒険者になった時、貯めてたお金で買った安物の剣。だけど、自分のタメに初めて手に入れた剣。

 武器屋でも「いつ壊れてもおかしくない」って買い換えを薦められてた。見た目は綺麗だけど、見えない部分がボロボロかもしれないって。

 そもそもいい鋼じゃない。大事に手入れして使ってたから今日まで延命できたと言っていい代物。実力が上がるにつれて剣にかかる負荷も増える。こうなることは不可避だった。


 大事な場面で剣が壊れたりしたら命の危機に直結するから、新しい剣に換える選択は常に頭の片隅にあった。アニカにも薦められたことがある。

 それでも…俺はこの剣と共に冒険してきた。ムーンリングベアに傷をつけて命を救ってくれた剣。ウォルトさんが勇気を認めてくれて心を込めて直してくれた剣。

 壊れるまでは使い続ける。そう思い続けて、遂にその時を迎えたというだけのこと。覚悟はできてるつもりだったのに、こんなに辛いなんてな…。

 むしろ剣が俺を救ってくれたのかもしれない。冒険に出る前に…窮地に陥る前に知らせてくれたと思える。


 珍しく神妙な面持ちのアニカ。


「新しい剣を買いに行こうよ。捨てろとは言わないからさ」


 剣に関してはアニカも俺の気持ちを理解してくれていて、換えることを強く主張することはなかった。けど、今日は言わなきゃならないよな…。


「行こう…。これからも冒険を続ける」

「私達も買いに行くの付き合うよ」

「善は急げだ!」


 ウォルトさんには次に会ったとき説明しよう。そして、改めてお礼を伝えたい。


「そうだ!呪われてる剣とかにしよう!妖刀がいい!」

「俺を殺す気かよ!」


 アニカの軽口に気持ちが少し軽くなる。こういうとき幼馴染みの心遣いが有難い。


「金足りなかったら貸してくれよ」

「貸すかバカタレ!懲りずにギャンブルで負けるからだ!懐事情に合った剣にしろ!安物で充分だ!」

「オーレンの身の丈に合ってるかもね」


 金に厳しい幼馴染みだ。ともあれ、武器屋に向かおうと準備していると誰かが訪ねてきた。ウイカ達は部屋で軽装に着替えてるから俺が対応に向かう。


「はい」


 玄関のドアを開けると、訪ねてきたのはウォルトさん。


「おはよう。いてくれてよかった」

「ウォルトさん…」

「オーレン、誕生日おめでとう。いきなりだけどプレゼントを持ってきたんだ」


 笑顔のウォルトさんがそっと両手で差し出したのは……鞘に収められた1本の剣。


「コレって…」

「今の剣を大事にしてるのは知ってるけど、コレしか思い付かなかった。もしもの時の予備で使ってもらえたらと思って」


 渡された剣の鞘には見事な紋様が彫られてる。両手でゆっくり受け取る。


「あ、ありがとうござぃ……うっ…。うぅぅ~っ!」

「ど、どうしたんだ!?大丈夫!?」


 涙が溢れて止まらない。ウォルトさんは驚いてオロオロしてる。申し訳ないけど……喋れない…!


 アニカとウイカが駆けつけてきた。


「「ウォルトさん!?」」

「オーレンが、急に…」



 

 ウイカ達がウォルトさんを中に招き入れて、俺達は居間でテーブルを囲む。花茶は当然のようにウォルトさんが淹れてくれた。


「すみません…。見苦しいとこを…。改めてありがとうございます」

「気にしなくていいよ。残念だったね」


 しばらく言葉を発せなかった俺の代わりに、アニカ達が事情を説明してウォルトさんも状況を理解してくれた。


「いろんな思い出が詰まった剣で…。危険だから冒険者としては直ぐに換えないといけなかったんでしょうけど…」

「誰だって大事にしてるモノがあるし、否定できない。でも…ボクも危ないかもと思ってた。だから剣をあげたかったのもある」

「剣を渡されたとき、心配されてたんだと気付いて…。でも吹っ切れました。折れた剣は大事に取っておきます。初心を忘れないように」

「ボクの剣が使えるといいんだけど」

「この剣、凄く高そうですけど…本当に貰っていいんですか?」


 まだ刃は見てないけど、鞘の作りからして違う。名のある職人が作ったような重厚感がある。


「高くはない…というかボクが打ったんだ」

「「「えぇぇっ!?」」」


 マジか…。モノづくりが好きなのは知ってるけど、遂に剣まで作るように…。


「上手くできたと思うけど、今朝出来たばかりでまだ試し切りもしてなくて」

「ちょっと抜いてみてもいいですか?」

「いいよ」


 ゆっくり鞘から剣を抜くと、見た目に反して驚くほど軽い。鞘の方がかなり重かったのか。


「凄い…」


 スラリと銀に輝く刀身は顔が映るほど磨き上げられて、切れ味の鋭さが見ただけでわかる。


「使ってみて気になるところは教えてほしい。ボクが調整する」

「…今から冒険に行ってきます」

「焦らなくていいんだよ」

「いえ。俺が行きたいんです。アニカ達もいいか?」

「「いいよ」」

「わかった。気をつけて。また住み家で待ってる」





 ウォルトさんと別れて、冒険に向かった俺達は驚きに包まれていた。


「その剣…半端じゃないね…」

「切れ味とか比べものにならないでしょ!」

「あぁ…。言葉にならないくらい凄い…」


 格段に軽いうえに切れ味が違いすぎる。おそらくだけど、軽いのに強度も比べものにならない。付与魔法の効果も高まってる気がする。

 

「怖いくらいだね。さすがウォルトさん」

「ウォルトさんはなんでもできる!天才すぎ!」

「違う…」

「違う?なにがよ?」

「そうじゃないんだよ…」


 ウォルトさんは確かに器用だけど、天才じゃない。あんなに凄い魔法を操っても才能がないと言ってた。嘘を吐くような人じゃない。

 剣士だからわかる。この剣は相当苦労して作ってくれたはず。熟練の職人が作るような剣を自分が打ったと言ってた。とにかく学んで、心を込めて打ってくれたんだ。俺だけのタメに…。

 俺は…この剣に恥じない剣士になってみせる。ウォルトさんに『作ってよかった』と思ってもらえるような、そんな剣士に。



 ★



「ガハハハ!昨日はたまげたな!」

「まったくだ!アイツには驚かされっぱなしだ!」


 ドワーフ達は今日も作業を終えて酒を飲んでいる。今日の宴の肴はウォルトの話題に尽きる。


「1人で剣を作ってみたいと言ったときは無理だと思ったがな」

「やってのけたな。しかも短期間の修行で」

「コンゴウが、ポロっと「材質はミスリルがいいんじゃないか?」とか言うから余計大変なことになった」

「結果正解だったろうが。誰にやるのか知らんが、あの剣は一生モノだ。ガハハハ!」


 ミスリルは、しなやかさや強度はもちろんのこと魔法金属と呼ばれるほど魔法と相性がいい。反発も吸収も付与もできる希少で優れた素材。

 

「加工法まで知りたがるとはな。だが、アイツなら他言もしないし魔法を使ってさらに技法を高めた」

「間違いないぜ」


 ミスリルを加工させたらドワーフの右に出る者はいない。軽く丈夫に加工する技術はドワーフにしかできない秘伝。だからこそ、ファムはコンゴウ達が加工法を教えていることに驚いたワケだ。


「そういう方法もある」となんの気なしに口にしたら「是非教えてもらえませんか?」と教えを請われた。「ボクが作れる最高の剣を作りたいんです」と。表情は真剣だった。

 話し合った結果、仕事をしながらでよければ技法を教えること。俺達の仕事を手伝うこと。皆が技量に納得するまで製作はさせないことを条件に出して、ウォルトは即答で了承した。それができれば材料のミスリルも提供すると約束してやった。

 手伝わせたのは一連の作業の中で必要な技術を叩き込む意図があったことと、コイツには無理だと判断したら即やめさせる狙いもあった。


 稀有な技術を伝授するからには、下手なモノを作らせるわけにはいかん。…が、心配無用とばかりに全ての予測を超えてきた。


「まさか、こんなに早く覚えるとはな」

「今日に間に合わせたかったんだろ。贈り物だと言ってた」

「無報酬であんな苦労ができるか?俺には理解できん」

「そんな男だから教えた。モノづくりを愛し、学んだ技術を誰かのために使う。なんの見返りも求めないのが目に浮かぶわい!」

「ホントにもったいねぇ。けど…」

「それでこそウォルトだ。俺らの弟子よ!ガハハハ!」


 照れ屋で偏屈なドワーフ達がハッキリ伝えることはないが皆が思っている。『俺達の自慢の弟子は、い獣人なんだぜ』と。

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