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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
304/706

304 真面目同士の邂逅

 カネルラ王城の地下には、王族を含め数名しか存在を知らない施設がある。


 それは、暗部の訓練場兼ねて詰所。今日は暗部の長であるシノと、副長であるサスケ他数名が話し合いの場を設けていた。


「シノさん。少々由々しき事態です」


 参謀でもあり、優秀な補佐官であるサスケの発言から話し合いは幕を開けた。黒ずくめの男達による異様な光景。

 俺は暗部の長だが、歴代の呼称である『(おさ)』と呼ばれるのを嫌って部下達に名で呼ばせている。


「なんだと言うんだ…?」

「結論から言います。回復用の秘薬が足りなくなります」

「なに…?」

「原料の栽培が上手くいっていません。成長が遅い上に精製しても充分な効力を発揮できず、原因は今のところ不明で手を尽くしていますが現状厳しい状況です」


 秘薬の原料は『気』を付与されながら育った薬草。暗部に代々伝わる製法で栽培している。


「在庫は…?」

「数量は充分あります。ただ、このままでは『気』の回復効果が切れてしまいます」


 体力回復は問題ないが、『気』については精製から緩やかに効果が薄まり、数ヶ月でただの回復薬に成り下がってしまう。暗部の活動に『気』の回復は欠かせない。


「効果はいつ頃までだ…?」

「よくて今月いっぱいかと」


 栽培担当の部下達も意見する。


「自分達も精一杯やってます。でも、それまでにできる確信がありません」

「こんなことは初めてです。なにも変わりないと思うんですが」

「そうか…」


 どうしたものか。薬の製法は門外不出。ゆえに他人に助言を貰うのも憚られる。だが、サスケや部下達がわからぬものが俺にわかるとも思えん。昔から栽培は苦手だ。


 …ふと思い付く。あまり期待はできんと思うが。


「サスケ…。解決できるかもしれん…」

「本当ですか?」

「断言できんが…。お前…次の休みは…?」

「明後日です。それがなにか?」

「予定を空けておけ…。少し遠出するぞ…。城の警備態勢を変更しろ…。それと…引き続き栽培は続けろ…」 

「わかりました」


 話し合いは終わり、俺は休暇を頂くためにナイデル様の元に向かう。






 俺とサスケは動物の森を疾走。ナンバの走りで軽やかに駆ける。


「シノさん。どこへ?」

「行けばわかる…。それと…今から起こることは…国王様であっても他言無用だ…」

「貴方がそう言うなら、その通りに」


 サスケは信用に足る男。そうでなくとも暗部には口の軽い者など存在しないが。王都から駆けること4時間ほどで目的地に到着した。


「森の中に家が…」

「あぁ…。ココに住んでいる奴に用がある…」


 住み家に近寄ると直ぐにウォルトが顔を出した。嗅覚異常者め…。コイツの暗殺は困難だな。接近するなら風下から。


「獣人…?」

「俺達は…アイツに会いに来た…」


 俺達が近寄ると笑顔を見せる。


「シノさん。お久しぶりです。こちらの方は?」

「久しぶりだな…。コイツは…暗部の副長だ…」

「副長ですか!?はじめまして!獣人のウォルトと申します!」

「は、はじめまして。暗部の副長でサスケと申します。以後お見知りおきを」


 サスケを見てウォルトは碧い目を輝かせている。無類の暗部好きめ。サスケも、覆面を被っているのに知っておけもクソもないだろう。ウォルトは顔じゃなく匂いで判別しているに違いないが。


 それにしても、互いにペコペコして面倒くさい奴らだ。予想通り似た者同士か。サスケは暗部の中でも真面目で常識人。天然で抜けたところもあり、ウォルトと出会ったときから似た匂いを感じていた。


「おい…ウォルト…。ちょっと来い…」

「なんでしょう?」

「サスケ…。ちょっと待ってろ…」

「わかりました」 


 少し離れた場所でウォルトに伝える。


「今日は…手合わせに来たワケじゃない…。あと…サスケにお前の魔法のことは伝えていない…」

「わかりました。それにしても、まさか暗部の参謀に会えるなんて感無量です」

「話が進まないから長話はするな…。あと…黙って俺に話を合わせろ…」

「ボクはそういうの苦手なんですけど。とりあえず中にどうぞ」


 招かれて住み家に入ると、冷えたお茶を淹れて渡された。美味いしサスケも驚いている。さて、本題に入るとするか。


「ウォルト…。正直に答えろ…」

「なんですか?」

「お前……暗部の秘薬を作ったか…?」

「……はい」


 ボバンの言う通りか。どこまでも信じられない奴だ。だが、まだ真実かわからん。


「シノさん…どういうことです?」

「サスケ…。コイツは…俺の信用する優秀な薬師だ…」

「しかし…秘薬は門外不出の…」

「製法は断じて教えてない…。おそらく…俺が礼として渡した薬から…独自に製法を割り出した…。そうだな…?」

「その通りです」

「俺は…世話になった礼に…解毒薬と回復薬をウォルトに渡した…。作るなとは言っていないし…作れるとも思っていなかった…。咎めるなら…責任は俺にある…」

「そうは言っても…」

「この男が売り捌いたり…他人に教えるようなことはない…。なぜなら…王女様の親友だ…。だから…おかしな行動をとることはあり得ん…」

「えぇっ?リスティア様の?」


 ウォルトは『そうニャんです』と言いそうな顔で頷いた。


「理解したか…?」

「えぇ。しかし、製法を知らずに秘薬の複製なんてできるんですか?とてもできるとは思えません」

「俺も信じられん…。が…今は緊急事態…。だから確認に来た…。ウォルト…。お前の作った秘薬はあるか…?」

「あります。こちらへどうぞ」


 調合室に案内される。


「見事な調合室ですね…」

「大したものだ…」


 部屋を見ただけで感じる。コイツはボバンが言うように薬師なのだと。


「こちらがボクが複製した薬です」

「飲ませてもらうぞ…」


 手渡された薬を一口飲んでみる。


「くっ…」

「どうでしょう?」

「サスケ…。お前も飲んでみろ…」

「はい………コレはっ!」


 そう。紛う事なき暗部の秘薬。それどころか、元の秘薬より効果が高いだろう。よりよい贋作を作る模倣犯が存在したか。


「どうやってコレを作った…?」

「ちょっと舐めて材料を割り出して…を繰り返しました」


 あの苦味から判別だと?


「とんでもなく苦かったので、苦くない薬も作りました」

「なんですって…?そちらを飲ませて頂いてもよろしいですか?」

「もちろんです」


 ウォルトは改良したという薬を差し出す。俺とサスケは飲んで目を見開いた。


「コレは凄いっ!全く苦くないのに、回復効果は変わらないように思えます!」

「苦味の強い原料を使用せず、全て他の素材で代用しています。ですが、効果はほぼ同等のはずです」

「むぅ…。しかしコレでは…」

「気付け薬としては使えません。よかれと思って作っただけです。暗部向きではないと思います」


 理解していたか。コイツならわかるかもしれん。


「ウォルト…。お前に相談がある…」

「なんでしょう?」

「暗部の秘薬が…使えなくなる可能性がある…。詳しくは……サスケ…」

「はい。原料である薬草の成育が芳しくないのです。秘薬作りに支障が出ています」

「詳しく聞かせて頂けますか」


 サスケの話にウォルトは真剣に耳を傾けている。


「なるほど。聞いた限りだと、おそらく土が原因だと思います」

「土ですか?定期的に入れ替えていますが」

「それも必要不可欠ですが、秘薬を作るには土壌の栄養が重要です。入れ替えた土がなんらかの原因で痩せている可能性があります。若しくは、秘薬の原料と相性が悪いことも考えられます。ボクは特製の肥料を混ぜました」

「なるほど。そうなると、どういう対処が必要ですか?」


 栽培談義に花が咲いているが、俺は一切面白くない。言ってることが理解不能だ。俺は自分が植物を育てるのに向いていないと自覚している。逆にサスケは栽培が得意だ。


 つまらない話を延々と話し続けている。盛り上がるようなことか?


「ありがとうございます。勉強になりました。事態が好転しそうな予感がします」

「あくまで推測なので合っていればいいんですが。暗部の憂いが解消できることを願っています。もし改善されないようなら、ボクが育てた原料をお渡しします」

「感謝に堪えません」


 会話が固いな。まるで役人のようだ。やはりコイツらは性格がよく似てる。細かいことを気にしすぎて気疲れするタイプの人間と獣人だ。もっと楽に生きればよかろうに。


「戻ったら直ぐに試してみます。ところで…気になったことがあるのですが」

「なんでしょう?」

「ご存知だと思いますが、暗部の秘薬を作るには栽培する時点で『気』を与える必要があります。ウォルトさんの薬は誰が付与を?」

「それは…」


 サスケの疑問は当然のこと。ウォルトは『言っていいのかニャ?』とか言いたそうにチラッと見てくる。全く噓をつけないのか。面倒くさい奴め。だが、予想の範疇。


「サスケ…。ウォルトは『気』を操れる…」

「なんですって?!なぜ?!」

「詳しくは言えんが…俺の修練相手だ…。噓だと思うなら…手合わせしてみろ…」


 ククッ…!


「あの~…『気』を見せるのは、別に手合わせじゃなくていいと思うんですけど…」


 驚いた顔でなにやら口走っているが、とりあえず無視する。話を合わせてもらおうか。


「シノさんを信じますが、にわかには…」

「だからこそだ…。お前に…僅かの疑念を残すのも俺の本意じゃない…」

「なるほど。では、ウォルトさん。突然で申し訳ありませんが俺と手合わせ願えませんか?」

「手合わせなら構いませんが…」


『さては…謀ったニャ…?』とか言いそうなジト目で見てくる…が、知らん。お前も本音では暗部の副長と手合わせしたいだろう?

 

 あれから数ヶ月…。どれほど『気』を使いこなしているか見せてもらうぞ。



 


「くぅっ…!なんてこと…」


 勝負は一瞬だった。ウォルトが出現させた4体の『影分身』に同時に打撃を加えられたサスケは、片膝をついて肩を落としている。

 様子見のスタンスだったのが完全な失敗策だったが、己の油断が招いたこと。ウォルトが敵なら命はなかった。コイツの危険性に肌で気付かないとはまだまだ青い。 


 それにしても見事な術。4体の分身を瞬時に発現させられる者は暗部にも俺しかいない。分身の全てが滑らかな動きを見せ、さらに淀みない『気』の操作。コイツの技量は今の時点で暗部でも通用する。日々の鍛練の成果だろう。


 正直驚かされた。やはり暗部に欲しい逸材。俺の修練相手として。


「わかって頂けましたか?」

「はい…。ありがとうございました…」

「よかったです」

「おい…。ウォルト…」

「シノさんとは手合わせしませんよ」


 …なんだと?心を読まれた?


「まだ…なにも言ってないだろうが…」

「違いましたか?勘違いならすみません」

「勘違いじゃないと言ったら…?」

「今日は手合わせに来たワケじゃないと言いましたよね?カネルラ暗部の長が発言を覆すことはないと思ってます」

「くっ…」


 ジト目で言ってくる。生意気な…。やられっぱなしじゃないということか。


「ウォルトさん…。大変失礼であり恐縮ですが…俺は貴方を侮っていました。深くお詫び致します。何卒、もう一度だけ手合わせをお願いできませんか?」


 サスケは深々と頭を下げる。だが二度目はあるまい……と考えていたが…。


「顔を上げて下さい。ボクは構いません。こちらこそお願いします」


 即答…。この白猫め…。俺への当てつけか。


 その後、サスケとウォルトは眼前で手合わせを繰り広げる。イライラしながら黙って観戦した。

 


 


 王都への帰り道。再びサスケと森を併走する。


「シノさん。彼は凄いですね。あの若さで、しかも獣人があそこまで見事に『気』を操るなんて想像以上でした。知られざる強者です」

「あぁ…」

「しかも、暗部を尊敬してくれていて、もしかすると俺達より暗部の歴史に詳しいですよ」

「そうかもしれんな…」

「今日は決着つかずでしたけど、また手合わせすると言ってくれました。本当に強かった。シノさんの修練相手というのも頷けます」

「まぁ…そうだろう…」

「謙虚で知的で料理上手な獣人がいるんですね。勉強になりました。俺と気が合いそうだと思って紹介してくれたんですか?そうならありがとうございます」

「別に…そんなつもりはない…」

「土壌改良薬までもらって、栽培についても意見交換できそうです。上手くいったらお礼をしないと。…シノさん、黙ってないでなにか言って下さい」

「ずっと言ってる…。お前が聞いてないだけだ…」


 えらく饒舌だな。コイツは暗部でも特にクソ真面目な奴だが、まさかここまで気が合うとは。本当はアイツを暗部に引き入れる補助をさせるために会わせた。思惑とは違うが結果そうなるだろう。


 それにしても、『気』だけでサスケといい勝負を繰り広げるとは予想外だった。参謀の仕事が主とはいえ実力は折り紙付き。『気』の扱いに関しては暗部でも5本の指に入る。

 そんな男に対して魔法を使わず勝負を引き分けた。見せたことのある『影分身』と『発勁』、それに加えて独自に編み出したであろう術を見せた。


 アイツは『気』の習得から術の修練まで全て独学でこなしている。恐ろしい頭脳と才能。まさに化け猫。サスケは本気を出していないが、ウォルトも同じこと。面白過ぎる獣人。


 今度は絶対に手合わせして…完膚なきまでに叩きのめしたあと暗部に引き入れてやる。首を洗って待ってろ。ククッ!






 数週間後。


 ウォルトに言われた通りに土壌を改良した暗部は、薬草の栽培に成功して必要な数の秘薬を確保することができた。

 さらに、サスケがウォルトから聞いた苦味を取り除く製法で精製した秘薬は、部下達から大きな反響を呼んで『革命』と呼ばれた。

「気付けの必要がないときに苦味はキツかったんです」と皆に感謝され、今後は従来の秘薬と併用することになった。当然ウォルトの存在は伏せてある。

   

「シノさん。次はいつ行くんですか?」

「まだ未定だ…」

「行くときは俺にも声をかけてください。いや、今度の休みに単独でお礼に行ってきます。暗部の危機を救ってもらいましたから」

「勝手に行くのは許さんぞ…」

「なぜですか?」

「なんででもだ…」

「残念ですが、わかりました」

「それでいい…」


 サスケは覆面の上からでもわかるくらい笑っている。友達に会うような感覚だろうが、頻繁に行かせるわけにはいかん。


 嫌な予感がする。性格が似ているコイツらをあまり親しくさせると、結託して俺の手合わせの申し出を断り続けるんじゃなかろうか。

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