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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
309/706

309 サガンシア

「ウォルトに頼みたいことがあるのだけれど、私と一緒に行ってもらえないかしら?」

「どこへ?」

「私の許嫁的なエルフのところへ」


 訪ねてきてくれたエルフの友人キャミィは、いつものように表情を変えることなく花茶を口に運んだ。


「その人のいる場所にキャミィを無事に運べばいいの?」


 護衛を頼むという意味かな?それとも、遠方で疲れるから背負って駆ければいいのか?


「そんな大層なことじゃない。ただ会うのに同行してほしいの」

「もしかして、ウークみたいに隠れ里じゃ?」


 重要事項だから事前に確認しておかないと。


「そうなの。基本的にエルフは隠れて暮らしてる。優秀な種族のはずなのにね」


 キャミィの言葉は皮肉を含んでる。薄ら…いや、かなり自虐的ですらある。


「安心して。ウークほど閉鎖的じゃないから」

「それなら大丈夫…かな?」

「多分ね」

「多分なのか…」


 キャミィ本人は違うから口に出さないんだろうけど、ウークに潜入したときエルフは獣人のことが嫌いだと肌で感じた。

 上から目線なのは決してフラウさんだけじゃなかった。キャミィの父親のルイスさんもそうだ。穿った見方かもしれないけど、過去に嫌というほど蔑まれたから敏感に感じる。


 ボクはウークに行ったことでエルフが嫌いになった。キャミィとフォルランさんを除いて。おそらく獣人に限った話ではないだろうけど、間違いなく見下されていたから。

 口ほどにモノを言うあの視線を浴びたら、たとえ相手がキャミィの婚約者であっても平常心でいられる自信がない。

 ボクにとっては関係ないエルフだけど、友人であるキャミィの婚約者の前で不躾な態度をとったら迷惑極まりない。最低限の気遣いくらいできるつもりだ。


「里の外まででいいの?」

「できればずっと一緒にいてほしい」


 正直に伝えておこう。


「ボクはキャミィとフォルランさん以外のエルフが嫌いなんだ。よくない態度をとるかもしれない」

「私達のせいなのは重々承知してる。少しでも気に障ったら直ぐに帰って構わない」

「それでいいなら、いいよ」

「ありがとう」


 なぜボクと行きたいのかわからないけど、キャミィにも事情があるはず。準備を整えたら直ぐに向かおう。準備といっても特にやることはなく、キャミィに満足いくまでモフらせるだけ。





 キャミィと話しながら、森を歩くこと1時間ほど。身長はボクの半分くらいなのに本当に健脚で感心する。どうやら目的地に辿り着いたらしいけど…。一応確認してみる。


「キャミィ。ココで合ってる?」

「合ってるわ」

「全然里が隠れてないけど…」


 眼前には木の上に組まれた小屋が数軒見えるし、遠くには歩いているエルフの姿も確認できる。

 ウークのように魔法で隠蔽されてない。この辺りに来るのは初めてだけど、まさか堂々と暮らしてるなんて。


「ウォルトにはそう見えるのね」

「え?」


 キャミィは前に手を翳して詠唱を始める。


〈阻む混濁を除け。我は森人なり〉


 詠唱したあと微かに魔力の消失を感じた。ボクには見えない障壁のような魔法が阻んでいたのか。気付かなかった。


「行きましょう」

「今のは?」

「ウークと同様に視覚に訴えかけて幻影を見せる障壁よ。ただ、ウォルトには効果がないみたいね」

「なぜだろう?」

「直ぐにわかるわ」


 キャミィは基本的に無表情だから心中を推測できない。モフってるときは異常にだらしない表情だけど。


「ちょっと待った。『隠蔽』で姿を消すから」

「必要ないわ。そのままでいい」

「そうは言っても…」

「大丈夫よ」


 話はそれだけ?とでも言うように、キャミィは歩を進める。なにかあれば帰っていいと言っていたから、とりあえず気にせず行ってみよう。


「えっ?!」


 すぐに第一村人の女性に発見された。やっぱり驚いてる。けれど…。


「猫の獣人!凄いわ!」


 凄い?考える間もなく近寄ってきて、いろんな角度から見つめられる。品定めされているかのようでいい気分はしない。


「ウーリィ。久しぶりね」


 そんな気持ちを察してくれたのかキャミィが声を掛けた。


「…って、キャミィじゃない!久しぶりね!50年ぶりくらいかしら!」

「そうね。私には気付いてなかったのね」

「ごめんごめん!こちらの獣人は?」


 思いのほか丁寧な対応に驚きつつ、自己紹介する。


「初めまして。ボクはウォルトといいます。キャミィの友人です」

「私はウーリィ。よろしくね!エルフの里【サガンシア】へようこそ!」


 笑いかけてくるウーリィさんに正直戸惑う。あまりにもウークのエルフと態度が違いすぎて…。


 それに、彼女の纏う空気と匂い、そしてボクに対する視線はたまに感じてる。もしかして…。

 違ったら恥ずかしいけど確信に近い。挨拶代わりに確かめてみよう。もし違ったら逃げるように帰ればいい。実はこっちが本線だったりする。


「ウーリィさん。お近づきの印にボクでよければ軽くモフりますか?」

「えぇっ!?いいの!?優しい!」


 やっぱり。キャミィと同じでモフモフが好きそうな雰囲気がある。ただ、直ぐに帰れないことは確定した。


「どうぞ」


 身長差があるから屈んで中腰の態勢になると、跳び付くように首に抱きついてきた。


「ふわふわ!あなた、ふっわふわね!さいっこぉ~!」

「よかったです」


 キャミィのタメに毛皮を整えておいてよかったな。喜んでもらえるのは嬉しい。ウーリィさんも美女だから凄く照れくさいけど。

 チャチャと同じくらいの歳に見えるから、おそらく160歳くらいかな?大きくズレてないと思う。

 ただ、軽くと言ったのにしばらく離してくれなかった。そして、キャミィが過去に嗅いだことがないくらい不機嫌な匂いを漂わせながら氷の微笑を浮かべていた。背筋が凍る表情とはまさにこのこと。


 エルフの匂いは総じて薄いけれど、それでもハッキリ香る。ウーリィさんのことが嫌いなのか?


「よし!満足!ところで、キャミィはリントに会いに来たの?」

「そうよ。いるかしら」


 キャミィの婚約者の名前かな?


「案内するよ。ウォルトも行こう!」

「ボクも一緒でいいんですか?」

「どういう意味?」

「サガンシアは隠れ里じゃないんですか?無関係な者が立ち入るのはよくないんじゃ?」

「あぁ、そういうこと。いいのいいの!私達は歓迎するよ!ウークとは違うからね!」

「一言多いのよ」

「事実でしょ?ウークは閉鎖的だからウォルトみたいな多種族は入れないでしょ」


 集落ごとでエルフの性質が違うのか。その後も、歩きながらの雑談でエルフの里にはそれぞれ伝統があって気質も違うことを教えてくれた。

 ウーリィさんの話だと「サガンシアは多種族との交流をよしとするけど、その代わりエルフを選別する」らしい。


 キャミィが詠唱したのは、サガンシアに入ることを許されたエルフしか知らない呪文で、エルフからは障壁が小高い丘に見えるらしかった。 

 そんな魔法があるのかと感心しつつ、ボクには里の姿がハッキリ見えた理由に納得する。疑問に答えてくれるかな。


「なぜ同じエルフを選別するんですか?」

「無駄にプライドが高いし、頭が固くて意固地な奴が多いから。それに、同じエルフなのに他の部族ってだけで蔑む奴もいる。私達からすれば付き合うのが1番面倒くさい種族ね」


 ケラケラ笑うウーリィさんは、確かにウークのエルフ達と気質が違うみたいだ。


「ウォルトは獣人なのに丁寧で朗らかね。初めて会うタイプ」

「そうですか?ボクもウーリィさんみたいなエルフに初めて会いました」

「そう?キャミィもモフモフ好きでしょ?」

「そういうことじゃないわ。ウォルトはウークにしか行ったことがないの」

「なるほどね。それなら納得」


 話していると目的の家に辿り着いた。ウーリィさんは「ちょっと待っててね」と告げて、軽やかな身のこなしで高く伸びる木を登っていく。エルフの身体能力は素晴らしい。


「キャミィ。エルフの隠蔽魔法は誰が発動させてるの?」

「その里で最も技量の高いエルフと、何人かが協力してるわ。技法は教えられないけど」

「展開手法は理解できてるからいいんだけど、エルフだけを弾いて獣人には見えない障壁っていうのが驚きだった。凄い魔法だね。自力で解析してみるよ」

「そう…。信じられないけれど、ウォルトならきっとやってのけるでしょうね」

「できるとは限らないけど」

「できるわ。一度だけ見せた魔法を全て自力で修得するような魔法使いなのだから」


 突然エルフが木から飛び降りて姿を現す。


「キャミィ。久しぶりだな」

「リント。元気そうね」


 リントと呼ばれたエルフは、やはりと言うべきか美男子。フォルランさんと同程度の年齢に見える。


「君がウォルトか。俺はリント。よろしく」

「ウォルトです。よろしくお願いします」


 笑顔を向けられるとちょっと眩しく感じる。本当に容姿に優れた種族だと思うけれど、ボクにとっては顔の判別が難しい。男女問わず美形で、全員が似てるから匂いで判別してる。いずれ見分けられるようになるだろうか。


「今日はどうしたんだ?70年ぶりだな」

「50年ぶりよ。元気にしてるかと思ってね」


 ボクはツッコまない。


「少し大きくなったか?」

「あまり変わってないわよ。貴方もでしょ?」

「まぁな。ときにフォルランは元気か?」

「元気よ。兄さんが魔法の修練を始めたって言ったら信じる?」

「あははは!冗談きついぞ!そんなことより、ゆっくりしていってくれ。多種族の客人も久しぶりだからな」


 リントさんはボクらをもてなしてくれた。新たなエルフのお茶を飲んで刺激されたボクは、気になっていたことを訊く。


「リントさんとキャミィは昔から許嫁なんですか?」

「許嫁とは違うな」

「そうね」

「エルフは、人間や獣人でいう番うという感覚が希薄なんだ。ないと言ってもいいかもしれない。だから婚姻という制度もない」

「初めて知りました」


 でも、エルフらしい気はする。


「親が勝手に口約束を結んだりするのよ。子を生むならアイツにしておけ、みたいな」

「俺とキャミィも親同士が旧知でな。勝手な話さ。でもキャミィのことは嫌いじゃないぞ」

「私もよ。でも、一生添い遂げるとかではないわね」

「あぁ。好ましいくらいの感情だな」

「人間や獣人に例えると、仲のいい兄妹ってところかしら」

「そうだな。実際は俺とキャミィも子を成すとは限らないし、別の相手を選んでもなんとも思わない」

「そう」


 そのくらいの感情で子を成そうとするのか。否定するつもりもないし、単純にエルフについて無知だからタメになる。その後も他愛ない話が続いたけど、楽しい時間を過ごせた。


「キャミィ、またな。ウォルトもまた遊びに来てくれ」

「またね」

「ありがとうございます。今度来ることがあったらなにかお土産を持ってきます。リントさん、もしよければなんですが、こちらの神木を見ることはできますか?」

「神木を?なぜ?」

「ウォルトはウークの神木を見たときに神々しさを感じたらしいわ。また見たいのよ」


 キャミィがフォローしてくれる。できれば会っておきたいくらいの気持ちだったけど。


「そうか。キャミィの友人だし、遠くで見るだけなら構わない。案内しよう」


 リントさんは神木の鎮座する場所に案内してくれた。バラモさんやウルシさんとは違うけれど、立派な神木は微かな力を帯びているのが遠目にもわかる。


「どうだ?」

「素晴らしい神木です。ウークとは違う木なんですね」

「神木は種類じゃない。発する気配が他の樹木とは明らかに違う。エルフ以外でも感じるか不明だが、獣人のウォルトが神々しさを感じるということはなきにしもあらずだろうな」

「神木だとわかっているから、そう感じるのかもしれないです」


 とりあえず『念話』で挨拶だけして帰ろう。


『ウォルトと言います。バラモさんによろしくお伝え下さい』


 2人に気付かれないよう注意しながら魔力を指向すると、返答はないのに枝が揺れだした。しかも、結構激しめに…。


「な、なんだっ!?神木が急にっ!」


 リントさんの気持ちはわかる。ボクも未だにちょっと怖い。話しかけたのは調子に乗りすぎか。反応してくれるとは。


「ボクが来たせいかもしれません。すぐ離れます」

「あ、あぁ…」


 どう受け取ったかわからないけど、驚いたままのリントさんと別れてボクらは里を後にした。




 このままウークに帰ると言うキャミィを里まで送ることにした。ボクは自分から背負いたいと頼んだ。子連れ獣人スタイルでゆっくり歩きながら話す。


「キャミィ。今日はありがとう」

「なにが?」

「サガンシアに行って、いろんなエルフがいることを知った。ウークに住むエルフが全てじゃないって教えてくれて感謝してる」


 エルフにも様々な思考を持つ者がいて、ウークのエルフはほんの一部なんだと教わった。冷静に考れば当然なんだけど、意固地になりすぎて視野が狭まってた。ボクは…マードックが言うようにただの頑固猫だ。


「このおんぶは感謝のモフモフ込みということでいいのね?遠慮せず堪能するわ」


 後ろから優しく頬擦りしてくる。ご機嫌そうな匂いでホッとする。

 

「優しいお姉さんに少しでもお礼したいんだ。いくらでもどうぞ」

「そんなことより、ウーリィに自主的にモフらせたわね。彼女が好みなの?ちょっと妬けたわ」


 なんで妬けるんだ?なにもしてない。


「キャミィとフォルランさん以外はエルフの顔が見分けられない。皆が美形だし、好みなんてないよ」

「じゃあ、なんでなの?」

「キャミィのおかげでモフられるのには慣れた。ウーリィさんがモフモフ好きだと直感で気付いたけど、そうじゃなかったら間違って恥ずかしいことを理由に帰ろうと思ったんだ」

「なるほどね。だったらいいわ」

「それにしても、サガンシアのエルフは魔導師としても凄いんだね」

「わかるの?」

「鈍いボクでもさすがに気付くよ」


 多種族との交流を拒まないってことは、襲撃されても里や身を守る自信があるからだし、薄ら纏う魔力の質が違った。終始柔らかい態度に見えて、ボクに対する警戒も怠っていなかったし。

 ウーリィさんもリントさんも即座に詠唱できる態勢を維持していて、他に見かけたエルフ達もだ。話を聞きながら、かなり賢くて魔法の技量はウークのエルフ達より上だと感じた。

 それなのに親切に対応してくれて、多種族との交流を望んでいるというのが噓ではないと身を以て理解したからボクは考えを改めた。


「リント達もウォルトのことを気に入ってたわよ。ところで…」

「なんだい?」

「貴方がサガンシアの神木になにかしたの?」


 勘がいいな。上手く誤魔化そう。


「したと言えばしたし、してないと言えばしてない」

「したのね。噓が下手だから抵抗しても無駄なのよ。なにをしたの?」


 ボクの噓はなんでこうも易々とバレるのか…。軽々しくやるべきじゃなかった。


「ボクは神木と意思疎通ができるって言ったら信じる?」

「もちろんよ。今は噓ついてる顔じゃないし、そもそもド下手だし」


 ドが付いてしまった…。顔も見えてないはずだけどおかしいな。でも、とりあえず信用は勝ち取った。


「ありがとう。挨拶したけど返答はなかった」

「残念だったわね」

「キャミィも話せはいいよ。きっと喜んでくれる」

「私はいいわ。神木なのに性格が悪かったりしたら切り倒したくなるから」


 その気持ちはよくわかる。


「ウークの神木はそんなことない。昔、一度だけエルフに話しかけたら「お告げだ」って大騒ぎになったらしいね。それ以降、気を使って話しかけてないと言ってたよ」

「…そう」



 ★



 キャミィは心で溜息を吐く。


 ウークで『真言事件』が起きたのは、私が生まれる前のこと。300年以上前に一度だけ起こった奇跡に里は歓喜に沸いた。ウークの民にとって自慢でもある。


 そのことをウォルトに教えたことはない。可能性があるのは兄さんだけど、類を見ないバカだから忘れてるに決まってる。

 さっきの現象には驚いたけれど、ウォルトの下手な冗談だと思ってたのに…どうやら本当みたいね。


「内緒にしてほしいんだけど」と前置きされて、ウークの神木は単にエルフと会話したかったこと、しかも自分の友人だと教えてくれた。ちゃんと名前もあると。

 ウォルトの性格を知っているだけに疑いようもない。ただ…里の皆には言えない。獣人と神木が友人だと言っても誰も信じないだろうし、また反感を買うことになる。


 今回、ウォルトのエルフに対する気持ちが軟化することを期待して多少成功したと言えるけれど、また驚かされてしまったわ。

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