308 アオサイ
「うぁ……うぁ~っ!」
「よしよし」
「うぅ~っ……すぅ…すぅ…」
ダイホウの村で、チャチャが生まれたばかりの妹をあやしている。
白猫同盟では最年少の妹であるチャチャに、可愛い妹が誕生したばかり。女の子はララと名付けられた。弟も可愛いけれど、妹は一段と可愛く感じられる。
「いつも任せっきりでゴメンね」
「気にしないで。好きでやってるから」
料理しながら母さんが謝るけど、私にとってはニイヤやサンが生まれたときと変わらない。父さんもお金を稼ぐために毎日狩りに出掛けて、母さんも産後なのに忙しい。
長女として世話をするのは当然で、私だけサボるなんてできないし、妹はとても可愛い。
「助かるわ」
「ゆっくり準備していいよ」
「姉ちゃん。俺達にもララの世話をさせてよ!」
「そうだ。ズルい!」
「ずる!」
「いいけど、ちゃんと優しくしてあげられるの?」
「「「できる!任せて!」」」
カズ達は寝息をたてるララを興味津々な表情でジッと眺めてる。まだ首もすわってないから抱っこも難しい。カズ達にできることは、見守ることとオムツを替えてあげることくらい。
「急につんつんしたりしたらダメだからね」
「わかってるよ」
「姉ちゃんは心配性だ!」
「しない!」
「はいはい。じゃあお願いするよ。お母さんを手伝ってくるから、なにかあったらすぐ呼ぶんだよ」
「うん!」
ちょっと心配だけど、弟達に任せて台所に向かいご飯の準備を手伝う。兄ちゃんのおかげで調理の腕も上達した。
「なにからなにまで悪いわね」
「謝らないでよ。家族なんだし、当たり前のことをしてるだけなんだから」
「でも、最近行けてないでしょ?」
「仕方ないよ」
ここ2週間くらい兄ちゃんの住み家に行ってない。会いに行きたいけど、狩りや子育ての手伝いをしながらは難しい。
でも、物事の優先順位を間違えたくはない。言いたくないけど、私は兄ちゃんの番でも恋人でもない。
そんなことより、今度行くときにはララが無事に生まれたことを報告しよう。兄ちゃんは気にしてくれていた。あまり考えると会いたくなるから、このくらいでやめとこうかな。
「今日は…チャチャの15の誕生日なのにね」
「別になにもしなくていいよ。大したことじゃないから」
「落ち着いたら成人の祝いを家族でするからね」
「ありがとう。本当にいつでもいいから。成人した実感もないし。私はなにか変わったのかなぁ?」
「この1年でかなり成長したわ。狩人としても、女としてもね」
「だといいんだけど」
「「「姉ちゃ~ん!」」」
いきなり大きな声で呼ばれた。急いで、母さんと一緒にララの元へ向かう。
「どうしたの!」
「なにかあった!?」
「ララを見てくれよ!」
急いでララを見ると、気持ちよさそうに眠っていてとりあえずホッとした。
「なにがあったの?」
「ララが笑ったんだよ!」
「え?」
「だからぁ~、ララが笑ったんだよ。見てほしくかったなぁ!」
「可愛かったぞ!」
「ねえちゃんとはちがう!」
笑っているカズ達に1人ずつ軽く拳骨を落とす。
「痛ってぇ~!」
「なんだよ!」
「いたい!」
「いきなり大きい声で呼んだらビックリするでしょ!驚かせないでよ」
「わかったよ…」
「兄ちゃん。次は俺たちだけで楽しもう」
「もう、ねえちゃんにはおしえない!」
生意気な…。気持ちはわかるけど、笑っただけで毎回呼ばれたら心臓に悪すぎる。私と母さんは台所に戻って仲良く調理を続けた。料理も完成間近というところで、またカズ達の呼ぶ声が耳に飛び込んでくる。
「「「姉ちゃ~ん!」」」
「今度はなんなの~?早く言って!」
「ウォルト兄ちゃんが来た!」
「あっそう。兄ちゃんがねぇ~……えぇっ!?」
ドギマギしていると「いいから行ってらっしゃい」と母さんが笑ってくれて、急いで玄関に向かうと笑顔の兄ちゃんが立っていた。見たこともない大きな袋を背負ってる。
「急に来てごめんね」
「どうしたの?」
「今日はチャチャの誕生日だから、プレゼントを持ってきたんだ」
「覚えててくれたんだ…」
「もちろん。チャチャは今日で成人だから、今日の内に渡しておきたくて。赤ちゃんが生まれて忙しいんじゃないかと思ったから直接来たんだ」
「うん。妹が生まれたの」
「兄ちゃん!俺たちの妹は可愛いんだよ!」
「ウォルトさん。よかったら顔だけでも見ていって下さい」
いつの間にかカズ達とお母さんが後ろに立ってた。
「お言葉に甘えます」
家に入ってララと対面した兄ちゃんは、耳やヒゲを動かしてララを笑わせる。こんなとこまで器用だ。
「兄ちゃんはすごい!狙って笑わせてる!俺たちも負けられないな!」
「顔芸を磨こう!」
「みみ、ぴくぴく!」
「ボクのは顔芸じゃないけどね」
その後、母さんが兄ちゃんを昼ご飯に誘って一緒に食べた。「凄く美味しいです」と言ってくれてホッとする。お世辞は言わないからね。何気に兄ちゃんが他人の料理を食べているのを初めて見た。
「ダイゴさんには中々お会いする機会がないですね」
「大丈夫ですよ。今は毎日狩りに出てるだけで、そのうちお会いするかと思います。そもそも、こちらからお礼に伺うべきなんです。ダイゴが生きているのも、ララが生まれたのも全部ウォルトさんのおかげなんですから」
「大袈裟です。それを言うならチャチャのおかげです」
私も父さんがお礼の挨拶に行ってほしいと思うけど、兄ちゃんの住み家を知られるのは嫌だ。秘密の場所にしておきたいという我が儘なんだけど。
「ところで、ウォルト兄ちゃんは姉ちゃんになにをあげるの?」
カズの言葉で思い出した。あの大きな袋の中身はなんなのか?とんでもないモノじゃないと思うけど…。
「喜んでもらえるかわからないんだけど…」
兄ちゃんが袋から取り出して手渡されたのは…女性物の服。
「もしかして…アオサイ…?」
「なんて立派な……」
「よくわかんないけどすごい気がするぞ!」
カネルラの成人祝いで女性が着る衣装アオサイ。ワンピースのように上衣を長くしたドレスのような服。
渡されたアオサイは白と青を基調とした絹のような生地で、見事な花の刺繍が幾つも入っている。身体の前で合わせてみるとサイズもピッタリだ。
「防寒着やプレゼントを貰って凄く嬉しかったから、ボクもなにか贈りたくて。もう準備してるかもと思ったけど」
「アオサイは持ってないから凄く嬉しいよ」
「よかった」
ホッとした表情の兄ちゃんに聞いてみる。
「凄く高かったんじゃないの…?」
アオサイは高価で、裕福な家庭じゃないと買うのが難しい。母親や姉のお下がりを着たり、その日だけ借りるのが一般的で持ってない家庭も多い。
兄ちゃんに手渡された衣装はどう見ても高級品にしか見えない。貰っていいモノじゃない気がする。
「申し訳ないけど売り物じゃないんだ。生地から全部ボクが作ったから」
「「えぇっ!?」」
このアオサイ…兄ちゃんの手作りなの…?しかも生地から…?
「この刺繍を入れたのも?」
「そうだよ」
「縫製もウォルトさんが…?」
「はい。全て手作りです」
当然だけど母さんも驚いてる。よく見ると衣装には縫い目がない。確かにこんなことができるのは兄ちゃんしかいない。噓はつかないけど、噓みたいなことばかりする。
「気に入らなかったらゴメン」
「凄く綺麗だし嬉しい。大事に着る。ありがとう」
「よかった。あと、ララちゃんとカズ達にもプレゼントがある」
「え?」
「ほんとに!?なになに!?」
「喜んでもらえるといいけど…」
続けて兄ちゃんが袋から取り出したのは…。
「すっげぇ~!弓だ!」
「ホントだ!俺達に?!」
「かっこいい!」
「前に遊んだとき「俺達も狩りを手伝いたい!」って言ってたから作ってみたんだ」
「もらっていいの!?」
「いいけど、約束してくれないか?」
「約束?」
「絶対にふざけて人に向けて矢を射ったり、意味もなく獣を撃ったりしないこと。あと、ダイゴさんやチャチャの言うことを聞いて、ちゃんと狩りの勉強をすること。約束できないならあげられない」
「「「約束する!」」」
「ホントかなぁ?アンタ達にできるの?」
「できるよ!」
「やる!」
「おぅ!」
兄ちゃんは笑顔でカズ達に弓を渡す。それぞれの身体のサイズに合わせた弓で、子供用とは思えないしっかりした作り。模様もそれぞれ違って味がある。
「真面目に練習したら、身体に合わなくなってもボクの弓でよければ作ってあげる。その代わり、約束を破ったら直ぐに返してもらうよ」
「絶対に守るから安心してよ!ありがとう!」
「俺もがんばる!ありがとう!」
「うぉっしゅ!ありやとんす!」
「サンは興奮しすぎでしょ」
「あはははっ。あと、ナナさん。ララちゃんにも」
「新生児服…ですか?絹みたいですけど…もしかして、コレも生地から…?」
「はい。以前他の人に好評だったので。汚れにくく加工してあります」
「上等なモノを…ありがとうございます」
「兄ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。まだ返し足りないんだけど」
笑顔の兄ちゃんを見て思い出した。サマラさんの言ってた意味が今になって理解できる。兄ちゃんは限度を知らないし、常識が通じないからこうなることを懸念してたんだ。
でも、本当に嬉しい。私のアオサイは相当手間と時間がかかってる。器用な兄ちゃんでも1日や2日で作れないと思う。
「チャチャ。誕生日と成人おめでとう。また遊びに来てくれると嬉しいよ」
「家のことが落ち着いたら遊びに行く」
「兄ちゃん!俺達も遊びに行っていい?」
「もちろん。料理とお菓子を沢山作って待ってるよ」
「「「やった!」」」
むぅ…。兄ちゃんめ…。まぁ、いいんだけどさ!
その日の夕方。狩りを終えて帰ってきた父さんは、晩ご飯を食べ終えて唸っていた。
「うぅむ…。こりゃ立派な弓だ。買えば高いぞ。前から思ってたが、ウォルトさんは職人なのか?薬師じゃないのか?」
「どっちでもないよ」
「信じられないな。本当に…世話になってばかりだ」
「父ちゃん!俺達に弓を教えてくれよ!」
「今度練習に行くか。まずは弦を張るとこからな」
「やった!」
「やるぞぉ!」
「とりゃ!」
盛り上がる男達をよそに、母さんとアオサイや新生児服について語り合う。
「このアオサイは、ララが大きくなっても着れるくらい立派な代物よ。売り物じゃないなんて信じられない」
「だよね。兄ちゃんを知ってる私でも驚いた」
「詳しく訊いたことなかったけど、ウォルトさんは何者なの?」
「何者でもないんだけど、一言で表現するなら『とんでもなく器用な獣人』かな。不器用なこともあるけどね」
ララに目をやると、兄ちゃんがくれた服に身を包んで気持ちよさそうに寝息をたててる。
「気持ちよさそうね」
「ララもよさがわかるのかな?」
「きっとそうよ。今が人生で一番いい服を着てるかもしれないわね」
「そうかもね」
「それはそうと、そろそろ時間なんじゃないの?」
「あっ!そうだった!」
帰る直前に兄ちゃんから「見せたいモノがあるんだ」と、時間と村はずれの広場に来てほしい旨を告げられた。気付けば約束の時間まであと少し。盛り上がっている父さん達に声をかける。
「一緒に行きたいところがあるの。外に出てくれない?」
「なんでだ?もう外は暗いぞ。危ないからやめとけ。くぁ…」
「村の中だから大丈夫だよ。父さんは疲れてるだろうからゆっくり寝てて。一応誘ったからね。後で文句言わないでよ」
「文句なんて言うか。ねむぅ…」
「父ちゃんは眠そうだ!俺達は行くよ!」
「チャチャ。準備できたわよ」
母さんはララを抱っこしてる。
「じゃあ行こうか」
「気を付けて行ってこいよ…。俺は…先に寝とく…。ふわぁ~…」
父さんを除いた6人で外へ出ると、暗がりの中、転ばぬよう村の空き地に向けて歩き出した。
★
一方その頃。ダイホウの村外れ、森の中にウォルトの姿があった。
チャチャの誕生日とララちゃんの誕生を祝福する準備を整えて、伝えておいた約束の時間を迎える。そろそろ時間だ。
チャチャに贈りたいのは、この日のタメに考案した魔法で夜にしか見せられない。楽しんでくれるといいけど。
木々の隙間から星を見上げ、空に両手を翳し詠唱した。
『連続花火』
★
「姉ちゃん!なにがあるんだ?」
「着いてからのお楽しみ」
「そうかぁ。楽しみだ!」
「おもしろ!」
なにが起こるか私も知らない。でも、兄ちゃんは大体驚くようなことをしでかす。なにをするつもりだろう?
私達が空き地に到着して直ぐに「ヒュルル…」と微かに笛のような音が聞こえた。音の方向へ目を向けると、夜空に大輪の火花が咲いて私達を照らす。
綺麗な…火の花…。円形に広がりながら炸裂した火花は、輝きの余韻を残しながら数秒で消滅する。
「すっげぇ~!」
「なに今の!?」
「はな!さいたっ!」
音もなく次々に打ち上がるカラフルな花火にカズ達は大興奮。赤や青の火花が暗闇に映えて、夜空が鮮やかに彩られていく。ララも目をキラキラさせて見つめてる。
「「「すっげぇ~!!」」」
初めて目にする夜空に咲く花。隣の母さんは口が開きっぱなし。兄ちゃんは…本当に凄い魔法使いだ。見る人を幸せな気持ちにする。
「チャチャ…。まさかウォルトさんが…?」
「私とララに見せたかったんだろうね」
「本当に…信じられないことをする人ね。チャチャとララのタメに…。見当もつかないけど、まるで魔法だわ…」
「こんなの兄ちゃんにとっては序の口だって言ったら信じる?」
「さすがに信じないわ」
「だよね」
笑い合って上がり続ける魔法に目を向けた。音もなく魔法の花は夜空に咲く。きっとカズ達に直接魔法を見せないように考えてくれたんだ。
母さんに魔法のことは教えてないけど、薄々気付いてるかもしれない。でも、信じられない気持ちが勝つよね。私が母さんなら信じない。同じ獣人だから。
様々に色や形を変えながら、魔法の花は夜空に咲き続けた。私の15歳の誕生日は、一生忘れられない日になったよ。ありがとう、兄ちゃん。