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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
313/706

313 危険人物という認識

 フクーベの衛兵ボリスは、動物の森にひっそり佇む一軒家に辿り着いた。玄関へ回ると、畑作業をしている獣人が目に入る。


 相手は…先に俺を見ていた。ゆっくり歩を進めて話しかける。


「こんなところに住んでいるのか」

「なぜ貴方がココに?」

「マードックから聞いた。俺は元冒険者で、アイツとパーティーを組んでいた」

「そうなんですね。ボクに用ですか?」

「昨日フクーベの麻薬売買組織が潰された。お前は…事件に関係しているか?」

「ボクがやりました」


 白猫の獣人は、表情を変えることもなく淡々と答える。


「やはりそうか。もしや…グランジ商会を潰したのも?」

「ボクです」


 あっさり認めたことは意外だった。微塵も隠す様子がない。


「詳しい話を聞きたい。俺は衛兵のボリスだ」

「ボクはウォルトと言います。中へどうぞ」


 招かれて住み家の中に入り、綺麗に整頓された家の中を見て驚く。美味なお茶を出されたことにも。


「遠いところまで、ご苦労さまです」

「…お前は俺が捕まえにきたと思ってないのか?」


 なんの前触れもなく衛兵が訪ねてきたというのに、全く動じる様子がない。あるいは予想できていたか。


「思ってます」

「そうか。お前の襲撃で、数名が麻薬の過剰摂取で廃人のようになった」

「好きな麻薬を吸って廃人になったのなら本望でしょう」


 どんな方法で吸引させたのか不明だが、口振りからすると理解した上でやっている。


「お前が吸わせたんだな?」

「はい」

「勘違いするなよ。罪人を裁くのは法だ。個人じゃない。何人も他人を壊していい理屈はない」

「勘違いはしてません。ボクは自分の理屈で行動します。やられたからやり返しただけで裁くつもりなんて毛頭ない」


 コイツは…一方的に痛めつけておいて正当防衛を主張するか。


「お前は危険な思考の持ち主だ」

「毒ナイフを武器に殺す気できたから報復しただけですが」

「相手を圧倒できる力を持つなら加減して反撃しなければならない。お前の行為はただの過剰な攻撃だ」

「それは貴方の理屈で、押し付けられるのは心外です。ボクは気が済むようにやります」


 やられたらやり返す。そして、徹底的にやるのが獣人という種族だということは嫌というほど理解している。知的に見えるがこの男も例外ではないということか。


「…次はないぞ」

「同じようなことが起こればまた同じことをします。気に入らないなら捕まえて下さい。ボクはいつもここにいます」


 頑固な獣人が…。虚勢を張るか。だが、狡猾さと実力があるのは間違いない。


「その時は黙って捕まるのか?」

「正当な理由ならいつでも」

「もし不当なら?」

「悪意を感じれば、衛兵が相手でも同じように行動します」

「衛兵を壊滅させる…とでもいうのか?」

「壊滅するかは知りません。ただ、ボクの気が済むまでやる。やりきれるかは知りませんが」

 

 とんでもないことを言い放つ。コイツはやはり危険な獣人。


「世紀の犯罪者にでもなる気か?」

「そんなモノになる気はありません。ただ、衛兵が行うことの全てが正しいというのなら、そう呼ばれるのかもしれない」


 眉間に皺が寄る。コイツはなにをほざいてる…?獣人に衛兵のなにがわかるというんだ。


「衛兵は正しくないと言うのか?」

「そうは言いません。ただ、少なくともココに来てからの貴方の言動を正しいとは思わない」

「俺のなにが間違っていると言うんだ?」

「衛兵の権限である逮捕という言葉や態度をちらつかせて威圧しています。いつもそうなんですか?」

「威圧などしていない。お前の勝手な思い込みだ」

「何度も言いますが、ボクは自分の理屈でしか考えません。違うと言うのなら「捕まえに来たと思わないのか?」「次はないぞ」と脅すような真似をするのは、話を聞くのに必要だからですか?」

「ぬ…」

「威圧しておけば素直に話すだろうという意図を感じます。そんなことをしなくても、ボクは事実を伝える。不愉快ですし、これ以上貴方と話したくない」

「そんなつもりはない」

「では、なぜですか?他に理由があるのなら聞きたいです」


 言葉を継げない。コイツの言葉を…否定できない。ウォルトは興奮するでもなく静かに続ける。


「貴方は話を詳しく聞かせろと言いましたが、なにを聞きたいんですか?ボクのした行為の詳細ですか?それとも、謝罪や反省の言葉ですか?そもそも聞く気があるんですか?なにをしに来たんですか?」

「…っ」

「知っているでしょうが、貴方達は神でも聖人でもない。味方にも……敵にもなる」


 およそ獣人らしからぬ柔らかな物言いに、心底ゾクリとする。普通の獣人なら、立腹すれば血相を変えて喚き散らしながら文句を言うだろう。それこそ威圧してくるはずだ。

 だが、この獣人はひたすら静かに自分の理屈で言葉を発する。お前の言っていること、やっていることは理解できない。聞く気がないなら話さない。脅すように威圧するのなら、それ相応の対応をする…と。

 凜とした表情は謎の恐怖感を助長する。コイツには深く関わらないのが正解なんだろうがそうもいかない。


「…お前が自分からなにかすることはない…ということでいいんだな?」

「そんな性格ならこんな場所で暮らしていません」


 困ったように笑う獣人が嘘を吐いてないことは理解できる。


「1つ聞いていいか?」

「どうぞ」

「お前は魔法を使えるのか?」

「はい」


 そうでなければ話が違う。獣人が魔法を使うなど誰も信じないが、そうとしか考えられない。


「魔法を見せてくれるか?」

「お断りします」


 実際に魔法を見せなければ、なにか起こっても虚言という域を出ない。つまり逃げ口上。そんなところか。


「見てみたかったが」

「信用できない者に魔法を見せたくないので」

「俺を信用できない理由は?」

「職業柄もあるでしょうけど、ボクを危険人物だと判断して全て結びつけようという思考を感じます。貴方とは相容れない」

「ぐっ…」

「初めから危険人物だと思って接してくる人を信用しろというのは無理な注文です。違いますか?」


 …確かにその通りだ。己の言動を顧みると、この獣人のことを知ろうとせず、ただただ危険視していた。警戒されるのも当然といえる。


「ボクは貴方のことを知りません。今のボクにとって貴方は横柄な衛兵です。あるいは違うかもしれませんが」


 横柄…か。衛兵の立場に胡座をかいていたのは否定できない。


「ふぅ…。改めてゆっくり話を聞いてもいいか。冷静に聞くと約束する」



 ウォルトは、なくなってしまったお茶の代わりにカフィを淹れて差し出してくれた。


 そこからは私見を交えずウォルトの話に耳を傾ける。グランジ商会損壊事件から麻薬事件の詳細まで包み隠さず話してくれた。


「本当は麻薬を燃やしてアジトを破壊するだけのつもりでした。ただ、麻薬を吸いながら子供を嬲り者にしていたのが許せなかった。人のやることじゃない。殴り倒したのは個人的な感情です」


 事件後、保護された子供達に聞き取りをして「見えない優しい人が助けてくれた」と聞いていた。誰も信じなかったが。

 やり過ぎだとは思うが、コイツは衛兵ではないし、何度も言っているように自分の理屈で動く獣人。


「話を聞いて、お前という獣人が少しだけ理解できた気がする」

「そうですか」

「だが、罪に当たる部分もある。冗談抜きに逮捕しに来るかもしれん」

「お待ちしてます」


 決して脅しじゃない。なぜこんなに堂々としているのか。動揺を隠している風もない。


「なぜ平然としていられる?」

「悪事を働いたとは思ってませんが、客観的に見れば犯罪だと理解してます。この件については気が済んでいるからです」

「まさか…今すぐ逮捕すると言ったら大人しく捕まると言うのか…?」

「もちろんです。傷害に器物破損、建造物侵入も犯している自覚があります。正当な罪状で逮捕されるのなら当然従います。だから正直に話していますし、今回の件で唯一気掛かりなのは子供達の今後だけです」

 

 やっとコイツの理屈が理解できた。やられたらやり返すのは当然。そこは獣人らしい。他の獣人と違うのは、その後は逃げも隠れもせず法に従うつもりだということ。犯罪行為についての自覚もあるが、悪意はないので自首や出頭するようなことはしない。

 俺の理屈ではあり得ないから認めなかったが、冷静に思い返すとコイツは初めから逮捕しに来たと思っていると言った。それが事実なら、俺の行動は相当まどろっこしく映ったはず。

 素直に自白して捕まることを恐れていないのに、勝手に狡猾な知能犯だと勘違いした衛兵が無駄に威嚇してくるのは、さぞ滑稽で不愉快だったろう。

 いつでも捕まる覚悟があるのに「捕まえてやるからな」と何度も言われたら、「やるならさっさとやれ!お前はなにがしたいんだ?」と俺だって腹が立つ。

 結局『逮捕されたくないだろう』『知能犯で危険人物に違いない』という俺の浅はかな思考と思い上がり。そんな獣人に気掛かりだと言う子供達のことを教える。


「あの子達は保護施設に行くことになるかもしれん。親が麻薬の常習者で、麻薬を買った対価としてあの子達を売った」

「…その親は?」

「捕まえて牢の中だ。元は真面目で子煩悩な親父だったらしい。麻薬に狂う前は片親で立派に育てていたと周囲は話してる。だが、中毒症状が酷い。復帰は難しいだろう」


 一度麻薬に手を染めた者は、高確率で愚行を繰り返す。完治は困難。


「本当にいい親だったんでしょうか?」

「知る者は口を揃えてそう言っていた。捕まったと聞いて子供達も泣いてしまってな。元は仕事と育児に疲れていたところに「疲れがとれる」と持ちかけられて使ったのが始まりだと言った」

「そうですか。ボクに会わせてもらえませんか?」

「子供達とか?」

「いえ。牢にいる父親の方です」

「なにをする気だ?」


 痛めつけようというのか?


「できるかわかりませんが、治療するタメに」



 


「言っておくが、特別だ」

「感謝しています」


 俺とウォルトは、『隠蔽』という魔法で姿を隠し、見張りの傍を静かに通過すると地下牢への階段を音を立てないよう歩く。下りきって鉄の扉を閉めたなら見張りに声は届かない。

 実際に姿を消す魔法を目にして驚いたが、同時にウォルトが起こした事件の話を信じるに至った。グランジ事件発生時の衛兵の予想は的確で、子供達を助けたのもウォルトで間違いない。

 歩く靴の音だけが響き、鉄柵を握りしめながら「ここから出せぇ!」と喚く男の前で立ち止まって姿を現す。


「なんだお前らは!どこからきた…?!」

「ボクは獣人のウォルトといいます」

「知るかっ!誰でもいい!ココから出せ!早く!」

「それはできません。単刀直入に訊きます。貴方は、自分の子供達を幸せにする気がありますか?」

「さっさとココから出すかヤクを寄越せっ!」


 ウォルトは無表情のままで、ガンガンと柵を揺らす男に近寄り柵の隙間から手を差し込むと、胸倉を掴んで引きつけて睨みつける。


「ぐぅっ…!離せっ!猫野郎っ!」

「真面目に答えろ…。もう一度だけ訊く…。お前は…自分の快楽のタメに売った子供達を育てる気があるのか…?」

「子供…!あ………うっ………」

「答えろ…。お前のせいで…あの子達はクソ共に殴られ蹴られていた…!一生玩具にしてやると…裸で嬲られていたんだっ!」


 目と鼻の先で殺気を帯びた鋭い眼光に睨まれた男は、幾分か正気を取り戻したように見える。


「…あるに決まってる…。俺があんなモノに手を出さなければ…アイツらは貧乏でも普通に暮らしてたんだ…。俺が…貧弱だったせいで…。ぐぅっ…!うっ…うぅっ…」


 涙を流しながら力無く膝を付いた男は、やがてゆっくり床に倒れた。急に眠ってしまったかのように。

 大麻を所持していた阿呆と同じ。まさか、たった今魔法を詠唱したのか…?まったく魔法を使う気配はなかった。


 ウォルトは自分を落ち着けるように大きく息を吐く。


「ボリスさん。言った通り治療していいですか?」

「構わない。やってみろ」


「ボクがおかしなことをすると判断したら、煮るなり焼くなり斬るなり好きにしていい」と言われてる。俺はその言葉を信用した。



 ★



 ウォルトは柵の中に手を差し込み、男に向けて『精霊の慈悲』を無詠唱で付与する。


 雑談しているときにキャミィから聞いたことがある。「大麻や阿片はエルフにはほぼ効果がない。体質もだけれど、『精霊の慈悲』には効果を打ち消す力がある。人間や獣人にも効果があるかは不明だけど」と。今回はエルフ魔法の可能性に賭ける。


 しばらくの間、身体を巡り続けるように魔力を付与した。効果は未知数だけど浄化してくれると信じたい。

 


 ★



「終わりました」

「なにかしたというのか…?」


 やはり魔法を操ったようには見えなかった。詠唱すらしていない。コイツが只者でないことは理解したが…どういう魔法使いだ?


「上手くいけば数日で麻薬の症状が抜けると思います。早ければ1日程度で」

「そうか」


 信じ難いが、自ずと結果は出る。


「成功したとしても、また麻薬に手を染めるのか、子供達がどう感じるのか、ボクには予測できません。いい方向に向かうかもしれない選択をしただけです」

「経過を見守り、追って状況は伝えよう」

「ありがとうございました」

「なんの礼だ?」

「特別にボクに治療させてくれてありがとうございます。おかげで気が晴れました」

「礼などいらない。本当に回復するなら儲けモノくらいにしか思っていない。無理で当然だからな」


 また姿を消して外に出ると、ウォルトは静かに森へと帰った。





 1週間後。


 ボリスは再度森の住み家を訪れた。ウォルトがカフィでもてなしてくれる。


「お久しぶりです。逮捕しに来たんですか?」

「違う。お前が治療した父親は直ぐに回復したことを伝えに来た」


 治療した次の日には禁断症状も消え失せな、今のところ再発の症状も皆無。至って冷静な言動が続いていることから完全に回復したとみていい。初めての事象に同僚達も驚いていた。

 どんな魔法だったのかも知らない。だが、この獣人は技量の高い魔導師。もはや疑う余地はない。


「今後はどうなりますか?」

「幾つかの罪に問われる。麻薬所持、使用、児童虐待もだ。残念だが、子供達は保護施設に行く」

「そうですか」

「だが、罪を償って真に更生したと判断されたら一緒に暮らすことは認められた。あとはなるようにしかならない」

「知らせてくれてありがとうございます」


 報告は済んだ。答えは予想できるが訊いてみるか。


「廃人のようになった奴らの治療をする気はないか?」

「ないです」

「本当にハッキリしているな」


 微塵も迷わない。清々しいほどに。


「ただ、回復に使ったのがどんな魔法か教えることはできます」

「直接治療するのは断るが、他の者が治療するのは構わないということか」

「今後の麻薬治療に使うつもりなのでは?」

「そうだ。奴らをラリったままで放置しておくつもりはない。犯した罪は正常な状態で償わせねば被害者も報われない」

「ボクは少しだけ貴方のことを理解できた気がします」

「粛々とやるだけだ。お前が面倒事を起こせば直ぐに来る」

「いつでもどうぞ。ボクはココにいます」


 本当に動じない男だ。


「それと、お前に関することは口外しない。怖い男に釘を刺されてる」

「そうしてもらえると助かります」


 マードックから、この場所を教える代わりにウォルトと出会ってから知り得た秘密について黙秘することを条件に出されている。

 この時点でウォルトを逮捕するのは不可能だった。魔法を使えるということを他人に伝えられないのだから。ただ、余程の凶悪犯だと判断したら約束は反故にするつもりだった。俺の命に替えても。


「お前だから教えてやる。信用を裏切ったら許さねぇ」


 問い詰めたときマードックに真顔で言われて直ぐに本気だと理解した。アイツは背筋が凍るような殺気を纏っていた。

 ウォルトのことを暴露したら俺は殺されるだろう。告発するなら命懸けになる。アイツは人を脅すようなチンケな奴じゃない。やると言ったらやる。


「衛兵のくせに気付くのが遅ぇよ!ガハハハ!」


 豪快に笑ったが、誰がこんな獣人が存在してると気付くんだ。大概ふざけている。むしろ気付いたことを褒められていい。


「ボリスさん。右手を貸してください」

「なんだ?」


 ウォルトは差し出した右手に手を翳して『治癒』を使う。見事な魔法。


「怪我を治しておきました。今回のお礼に」

「この怪我はお前のせいだ。ヤク中が暴れてな。取り押さえるのに苦労した」

「それはすみません」

「冗談だ。あれから1週間経つ。昨日酒場で乱闘騒ぎを止めたときの傷だ」


 服を着ているのに僅かな傷からの出血に気付く嗅覚と、見事な治癒魔法。信じられないを簡単にこなす獣人。

 

「今後魔法絡みでなにかあれば、意見を訊くことがあるかもしれない。その時は頼めるか」

「ボクでよければ」


 今でもウォルトが告げた内容について、全てを信じてはいない。だが、信じたくなる。そう思わせるなにかがこの男にはある。

 もっと深く付き合ってみないと断言できないが、世を乱す危険人物でないことだけは理解した。だから、ウォルトを逮捕するとしても自分が納得してからにする。



 後日、ウォルトに教えてもらった通りに『精霊の慈悲』を詠唱してくれるエルフを探して治療を依頼したが、一度や二度の詠唱では回復せず多額の治療費を請求された。

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