307 如何様師
「ウォルトさん!聞いて下さい!オーレンが賭博で負けたんですよ!しかも、クエスト1日分の稼ぎを全部!」
今は森の住み家で魔法修練の休憩中。カフィを飲むのもそこそこにアニカが怒りを爆発させてるけど、動じることなくお茶をすすった。
「どんなギャンブル?」
「ドッグレースです。つい熱くなっちゃって…」
ドッグレースは数頭のハウンドドッグを区切られたレーンで競走させ、勝利する1頭ないし2頭を当てて、倍率に応じた配当を得るカネルラでも人気のギャンブル。
魔物の中でも特に調教し易いハウンドドックを、テイマーと呼ばれる職業人が飼い慣らして行う。
「バカ兄貴分になんとか言ってやって下さい!私の言うこときかないんです!」
ボクはギャンブル嫌いだと思われてるっぽいな。アニカ達に言ってなかったっけ?
「実はボクもギャンブル好きで、あまり人のことは言えないんだ」
「そうなんですか!?」
「ほら見ろ!ウォルトさんは男のロマンを理解してる!男にはヒリついた勝負をしたくなるときがあるんだよ!」
ヒリつく勝負は求めてないけど、好きなのは事実。ただ、オーレンにとっては衝撃的かもしれない事実を伝えておくべきかな。知らないっぽいし。
「ギャンブルは面白い。でも、ドッグレースには八百長があるからやらないほうがいいかもしれない」
「ほらぁ~!バカめ!」
「ホントですか!?それって不正なんじゃ?!」
「厳しく言えば不正なんだけど、八百長なだけでボクは違うと思う。出場するハウンドドッグは数が限られるし、能力が急激に伸びたりしないから一時的に強化することで穴配当を作り出してるんだ。ボクらで云う『身体強化』を使って」
意図的な八百長であっても、不正とは意味合いが異なる。誤解を恐れずに言うなら必要悪だ。
「確かにそうしないとガチガチのレースばかりで面白くないですね…」
「能力を強化したハウンドドッグを織り交ぜてることに勘付いてる人も多いはずだよ。見抜けば簡単に当たるけど、ギャンブルとしては面白くないんだ」
「師匠…。どうやって見抜くんですか?…というか、今度一緒に行きませんか?ごぶっ…!…いってぇ!なにすんだよっ!」
オーレンの脳天にアニカの拳骨が炸裂した。
「ゲスすぎるわ!ギャンブルの師匠じゃないだろアホ!ウォルトさんを変なことに巻き込むな!」
「オーレンの気持ちは嬉しいけど、ボクはレース場に入れないんだ」
「そうだっ!言われてみれば【獣人お断り】って書いてます!」
「獣人には動物や獣と意思疎通を図れる者が存在するから、公正を期すタメに入場できないのが普通なんだ」
「そうなると、また若い村長に変装してもらって…」
「アンタって奴は…」
「いい加減にしないと私も怒るよ…」
ウイカも参戦して圧力をかける。姉妹は薄ら魔力を纏っていて怖い。
「冗談はさておき…ウォルトさんはどんなギャンブルが好きなんですか?」
「富籤が好きだね。基本イカサマできないし、少額でも楽しめるから」
「イカサマってマジであるんですか?」
「ほぼ全てのギャンブルにあるし、それ込みでギャンブルだと思う。変かもしれないけど、ボクはイカサマを見抜くのが好きなんだ」
イカサマだとしても、よく考えたなと感心してしまう。
「でも、イカサマされたら公平な勝負じゃないですよね?俺達は不利です」
「基本はそうだけど、逆手にとられると確実に負けるし、バレたら賭場が閉鎖されるから胴元もリスクは背負ってる。仕掛けるのが客の場合もあって、ギャンブルは騙し合いだね。種類によっては騙された方が負けと言っていいモノもある」
「そう言われると俺には向いてないかもです」
「お金が動くことには必ず儲けようとする力が働く。商売も賭博も同じだね。イカサマがあろうとなかろうと、思いがけない結果を生むこともあるし、どう楽しむかが重要だと思うよ」
★
アニカは会話を聞きながら思った。
ウォルトさんのイカサマを見抜く目を確かめてみたい!なんか面白そう!
「ウォルトさん!」
「なんだい?」
「ギャンブルが好きなら、こういうのを当てるのも好きだったりしますか?」
後ろ手にゴソゴソして「はい!」と握った両手を前に突き出す。
「コインを握ってるのはどっちでしょう!2択です!」
「右手だね」
はやっ!なんで?!即答されて右手を開く。イカサマはしてないけど…なんでわかったんだろう?
「もう一度いきます!」
「いいよ」
また身体の後ろでコインを握り込む。
「むむぅぅ~!……はいっ!」
「また右だね」
「…正解です」
また即答…。方法はわからないけど、ウォルトさんは見抜いて断言してる顔。自信満々で答えてる。なにか欺く方法は…………思いついたっ!
「じゃあ……コレなら~どうでしょう~………はいっ!」
ウォルトさんでも見抜けないはず!
「どっちにも入ってないよ」
「なんでわかるんですか?!」
笑顔で即看破。
「観察してると、どういう動きをしてるかわかるんだ。今のはベルトとズボンの間にコインを挟んだ。裏をかいたアイデアで、とても面白い発想だと思う」
「ウォルトさんは騙せませんね~♪」
「たまたまだよ。言葉にはすぐ騙される。ボクも皆に1つ見せようか。コインを貸してもらっていい?」
「どうぞ!」
コインを受け取ったウォルトさんは、私達の目の前で右手に軽く握り込む。なにも持っていない左手を同じように握って隣に並べた。
「どっちにコインがあると思う?」
「右手です」
「俺は左だと思う」
「私も裏をかいて左手とみました!理由はわかりません!」
ウォルトさんは握ったあとピクリとも動いてないからそんなはずない。でも、そのくらいのことは簡単にやる。私とオーレンはそう予想した。
「正解は…」
そっと手を開くと、どちらにもコインがない。まさかの消失。
「えぇぇ~!?なんで?!」
「どこに行ったんだ!?間違いなくあったはずだぞ?!」
「全然わからなかった…。……あっ!闇魔法で消したんじゃないかな?」
「「それだ!」」
ウォルトさんは苦笑い。
「借り物を消したりしないよ。アニカの上着の胸ポケットを見てくれないか?」
「私の…?……えぇぇぇっ!?」
自分の胸ポケットからそっと取り出したのは、ウォルトさんに渡したモノと同じ10トーブ硬貨。もちろん私は入れてない。
「アニカはウォルトさんとグルってこと?」
「いや。怪しい動きはなかった。それに、このアホ面はホントに驚いてる」
「アホ言うな!」
「アニカを巻き込んでゴメンね。今のは手品みたいなモノなんだ。実際は魔法なんだけど」
「許します♪でも魔法のタネを明かしてください!」
「じゃあ、わかりやすく見せるよ」
ウォルトさんにコインを手渡すと、さっきと同様に掌に載せて軽く握る。すると、親指側の隙間からコインがにじり出て浮き上がった。
「うえぇっ!?」
そして、私の胸ポケットに吸い込まれるようにスポッと入る。
「こういうことだよ。『隠蔽』でコインを見えなくしてるだけで、アニカはボクの手に意識を集中してるから入ったのに気付かなかっただけなんだ」
「見せられても全然理解できません!コインをどうやって操作してるんですか?」
「『捕縛』や『拘束』に使う魔力を、視認できないくらい限りなく細くして操作してる。蜘蛛の糸みたいに」
コインを吊して、徐々に魔力の糸を太くして視認させてくれる。目を凝らすと4本の糸で指と繫がっていた。
「簡単な遊びだけど、魔力操作の練習になるから一時期は手品みたいなことばかりしてた。暇をみて修練するのにもってこいだよ」
「私達もやってみます」
「やり方を教えて下さい!」
興奮する私達をよそに、なぜか思案していたオーレンが口を開いた。
「ウォルトさん…。お願いがあるんですけど」
「どうしたの?」
★
「うぉるとだぁ~!」
「あにかと、ういかと、おーれんもいる!」
「ひさしぶり!あいたかった!」
「きょうはなにしてあそぶぅ?」
後日、ウォルト、オーレン、ウイカ、アニカの4人でやってきたのはフクーベの孤児院。
オーレンがウォルトに「孤児院で子供達を相手に手品を披露してもらえたら喜んでもらえると思うんです」と頼んだら笑顔で了承した。
ウォルトさんは人形劇を披露したとき以来の訪問らしい。到着するなり直ぐ子供達に囲まれた。変わらず元気そうな姿に、子供好きのウォルトさんは笑みが溢れてる。
「今日は皆に見てもらいたいものがあってきたんだ。そのあと一緒に遊ぼうか」
「やったぁ!またにんぎょうげき?」
「まえのはすごくおもしろかった!」
「見てもらいたいのはボクの手品だよ」
「てじな?なにそれ?」
「おもしろいの?」
「楽しんでもらえるように頑張るよ」
子供達の後ろから笑顔のマリアさんが姿を現した。
「皆さん、今日はわざわざお越し頂き、ありがとうございます」
「シスター。お久しぶりです」
今日の訪問については、俺が事前に説明して許可を得てる。「是非お願いしたい」と二つ返事で言ってもらえた。
「子供達のタメに来て頂いて感謝致します」
「喜んでもらえるといいんですが」
「今日披露して頂く手品についても他言無用なのですか?」
「そうして頂けると助かります」
「わかりました。みんな、ウォルトさんは恥ずかしがり屋さんだから、手品の内容は内緒にしてもらっていい?」
「「「いいよぉ~!」」」
「他の人に教えると、もう見れなくなるのよ」
「「「やだ!だれにもいわない!」」」
「ありがとう。では、中で披露させて頂きます」
「お願い致します。さぁ、みんな中に入りなさい」
ウォルトさんの手品が始まると、子供達は大熱狂。コインやボールを使った手品から、子供達に参加してもらうモノまで様々な手法で楽しませる。
見事な手際に俺達も見蕩れてしまう。どこをどう切り取っても一流の手品師で、魔法を駆使しているであろうことは理解できるけど、全くタネがわからない。
しかも、普通の手品では絶対に不可能だと思えることも軽くこなすからとにかく凄いとしか表現しようがない。
正座して立ち上がったら足がなくなってるとかやり過ぎ感もある。魔法で見えなくしてるんだろうけど。
「すっごぉ~い!」
「ふしぎぃ~!すごすぎる!」
「うぉると、かっこいい!」
「たのし~い!」
「ありがとう。まだ続くよ」
弾ける笑顔に囲まれてウォルトさんも凄く嬉しそうだ。その様子を見ていたマリアさんが呟く。
「皆さん…。ウォルトさんは何者なのですか?」
「私達の尊敬する友人です♪」
「もの凄く器用な獣人ですね」
「あと子供好きです。ウォルトさんの手品には俺達も正直驚いてます」
「この手品を見せてもらうには、かなり報酬を積まないと無理だと思います。無料で見せて頂くのが申し訳ないほどに見事で…」
シスターの気持ちはわかる。見たこともないような高度な手品を不器用で有名な獣人が演じているんだから。
素人目にも趣味とかいうレベルじゃない。マリアさんはウォルトさんをプロの曲芸師だと思ってるだろうな。
「ウォルトさんは好きでやってるからいいんです!お金で依頼したら断られますよ!」
「アニカの言う通りで、子供達を喜ばせたいだけなんです。そもそも曲芸を生業にしている人じゃないので」
「俺もそう思います。内緒にさえしてくれたら何度でも見せてくれるはずです。そこが1番大切です」
「とても信じられませんが…。今はウォルトさんの厚意に甘えさせて頂きます」
「もしマリアさんがお礼をしたいなら、料理を作ってもらうよう頼んでみて下さい!もの凄く喜びますよ!」
「料理を作ってもらうことが…お礼になるのですか?」
「お願いすればわかります!」
その後もウォルトさんは手品を披露し続けた。小1時間で終わりを迎えると、満足してくれた子供達と外で遊ぶ。俺達も混じって大運動会になった。
皆が疲れて眠くなるまで一緒に遊んでいたら、あっという間に昼寝の時間。俺達が帰ろうとしてマリアさんが歩み寄ってきた。
「あの…ウォルトさん」
「なんでしょう?」
「厚かましいお願いなのですが、子供達に料理を作って頂けませんか…?」
気になる気持ちを抑えきれなかったんだろうな。なぜウォルトさんは料理をお願いすると喜んでくれるのか…?と。申し訳なさげに頼んでる。
「いいんですか?!もちろんです!」
ウォルトさんの勢いにマリアさんはたじたじ。ここはフォローしよう。
「今日の晩ご飯を作ればいいんじゃないですか?俺達も一緒に食いたいです」
「私も起きた子供達と一緒に食べたいです♪お腹空きました!」
「シスター。よろしいですか?」
「私達は構いませんが…あまり食材に余裕がないのです。それでもよろしいのですか?」
「わかりました。使える食材だけで…」
…と、ウォルトさんはなにか思いついた顔。
「少しだけ時間を下さい。オーレン、一緒に行きたいところがあるんだ」
「買い出しですか?任せてください」
3時間ほど過ぎて…。
「おいしぃ~!」
「うぉるとは、りょうりもじょうず!」
「おかわりほしい!」
「ありがとう。たくさん食べてね」
「「「ありがと~!」」」
ウォルトさんは昼寝を終えた子供達に、晩ご飯を作って振る舞っていた。
「シスター。お代わりはありますので」
「は、はい…。頂けますか…?」
「もちろんです。待ってて下さい」
調理場へ向かうウォルトさんを見つめるマリアさんに、ウイカが話しかけた。
「わかってもらえましたか?ウォルトさんは無類の料理好きで、特に作るのが大好きなんです」
「だからお礼になるんです!そして、もの凄く美味しいんです!」
「驚きしかありません…。見事な手際で、まるで料理人でした。沢山の食材まで用意して頂いて…感謝に堪えません」
「気にしないで下さい。子供達のタメですから」
「ありがとうございます。オーレンさんは優しいのですね」
マリアさんに聞こえないようにアニカが耳打ちしてくる。
「アンタの力じゃないんだからね…!ウォルトさんのおかげだから…!」
「わかってるよ…!でも、こう言うしかないだろ…!」
アニカ達には事情を話したけど…まさか、本当にウォルトさんとギャンブルに行くことになるとは思わなかった。
誘われて一緒に向かったのは、買い出しではなくドッグレースだった。「ボクの予想を信じてほしい。外れたら賭け金は払うから」と言われ、その通りに買った投票券が見事に的中。軽く100倍を超える大穴配当に俺がシビれた。
ウォルトさんは、会場の金網の外から遠くに見えるハウンドドッグをしばらく眺めただけで、ズバリ1点で的中させた。
配当からこの間の負け分と投資額を差し引いた残金を使って食材を大量に購入し、ウォルトさんが『保存』を付与して孤児院に寄付することに。
「胴元はいつも儲けてるから、たまにはいいと思う」と微笑んだ。
残念ながら攻略法は教えてもらえなかったけど、「今のオーレンでは見分けられない」と言われた。いずれ判別できるとしたら、億万長者になれるな…。
希望的観測に鼻を膨らませていると、アニカが顔を覗き込んでくる。
「ろくでもないこと考えてる顔だね…?記憶がなくなるまでぶん殴ってやろうか?」
「やめろ!なにも考えてないから!」
「ちなみに、今日戻ってきた負け分はパーティーの食費に充てるから後で渡せ」
「なんでだよ?!俺の金だぞ!」
「反省するようにだよ!性懲りもなくまたギャンブルに行くでしょうが!元々なかったモノだからいいでしょ。それに、お金を貸してあげたのは誰?」
「……わかったよ」
またやられたらウォルトさんに頼ん…
「言っとくけど、パーティーのお金に手をつけたり、またウォルトさんに頼んだら許さないからね」
「……そんなことするワケないだろ」
アニカはなにもわかってない。バレなきゃいいんだよ。
★
外方を向いてとぼけた態度をとるオーレンに、アニカは呆れる。
適度にギャンブルを楽しむのは否定しないけど、のめり込むのは容認できない。身を滅ぼした人の話も山ほど耳にする。
オーレンの性格を考えると充分あり得そうで、心配だから釘を刺した。この様子だと言っておいて正解だね。
「うぉると!なにかてじなみせて!」
「いいよ。このタルトはまだ切れてないよね?」
「うん!きれてない!」
「でも、声だけで切れるんだ。えいっ!」
ウォルトさんは、両手に持ったまま視認できない『細斬』で綺麗にカットする。
「ないふがないのにきれいにきれた!すごぉ~い!」
「手品で切り分けたから仲良く食べて」
「「「うん!たべる!」」」
ギャンブルをするのも魔法を使うのも、自分のタメじゃなく子供達の笑顔を見たいから。オーレンにはウォルトさんの精神を少しでも見習ってほしいもんだね!