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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
315/706

315 やっぱり格好いいな

 軽い足取りのサマラに、ウォルトが訊く。


「バッハさんの家は遠いの?」

「そうでもないよ。でも、いなかったらどうする?」

「サマラにボクの料理を食べてもらって帰ろうかな」

「ありだね!泊まってもいいよ♪」

「マードックが帰ってきたらね」

「初めて帰ってきてほしいと思った!」

「………」


 マードック…。仲良くしてくれ…。


 会話しながら歩いていると、ギルドの前を通りかかったときタイミングよくマードックが出てきた。

 ホライズンのメンバーらしき面々もギルドから出てきて見事に鉢合わせ。マルソーさんがいるからわかった。その中でも、リーダーの風格を感じさせる男が微笑んで口を開く。


「サマラちゃん。久しぶりだね」


 おそらくこの人がハルトさんだ。マルコの件ではお世話になった。


「ハルトさん、久しぶり!いつもマードックがお世話になってます!」


 サマラがペコリと頭を下げる。


「久しぶりだね。2年ぶりくらいか?」

「そうかな!マードックが全然家に呼ばないから!」

「ちっ…!」

「シュラさん、マルソーさんもお久しぶりです!」

「う、うん。久しぶり…」

「久しぶりだね」


 いつもの調子で気持ちに抑揚が感じられないマルソーさんと対照的に、挙動がおかしいシュラさん。初対面だけど落ち着かない様子でボクをチラチラ見てるような…。気のせいかな?


 シュラさんの視界を塞ぐように、のそりとマードックが前に立った。 


「よぉ」

「忙しそうだな」

「今日はなんだよ?」

「バッハさんに訊きたいことがあって来た。いいか?」

「いいも悪いもねぇ。勝手にしろ」

「ありがとう」

「ウォルト君。久しぶりだな」

「お久しぶりです、マルソーさん。この間はありがとうございました」

「俺のは…少しは役に立ったか?」

「はい。いい勉強をさせてもらいました」

「また美味いカフィを飲ませてくれ」

「いつでもお待ちしてます」


 …と、サマラが笑顔で促す。


「ハルトさん達はクエスト終わりで打ち上げに行く途中だろうから邪魔しちゃ悪いよ!行こっ!」

「うん」


 尻尾を揺らしながら歩くサマラの後を追う。


 

 ★



 マルソーは遠ざかるウォルトとサマラの背中を見つめる。


 フクーベで彼に会うとは珍しい。用事があったんだろうが、滅多にあることじゃないだろう。肩が触れるくらい近い距離で並び歩く姿を見て、2人はお似合いだと感じていたらシュラがポツリと呟く。


「マードック…。アイツは誰だよ…?」

「あん?俺らの幼馴染みだ」

「マルソーも知ってるんだな…?」

「あぁ。マードックの紹介でな」

「俺は初めて会ったけど、なんだかお似合いだったな」


 段々と小さくなる後ろ姿を見つめながら、ハルトが微笑む。遠目に眺めても確かに仲睦まじい。恋人のような雰囲気がある。


「おい、マードック!あの2人は付き合ってんのか!?」


 シュラは突然声を荒げた。そして、俺達はシュラがサマラちゃんに惚れていることを思い出した。


「知ったことか」

「あの甘酸っぱい空気は…まだだな。俺にもまだチャンスはある」


 斥候ゆえの勘の鋭さか、恋人ではなくてもかなり親密だという事実に気付いたということか。まぁ、シュラでなくともわかる。『その勘は冒険で使えよ』とばかりに呆れた様子のマードックが口を開いた。


「お前、意外としつけぇな。何回も言ってっけど、サマラはお前には荷が重てぇ。さっさと諦めろ。細人間は女には好かれるんだろうが」

「あの優男ならいいってのかよ!?サマラちゃんは俺の好みど真ん中だ!お前が兄貴ってだけが問題なんだよ!」

「この野郎…。開き直りやがって…ぶっ飛ばされてぇのか?お前も優男だろうが」

「2人とも落ち着け」


 俺が間に入る。


「マルソー!お前だってあんな男より俺の方がお似合いだと思うよな?!なっ?!」

「思わない」

「なんでだよ!?」

「彼はとんでもなく美味い飲み物を淹れる。シュラには無理だ」

「いつ飲み物の話してたよ!関係ねぇだろ!変人のお前に訊いた俺がバカだった!」

「俺は変人じゃない」


 大体、なんの根拠があって自分の方がお似合いだと言っているのか。収拾がつかなくなりそうだと踏んだのかハルトが話を纏める。


「3人ともやめろ。とにかくシュラは精一杯頑張れ。俺は応援する」

「やっぱりハルトはわかってるな!」

「ただ、彼に勝つのはきっと容易じゃない。いろいろな意味でな」

「なんだよそれ!俺はあんな奴に負けねぇぞ!」

「そうだな。負けるな」


 苦笑するハルトを見て『コイツはさすがだな』『話してもいないのに彼の危険性に気付いたのか』と、感心した俺とマードック。

 いずれ出会うことは想定内だったが、冷静だったら感受性に優れるシュラが真っ先に気付いたはず。色恋で我を忘れるとは予想外。彼にケンカを売らないよう目を光らせておくか。


「俺は…負けねぇ~!」

「うるせぇ」


 興奮が治まらないシュラを引きずりながら俺達は酒場へ向かった。



 ★



 サマラと会話しながらバッハさんの家に到着すると、笑顔で家に招き入れてくれた。


「マードックは飲みに行っちゃった!」

「あはっ。だろうね」


 サマラの言葉にバッハさんは笑顔。マードックの楽しみを邪魔したくないのかな。優しい獣人だ。


「相変わらず甘いねぇ~!甘いっ!」

「そんなことないよ。それより、ウォルトさんが私に訊きたいことってなんでしょうか?」


 お茶を差し出してもらったので有り難く頂く。


「バッハさんは、獣人の毛皮や皮膚の状態に詳しいんじゃないかと思って。畑違いかもしれませんが鳥の獣人の翼についてです」

「力になれるかわかりませんが聞かせて下さい」


 ファルコさんの症状について、知る限り詳細に説明する。バッハさんが、獣人の毛皮の手入れや皮膚のケアをする仕事に就いているのは知ってる。もしかすると、医者より多くの症状を見ているかもしれない。

 医者からは原因不明と診断されてるみたいだし、些細な手掛かりでも掴めないかと意見を求めたくて来た。


 頷きながら話を聞き終えたバッハさんは、思い当たる節があるようで教えてくれる。


「風切羽の異常は何度か見たことがあります。確かに羽根以外にお腹の調子が悪いと言う人が多かったです」

「羽根が皮膚のようなモノなら、塗り薬の効果も期待できると思うんですが」

「羽根を掻き分けて皮膚を見たことがありますが、変色や荒れはありませんでした。塗り薬も幾つか試してみましたが改善しなかったです」

「参考になります」

「ただ、症状としてはウォルトさんがなりかけていた真菌症に似ています。毛じゃなくて羽根が抜けるんですけど」

「ということは、以前貰った薬の成分が効果的という可能性も…」

「黙っていてもいずれ症状は落ち着くみたいです。ただし、完全治癒するんじゃなくて進行しなくなるだけだと聞きました」


 内臓に影響があって塗り薬が効かないということは、飲み薬なら回復が期待できるかもしれない。真菌症の元凶が皮膚でなく口から摂取されて、体内から影響を及ぼしている可能性はあるのか。塗り薬の成分をうまく飲み薬に変換できれば、あるいは…。

 真菌症の薬は以前バッハさんから貰っていざという時のために何度も作っているからよく知ってる。やってみる価値はある。


「バッハさん。ありがとうございました。方向性が見えました」

「お役に立てたならよかったです」

「話は終わり?じゃあ、ご飯作って!」

「台所をお借りしてもいいですか?」

「どうぞ」


 サマラはココに来る途中でちゃっかり食材を購入していた。作らせてもらえるかもわからないのに。

 2人に感謝を込めて腕を振るうと、バッハさんに大袈裟なくらい喜んでもらえて、ボクの方が嬉しかった。



 ★



 いい釣り日和だな。


 ウォルトと出会った釣り場でのんびり竿を出すファルコ。


 この場所は本当に穴場で、人に会わず魚もよく釣れる。そんな釣り場で出会った猫の獣人のことを考えている。


 薬が作れる獣人…か。俺の常識ではそんな獣人はいない。頭脳より身体能力に特化した種族である獣人にそんな存在がいるとは思えないし、聞いたこともない。猫とか隼とか種族の問題じゃないはずだ。

 けれど、ウォルトが噓を吐いてるようには見えなかった。吐くにしても普通ならもうちょっとマシな嘘を吐く。まぁ、真実だろうが医者に治せない症状をどうこうできるとは思えない。


 ストリームを引退したことに後悔がないとは言わない。どうせ飛ぶなら誰にも負けない速さで飛びたい。翼が万全ならまだやれる自信はある。けれど、引き際だと思ったのも事実。いつまでもレースにこだわる必要はないし、地に足を着けて暮らすのも嫌いじゃない。この気持ちは諦めか。その辺は自分でもよくわからない。


 ふと、人の気配に気付く。鳥の獣人は、特に視力が獣人の中でもずば抜けていて視野も広い。さらに周囲の気配に敏感。振り返るとウォルトが微笑んでいた。本当に優しい表情を浮かべる男だ。


「釣りに来たのか?」

「ファルコさんに渡したいモノがあって来ました」

「そうか。なんだ?」

「ボクが作った薬です」


 木で栓がされた小さな硝子瓶を渡される。中には黄金色の液体が揺らめく。


「本当に薬を作ってくれたのか」

「効果は未知数です。でも、治る可能性はあると思います。ただ…」

「どうした?」

「飲んでも身体に悪影響はないと言い切れます。でも、ボクは資格を持つ薬師ではないので信じてもらえるならですが」

「ふむ」


 ポン!と指で栓を抜いて一気に飲み干す。薬とは思えないほど甘くて飲みやすい。蜂蜜の味がした。


「どうもない。気にするな」

「ファルコさん…」


 ウォルトは自分をお人好しじゃないと言うが、俺からすれば信じられない程のお人好し。ちょっと釣りを教えただけの他人のために、無償で薬を作る獣人がどこにいる?優しさに加えて男気を感じる。気持ちに応えなければ男じゃない。


「効果があろうとなかろうと、心意気は受け取った。さぁ、釣るか」

「お邪魔します」

「元はお前が見つけた穴場だぞ」


 思わず笑みがこぼれる。その日は、並んでしばらく釣りと会話を楽しんだ。



 ★

 


 それから2週間が経ったある日のこと。


 ウォルトが住み家で農作業に勤しんでいると、鳥の羽ばたきが聞こえた。見上げると、大きな翼を広げて静止するファルコさんの姿。ゆっくり下降して地に降り立つ。


「いい場所に住んでるな」

「わざわざ来てくれたんですか?」


 帰り際、住み家の場所を訊かれたから教えたけれど、まさか会いに来てくれるなんて。


「貰った薬のおかげで翼に力が戻った。礼を伝えに来た」

「本当ですか?翼の状態を診てもいいですか?」

「もちろんだ」


 広げた翼を見ると、まだ完全ではないけれど変色も無く艶のある羽根が生え揃っていた。


「確かに回復してるみたいです」

「そうだろう。里の者も驚いていた」


 鳥の獣人の住む里は高地にあるとファルコさんは教えてくれた。


「ボクの薬の効果じゃないかもしれません」

「いや、間違いない。あれから腹も快調で日に日に翼に活力が戻った。ウォルト、本当に感謝している」

「力になれてよかったです」

「お礼をしたいんだが」

「いりません。治療できる自信も回復する確証もなかったので。上手くいったのはたまたまです」

「そうはいかん。なんでもいい。言ってくれ」

「なんでも…。また釣りを教えて下さい」

「ふっ。それ以外で頼む。言われなくても教える」


 困ったな…。なにかあるかな………そうだ!


「今年でなくてもいいので、ストリームが開催される日時を教えて下さい。観戦したいです」

「わかった。お前には特別に観覧席を用意する」

「普通に川岸でいいです」

「ダメだ。俺の気が済まない。あと、申し訳ないが頼みたいことがある」

「なんでしょう?」



 

 それから2カ月後。ストリームが開催されることになった。


 ファルコさんから聞いていた場所に向かうと、大きな木の上に椅子が設置されていて数人がかりで運んでくれた。自力でも登れたけど、今回は黙ってお願いした。


 雲1つない青空に、鷹や鷲、燕など鳥の獣人たちが準備運動で飛び回っている。こんなに多くの鳥の獣人を見るのは初めての経験。


「凄い見晴らしです。わざわざボクの為にありがとうございます」


 ファルコさんと一緒にボクを運んでくれた鳥の獣人にお礼を告げる。


「気にするな。ゆっくり観戦してくれ。他の選手にも理由は伝えてある」

「アンタは恩人だからな」

「面白いと思うぜ」

「さて…。若い奴らにオッサンの力を教えてやらないとな」

「あぁ。まさか、またストリームで飛べるなんてな…」

「感謝してもしきれねぇ。ホントにありがとな」

「大袈裟です」


 ファルコさんから「幾つか同じ薬を作ってもらえないか?」と頼まれた。「同じ症状で飛ぶことを諦めた友人がいる」と。

 この病は伝染しないけど、罹患する鳥の獣人は30~40代に多いらしい。全力で飛ぶのが困難になるから、ストリームには参加できなくなると。


 当然、断る理由もなく快諾して、順調に回復した友人達とファルコさんだったけど、今回のストリームでは準備期間が短かったからチーム戦で参戦するらしい。

 速さや飛距離に加えて、経験とチームワークが生きる種目らしく「あっと驚かせてやる!」と意気込んでいる。


「皆さん、頑張って下さい」

「あぁ。ウォルト、終わったらまた一緒に釣りをしよう」


 ずっと今日に向けたトレーニングに励んでいたファルコさんとは釣り場で会うことはなかった。


「楽しみにしてます」

「よし!行くか!」

「「おぅ!」」

 


 その日。ボクは鳥の獣人の凄さを目の当たりにした。


 速く強く、優雅で華麗な飛行は憧れを抱いてしまうほど素晴らしく、貴重な経験をさせてもらえた。

 ファルコさん達は病み上がりにも関わらずチーム戦で準優勝に輝いて、悔しさを微塵も感じさせず満足そうな笑みを浮かべていた。

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