306 先輩になっちゃうのか
「よっしゃ!今日も疲れた!」
「アニカは疲れてるようには見えないけどな」
「ふふっ。油断せずギルドまで行こうね」
今日も今日とて無事にクエストを終えた【森の白猫】の3人。
「きゃあっ!」
「なんだっ!?」
声に素早く反応するオーレン。
動物の森からフクーベへ帰還する途中で女性の声が聞こえた。急いで声の元に向かうと、男女2人組の冒険者らしき若者が傷を負いながらフォレストウルフの群れと対峙してた。土まみれで腕や足から血が流れてる。
「ミーリャ…!お前は逃げろっ!」
「置いていけるワケないでしょ!バカ!」
一切躊躇わずに、2人を取り囲む魔物の輪に飛び込んだ。
「オラァァッ!」
一瞬で2頭の首を刎ねる。残りは…6匹か。
「だ、誰っ!?」
「コイツらは俺が引き受けます!後ろに下がって治療を受けて下さい!アニカ!ウイカ!」
「うん!」
「任せて!」
魔物を引きつけて闘っている間に、アニカとウイカが傷を治療する。
「もう大丈夫だと思います。ゆっくりしてて下さい」
「ありがとうございます!私も闘います!」
「俺もです!」
ウイカ達に治療された若い男女は、アピールするけれど…。
「大丈夫ですよ。もう終わりますから」
「「えっ?」」
「オラァァッ!」
「ギャッ…!」
最後の1頭を仕留め、剣の血を丁寧に拭って鞘に収める。比較的闘いやすい場所でよかった。
「大丈夫ですか?」
「は、はいっ!危ないところを助けてもらって、ありがとうございました!」
「本当に助かりました!貴方達は命の恩人です!」
ペコリと頭を下げた2人は、見た感じ俺達と同年代。装備も初心者用に売られているモノで、おそらく新人冒険者。
「大袈裟ですよ。困ったときはお互い様です。俺達は【森の白猫】っていうパーティーで、俺はオーレンと言います」
「ウイカです」
「アニカです!私達は姉妹ですよ!」
「私は新人冒険者のミーリャといいます!」
「俺はロックです!一応魔導師です!」
駆け出しの頃の俺達を思い出すな。男女2人組っていうのも同じだ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。オーレンさん達は強いんですね。Cランクくらいですか?」
「いえ。俺とアニカはDランクになりたてです」
「私はつい最近Eランクに上がったばかりです」
「「えぇっ!?」」
「私達は冒険者になって、まだ1年とちょっとですよ!お2人は?」
「私達はまだ1週間くらいです。今日が初めてのクエストで」
「そうでしたか!仲良くしてもらえると嬉しいです!」
「こちらこそ!よろしくお願いします!」
互いに自己紹介を終えた俺達は、揃ってフクーベに戻ることにした。
帰路での会話の内容から、ミーリャとロックは幼馴染みで、冒険者に憧れて田舎から出てきたばかりだとわかった。
成人したてで年齢は2人とも今年で16。「砕けて話してほしい」と言われたので、俺達も普通に話すことにした。
「アニカ。2人はまるで俺達みたいだな」
「私も思った!」
「どういう意味ですか?」
「俺とアニカも村の幼馴染みで、去年田舎から出てきたんだ」
「最初のクエストで熊型の魔物に襲われて殺されかけたんだよ!薬草探してただけなのに!」
「私達も薬草採取してたんです!冒険者あるあるなんでしょうか?」
「俺もまさかあんな群れに囲まれると思ってなくて…。正直ダメかと思いました。やっていけるか心配です」
同じ状況を経験しているからこそ、冒険初心者にとって大きな問題だと思ってる。最初の冒険は薬草採取が基本と言われているけど、そんなことより最低限の戦闘技術を学ぶことが先なんじゃないかと。
自分も命を落としかけた経験から、まずは身を守る知識と技量を身に付けるのが最優先事項に思えてならない。でも、そんな制度もなければ養成機関もない。
ギルドで登録して受理されたら誰でも冒険者になれる。でも、命を保証してはくれない。冒険は全て自己責任で登録するときにちゃんと説明される。
ギルドも心配してくれたり助言してくれるけど、冒険者全てに細かく関与できないのは当然。新人に対しても同じだ。
仮にしっかり鍛えて滑り出しが上手くいったとしても、冒険を続ける限り常に危険は付き纏う。けれど、たった一度の冒険で豊かな才能が奪われる可能性もある。どうするのが最善なのか。
色々と考えてしまうけど、俺にできることは1つ。
「ロック達がよければだけど、少しの期間だけでも一緒に冒険しないか?偉そうだけど、冒険の基本的なことは教えられる。ウイカ達はどう思う?」
「いいと思う。私はオーレンとアニカに教えてもらって安心できたから」
「私も賛成だけど、オーレンに教えられることなんてないんじゃない?愚弟だし!」
「うるさいな!あるかもしれないだろ!」
いつもいつもコイツはホントに…。ミーリャとロックが笑ってくれてるから、まぁいいか。
「私はお願いしたいです!」
「俺もです!よろしくお願いします!」
こうして俺達はしばらく行動を共にすることになった。
ミーリャとロックは真面目な性格で、毎日のようにクエストに行く俺達と行動を共にした。
「毎日はキツいだろうから来れる時だけで構わない」と言っても「大丈夫です!」と笑ってくれる。
2人のクエストを手伝いながら教えられることを教える。俺達のクエストにも同行してもらって見聞きして覚えてもらう。素直で吸収力も高い。俺達と違うのは、女性のミーリャが剣士で男性のロックが魔導師ってこと。
クエストの合間や空き時間を使って、俺がミーリャと、ウイカとアニカはロックと修練して教えられることを伝えた。
「オーレンさんは強いです!尊敬します!」
「褒めてくれて嬉しいけど、俺の剣は我流だから真似しないように。ミーリャは誰かに師事して剣を学べば強くなると思う」
「本当ですか!?」
意図せずウォルトさんと同じことを口に出してしまう。こんな気持ちなのか…と初めて気付いた。冒険者には女性剣士も少なくない。俺から見ても剣の筋がいいと思う。ちゃんとした剣士から学べばかなり強くなれるはず。
ロックはというと…。
「アニカさんとウイカさんは…ホントにDランクとEランクなんですか…?」
「そうだよ。私なんて魔法を覚えてからまだ1年くらい」
「噓はついてないよ!私は覚えてから結構経ってるけどね!」
「本当に凄いですね…」
「凄いのはロックだよ。冒険者になる前から3つも戦闘魔法を使えるなんて信じられない」
「そうだよ!私なんか『火炎』しか使えなかったんだから!1発で魔力も打ち止めだったし!」
「それで今の実力なんて…なおさら凄いですよ」
ロックはウイカとアニカが教えてるけど、故郷にちゃんとした師匠がいるみたいで、常識外れ姉妹の技量に驚いてる。アニカ達は間違いなく天才の部類。でも、情報を交換して互いを高めてるみたいだ。
俺達はずっと新人冒険者の気分だったけど、ミーリャ達に出会ってから刺激を受けてる。先輩になっても日々勉強で、ウォルトさんの言ってたことが身に染みてるんだ。
★
出会いから2週間が経って、クエスト終わりにミーリャから食事に誘われたウイカとアニカ。
話したいことがある雰囲気を察していたウイカは、個室がある店を選んだ。
「ウイカさん…。アニカさん…」
ミーリャは深刻な表情。やっぱり言いたいことがありそう。
「どうしたの?」
「…もしかしてオーレンにいやらしいことされたの!?あんのヤロ~!帰ったら息の根を止めてやるっ!」
「アニカ、どうどう」
いきり立つアニカを宥める。私もちょっとだけ思ったけど。
「そうじゃないんです…。訊きたいことがあって…」
「うん。なに?」
「はい。あ、あの…」
「やっぱり軽く魔法で炙っとこうか!?」
「いや…。そうじゃなくて……」
私とアニカは黙って次の言葉を待つ。言い辛そうにしてるから気長に待ってみよう。
「あのですね…。お2人の…どちらかがオーレンさんと…お付き合いされてたりしますか…?」
「私達が…?」
「オーレンと…?」
「…はい。恋人だったり…」
「私達はただの幼馴染みだよ」
「ないないないない!バカ兄貴分なだけだよ!なんでそんなこと聞くの?」
意を決してミーリャが口を開いた。
「……あのっ!私……オーレンさんのことが好きなんですっ!」
「な、な、なっ、なんだってぇ~!?」
アニカは口を開けたまま固まってしまった。完全に放心状態。どこかへ行ってしまった妹は無視して確認してみよう。
「ミーリャは、私達がオーレンの恋人じゃないかって思ったの?」
「はい…。美人ですし、オーレンさんも格好いいので…。もしそうなら諦めもつきますし…迷惑もかけたくなくて…」
ちゃんと確認しておこうと思ってくれたんだね。ミーリャは真面目で優しいなぁ。
「私達は恋人じゃないし、オーレンのことは男として見てない。心配しなくていいよ。本当にただの幼馴染みだから」
「そうですか…。ホッとしました」
…と、アニカの意識が帰還する。
「ミーリャ!ホントにオーレンのことが好きなのっ?!」
「声が大きいです!」
ミーリャは赤面してる。誰が聞いてるかわからないもんね。私もこっそりウォルトさんとハグしたのを見られてたし。
「ゴメン!オーレンのどこがいいのか訊きたくて!」
「一言では言えないですけど…優しくて頼りがいがあって格好いいです。助けられたときの凜々しい姿が今でも目に浮かびます」
「そっかぁ~。魔物に囲まれたドキドキと混同してない?大丈夫?」
「混同してないです」
ミーリャは真剣な表情。
「ならよし!頑張って♪」
「うん。私達は応援するからね」
まだ付き合いは短いけど、真面目で素直なミーリャは私達にとってチャチャと同じで妹みたいな存在。オーレンにはもったいない気がするけど、好きになったなら頑張ってほしい。
「ウイカさん達は本当になんとも思ってないんですか…?」
「うん。私は昔好きだった時期もあるけど、今は微塵も好きじゃないよ。恋人になるなんてあり得ない」
「ミーリャが教えてくれたから、私達も教えるね!私もお姉ちゃんも好きな人がいるの!だからオーレンには一切興味ない!ただの幼馴染みで同居人だから、いつでも追い出してあげる!」
ミーリャは安心したような笑顔を浮かべた。
「よかったです。もしそうなら勝ち目がないと思ってて」
「大丈夫!安心して!絶っっっっ……対ないから!ミーリャはロックに対してそういう感情ある?」
「ないです。男として見たことすらないです」
「私達も同じ。わかってもらえた?」
「そう言われたらよくわかります。ちなみに…ロックのことはどう思ってますか?」
「ロックは凄い魔導師になりそう!」
「うん。私達も負けられないね」
ロックは才能ある魔法使いだと思う。魔法理論にも詳しくて、詠唱もそつなくこなしてる。幼い頃から師匠に習ってたみたい。
「あの…男としてはどう思いますか?恋愛対象になったりしますか?」
「魔法の才能もあって、落ち着いてるからモテるんじゃないかな!私は好きな人以外に興味ないからあくまで予想だけど!」
「言動がスマートだし、優しそうだから言い寄られそうだよね。私も対象にはならないからわからないけど」
「答えてもらってありがとうございます」
「ロックのことは心配いらないよ!そんなことよりオーレンのことを教えるね!後々、幻滅しないですむように!」
「いいところも悪いところもね」
「はい!よろしくお願いします!」
★
ミーリャはウイカとアニカから、オーレンについて色々なことを教わった。
私は、話を聞いてもやっぱりオーレンさんのことが好きだと思った。アニカさんは若干陥れようとしている気がしたけど、気のせいかな…?
とにかく話を聞けてホッとした。そして、ロックから「ウイカさんとアニカさんのことを好きになっちゃいそうだ。気になって仕方ないから、恋愛事情とか訊いてくれ」って頼まれてけど、ある意味予想通りだった。
美人で性格もいい姉妹がモテないはずがない。恋人がいないのは予想外だったけど、一途に好きな人を想ってることを尊敬する。
大体…姉妹揃って気になるなんて頭が高すぎる。アイツは一体何様のつもりなのか。自分で訊かない時点で男らしくない。決して成就することのない恋を一刀両断してやろう。
それが幼馴染みとしてのせめてもの優しさだと思う。諦めないなら静観しよう。
ロックのことはさておき…私は頑張ろう!「急がなくていいと思うよ!オーレンはモテないから!」って言われたけど、機を失するようなことはしたくないから、自分なりに積極的にいく。