301 皆で見たいの
迎えた王女リスティアの誕生日。
といっても、カネルラ王城はいつもと変わらぬ日常。歴代国王の誕生日は『生誕記念日』としてカネルラの祝日に制定されてきた。現国王ナイデルも然り。けれどその他の王族については特になにもない。
カネルラの王族はどこまでいってもカネルラの一国民。だからといって家族として祝うことは忘れない。多忙な1日の終わりに揃って夕食時に誕生日を祝うのが通例で、今日も王族全員が集まって食事していた。
祝福の第一声はナイデル。
「リスティア。誕生日おめでとう。また大人に近付いたな」
「ありがとう。お父様」
微笑みとともに愛娘を祝福する。今年で11か。月日が経つのは早い。
「おめでとう。お転婆娘はまだまだ淑女にほど遠いな」
「おめでとう。まだお転婆でいいんだよ。それでこそリスティアだ」
「お兄様達もありがとう!一言多くて納得いかないけどね!」
2人の兄もまた笑顔で祝福する。リスティアもやれやれという風に笑った。
「リスティア、誕生日おめでとう。ストリアルとアグレオは最低の兄様ね」
「私がストリアル様に代わりお詫び致します。リスティア様は立派な淑女です」
「アグレオ様にはガッカリ致しました。デリカシーのない兄様で申し訳ありません」
「なっ!?」
「冗談だよ!?」
ジト目の女性陣もリスティアを祝福する。
「あはははっ!お母様、ウィリナさん、レイさん。ありがとう!」
「「「きゃはっ!」」」
「ジニアス、エクセル、ハオラもありがとね!」
リスティアが赤子達の頭を優しく撫でるとふわりと笑った。本当にジニアス達にとっていい姉だ。リスティアには皆が懐いている。
「リスティア。欲しいモノはないのか?」
「ないよ。しいて言えば、『1日自由に外出できる券』かな」
「考えておこう」
「自分が訊いたのに?そこは「いいぞ」って即答するところじゃないの?たった1日だよ?」
不満げなリスティアに苦笑いしか返せない。だが、初めて希望を口にしたことは驚きだ。
リスティアは、まだ少女と言っていい年齢にも関わらず、誕生日になにかを欲しがったことがない。王族から王城関係者まで知っているが、過去に一度もないのだ。
言葉を話す前は勝手に贈っていた。喜んでくれていたし、リスティアは贈り物を今でも使っている。
しかし、言葉を覚えてからというもの…。
「やっ!」
「ううん」
「いらないよぉ~」
「なにも欲しくないから大丈夫!」
「充分なモノを与えられてるし、なにもいらない!」
…と断固拒否されている。こっそり渡そうとすると、勘付かれて逆に怒られてしまう。まだ10を過ぎたばかりの子供なのにだ。常識ではあり得ない。
なぜかと不思議に思っていたが、今思えば赤ん坊の頃の記憶すらあると言った。カネルラの経済危機を覚えているからこそ、負担をかけたくないと思っていた可能性が高い。
友好国の王族に尋ねると、王子や王女の物欲や我が儘に頭を悩ませている者も多い。手がかからないのは助かるが、いかに聡明な娘とて子供らしくないと常々感じている。
ただ、決して強がりではなく本心から言っていることに父親として一抹の寂しさがあるだけ。
そんなリスティアの初めての希望が外出券とは意外だったが理解できなくもない。たまにはいいかもしれん。頃合いを見計らって許可するとしよう。
その後も和やかに談笑して食事を終えた一同は各々の部屋に戻っていく。
★
リスティアが部屋に戻ると、扉の前にアイリスが立っていた。
どうしたんだろう?
「アイリス、どうしたの?」
「王女様。遅くに申し訳ありません。お誕生日おめでとうございます」
「ありがと!わざわざ言いに来てくれたの?」
「はい。それと、ウォルトさんから王女様への預かり物をお届けにあがりました」
「えっ!?ウォルトから?!中に入って!」
ウォルトと聞いたら落ち着いてられない。アイリスを押し込むように部屋に入って、椅子に座らせて話を聞く。
「預かり物ってどういうこと?」
「昨日テラが会いに行くと聞いて、私も非番だったものですから同行したのです。その時、本日が王女様の誕生日だとお伝えしました」
「ありがとう!なにか言ってた?」
「言葉はなく、王女様へこちらをお渡しくださいと」
アイリスは掌に載るくらい小さな木箱を見せてくれる。受け取ると見た目に反して重い。
「重いね!コレはなに?」
「テーブルに置いて頂いて、箱にこちらを接触させて頂けますか?」
渡されたのは小さな魔石。言われた通りテーブルに置いて魔石を接触させると、淡い光を放って箱が大きくなった。
「すごい!魔法?!」
「『圧縮』の魔法だそうです。私が持ち運びやすいよう小さくしてくれたのです」
「相変わらず人を驚かせるね!親友は!」
アイリスは微笑んで頷いてくれる。
「開けて頂けますか」
蓋を開けると、中には色とりどりの果実が載った甘味っぽいモノが入ってる。
「初めて見るけど、お菓子かな?」
「西の大陸の『タルト』という甘味のようです。王女様に食べて頂きたいとウォルトさんが。初めて作ったそうです」
「嬉しい!きっとご飯はみんなで食べるってわかってたんだね!」
さすがウォルト!
「それと…こちらを預かりました」
アイリスは手紙を渡してくれる。
「ウォルトが書いてくれたの?」
「はい。喜んでもらえるといいけど…と微笑まれていました」
表情が目に浮かんで胸が温かくなる。私にとってはコレだけで充分な贈り物。
「王女様…。申し訳ありません」
「なんで謝るの?」
「私がもっと早くウォルトさんにお伝えしていれば…」
もっといい贈り物をもらえたかも…と言いたいのかな。でも、それは違う。
「謝らなくていい。私はウォルトに祝ってもらおうなんて思ってもいなかった。充分過ぎるし凄く嬉しい。アイリスに感謝しかないよ」
「王女様…」
「ちょっと読ませてもらっていい?」
「はい」
魔法封蝋に『精霊の加護』の力を流して開封する。ウォルトと私だけの秘密みたいで嬉しい。
便箋を開くと花の香りがする。なんの花の香りかな?詳しくないからわからないけど、凄くいい香り。
……え?
開いた便箋に書かれていた文字は1行だけ。『同封している紙に『精霊の加護』の力を付与してほしい』って書かれてる。
私はピンときた。もう1枚の手紙にはウォルトの魔法がかけられてるね。
「アイリス!ちょっとだけ手伝ってくれないかな!」
「私にできることなら」
私とアイリスは手分けして人を呼ぼうと部屋を出た。
「お母様!ジニアス!」
「な、なんだっ?!」
バーン!と勢いよくお父様の部屋の扉を開けて声をかけると、3人は親子仲良くベッドの上でのんびりしてた。かなりのリラックスモード。疑いようもなくイチャイチャしてたね。
タイミングが悪かった。けど、今はそれどころじゃない!
「ど、どうしたの?」
お母様が動揺してるのは珍しい。少し恥ずかしそうにしてる。そんなお母様にはこれだけ言えば理解してもらえるはず!
「お母様とジニアスに見せたいモノがあるから、直ぐ私の部屋に来てほしいの!お父様はダメ!」
「なぜだ!?」
「なんででも!内緒!」
「むぅ!それならばルイーナも行かぬぞ!」
「行きましょう。えぇ、今すぐに」
「ルイーナ!?」
「ご心配なさらず。直ぐに戻ります。きっと大したことではありません。誕生日ゆえの我が儘かと」
「さすがお母様!」
「そうか…」
「お母様!急いで!先に行ってて!」
「はいはい。ジニアス、行きましょうか」
お父様は納得してないみたいだけど、次はウィリナさんとレイさんだね。
「たのもぉ~!」
「リ、リスティア!?」
「ど、どうされたのですか?」
次に来たのはストリアル兄様の部屋。扉を開けると、こっちもイチャイチャタイムだったみたいだね。
ストリアル兄様、ゴメンね!今はそれどころじゃないから!
「ウィリナさんとエクセルに見せたいモノがあるから、今すぐ私の部屋に来てほしいの!お兄様はダメ!」
「なんでだ!?」
「なんででも!教えない!」
「意味がわからん!俺に見せられないと言うならウィリナ達にも見せられ…」
「エクセル。行きましょうか」
「ウィリナ!?」
「ストリアル様。リスティア様はきっと女性だけでなにかをされたいと考えておられます。誕生日ゆえの望みではないかと」
「むっ…。そうなのか…」
「さすがウィリナさん!先に部屋に行ってて!」
「はい」
最後はレイさんのところだね。
レイさんとアグレオ兄様の部屋に辿り着いた私は、扉をノックして外から声をかける。
「リスティアです!レイさんとハオラに見てほしいモノがあるの!アグレオ兄様はダメ!」
少し待つと扉が開いて、レイさんと腕に抱かれたハオラが顔を出した。
「王女様。直ぐに参ります」
「ちょっと、レイ?!」
「アグレオ様。少しだけお時間頂きます」
「レイさん、ゴメンね。お兄様と仲良くしてたのに」
「問題ありません。見ていないのになぜわかったのですか?」
「似てるからだよ!」
本当にお父様以下王族は愛妻家だ。いつまでも変わらないでほしいな!
レイさんとハオラと一緒に自室に戻ると、アイリスがテラとボバン、そして、ダナンとカリーを呼んできてくれていた。
椅子と諸々も準備してくれてる。まだ城に残ってくれてたみたいでよかった。鍵を閉めて外に聞こえない声量で話す。
「突然なのに集まってくれてありがとう。もうわかってると思うけど、ウォルトの魔法を見てもらいたくて」
全員コクリと頷いてくれる。
「ウォルトがくれたお祝いの手紙に、多分だけど魔法がかかってる。私もどんな魔法なのか知らないけど、皆にも見てほしいの。もしかしたら大したことないかもだけど」
笑顔でまた頷いてくれる。よかった。
「じゃあ、いくよ」
ドキドキしながら、手紙に書いてあったもう1枚の便箋を開くと…。
「あれ…?なにも書いてない」
どう見ても真っ白な紙。文字1つない。
「白紙ね」
「『精霊の加護』を付与すると、なにか起こるみたいなんだけど…」
ウォルトの伝言通りに『精霊の加護』を付与すると、便箋が淡く光を放った。けれど特に変化はない。
「なにも起こらないね」
「どうなるのかしら?あら…」
少し待つと、便箋の放つ光が絹糸のように宙に延びて全員が目で追う。
「…すごいっ!」
空中に金色に輝く文字が書かれていく。前に見たウォルトの筆跡だ。
『リスティア。誕生日おめでとう。本当は直接言いたいけど手紙でゴメンね』
空中に紡がれていく文字に見蕩れる。今まさに書いているかのように、流暢に文字が紡がれていく。
「どうすればこんなことができるの…?」
「ウォルトさんの魔法は素敵です…」
「驚きしかありません…」
「「「きゃっはっ!」」」
文字はなおも紡がれていく。
『ジニアス様達の誕生祝宴の時、私の誕生祝宴で魔法を披露してほしかったと言ってくれてボクは嬉しかった』
本当にそう思ったからね!羨ましすぎたよ!
『過去には戻れないけど、この文字はまだ誰にも見せたことのない魔法。喜んでくれるといいけど』
凄く嬉しい!ありがとう!
『贈り物は準備できなかったから、ボクにできるのは魔法を見せてあげることくらい』
充分過ぎるよ!絶対に他では見れないからね!
『だから、ボクの魔法を綺麗だと言ってくれたリスティアに、もう1つ魔法を贈らせてもらう』
これ以上なにかあるの?
『この日に生まれてきてくれてありがとう』
そこで文字が止まって……書かれた文字から花が生まれる。
「ふわぁぁっ!綺麗!」
思わず大きな声を出してしまった。浮かんだ1文字1文字が様々な花に変化して、色鮮やかに咲き誇る。
それだけじゃなくて、私達を取り囲むように大量の花が咲いた。どういう理屈なのか見当もつかない。
「きゃっは~!」
驚きなのは、魔法の花なのに触れる!香りも漂う!とにかく凄い!
「居合わせもせず、信じられない魔法を見せる男だ」
「見事すぎて笑うしかありませんな」
「ヒヒン♪」
「アイリスさん!やっぱりウォルトさんは凄いですね!」
「えぇ。呆れるくらい」
皆の言う通りだ。でも『ウォルトだから』で納得できるんだよね!
「スイートアリッサムに蒲公英…。デルフィニウムにグラジオラスも…。全て今日という日の誕生花です…。凄く素敵な魔法…。はぁ…」
花に詳しいウィリナさんが魔法の花弁に触れながら熱っぽい目をして教えてくれる。そんな意味があるなんて…嬉しいなぁ。
私が意味に気付かなくても、ウォルトは心を込めて今日という日を…私の誕生日を祝ってくれているんだと心が震える。
とりあえず、ウォルトにはウィリナさんに花の魔法を贈らないように釘を刺しとかなきゃ!器の小さいお兄様が癇癪を起こすかもしれないからね♪
隣のお母様がそっと花に触れる。
「リスティア。何度も思うけれど、貴方の親友はとんでもない魔法使いね」
「うん。カネルラで並ぶ者はいないと思ってる」
「彼の魔法は、見る者の心を温かくする。この縁を大切にしなさい」
「ウォルトに出会えたのは、私の人生で最も幸運で最高の出来事なの」
「きゃは~っ!きゃっ!」
ジニアス達も目をキラキラさせてる。
「ジニアス達も機会があればウォルトに会わせるから楽しみにしててね」
「きゃはっ!」
きっと、ジニアス達もウォルトの凄さをわかってくれてる。ちょっとだけ心配なのは、大きくなってから他の魔導師の魔法を見て満足できるかってことだけど……まぁ大丈夫でしょ!ジニアス達は賢いからね!
「一緒に見てくれてありがとう!ウォルトが甘味を作ってくれたから、花を見ながら皆で食べよう♪」
「頂くしかないわ」
「うわぁ~!楽しみです!」
お母様とレイさんは嬉しそう。2人は完全に胃袋も掴まれてるね!いいことだ!
アイリスやテラが事前に食器を準備してくれて、ウォルトが作ってくれた大きなタルトを切り分けて皆で食べたら、凄く甘くて美味しい。ほっぺが落ちそうになる。
大人から赤子まで皆が笑顔になるとびきり美味な甘味。また会ったとき作ってもらおう!
予期せず私の誕生日は今までで最高の誕生日になった。
ウォルト!ホントにありがとう!
★
ウォルトは、住み家でお茶をすすりながら想いを馳せる。
リスティアが喜んでくれるといいな。昨日作ったばかりの魔道具『魔力インク』を使って、リスティア宛の手紙を書いた。
その名の通り魔力を込められるインクで、『隠蔽』で文字を消したり、逆に浮かび上がらせたり、『幻視』の魔力を込めたりと万能で、主として呪符と呼ばれるモノに使われる。
今回の手紙に使ったインクには、ハピー達からもらった蜜で香りも付けてみた。花には『気』を混ぜて実体に近く発現できているはず。
色々と想いを詰め込んでしまったけど、気持ちが重くないかな?ボクはその辺りの塩梅がよくわからない。でも、喜んでもらいたい気持ちは伝わるはず。そう思うことにする。
来年は準備してなにか贈れたらいいな。ボクはサマラ達からプレゼントをもらって嬉しかったから。
★
「ルイーナ。リスティアが見せかったモノとはなんだったのだ?」
「西の大陸の甘味です。見事な造形で非常に美味でした」
「ウィリナ。一体なにを見たんだ?」
「タルトという甘味です。美味しく頂きました」
「レイ。リスティアの部屋でなにを見たの?」
「お菓子です!美味しかったです!」
「「「むぅ…」」」
気になったナイデルとストリアル達は、それぞれ愛する妻に訊いてみたが、答えは同じだった。
だが、3人は気付いている。女性陣は嘘を吐いてはいないが話の本筋ではないことに。リスティアは「見てほしい」と言ったのであって「食べてほしい」とは言ってない。3人と子供達はなにかを見たに違いない。
誕生祝宴と関係がありそうだと推測したものの、誰かを城に招き入れてはいないはず。お転婆なリスティアであっても無断で城に誰かを招くことはしないと言い切れる。であれば、なにを見たというのか?まったく予想できない。
女性陣は部屋に戻ってからも柔らかい雰囲気を纏っていて、特にウィリナは艶っぽい吐息が止まらなかった。
王族男性陣は、またも除け者にされた挙げ句、その後も教えてもらえないジレンマを抱え、こんなことが今後も続きそうだと薄々勘付いていた。