300 何ができるかな
「よし!できた!」
ウォルトは、誕生日プレゼントにもらったアンバーグリスを少量使って魔道具を完成させた。記念すべき2作目。
製作は難しくない魔道具だったけど、試行錯誤して少し手間と工程を加えたので、ちょっと時間がかかった。
アンバーグリスは様々な魔道具に使える素材だから残りは保存しておく。皆が苦労して採ってきてくれた素材なので大切に使っていきたい。
次はどう使ってみようか。そんなことを考えていると、友人が訪ねてきてくれた。微かに聞こえる軽やかな蹄の音は、相変わらず機嫌がよさそうだ。
今日乗せてるのはどっちかな?軽く予想しながら、出迎えるため外に出ると嘶く声が聞こえた。
「ヒッヒーン!」
「わぁぁ!カリー!?」
「いけいけ~!」
ちょっと予想外の組み合わせだった。カリーは、ボクの姿を見るなり突っ込んできて、頬擦りしてくれる。
毛皮が気持ちいい。会う度に実体がしっかりしてきてる気がする。優しく顔を撫でてあげた。
「ヒヒーン!」
「カリー、いらっしゃい。テラさん、アイリスさんもお久しぶりです」
今日はダナンさんだけでもテラさんだけでもなく、テラさんとアイリスさんが2人で来てくれた。並んで騎乗してる。
「お久しぶりです!」
「お久しぶりです…。振り落とされるかと思った…」
表情は対照的だけど、変わりなく元気そう。
「遠いところからお疲れ様でした。まずお茶にしませんか?」
「お願いしま~す!」
「助かります」
「ヒヒン!」
中に招いて、よく冷えたハーブ茶を淹れて差し出す。
「相変わらず美味しいです!」
「美味しい。今日は、かなり暑いので助かります」
「あれ?そうですか?じゃあ…」
ボクは暑いと思わないけど、居間を『氷結』で冷却する。しばらく涼しさが持続するはず。
「涼しい!凄~い!」
「貴方は…。魔法の無駄遣いですよ」
「ボクの魔法に無駄遣いなんてありません。今日はどうされたんですか?」
「私は修練の成果を見てもらいに来ました!手合わせをお願いしたいです!闘気の扱いも上達したと思います!」
「ボクも見たいです」
「私はただの付き添いなんですけど…。遊びに来たみたいですみません…」
「なんで謝るんですか?遊びに来てくれて嬉しいです」
言われてみれば2人とも軽装だ。武器だけは持ってきてるみたいだけど。いや…。テラさんは装備も持ってるな。
「まだ午前中ですし、昼ご飯まで手合わせをお願いしていいですか?」
「もちろんです。今日はどうしましょう…。剣と槍での手合わせでもしてみましょうか?」
「えっ!?ウォルトさんは剣も使えるんですか?」
「素人です。でも、テラさんはアイリスさんのように剣を扱う騎士との手合わせが多いでしょうから」
「是非お願いします!とりあえず装備を着けてきます!ウォル…」
「もちろん覗きませんよ」
「もう!断るの早いですよ!」
「ごゆっくり」
テラさんは笑顔で着替えに向かって、怪訝な顔をしたアイリスさんに説明しておく。
「今のはテラさんの冗談ですからね」
「はぁ…」
★
会話を聞いたアイリスは軽く混乱した。
覗いてもらうって…もしかして着替えのこと?テラはどういうつもりなの?理由は不明だけどおそらく冗談じゃない。こういうことに関してテラは騎士団でも軽口は叩かないから。
つい最近も、人数が増えた女性騎士の着替えを覗こうとしていた先輩騎士を発見して、笑顔でぶん殴ってた。それ以来、テラは恐怖の対象として男性騎士に一目置かれてる。
そんなテラは直ぐに戻ってきた。
「お待たせしました!」
「では、外に行きましょう」
更地で対峙する2人を見つめる。テラはいつものように槍を構えて、ウォルトさんは…木剣を構える。
「私が言うのもなんですけど、さすがにそれでは無理じゃないですか?」
テラの懸念は当然。
「このままで槍の相手は無理ですが…」
一瞬で木剣に闘気纏わせた。しかも洗練された闘気。簡単にこなしてるけど見事な技術だ。今の騎士団でも何人できるかという技術。それに、おそらくなにかしらの魔力を闘気に混ぜてる。
「こうすれば槍と強度は変わらないと思います」
「ホントですか!?」
「軽く斬りつけてみて下さい」
「はい!はぁぁ!」
振り下ろしたテラの穂先は、軽く受け止められた。金属のような音が響く。
「すごぉ!」
「では、手合わせしましょう」
「はい!」
ウォルトさんに槍を向けたテラは闘気を身に纏う。訓練の成果があって闘気操作はかなり上達してる。
「闘気を滑らかに使いこなしてますね。量もかなり増えてます」
「ありがとうございます!まずは…『螺旋』!」
テラは習得したばかりの技能を放つ。いきなりの攻撃にウォルトさんはどう対応するのか。一瞬驚いたように見えたけど、迫りくる『螺旋』の闘気を…冷静に剣で斬った。テラの放った闘気は霧散する。
「へ…?」
「『螺旋』を習得したんですね。驚きました」
驚いたのはこっちだ。防ぐでも躱すでもなく、まさかの闘気で相殺。でも、それでこそウォルトさんね。
「では、こちらからもいきます」
ウォルトさんが間合いを詰めて斬りかかると、テラも受け止めて反撃する。斬り合いはしばらく続いた。
「くうぅ…!このっ…!」
「ふぅっ!」
やっぱり無茶苦茶な人ね…。
純粋に剣術だけでテラを押し込んでる。獣人だから力があるのは当然だけど、身体強化してないみたいだし宣言通り素人の剣筋。
ただ、変則的なのに動きに無駄がない。この人の剣は独特すぎる。私の予想だと、騎士や冒険者、その他諸々の目にした動きを取り入れて独自に改良してる。剣術では無駄と削がれるような動きも発想の転換で活かして。
型にはまらない不規則な動きが予測しにくいのか、テラはかなり苦戦を強いられてる。闘気を纏ってるけど、槍の速さも重さもウォルトさんを驚かせるまでいかない。
手合わせ開始から10分ほどして…。
「ぶはぁ~!負けました!完敗です!」
「お疲れ様でした」
手合わせの内容について、笑顔で意見交換しながら休憩に入った。私も装備を持ってくればよかった。テラが羨ましい。
今日は付き添いで来たからなにも準備してない。テラに借りようかと考えたけれど、防具のサイズが合わないから逆に危ない。
手合わせを見て身体が疼く。ウォルトさんと剣で手合わせしてみたい。すると、カリーが近付いてきた。
「ヒヒン?」
「どうかしたの?」とでも言いたそうに首を傾げてる。凄く可愛い。最近、勇気を振り絞ってカリーにお願いしてみたら触らせてくれるようになった。距離が近付いた気がして嬉しい。微笑みかけて優しく首を撫でる。
「私もウォルトさんと手合わせしてみたくなったの」
呟くとカリーはウォルトさんを見た。すると、直ぐにウォルトさんがこちらを向く。まるで、以心伝心かのように。
「アイリスさん。ボクと手合わせしてもらえませんか?」
近付いてきたウォルトさんは、私の心を読んだかのように告げた。
「これで大丈夫です」
「ありがとうございます」
防具のない私に防御魔法を付与してくれた。身体の動きを一切阻害しない『強化盾』を。木剣で打たれる程度ではビクともしない。見たことも聞いたこともない魔法。
その上で、「剣術のみで手合わせをお願いできませんか?」と笑顔で提案されて木剣を渡された。「今後のタメに勉強させて下さい」と言われて了承したけど…今後?
「では、ボクからいきます」
「はい。いつでも」
「2人とも頑張ってください!」
「フゥゥッ!」
「ハァァッ!」
打ち込んでくるウォルトさんの剣は重い。闘気なしだと力で押し込まれる。直ぐに闘気を纏って反撃するも躱された。
その後、しばらく打ち合って気付く。この人は観察力と吸収力が並外れてる。剣は素人のはずなのに私の剣筋を直ぐに模倣したり、自分の動きに取り入れて応用する。
失敗もするけど、修正力というのか直ぐに別の手段に切り替える柔軟さがある。『技術は見て盗め』を地でいく賢すぎる獣人。見習わなきゃいけない。
手合わせは私が優勢だったけれど、体力が続かずで勝敗は着かずに終わった。
「ありがとうございました。なんとか凌げました。さすがです」
「こちらこそありがとうございました…。ふぅ…」
「ウォルトさん!私の休憩は充分です!休憩したらまた手合わせお願いできますか?」
「今からでも大丈夫ですよ」
休みなしでテラと手合わせを再開したウォルトさんを見ながら、今度は完全装備で来ることを心に誓った。
手合わせの後は相変わらず美味なご飯に舌鼓をうって、少し休んだあとテラに魔法の基礎を教えるというので、私は近くで見せてもらうことにした。
「テラさんはどんな魔法を覚えたいですか?」
「闘気と相性がいい魔法がいいです!」
曖昧な答えだけど、ウォルトさんはどう答えるのか。
「治癒魔法とかではなく、魔物討伐に使えるような魔法がいいですか?」
「はい!私が覚えられるなら、いつかは治癒魔法も使ってみたいです!」
「わかりました。では、イメージし易いようにボクが槍を使って魔法を見せます」
「槍を使うんですか?」
頷いたウォルトさんは、槍を構えてあらぬ方向に刺突を繰り出す。
『炎龍』
すると、穂先から複数の捻れた炎が放たれた。もちろん見たこともない魔法。直撃したらこんがり焼けるくらいじゃ済まない。
開いた口が塞がらないテラに向かって、「こんな感じです」と笑顔を見せるウォルトさんは改めて凄い魔導師だと思う。槍の穂先から魔法を発動させるなんて、簡単にできることじゃないことくらい私にもわかる。
その後、夕方まで魔法の修練をこなして、テラは魔法を発動するコツを掴んだらしい。興奮した様子で「ウォルトさんは、絶対宮廷魔導師になったほうがいいですよ!」と力説してるけど、笑って軽くいなされてる。ただ、私もテラに激しく同意だ。
「アイリスさん!晩ご飯の前に一緒にお風呂に入りましょう!サッパリしますよ!」
「別にいいけど…」
「じゃあ、直ぐに沸かしてきますね」
「暑いからぬるめでお願いします!」
「わかりました」
ウォルトさんは笑顔でお風呂場に向かった。
「テラ。さすがにお風呂までお願いするのは、図々しいと思うわよ」
「大丈夫です!ウォルトさんはなんでも頼まれたほうが嬉しそうです!私にはわかります!」
「ホントに…?」
「間違いないです。賭けてもいいですよ!」
「沸きました。いつでもどうぞ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
笑顔のウォルトさんを見ると、その通りだと思えてしまう不思議。テラとゆっくりお風呂に浸かって、居間に戻ると晩ご飯は出来上がっていた。有り難く頂きながら談笑する。
「ウォルトさん!今日、私が来たことはダナンさんには言わないで下さいね」
「なんでですか?」
「ダナンさんからウォルトさんに会いに行っちゃいけないって言われてるんです」
「えっ!?そうなんですか?」
それは初耳…。明日謝罪しておこう。
「この間、カリーの代わりにドアを壊したのがバレたんです。しばらく行くな!って激怒されたんですよ!「恩人に迷惑かけおって!」って!」
「迷惑じゃないですけど」
「ですよねぇ~!中はがらんどうの古甲冑なのに、心が狭いんですよ!ちょっと玄関のドアを槍で突きまくっただけなのに!」
「ちょっと大袈裟かもしれません」
アハハと笑い合う2人。
え…?ダナンさんが正しいと思う方がおかしいの…?この2人の感性は私には理解できそうにない。
…と、大事なことを思い出した。私が今日住み家に来た一番の理由を。
「ウォルトさんにお願いしたいことがあるんです」
「なんでしょう?」
「実は…明日、王女様が11歳の誕生日を迎えられるのです」
「えっ!そうなんですか?」
「よろしければ…お祝いの言葉を頂けないかと。親友のウォルトさんから言葉を頂けたら王女様も喜ばれると思いまして」
「知らなかったです」
ウォルトさんは、「う~ん…」と頭をグルグル回して悩んでる。もっと早く来るべきだった。この人の性格からすると、プレゼントをあげられないか悩んでいるに違いない。
テラが会いに行くと聞いたので、非番でちょうどいいからと無理を言って一緒に来たけれど、考えが浅はかだった。ウォルトさんは気に病むかもしれない。
「すみません。もっと早く来てお伝えするべきでした…」
「謝らないでください。教えてもらえてよかったです。今のボクにできる贈り物を考えてます」
ピタッと動きを止めたウォルトさんは、笑顔で口を開いた。
「少しだけ帰るのを待ってもらっていいですか?」
「構いませんが…。なにを?」
「ボクがリスティアのタメにできるプレゼントを用意します。喜んでくれるといいんですが」
ウォルトさんはそう言って笑った。