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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
312/706

312 豹変ならぬ猫変

 フクーベの街。


 朝食を食べ終えたオーレン達は、今日もクエストに向かおうと準備を始めた。


「今日は討伐クエストだな」

「だね。油断せずにいくよ!」

「準備はいい?」


 装備を終えていざ出発!…と気合いを入れたところで、ココンコンコンと玄関のドアがノックされる。「誰だろう?」とアニカが向かい、ドアを開けるとそこにはウォルトの姿が。


「ウォルトさん!おはようございます!」

「アニカ、おはよう。急にきてゴメンね。直ぐに帰るから」

「いつまでもいていいです!むしろ住んでもいいですよ♪」

「ありがとう」


 苦笑いしてるけど、これはマジで!


「今から冒険に行くんだね。渡したいモノを持ってきたから、少しだけ時間をくれないか?」

「とりあえず中へどうぞ!」

「お邪魔します」


 気付いたオーレンとお姉ちゃんも、驚きながら歓迎する。椅子に座ったウォルトさんはクンと鼻を鳴らした。


「朝ご飯はキシカンだったんだね。この味付けだと、担当はオーレンかな?美味しかっただろうね」

「えっ!?」

「俺が作ったってわかるんですか?」

「匂いで大体の味が予想できる。魚醤ベースでちょっと濃い味付けはオーレンが好きな味だから」


 ウォルトさんは平然と言い放ったけど、朝食を食べ終わったのは30分近く前の話。残り香もほぼないはずなのに信じられない嗅覚。


「今日はお土産を渡しに来たんだ」

「どこかへ行ってたんですか?」

「うん。ちょっとクローセに」

「えぇっ!?なんでですか!?」


 私達になにも言わずに行くなんて!


「森で知り合った人がホーマさんの古い友人で、村まで案内したんだ」

「なるほどぉ。みんな元気でしたか?!」

「元気だったよ。テムズさんもアーネスさんやミルコさん達も。トール達や子供達もね」


 話しながら、背負っていた袋から取り出した中身をテーブルの上に置く。


「帰り間際に皆への手紙と食べ物を預かったんだ」

「俺には…親父とお袋からですね」

「オーレンには伝言もあるよ。ミシェルさんが「恋人ができたら村に連れてきてほしい」って」

「ははっ。まだ先の話ですね」

「ミシェルさん可哀想…。ずっと見れずにお婆ちゃんになっちゃうよ…」

「わかんないだろ!直ぐに連れて行ってやるから見てろよ!」

「私達の両親はどうでしたか?」

「アーネスさんもウィーさんも元気だったよ。ウィーさんは、やっぱり生まれつきの魔法使いみたいだった」

「やっぱり!ガサツ女王ですから!」

「予想通りですね」

「2人が信じてなかったことに大笑いしてたよ」


 ウォルトさんは席を立つ。


「じゃあ、冒険頑張って。続きは今度住み家でゆっくり話そう」

「えぇ~!?もう帰っちゃうんですか?!」

「冒険の邪魔をしたくないからね。…そうだ。皆にお願いがあって」

「なんでしょう?」

「クローセの子供達に今度は皆で来るって言ってしまったんだ。お願いしてもいいかな…?」

「もちろんです!何泊でも可です♪」

「今度は4人で里帰りだな」

「私は冒険者になって一度も帰ってないから、ちゃんと皆に元気って伝えたいなぁ」

「ありがとう。君達と違ってボクはいつでも行けるから、誘ってくれると嬉しい」


 

 ★



 共に家を出て冒険に向かうオーレン達を見送ったウォルトは、ラットやマードックの家に顔を出そうかとも考えたものの、さすがに時間が早すぎるなと住み家に戻る選択をする。

 

 まだ人気の少ない早朝とあって、人の往来もまばら。そんな中、目立つ服装で衛兵が通りを巡回している。

 街の治安維持のため日夜働く衛兵にお世話になることはないだろう…なんて考えながら歩いていると、正面から大柄な人間の男が向かってくる。


 衝突を避けようと1歩横にズレて歩を進めたけれど、すれ違う直前に男と肩がぶつかった。衝撃はないに等しかったけど、男は派手に転ぶ。


「いってぇ~!どこ見て歩いてんだ!?」

「避けたんですけど」

「あぁ~。いってぇな~。こりゃ骨が折れてる!慰謝料よこせっ!」


 …なるほどな。コイツはおそらく『当たり屋』と呼ばれる輩だ。わざと人や馬車にぶつかって、治療費を請求するような詐欺を働くと聞いたことがある。どうしたもんかな?

 対応を考えていたら、声に反応した衛兵が近付いてきた。もしかすると、コレも計算の内か。


「どうしたんだ?」


 襟の高い赤い服に身を包んで腰に帯剣した衛兵は、尻もちをついたまま肩を押さえる男に尋ねた。


「この獣人がワザとぶつかってきやがったんだ!ぜってぇ怪我した!骨が折れた!」


 衛兵はボクに向き直る。

 

「本当か?」

「ぶつかったのは本当ですが、怪我するほどの衝撃はなかったと思います」

「お前は獣人だから痛みも感じねぇだけだろ!野蛮人が!」


 そんなことはない。獣人だって痛いモノは痛い。ふざけたことを口にする奴だ。


「お前は被害者だと言いたいんだな?」

「そうだ!コッチは怪我してんだからな!さっさと捕まえろよ!」

「…ということだが、反論は?」


 衛の問いに冷静に答える。


「もし本当に怪我してるなら、ボクを捕まえてもらって一向に構いません」

「そうか。診療所に行って判断するか」

「必要ねぇよ!さっさと治療費だけ寄越せ!それで勘弁してやる!」


 喚く声が段々と癪に障る。黙って聞いていれば際限なくつけあがるか。ハッキリ言わないとわからないみたいだな。


「治療費は払いません。今は持ち合わせがないですし、万が一噓だった場合…」

「噓じゃねぇっつってんだろ!何遍も言わせんな!バカなのかテメェは!」


 騒ぐ男を無視して、衛兵に向かって嗤う。

 

「ボクがコイツを殴り殺しても罪に問われないな…?」

「なんだと…?認められるワケないだろう」


 衛兵はそう答えるだろう。予想通りの答え。


「他人を陥れる詐欺、偽証の類への報復は、カネルラ憲法22条で認められてる。たとえ殺人であっても許容される。違うか?」

「むぅ…!」


 衛兵は口を噤むが、正確にはボクの主張は正しくない。そんな条項はカネルラ憲法には存在しない。ただし、法を拡大解釈するとそうであると捉えられる部分があるのは事実で、曖昧な部分を突いた指摘。


 衛兵は当然知っているはずだ。そのことを充分理解したうえで確認している。お前が認めなくても別に構わないけど、殺したあとにそう主張する。わかったな?…と。


「な、なに言ってんだ、ボケ!俺は間違いなく怪我してんだよ!」

「だから診療所に行くと言ってるだろう?もし違ったら…詐欺として衛兵の公認で即座に殺してやる。獣人を舐めたことを…身を以て後悔させてやる…」


 鋭い爪を見せてニタリと嗤った。

 

「ひっ…!」

 

 衛兵はボクと男の間に入る。


「最後の確認だ…。まだ怪我したと主張するんだな?」

「……怪我なんかしてねぇよ!ボケがっ!」


 男は吐き捨てるように言い放った。


「だそうだが、どうだ?」


 ボクに向かって意見を求める。本当は後で伝えようと思ったけれど、今がその時かな。


「どうでもいいです。ただ、この男は麻薬を所持してますよ。違法だと思いますが」

「なんだと?本当か?」

「漏れてる匂いからすると大麻ですね」


 大麻はカネルラでは所持を禁止されている麻薬の類。男の顔色がみるみる青ざめる。


「そんなワケねぇだろ…!噓つくんじゃねぇ!このクソ獣人!」

「ズボンの右のポケットに入ってます。匂いで判別できるので。もし違ったら、ボクを信用毀損で殺しても構いませんよ」


 そんな状況でよく衛兵に絡めるモノだと、内心呆れていた。肝が据わっているというか、どう考えても頭がおかしな奴としか言いようがない。最悪、それを理由に自分の正当性を主張するつもりだった。ヤク中に絡まれたと。


「一応確認させてもらおうか」

「獣人の言うことを信じんのかよ!?」

「人間でも獣人でも関係ない。違ったら殺していいとまで言っている。無実ならお前の気も済むだろう」

「くっ…!?クソがっ…!」

「おい!待てっ!」


 逃亡しようと身を翻した男は、いきなり膝から崩れる。気付かれぬよう『睡眠』を無詠唱で放った。


「いきなりなんだ…?」


 衛兵がボクが指摘した箇所を探ると、粉末状の大麻が入った小袋が。


「調べないとハッキリしないが…。袋に入っているのに本当に匂いがしたのか?」

「阿片や大麻は簡単に嗅ぎ分けられます。貴方の朝食が、ジブニとアチャールだったのもわかります」

「…そうか」


 吐く息から匂う。麻薬を吸引しているのは、この男にぶつかったときから気付いていたし、匂いで常習者だと判別するのは造作もない。


「獣人の嗅覚は、そこまで優れているのか…」

「誰でもできます。それでは、ボクはこれで」

「待ってくれ」


 身を翻して歩き出すと、後ろから呼び止められた。


「1つ答えてくれ。お前は、本当にコイツを殺す気だったのか?」

「もちろんです。あまりに人を舐めている。もし報復に来るなら次は容赦しません」

「…お前の名は?」

「名乗るような者じゃないので」


 再び歩き出した。



 ★



 衛兵のボリスが近くの詰所で取り調べた結果、獣人に告発された男は麻薬の売人であることが判明した。

 どうやら朝からヤクをキメて気分が高揚し、恐喝紛いの事件を起こしたようだ。過去にも獣人を相手に同様の事件を起こしていたらしい。

 獣人は、身体は強いが頭が悪いと考え、衛兵と面倒臭がりな獣人の性格を利用して、その場ではした金の示談金を巻き上げていたようだ。何度か成功したことで味を占めたとみられる。だが、今回は絡んだ相手が悪かった。

 

「あの獣人は何者だったんだ…?」


 初めて目にした男だったし、名の知れた冒険者ではないはず。ただ、敵に回すと危険だと肌で感じた。

 獣人らしからぬ知性を感じさせる喋りや柔らかな物腰でありながら、カネルラ憲法の穴をついた指摘による暴力の正当化は狡猾。

 そして、実行すると思わせる迫力。獰猛な獣や魔物と対峙したとき感じるような恐怖感を纏っていた。


 あのままだと言葉通りヤク中は殺されていた可能性が高い。獣人は感情が昂ぶると人の命を軽んじる傾向にある。奴も例に漏れないだろう。


 正体不明だが、なぜか気になって仕方ない。アイツに訊いてみるか。





「知ってるぜ。ローブ着て片眼鏡着けてる奴だろ」


 直ぐにマードックの住居を訪ねて、白猫の獣人について尋ねると即答された。


「お前の知り合いってことは冒険者か?」

「違ぇよ。ただの獣人だ」

「誤魔化すな。ただの獣人があんな恐怖を放つワケがない」


 ただの獣人など虚言だ。そこら辺にいる獣人と違うことくらいわかる。


「ククッ!事実だぜ。あんまアイツに絡むなよ」

「俺から絡むつもりはない。ただ、麻薬絡みの事件関係者になってしまった。報復行為があってもおかしくない。捕まえた奴はかなりのアホで組織としては末端の雑魚だと思うがな」


 平和なカネルラに存在する数少ない闇。その1つが麻薬犯罪。売人が捕まったことによって、どこからか情報が漏れて報復の標的になってもおかしくない。

 奴らはとにかく動きが早く、情報を掴ませない。フクーベの組織の規模は小さいはずだが、それゆえ活動が目立たず組織の全容が掴みにくい。


「アイツの住居はどこだ?場合によっては護衛がいるかもしれない」

「そうなっても心配いらねぇ」

「どういう意味だ?」

「そうなったときわかる。お前は忙しくなんぞ」

「なにが言いたい?お前の謎かけに付き合ってる暇はない」

「俺も言えねぇことがあんだよ。話はそれだけか?」

「あぁ」

 

 話を終えて帰ろうとしたとき、同僚の衛兵が息を切らして走ってきた。


「ボリス!」

「そんなに慌ててどうした」

「麻薬の売買組織の…アジトが襲撃された!」

「なに?!アジトがわかったのか?」


 長く捜査を続けてきたが、アジトについては衛兵も中々尻尾を掴めずにいた。


「サイアミ地区の一軒家だ!」

「そんなところに…。状況は?」

「説明はあとだ!とにかく来い!手が足りない!」

「わかった」


 疾走するボリスの背中を見ながらマードックは鼻で笑う。


「ククッ!もうかよ。早ぇな」


 

 ★



 時は遡って、ウォルトがボリスと別れた直後。

 

 歩いていると、足音と匂いで尾行されていることに気付く。何者かは予想できたので人目につかない路地裏に入る。直ぐに追跡者も姿を現した。


「なにか用ですか?」

「お前、鼻がいいのか?耳?まぁ、どっちでもいい。余計なことをしてくれた獣人に罰を与えようと思ってな…」


 いかにも悪党な雰囲気を纏う人間は、手慣れた手つきでナイフを取り出す。ボクは表情をなくした。


「アイツはいずれ捕まってた」

「そんなことは関係ない。アイツはアホだが俺の弟分なんでな」

「仇討ちにきたのか?」

「違うな。抹殺だ……お前は…ぶち殺してやる!」


 殺し屋のようなことをのたまっているが、恐怖を微塵も感じない。コイツもボクを舐めている。そんなに弱そうに見えるか。

 昔の経験から、威嚇されるのに慣れ過ぎて感覚が麻痺してる。やるなら心の底から恐怖が込み上げるような威嚇をしてほしい。それこそリオンさんやマードックのような。


 しかも…明らかにコイツはボクより弱い。ただ腹立たしい。


「どう殺してくれるのか楽しみだ…」


 駆け出して間合いを詰め、一瞬でナイフを取り上げると躊躇せず男の太腿に突き刺した。血でズボンが赤く染まっていく。


「ぐあぁぁっ…!」


 理不尽な敵対行動をとる者に容赦する阿呆はいないだろう。いつも言われて困惑する。ボクは絶対にお人好しじゃない。己の力を過信して殺すつもりで来るのなら…十二分に応えてやる。


「匂いからするとトリカブトの毒を塗ってるのに、効かないところを見ると解毒剤を飲んでるな」


 やられることを想定しているのは少しだけ感心する。効いたとしても直ぐに『解毒』するつもりだったが。


「くっ…!お前…!こんなことして…」

「仲間が来るのか?」

「そうだっ!他の奴がもう伝えに戻ってる!お前は…どうせ終わりなんだよ!」

「終わり…?寝惚けてるのか?アジトに案内しろ」

「すると思うかっ…!」

「そうか…」


 ニィッと口角を上げた。





「もう……やめ……てくれ…」


 目も口も満足に開かない男は声を絞り出して懇願する。これでもかと素手で殴り倒してやった。

 ボクがいかに非力で底辺でも獣人の中での話。鍛えてそうにもない人間に負けるほど非力じゃない。


「死ぬまで付き合ってやる。心配するな」

「許して…くれ…。命だけは…」

「人を殺しにきておいて虫のいい話だ。死ぬ覚悟はできてるんだろう?」

「い、いやだ…。死にたく…ない…」


 魔法も使わず素手で殴って、気を失うと『覚醒』で意識を回復させることを繰り返した。『沈黙』を展開しているので、男の喚く声は誰にも聞こえない。

 怒りの大半を占めるのは逆恨みで命を狙われたことではなく、コイツらがボクを舐めていること。今はリオンさんの気持ちが理解できる。

 他の種族に舐められると、獣人という種族の誇りを以て蹴散らすことで強い種族であると主張したくなる。コレは本能なのか。


「言う…。言うから……やめてくれ…」

「懺悔はあの世でやれ。次が最後だ」

「サイアミ通りにある…白い屋根の一軒家…だ…。そこしかねぇ…」

「もし噓だったら……わかってるな?」

「噓じゃ…ねぇ…。ごふぁっ…!」


 男の顔を踏みつけて気絶させたあと、記憶を混濁させて放置する。『隠蔽』で姿を消すと、前を向いて一目散に駆け出した。



 サイアミ通りに到着すると、白い屋根の家は1軒しかなかった。姿を消したまま中に入ると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。


 小さな兄妹の身ぐるみを剥がして、嬲るように殴っている男や女がいた。息の匂いからして、コイツらは全員が麻薬を吸っている。反吐が出そうな匂いが充満しする中…。


「いたい!うわぁ~ん!」

「ゆるしてっ…!ごめんなさいっ…!」

「うるせぇ!金を払わねぇお前らの親を恨めっ!お前らは売られたんだよ!今日から死ぬまでは、俺らの玩具だっ!ひゃっは!」


 泣き喚く子供を見世物のようにして、愉快そうに笑う男達。震えながら拳を固く握りしめる。事情はわからない……が、子供を相手に…。


 ブチッ!となにかが切れた音がする。



 駆け出して、怒りにまかせて男も女も構わず殴り倒す。ヤク中集団は、次々床に沈んでいく仲間を見て発狂するように喚き散らした。


「なんだってんだ…!がはぁぁっ!」

「ぐはっ!ぎゃあぁぁっ!いてぇ!骨がぁ…!」

「なにが起こって…きゃあぁぁ!ぐへっ!」


 全員を叩きのめしたあと、ガタガタ震える子供たちに優しく服を着せる。ボクの姿は見えないままでいい。


「だれか…いるの?」

「もう大丈夫だよ。ココは危ないから、家の外に出てくれないか?」


 子供達の傷を『治癒』で綺麗に回復した。せめて…身体の傷だけでも癒してあげたい。


「あれ…?もういたくない…」

「ほんとだ…」

「もし赤い服を着たおじさん達が来たら、なんで殴られたのか教えてあげて」


 見えない手でそっと2人の頭を撫でる。ボクの声しか聞こえなかったであろう兄妹は、頷いてくれて外へ駆け出した。



 今からはボクに報復するという輩に先手を打たせてもらおう。


 嗅覚をフル稼働して、アジト中の麻薬の隠し場所を暴き1カ所に集める。意識を失っているヤク中達を『覚醒』させ、連中の真ん中で粉末に火を付けた。そんなに煙が好きなら腹一杯吸わせてやる。肺が穢れるまで。

『風流』で麻薬の煙を操作して、それぞれの口や鼻から吸わせる。むせようと苦しもうと顔に絡ませてやめない。自分の身体には風の膜を張って吸い込まないように防ぐ。


「ゴホッ…!ゴホッ…!」

「ぐあぁっ…!やめろぉっ…!」

「やめてっ!…ゴホッ!!」

「やめろだと…?どの口が言っている…クソ共が」


 全員が意識を失ったあと、掌を天井に向けて『魔力弾』で大きな穴を空けた。壁にも空けると風が吹き込んで上へと吹き抜ける。


 

 ★

 


 ボリスが現場に辿り着いたとき、阿鼻叫喚の光景が目に飛び込んできた。


 ボロボロになった男女が、ガチガチ歯を打ち鳴らし、嘔吐し泣き叫びながら自傷行為を繰り返している。殺し合いのようなことをしている者までいた。


「幻覚や…麻薬の過剰摂取の症状…」

「そうだっ!早く手伝え!くっ…!コイツら…大人しくしろっ!」

「がぁぁ!俺に触るなぁぁっ!死ねぇ!」

「あ、あぁ…」


 それから事態が収拾するまでには、かなりの時間を要した。病院、治癒院送りが大多数を占め、全員命は取り留めたものの廃人のようになってしまった者もいる。

 なぜか一味と思われる者が、1人だけ離れた場所でズタボロの状態で発見された。そして、今回の事件も犯人の目撃者や顛末を知る者はいない。


 親に売られて虐待されていた子供達が現場に居合わせたが、誰の姿も見ていないと言い張る。麻薬中毒者や子供の言うことなので、どちらにせよ信憑性には欠けるが。


 俺達衛兵は調査や報告などの対応に追われて、日々とにかく忙しい。ふと、マードックに「忙しくなんぞ」と言われたことを思い出す。まさか…アイツはこのことを言っていたのか…?そうなると、必然的にこの事件を起こしたのはあの白猫の獣人ということになる。


 まさかな…。獣人には無理だ…。


 今回の事件もグランジ商会のときと同じくおそらく魔法が必須。獣人には不可能だ。だが、心に靄がかかる。なぜか、あの獣人が妙に気になる。


 だが、今はそんなことを考えている場合じゃないと割り切って職務に専念することにした。

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