311 久しぶりの交流
思いがけずクローセを訪れたウォルトは、魔法を披露し終えると、皆から誘いを受けた。
村長のテムズさんに始まり、アーネスさんやミルコさんにも家に誘われる。逃げるように村を離れたのに、本当に有難い。子供達もまだまだ遊び足りない様子。
気を使ってくれたホーマさんは、「ハズキと家でゆっくり話すから、ウォルト君は好きにしていいんだよ」と家に向かった。
「まずはワシじゃな。久しぶりに一緒にお茶を飲もう。この間の礼も言い足りん」
「村長なんだから最後だろ。そこは堪えろよ。俺は娘が2人とも世話になってるんだ。ウチからだ」
「いや。オーレンが世話になってるのに、この間はウチでもてなせなかった。ウチからだ」
「まだうぉるととあそぶの!」
なかなか話が纏まらない中、ボクは嬉しさ半分、困惑半分といった表情で立ち尽くすことしかできない。
「アンタ達は、そんなことよりまずお願いすることがあるんじゃない?」
「そうよ。ウォルト君へのお礼と言えばでしょ?」
口を開いたのはウィーさんとミシェルさん。
「昨日たまたまアーネス達が大きな魔物を獲ってきたんだよ」
「調理をお願いできないかしら?」
「任せて下さい」
ウィーさんは皆に向き直って告げる。
「ウォルト君の料理を食べながらゆっくり話せばいいじゃん」
名裁きに皆が納得の表情を浮かべて、ボクは女性陣とともに村の集会場へと向かう。
「悪いんだけどさ、調理を頼んだのにはワケがあるんだよ」
「そうなんですか?」
「私達じゃどうにもできなくて困ってたの」
どういう意味なのか直ぐに理解した。集会場の調理場にドン!と鎮座していた魔物の亡骸は…。
「大きなヒラクですね」
「この魔物、ヒラクっていうの?初めて見たんだけど食べられる?無理っぽいと思ったけど、せっかく持って帰ってきたからなんとか食べられないかと思ってさ」
「手間がかかりますけど、とても美味しいですよ」
「よかった。かなり無茶振りしたかと思ったよ」
ヒラクは大型の蛇の魔物。サマラが見たら毛が逆立つこと間違いなし。バジリスクほど巨大ではなく、三角の頭部を持つのに無毒。見た目は気味が悪いけど、肉は鳥獣に近い味で非常に美味。大人1人丸呑みにできる大きさの魔物を討伐できるなんて凄いな。
「では、説明しながら捌いていきます」
「お願い」
硬い鱗は魔法で剥がすと楽だ。『疾風』と『細斬』の応用で手を翳しながら飛ばしていく。時間はかかるけど包丁でも可能。
綺麗に鱗を剥ぎ取ると、包丁で内臓を傷つけないよう丁寧に取り除いて皮を剥ぐ。コツがいるけど、上手くやると一気に剥ぐことができて綺麗な肉が姿を現す。
「ほぇ~!相変わらず見事だね!」
「下ごしらえは済んだので、あとは調理していきます」
ヒラクの肉は柔らかいし、臭みもないからどうにでも調理できる。幾つか思い付いた料理を作ろう。
最近では身体に薄い膜を張るように『強化盾』を展開して、手袋なしでも毛が落ちないようにできるようになった。
いつでも料理ができるうえに、手を動かしやすいのでストレスがかなり軽減される。修練の成果だ。
「ねぇ、ウォルト君」
「なんでしょう?」
調理の手は止めずにウィーさんに聞き返す。
「ウイカとアニカは元気にしてるの?」
「元気です。冒険者としても魔導師としても成長してます」
「そりゃよかった。あとはなにかないの?」
「あとは………そうですね………」
「あはははっ!ないなら無理しなくていいよ!」
コレは言ってもいいかな。
「ボクがウィーさんが魔法使いだと教えたら驚いてました」
「見ただけで気付くなんて凄いね~!それに、やっぱり信じてなかったか~!」
ウィーさんもそう思ってたのか。
「小さかった頃に言われたことを思い出して、反省してるみたいでした」
「普通信じないよ。アタシは適当な性格だしね」
「生まれつき使えるんですか?」
「気付いたら使えてた。コレって変なの?」
「そういう人も沢山いるみたいです。ウイカとアニカの魔法の才能はウィーさんから受け継がれたモノです」
「そうなら嬉しいね~!あの子達のタメになったじゃん!はははっ!」
話している内にも調理は進んで、完成した料理を味見してもらう。
「相変わらず美味し!」
ウィーさんのお墨付きをもらって広場に料理を運ぶと、既に宴の準備は万端。直ぐに野外での大宴会が始まった。
「やっぱり美味かったな!獲ってきて正解だっ!」
「確かに美味しいけどさ、調理する方は気持ち悪いんだよ。魔物を獲るのはほどほどにしてよね」
「また獲りに行こうぜ!」
「やめろって言ってるだろ!ウォルトが作ったから美味しいんだっての!」
男女でせめぎ合い起こってるけど、ヒラク料理は好評みたいでよかった。まだ陽も高いのに、酒を飲み始めた者もいるし老若男女問わず口々に料理を褒めてくれる。
お茶を片手にテムズさんがやってきた。
「今日も村のタメにすまんのぅ」
「やりたくてやってます。テムズさんに頂いた紫水晶は大事に保管しています。ありがとうございました」
「ほっほっ!君はもうこの村の一員じゃからな」
「あと、テムズさんのおかげで楽しい思い出ができました」
「どういうことじゃ?儂はなにもしとらんぞい」
「実は、テムズさんに断りなくお世話になってまして…」
テムズさんの若い頃に『変化』してみせる。
「な、なんじゃ?!わ、儂の若い頃に瓜二つじゃ!」
「なんだって…?」
「村長の若い頃…?」
アーネスさん達がやってきて、魔法で変身したボクを見る。
「ウォルトが魔法で変装してるのか。コレが若い頃の村長だって?」
「冗談きついわ。髪があり過ぎるし、格好いいじゃない。見栄を張りすぎよ」
「全く面影もないし、ウォルトは美化しすぎだな」
「本当なんじゃ!あまりに似すぎて、見たら死んだ婆さんも生き返るぞい!」
本人のお墨付きをもらえた。やっぱり似てるんだな。
「フクーベで変装したら「若い頃のテムズにソックリだ」とお婆さんに話し掛けられました」
「きっとパトニー婆さんじゃ。昔はこの村に住んどった死んだ婆さんのツレじゃ。元気にしとるんじゃなぁ」
「この姿でアニカ達と魔法武闘会の予選を見たりして、楽しかったんです」
「そうかそうか。君ならいくら変装しても構わんぞい!」
許可までもらってありがたい。お礼に美味しいお茶を淹れよう。
★
ウォルトの周囲で騒ぐ様子を、ホーマとハズキは遠目に眺めながら食事している。
「この村の連中は、なぜアイツの魔法に驚かないんだ?魔法で軽く変装とは信じられないことを…」
「皆はウォルト君が凄い魔導師だと知ってるし、アレが普通だと思ってる。俺達からすれば驚きしかないけどな」
「そうか…。アイツにとっては暮らしやすい村だろう」
「お前も引っ越してくればいい。古い家が余ってるし気のいい者ばかりだ。それに、無理に人付き合いしなくても気にしない。ココに住んで俺の修練に付き合えよ」
ハズキから洞穴で生活していることを聞いて、村への移住を薦めてみようと思った。俺より遥かに魔法の才に恵まれていたのに、人間関係に嫌気がさして魔導師の道を諦めた男。
口下手だが常識もあるし、人に迷惑をかける男じゃない。クローセに住めばウォルト君の他にもアニカやウイカとも交流できていい影響があるはずだ。
それに、俺の修練に付き合ってほしいというのも本音。同じ志を持つ者がいると修練に身が入る。
「気が向いたらな」
「あぁ。それでいい」
★
ウォルトはミルコやミシェルとも話す。
「オーレンは元気にやってるか?」
「意外にお調子者だから心配なのよねぇ」
「元気ですし、かなり逞しくなってます。剣士としても魔法使いとしても」
「魔法?俺が訊いてるのはオーレンのことだぞ?」
「オーレンは魔法を使えるようになりました。ウイカとアニカほどではないですけど」
「あの子に魔法の才能があったなんて知らなかったわ」
「ボクの見立てでは、ミシェルさんの血筋だと思います。ミシェルさんは魔力を持っているので」
「あら。初めて聞いたわ」
「俺もだ。知らなかったな」
「そんなことより、あの子に浮いた話はないの?」
「今のところ聞いてませんが、ボクが知らないだけかもしれないです」
「アイツはモテないことはないと思うがなぁ。少々お調子者だが」
「オーレンは優しくていい男です」
「恋人ができたら連れてくるように言っておいてね」
「わかりました」
その後も、村の皆と代わる代わる話す。オーレン達の幼馴染みは気になっているウイカの現状を確認してきた。
知る限りを丁寧に伝えると、嬉しそうに聞いてくれた。3人は優しい友人に恵まれてるな。会話してることなどお構いなしに、子供達は遠慮なく顔にまでしがみついて遊ぼうとしてくる。
嬉しいけど会話に集中できない。
「いてててっ!」
「うぉるとっ!かえっちゃだめだよっ!」
「ゴメン。今日は帰るけどまた来るよ。今度はオーレン達と一緒にね」
「ならよし!はやくきてね!」
「ハゲができるから毛を引っ張るのはやめてね」
「はげは、そんちょ~だけでいいの!」
「やかましいわ!」
次に話し掛けてきたのは、ホーマさんの息子で剣が好きなカート。少し背も伸びて逞しくなっている。
「ウォルト!飯は凄く美味かった!ごちそうさま!満腹になったから俺と剣で勝負しろ!」
毎回律儀なカートの台詞に思わず笑みがこぼれる。
「いいよ。カートとの決着はついてなかったね」
「何カ月か毎日稽古した成果を見せてやる!覚悟しろっ!」
「それは楽しみだね」
「余裕ぶりやがってぇ~!魔法はなしだぞ!」
「わかったよ」
「ホントにホントだぞ…?」
「使わないよ。信じてほしい」
移動して人の輪から外れた場所で向かい合う。木剣はカートが貸してくれた。
「いくぞ!」
「いつでもいいよ」
駆け出したカートは、一気呵成に攻撃を仕掛けてくる。冷静に捌きながらカートの成長に目を見張る。
前に遊んだときはケンカ剣術だったけど、見違えるような剣さばき。真面目に稽古に励んでいる姿が目に浮かぶ。
「相変わらずやるなっ!さすが宿命のライバルだ!」
「カートこそやるな」
カンカンとしばらく打ち合って、息を荒げるカートは距離をとった。
「はぁ…はぁ…。ウォルトは強い…。けど…これならどうだ!くらえっ!」
カートの動きが急に鋭さを増す。躱したけど正直驚いた。かなり微量でほんの一瞬だったけど、カートは確かに『身体強化』の魔力を纏っていた。
「コレも躱すのか…。俺の負けだ…。でも今だけだぞっ!次は俺が勝つ!」
カートは白い歯を見せてくれる。才能溢れる凄い少年だ。
「楽しみにしておくよ。カートは凄いな。魔法を使えるようになったんだね」
「魔法?なに言ってんだ?俺は剣士だ。魔法を使えるワケないだろ」
首を傾げた仕草に自覚がないのだと気付く。ウィーさんと同じで天性の魔法使いの可能性が高い。
「こらっ!カート!」
「やべっ…!ウォルト、またな!」
ホーマさんの姿に気付くや否や、カートは姿を消す。その素早さは、剣を打ち込んできたときの比ではなくまさに脱兎の如し。
「毎度毎度バカ息子がすまない。元気すぎて困ったもんだ」
「いえ。ホーマさん、カートは『身体強化』を使っていました」
「本当かい?!魔法は教えてないんだけど」
カートは体内に内包する魔力量も多く、剣の稽古をする内に魔法を自然に身に付けたであろうこと。 おそらく天性の魔法使いであることを説明する。
「そうなのか。気付かなかった。俺は魔力感知はできないからなぁ」
「使えるのはまだ一瞬だけみたいですが」
「どうする?お前が息子に魔法を教えるのか?」
隣に立つハズキさんの問いに、ホーマさんは笑って答える。
「アイツが「覚えたい」と言わなければ教えない。いくら才能があっても、魔法は誰かに強制されて嫌々覚えるものじゃない。そうだろ?」
「覚えたとしてもその先は在りはしないな」
「ボクもその通りだと思います」
魔法の修練は、見た目の華やかさとは真逆で地味なうえに結果も直ぐに現れない。どんな修練も変わりないけれど、好きでなければ続かない。オーレンも剣士たけど、やりたいと口に出していなければ間違いなく魔法は教えてない。
「才能に恵まれたことを嫌々やるより、才能がなくても好きなことをやればいい。剣を振るのが好きならそれでいいさ」
「魔法の才に恵まれただけで魔導師になったら、誰かさんのようにろくな奴にならない…か」
「そういうことだ」
ホーマさんとハズキさんは顔を見合わせて苦笑した。きっと、2人の師匠のことを言っているんだろう。
★
「すまんな」
「気にしないで下さい」
ウォルトはハズキと荷物を背負って森を駆ける。一度ハズキの住居に戻って全ての荷物を『圧縮』して袋に詰めてきた。
ウォルトは簡単に付与していたが、見たこともない魔法だ。
ほとんどモノがなかったのもあるが、駆ける負荷にちょうどいい重さにしかならないらしい。獣人の力には恐れ入る。
今はクローセに移住することを決めて村まで送り届けてもらっている途中。俺は…テムズ村長以下村人の前で頭を下げ、移住したい旨を告げた。誰も反対する者はいなかった。むしろ歓迎してくれる言葉をかけてもらった。ホーマの言う通りだ。今日からクローセで新たな生活を始める。
「それにしても、お前の魔法はなんでもありだな」
「そんなことないです」
「ウォルト…。感謝するぞ」
「なぜですか?」
「お前とお前の魔法のおかげで、俺は新しい境地にいける」
「よくわかりませんが、役に立ったならよかったです。今後も魔法について教えて下さい」
「俺の知識でよければな」
孤独に魔法師として生きてきた。自分が考えた魔法陣や呪符が、なんに使われているのかなんて考えたこともなかった。
魔法を発展させるという自己満足のタメ。あとは僅かな金を稼いで生きるタメに作っていた。
だが、今日ウォルトと出会って、そして披露した魔法を目にして単純に人のために魔法を使いたいと思えた。どうせ呪符を作るのなら、誰かが笑ってくれて少しでも幸せを感じるような…そんな呪符を作ってみたいと。
それ以外の効果も大事ではあるが、新たな目標ができた。お節介な古い友人と、尊敬すべき獣人の魔導師に感謝しよう。
村で上手く暮らしていけるかはやってみないとわからない。だが、魔法の修練と同じだ。諦めずコツコツと積み重ねることを忘れてはならない。どちらも俺にとっての新たな挑戦。
年を取っても弛まぬ修練を続ける辺境の大魔導師ホーマと、若くして途轍もない魔法を操る普通の魔法使いウォルト。
俺に教えてくれた2人に負けるワケにはいかない。