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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
303/706

303 織物騒動

 森の住み家に納品に来た馴染みの商人ナバロは、今日もウォルトにあるモノを手渡す。


「ナバロさん。なんですか、コレ?」

「手織り機だよ」

「聞いたことはあります」


 受け取ったのは木製の織り機。卓上に置けるくらいのサイズ。


「中古なんだけど、使わなくなった人から譲ってもらったんだ。ウォルト君は刺繍や縫製もできるし、いらないか聞いてみようと思って」

「欲しいですし、使ってみたいんですけど全く知識がなくて」


 織物は経糸と緯糸を編んで作られることくらいしか知らない。ボクの中では、生地は作るのではなく買うモノだというイメージ。


「基本的な使い方を聞いてきたから、僕が教えるよ」

「お願いします」


 実演しながら手順と使い方を教えてくれる。耳を傾けて使い方は概ね理解できた。考えた人の凄さを感じる。


「こんな感じだけど、どうかな?」

「欲しいですけど…ホントにもらっていいんですか?」

「タダでもらったから気兼ねしなくていいし、使ってくれる人に譲りたい。もしなにか返したいなら、コレで作った生地を1つもらえないかな?それで充分だよ」

「わかりました。とりあえず糸が欲しいので、ナバロさんの商会に一緒に行きます」

「それには及ばないよ」


 ナバロさんはリュックから数種類の糸を取り出した。ボクの性格を読んでる。商売上手だ。


「もし欲しい糸があれば買ってくれないか?足りなければまた届けるから」

「とりあえず全部頂きます」


 売ってくれると言ったものの、値段はかなりの安価だ。でも、売ってくれただけ感謝しよう。「あげる」と言われたら困ってしまうし色は何種類あってもいい。


 ナバロさんを見送ったあと早速生地作りを開始する。忘れない内に習った基本的の織り方で少しだけ生地を作ってみる。出来上がったそれぞれの生地に特徴があって面白い。

 でも、もの凄く目が粗くて雑な作りだ。こんな生地じゃナバロさんには渡せない。道具はまず扱いに慣れるのが大事。試行錯誤しながら納得いくまでやってみよう。


 その後、オーレン達やチャチャと交流しているとき以外の時間を使って、ハマって生地を織り続けた。

 けれど、直ぐに壁にぶつかる。模様を入れるにはどうすればいいんだろう?刺繍を入れるのは可能だけど知りたい。

 ある程度上手く織れるようになったと思う。でも、織れるようになったら無地は寂しく感じられて模様を入れたくなってしまった。

 基本的に獣人は派手好きだからなのかな。技術がないくせに、つい高望みしてしまう。あの人達なら知ってるかもしれない。



 ★



「ウォルトがアタシらに教えてもらいたいなんて珍しいね。なんだい?」


 やってきたのはドワーフの工房。ドワーフはしっかり縫製された服を着てるし、手先の器用さでは並ぶ者がいないような気がして、女性陣に聞いてみようとやってきた。おそらく男性陣は織物をやらないというボクの予想。


「機織りについて、もし詳しければ教えてもらえないかと」

「獣人なのに布も織るのかい?驚くねぇ」

「手織り機をもらったので作ってみたんです。こんな感じで」


 織った生地を皆に見てもらう。


「へぇ。上手く織れてるじゃないか」

「上手いもんだよ」

「これだけ織れたら充分だろうに」

「できれば模様を入れてみたいんです。皆さんの服は生地がしっかりしてるし、模様が凄く綺麗ですよね」


 ドワーフ達の服には綺麗な幾何学模様が刻まれてる。以前から格好いいと思っていた。


「褒めてもらって嬉しいねぇ。アタシらでよければなんでも教えるよ」

「料理でも世話になってるからね。ちょっとコッチにおいで」


 女性陣の後を付いていくと、魔力炉の裏側、洞窟の端っこに年季の入った大きな織り機が置かれている。こんな場所に置いてあったなんて知らなかった。


「アタシらはコレで織ってるんだ。アンタは小さいのでやってんだろう?」

「卓上に置けるくらいの大きさです」

「なんだって原理は一緒さ。やってみるからちょっと見てな」


 ドラゴさんの奥さんであるファムさんが実演してくれる。足踏み式の織り機で幅広い生地を織れるし音が心地いい。

「緯糸はふんわり通すんだよ」とか「印を付けておけば、模様の形を作りやすくなる」と優しく教えてくれる。本当に有難い。

 織り終わったあとの糸の始末から、最後はお湯に通すと目が上手く仕上がることまで詳しく教えてもらえた。


 ドワーフの着てる服はただの幾何学模様じゃなくて、色んな意味が込められていることも初めて知った。


「大方こんな感じだよ」

「ありがとうございます。勉強になりました。あの~…その織り機を使ってみたいんですけど…」

「いいよ。アンタの体格じゃ小さいだろうけどやってみな」

「ありがとうございます」


 始める前に、ファムさんが直ぐ横でレクチャーしてくれる。真剣に聞いていると…。


「こらぁ!ウォルト~!姿が見えんと思ったら……また人の嫁さんに色目を使っとるのかっ!」


 いつの間にか、ドラゴさんが斧を片手に青筋立てて憤慨してる。またか…。


「そんなことしてません」

「嘘吐けっ!距離が近いわっ!もう許さんっ!」

「バカなこと言いなさんな!そんなわけないだろう!」

「うるせぇ!お前は黙ってろっ!」


 ファムさんの言葉も聞かず、ドラゴさんは体型に似合わない素早さで駆けてくる。髭の生えた鬼のような表情で。


「はぁ…。バカ旦那がすまないね。軽くやっちゃっておくれよ」

「そう言ってもらえると助かります。『捕縛』」

「ぬぅらっ!?なんじゃい?!」


 魔力の網を撃ち出してドラゴさんを拘束したけど、雁字搦めで地面に転がったままジタバタ動き回ってる。なんて凄い力だ。


「ドラゴさん。ファムさんは素敵な女性ですけど、ボクは横恋慕したりしません。安心して下さい」

「くそっ…!ウォルト!卑怯だぞっ!解けっ!」


 人の話をまったく聞いてくれない。スケ三郎さんみたいだ。隣でファムさんが呟く。


「いい歳こいて変な勘違いまでして、恥ずかしいったらありゃしないよ。やかましいから眠らせてやっとくれ。話が進まない」

「はい。『睡眠』」

「こんのやろぉ~!!…ンゴゴゴ」


 強い『睡眠』で深く眠らせておく。怒りも忘れるように軽く『混濁』もかけておこう。

 コンゴウさん達に確認したら「別に寝せといて問題ない。静かでいいわい!」と笑って言われたから放置しておくことにした。

 気を取り直して教えてもらった通りに実際織ってみる。扱いに慣れると合理的な造りで凄く使いやすい。


「アンタはホントに器用だねぇ」

「もうコツを掴んだのかい」

「大したモンだよ」

「大袈裟です。皆さんの教え方が上手いからです」

「そう言われちゃいくらでも教えたくなるね」


 その後も織物について色々なことを教えてもらった。博識で本当に凄い。


「ありがとうございます。勉強になりました。ファムさん達はボクにとって織物の師匠です」

「そうかい。アンタみたいに素直な弟子なら大歓迎さ!」


 教えてもらった後はコンゴウさん達の作業を手伝って、全て終わった後に料理を作る。ボクの料理を褒めてくれるので、材料はいつもふんだんに準備されていて有り難い。

 女性陣には、感謝を込めて創作の甘味も作った。辛党だからか男は甘いモノを食べないのがドワーフの特徴。


「初めて食べるけど美味いねぇ!とろけちまいそうだよ!」

「甘くって幸せだ!」

「はぁ~…。後で作り方を教えてもらっていいかい?」

「もちろんです」


 口に合ったみたいでよかった。


「おぉい、お前ら。俺はなんで地面で寝てたんだ?」


 やっとドラゴさんが起きてきた。眠る前のことは覚えてないみたいだ。


「知らん。疲れとるんじゃないのか」

「急に寝たからな。コッチはいい迷惑だ」

「アンタもたまには酒を飲まずに寝たらどうなんだい」

「くっ…。とりあえず俺も飲ませろぃ!」


 話を合わせてくれてる。そんなコンゴウさんからいつもの一言が。


「ところでウォルト。今日の報酬はなにがいいんだ?」

「色々教えてもらったので、なにもいらないです」

「そうはいかん。ドワーフの名が廃る。今日もかなり捗ったからな!なんでも言え!」


 名は廃らないと思うけど…それなら頼んでみようかな。


「暇なときでいいんですけど、ココにあるのと同じ織り機を作ってもらえませんか?」


 ボクでも作れると思うけど、お願いしたら喜んでくれるのも知ってる。なぜならモノを作りたい欲に塗れた職人ばかりだから。


「それでいいのか?あんなモンでいいなら、今から作ってやる。あっちゅう間にできる」


 …と、ファムさんが鼻で笑った。

 

「ふっ。笑わせんじゃないよ。アタシらに任せてもらおうか」

「なんだとぉ?」

「ウォルトはアタシらの弟子なんでね」

「そうそう」

「男は騒いで酒でも飲んでな」

「はぁ?お前らの弟子だと?」

「そうさ。それに、アンタらの作った織り機じゃまともに織れやしない」

「そりゃどういう意味だっ?!」


 コンゴウさんは声を荒げる。


「そのままの意味さ。アンタ達に織り機は作れっこない」

「あれしきのモノを俺らが作れんだと…?ワケのわからんこと言いやがって」


 男女の間で空気が緊迫する。ボクの不用意な一言で、まさか一触即発の空気になるなんて…。とりあえず落ち着いてもらわないと。


「あの…別に作ってもらわなくても大丈夫です…」

「なに言ってんだい!アンタは織りたいんだろ?!」

「そうですけど…」

「だったら織るんだよ!織りまくりな!」


 あ、熱い…。女性陣から織物に対する情熱を感じる。


「おい、ウォルト。お前は女の作ったナヨッとした織り機でいいのか?モノづくりは無骨こそ正義だろうがっ!」

「コンゴウさん…」


 その意見にはまったく同意できない…。繊細な作りのモノも多いから。


「アンタらがそこまで言うなら、お互い作ろうじゃないか!どっちがいいかウォルトに選んでもらおうかね!」

「それでいいぞ!俺らが負けるワケねぇ!ワハハハ!」


 どうしよう…。盛り上がってるけど、どっちかを選ぶなんて出来上がる前から難題すぎる…。





「こっちがいいです」


 心配は杞憂に終わり、ボクは迷わず女性陣の作った織り機を選んだ。


「なんだとぉ~?!理由はなんだっ!?言ってみろっ!」

「コンゴウさん達の作った織り機では、均等に目が詰まらないんです。糸を掛ける箇所にも角がありすぎて糸が傷つきます」


 男性陣は鋼鉄の織り機を製作した。確かに無骨で格好いいけど、糸を掛けるところが滑らかじゃないから目が安定しない。

 実際に使って織って見せると、経糸がボロボロになってしまった。いかに丈夫でもさすがに織れない。


「こんなことになるのか…。糸が貧弱すぎるぞ」


 顔をしかめるコンゴウさんに勝ち誇ったようにファムさんが告げる。


「わかったかい?アンタ達のモノづくりの腕はよ~く知ってる。けどね、機織りに興味もないだろ。見てくれが一緒ならいいってもんじゃないんだよ!はははっ!」

「くそっ!腹立つなっ!」


 女性陣は、木を丁寧に削って滑らかな織り機を造り上げた。織る人や糸のことを考えた女性らしい逸品で文句の付けようがない。今回は比べるまでもなかった。


「次はお前らより凄い織り機を作ってやるぜ!」

「楽しみにしとくよ。ウォルト、コレでいいかい?」

「凄く嬉しいです。ホントにもらっていいんですか?」

「当たり前さ!アンタはアタシらの弟子だからねぇ!ガンガンいいモノを作りなっ!」


 貰った織り機は『圧縮』で小さくしてから紐で背負って帰る。木製だから大して重量もない。


「相変わらず信じられないことするねぇ」

「大袈裟です。大事に使います。今日はありがとうございました」


 もっと腕を上げて師匠達に見てもらおう。「コレも持っていきな」と、巻いた糸を渡される。


「アタシらが作った糸だよ。丈夫で魔力を妨げたりしない通気性のいい生地ができる。アンタなら上手く使えるよ」

「ありがとうございます。今度お礼させてもらいます」

「気にしなさんな!」


 住み家に帰って直ぐに、ファムさん達に習ったことを反復して練習する。


 織り機はボクの体型に合わせて作ってくれていて、ドワーフの技術は本当に凄いと感心しきり。ナバロさんにもらった織り機は小さい布用に使おう。その方が断然作りやすくて道具も適材適所だ。

 

 今日は夜更かしすることになるけど、ワクワクして眠れそうにない。






 数日後。


 織った生地を渡そうとタマノーラのナバロさんを訪ねた。


「生地ができたので渡しにきました」

「ウォルト君が織ったのかい?」

「はい。初心者で恥ずかしいんですけど、上手くできた生地を選んで持ってきました。使えるといいんですが」

「恥ずかしい…?コレが…?」


 手渡したのは無地と模様を入れた生地の両方。流行なんて知らないので、無地と自分がいいと思うデザインの2種類になった。

 

「ナバロさんのおかげで新しいモノづくりができます。ありがとうございました」

「どういたしまして…。今度、生地作りを依頼していいかい?」

「ボクのでよければ。売り物にはならないと思いますけど、やってみたいです。もっと腕を上げておきます」

「そんなことないと思う。その時はよろしく」


 次にドワーフ工房のファムさん達を訪ねた。いつ訪ねても忙しそうに動き回っている働き者の師匠達。


「今日はどうしたんだい?」

「恐縮なんですけど、皆さんに織った生地をプレゼントしに来ました」

「へぇ。そりゃ見たいねぇ」

「楽しみだ」


 背負ってきた布袋から取り出して、ファムさん達に手渡す。


「帯かい?」

「皆さんはいつも帯を巻かれてるので、もし使えればと思って織りました」

「こりゃ見事なモンだよ」

「目も綺麗で細かいし、仕上がりも抜群だ」

「柄も緻密だ。どうやってるんだい?」


 織った帯には、ドワーフの一族繁栄や健康祈願、そして『尊敬』を表す紋様を入れさせてもらった。

 それに加えて、各々に似合うと思う季節の花を立体的に刺繍を入れた。絵を描く才能が絶望的なので、『念写』をトレースして柄に反映させて。


「これからもよろしくお願いします」

「こちらこそだよ。アンタは凄いねぇ」

「わからないことがあったので、皆さんに教えてもらいたくて来ました」

「アンタにはいくらでも教えてやるさ!」

「もっと腕を上げて死に装束を作っておくれ!その時は生地を刺繍の花で一杯にしてもらうか!」

「いいねぇ!アタシも頼むよ!コレと同じ向日葵がいいねぇ!」


 死に装束で盛り上がらないでほしい…。責任重大すぎる。


「縁起でもないですよ」

「弟子は師匠の言うことを聞くもんだよ!決まりだね!」

「えぇ~?」

「弟子よ。返事は?」

「…わかりました。そんなことがあればボクの全力で織ります」

「よろしい!頼んだよ!」


 ファムさん達ドワーフは、獣人より遙かに長生きするから心配はない。エルフほどではないけどかなり長命だと聞いてる。


 そんなことより、ボクは誰か看取ってくれる人がいるかな?森でのたれ死ぬ予定だから関係ないか。

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