302 再戦。からの親友に感謝
いつもと変わらずウォルトが住み家の外で畑仕事に勤しんでいると、意外な来客の匂いを嗅ぎ取る。
なぜココに…?住み家の角から顔を覗かせると、そこにいたのは…。
「よぉ。久しぶりだな。俺のこと覚えてるか?」
「お久しぶりです。ボルトさん…でしたよね?」
以前ランパードさんの依頼で王都に届け物をしたときに出会った。ベルマーレ商会の飛脚である犬の獣人ボルトさんだ。
「覚えてたか」
「あまり人と関わらないので、会った人は覚えやすいんです」
「そうかよ。こんな辺鄙なとこに住んでるとは思わなかったぜ。よく住めるな」
「住めば都です。よくこの場所がわかりましたね?」
「ランパード商会で無理言って教えてもらってな」
教えたのはキャロル姉さんだろう。…というか、姉さんしか知らない。
「今日は、お前に頼みがあってきた」
「頼み?」
「俺と勝負しろ」
「勝負?なんのですか?」
「決まってるだろ。駆けるんだよ」
「なるほど」
ボルトさんは駆けるのに自信がありそうだと姉さんが言ってたし、確かに速かった。
「ケチな自慢なんだけどよ、俺は駆けんので負けたことがねぇんだ。お前以外にはな」
「ボクは勝ってないですけど」
あの時も別に競走してない。森にはボクの方が詳しいし、森を速く駆けるならそれなりの駆け方がある。
加速するのに魔法も使った。競走だとしたら反則のオンパレード。とても勝ったなんて言えない。
「ちっ…!お前…王都まで走りきったんだろ?」
「そうですが」
「なら、もう1回勝負しろ!あれから…俺はどんな奴に走り勝っても全然面白くねぇんだよ!」
唸るような顔で睨んでくる。獣人は負けず嫌いだと実感するけど、ボルトさんからは不思議と嫌な感じがしない。なぜだろう?
「ボクは勝負したくないんですけど」
「なんだと!?勝ち逃げは許さねぇぞ!」
「だから勝ってないんですけど…」
勝負しないと治まりそうにないな。
「わかりました。勝負する方法はどうしましょうか?」
「お前に任せる!俺が有利だと思われたら癪だからな!」
そうなると…どうしようか。
「じゃあ、ココから王都の東門まで駆けるのはどうでしょう?ボクも道はわかります」
「いいぜ!吠え面かくなよ!あと、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」
「ありえないです。ボクも負けたくないので」
「獣人だから当たり前だな!ぶっちぎってやるぜ!」
「その前に、ちょっと待ってて下さい」
住み家から回復薬を持ってきて、ボルトさんに手渡す。
「回復薬です。飲んで下さい」
「お前…アホなのか?回復させてどうすんだ」
「ここまで駆けてきたんじゃないですか?同じ条件じゃないと平等な勝負じゃない」
「…面白ぇ。後悔させてやるからな!」
ボルトさんは一気に回復薬を飲み干す。
「…こいつぁ、いい回復薬だ」
「まだありますよ」
「いらねぇよ。もう体力は戻った」
「服も脱ぎましょうか?魔道具着けてない証拠に」
「必要ねぇ!お前がそんな奴なら回復薬なんか渡さねぇだろ!俺をみくびるな!」
ボクを信用してくれるんだな。やっぱり、この人はそんなに悪い人じゃないと思える。
さて、勝負となれば負けたくない。そしてこの人は速い。どんなルートで行こうか模索する。
「おい。準備はいいか?」
「はい。いつでも」
「っしゃ!いくぜ!」
ボクらは同時に駆け出した。
駆け出して1時間ほど経過した。既にゴールまでの道程の半分を過ぎている。
「お前、やっぱ速ぇな」
「ありがとうございます」
ボクらはずっと併走していた。ボルトさんは前回よりずっとスムーズに森を駆けてる。かなり走り込んできたことがわかる余裕の走りだ。正直凄いと思う。
「このままじゃ俺には勝てねぇぞ」
「そうですね。少しずつペースを上げないと無理です」
「へっ!強がり言いやがって!」
「強がりじゃないですよ」
少しペースを上げるとボルトさんも上げた。
「くっ…!面白くなってきたぜ!」
「そうですか?」
さらに1時間近く経過して、王都はもう目と鼻の先。街の外壁が見えてきた。
「てんめぇ~…!待てコラァ~!」
「待ちません」
徐々にペースを上げ続けて共にラストスパート中。ボクが少しだけ前を駆けている。
縫うように木の間を駆けてきたけど、王都に近付いて街道に出てからは広い道を一気に駆ける。
「クソがぁっ…!負けねぇ!」
ボルトさんは一瞬で置き去りにしようと加速した。
「ハハッ!勝ったぜ!!……なんだとぉ!?」
負けじとスピードを上げて、再度ボルトさんの前に出る。
「勝負は終わるまでわかりません」
「こんの野郎…!上等だっ!!」
共に全力で駆けた勝負の結果は…。
「クソがっ!また負けたっ…!ゼェ…ゼェ…」
「お疲れ様でした。ふぅ…」
僅差だったけど、ボクがなんとか先に辿り着いた。ここまで長い時間全力で駆けたのは始めてかもしれない。せめて涼感ローブに着替えてくれば…。いや…。アレを着るとつい魔法を使ってしまいそうだ。
ボルトさんはかなり速かった。この間は魔法なしで置き去りにできたけど、今日は無理だった。かなりトレーニングを積んでる。
しかも、清々しいほど正々堂々とした競走で、負けていたとしても微塵も悔いはなかった。ベルマーレ絡みでなにか仕掛けがあるかもと疑ったのが申し訳ない。本当にただ競いたかっただけだったみだいだ。
「ウォルトっつったか?お前、歳は幾つだ?」
「22です」
「俺より3つも若ぇのか…。いつから飛脚やってんだ?」
「ボクは飛脚じゃないです」
「はぁ?!噓つくな!」
「ホントです。ベルマーレ商会に封書を届けたのは怪我した飛脚の代打です。最初で最後だと思います」
「マジかよ…。素人に負けたのか…」
「ボクも駆けることは少し自信があります。逆に言うと、駆けることしかないですけど」
ボルトさんは眉間に皺を寄せた。
「お前……ちょっと寄ってけ」
「どこにですか?」
「俺の行きつけの飯屋だ」
「お金を持ってきてないんですけど」
「いらねぇから黙って付いてこい!」
言われた通りボルトさんのあとを付いて王都に入る。久しぶりに来たし、まさか中に入ることになるとは。
行きつけの店とやらには、王都に入って少し歩いて辿り着いた。中に入ると至って普通の食堂。店員に席に通されて、向かい合わせに座る。
「お前、酒は?」
「飲めないです」
「なら好きな食いモン頼め。俺の奢りだ」
「いいんですか?」
「あぁ。俺の我が儘に付き合わせた礼だ」
「じゃあ、頂きます」
最近お礼はできる限り受けようと決めてる。以前王都に来たとき気になっていた料理を注文した。ボルトさんは酒を頼んでグッと一息で飲み干す。
「ぷはぁ!腹いっぱい駆けたあとの酒は美味ぇ」
「美味しそうですね」
「1個訊いていいか?」
「はい」
「お前、なんで飛脚やらねぇんだ?」
「仕事をしてないんです。森で自給自足の生活をしてます」
「…獣人なのに力が弱ぇからか?」
ボルトさんは真剣な顔。茶化してるワケじゃないと感じる。
「今は違いますけど、まったく関係ないとは言いきれないです。それがきっかけです」
「そうか…。お前がやる気があるなら、飛脚の仕事を紹介してやってもいいぜ」
飛脚の仕事…?もしかして…ボルトさんはボクを勧誘するタメに食事に誘ってくれたのか?
「気持ちは嬉しいんですけど、今の生活が気に入ってるんです」
「ならいい。働きたくなったらいつでも俺に言え!お前の脚なら直ぐ雇ってもらえる!」
「ありがとうございます」
紙に住み家の住所を書いて渡された。ほぼ初対面なのに、なんか…嬉しいな。
料理が運ばれてきたのでゆっくり頂く。食べたことのない味で美味しい。ボルトさんはグイグイ酒を飲んでるけど、空きっ腹じゃないのかな?チャチャが言うには酔いやすくなるはずだけど。ボクが料理を食べ終わる頃、予想通りボルトさんは完全に出来上がっていた。
「お前は…いいモン持ってんのにもったいねぇ!」
「毎日駆けろ!とにかく駆けとけ!」
「次は負けねぇ!首洗って待っとけや!」
おもいきり絡み酒だけど、やっぱり嫌な気分にならない。口調は乱暴だけど、この人はボクのことを気に入ってくれてるみたいだ。
「おい、ウォルト!」
「はい」
「お前……負けんじゃねぇぞ」
「なんにですか?」
眼光鋭くボクを見る。
「弱ぇ奴は生きていけねぇ!とか、知った風にほざくような……クソみてぇな奴らに負けんなっ!」
この人は…。
「俺も力はねぇ。けど駆けんのだけは速かった。脚だけはぜってぇ他の奴に負けねぇと思って生きてきた!それが俺のプライドだ!そして勝ち続けてきた!お前以外にはな!お前も負けんな!」
ガハハハ!と豪快に笑うボルトさんは…ボクと同じような苦労をしてきたのかもしれない。だから、ボクに同じ匂いを感じて世話を焼こうとしてくれてるような気がする。
この人の気持ちに…応えたいと思う。
「ボルトさん。いつでも再戦を受けます」
「ははっ!言うじゃねぇか!」
「駆けるのは誰にも負けないように気合いを入れておきます。もちろんボルトさんにも」
「おう!それでいい!ガハハ!」
キャロル姉さんは、ボルトさんの人柄を感じてボクに会わせてくれたのかもしれない。この出会いを大切にしよう。
「おい。お前ら、さっきっからうるせぇぞ」
「あん?なんだ、お前?」
ボクらに声をかけてきたのは、牛の獣人。立派な角から推測すると、牛というよりバイソンの獣人でいい体格をしてる。そしてやっぱり酒臭い。
「うるせぇんだよ。騒ぐんなら外でやれ」
ちょっと意外だった。フクーベと違って態度が紳士的だ。王都の獣人は都会的なのかな。てっきり好戦的にオラオラくるものと思ってた。
「うるせぇな!テメェが出ていけや!」
「なんだと!?この犬っころが!」
「んだと…!やんのかコラァ!表に出ろ!」
揉めだした2人は律儀に代金を支払って外に出る。やっぱり紳士的だ。
フクーベでは、勢いに任せて外に出た後、店員と衛兵にまとめて怒られるパターンを山ほど見てきたからちょっと驚いてる。
とりあえずボクも後に続くと、迷うことなく路地裏に入った。街の路地裏といえば、直ぐにケンカを始める獣人のテリトリー。危ない状況に陥りそうなら、なんとか止めなきゃいけないと思いつつ会話に耳を澄ます。
「テメェ…。絡んでくんじゃねぇよ!赤牛野郎が!」
「店ん中ででけぇ声出してるからだろうが!他の客に迷惑かけんじゃねぇ!獣人の印象が悪くなるだろうが!」
獣人の印象…?
「ちっ…!そりゃ悪かったな!ちと、気分よく飲んでたもんでなぁ!」
「ちっ…!俺も大人げなく言いすぎたぜぇ!」
あれ…?この流れは…。
「今回は王女様に免じて許してやるよ!命拾いしたな、赤牛野郎!」
「ふざけんな!こっちの台詞だ、バカ犬!あばよ!」
牛の獣人は身を翻して路地裏を出て行く。ボクは…拍子抜けしてしまった。
「どうした?変な顔して」
「いえ…。てっきりケンカが始まると…」
「あん?お前、知らねぇのか?今、王都じゃ獣人は表立ってケンカしねぇんだよ」
「知らなかったです。王都の獣人は紳士的ですね」
すごく意外だったけどいいことだ。粗暴な獣人のイメージも改善されそう。さすがはカネルラの首都。
「獣人が紳士なワケねぇだろ。俺らは王女様に迷惑かけねぇようにしてぇだけだ」
リスティアに迷惑?
「どういう意味ですか?」
「少し前に、王女様が獣人の処遇を改善する政策を打ち出した。賃金からガキの教育までな。獣人の可能性を広げたいんだとよ。まずは王都からってわざわざ国王を説得したらしいぜ」
「リスティア…王女様が…」
獣人は、雇われても人間や多種族に比べて給料が安い。複雑なことをできなかったり、主に単純な力仕事だからだけど、それが普通だ。今みたいに直ぐ揉め事を起こすのも理由の1つだと思う。
「よく知らねぇけどよ、おかげで働き口が見つかった奴がいたり、給料もなんぼか上がって王都の獣人は感謝してんだ。ただし、獣人が悪さばっかしてたらすぐやめるらしいからな。だから、裏じゃ知らねぇが街中で暴れたりする奴はほとんどいねぇ」
「そうなんですね」
「つっても獣人が簡単に変わるワケねぇ。先のことはわかんねぇけど、お前も獣人だからわかんだろ?俺らは恨みを忘れねぇけど…」
「恩も忘れない…」
「そういうこった!王女様に生活をよくしてもらって感謝してっから、大人しくしてるってワケだ。おかげでちったぁ我慢強くなったぜ。はははっ!」
笑うボルトさんを見ながら、リスティアに想いを馳せる。彼女は獣人の特性をよく理解してる。大きな政策で獣人を優遇すれば、皆が等しく恩を感じる。
恩返しのタメなら嫌々じゃなく我慢ができる。それが獣人。ボクも同じ立場なら間違いなくそうする。逆に言うと、我慢しろと人に命令されたらまず言うことを聞かない。
生活苦も解消されて、多少なりとも治安もよくなるだろうし、その結果獣人も多種族も暮らしやすくなる。王都にとっては間違いなくいいこと。
獣人の可能性が広がるかは断言できないけど、獣人のタメに政策を打ち出してくれたリスティアには同じ獣人として感謝しかない。
詳しいことは会えたら聞いてみたいな。
「今日はご馳走様でした。今度はボクがボルトさんをもてなします」
「気ぃ使うんじゃねぇよ!俺はお前をぶっ倒すんだからな!」
通りに出て直ぐ、ボルトさんにお礼を伝えて別れた。また競走するのが楽しみだ。次も負けられない。
…そうだ。ついでにテラさんの家に寄ってみよう。王都には滅多に来ることがない。久しぶりにリスティアにも会いたいけど、いきなりは無理だ。
多分、訓練を休まないテラさんは家にいないと思うけど、もしいたら皆によろしく伝えてもらおう。
テラさんの家に辿り着いて、何回かドアをノックしたけどやっぱり不在だった。とりあえず伝言を残しておこうと思ったけど、書くモノを持ってない。
魔法で伝えることにしよう。こうしておけば気付いてくれるはず。また、全力で駆けて帰ろう。
魔法を準備して王都を後にした。
★
「今日も疲れたぁ~!ねっ、カリー」
「ヒヒン」
カリーに騎乗しながらテラは帰宅した。
連日の訓練で疲れてるけど、充実した日々を過ごしてる。家に帰ってもウォルトさんに教えてもらった魔法の基礎を修練してるからずっと忙しい。
でも、昔から物事にのめり込む性格だからか全く苦にならない。玄関の前に立って、ドアの鍵穴に鍵を差し込んだ瞬間、声が聞こえた。
『テラさん。ウォルトです』
「えっ!?ウォルトさんの声…??」
見渡してみても姿はない。
『たまたま王都に来たので立ち寄らせてもらいました。不在のようなので住み家に帰ります。皆さんによろしくお伝えください』
「なにコレ…?どういうこと…?」
「ヒヒン…」
突然の出来事にテラは呆けてしまったが、声が届いたカリーは気付いた。
理屈はわからないけど、『念話』を鍵に反応するように仕掛けたのね。ノブは他人でも触れるけど、鍵ならテラかダナンしか持ってないから間違いない。
多分、テラの魔力か闘気に反応するように付与したと思うけど、見たことも聞いたこともない魔法だから確信はない。
「ブルルル…」
カリーは軽く首を振って黙っておくことにする。