3 未熟な切り札
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
痛みを堪えて立ち上がったアニカが声を上げた。
「オーレン…!魔物から離れてっ!」
両手を突き出したアニカは、掌を前に向けると親指と人差し指同士を合わせて菱形の空間を作る。
髪がフワリと浮き上がり、赤いオーラを身に纏う。アニカがなにをしようとしているか気付いて叫んだ。
「ダメだっ!!アニカ!やめろっ!!」
『火炎』
唱えた瞬間、魔物に向けられたアニカの掌から炎が放たれた。直撃した炎は瞬く間に魔物を包み込み毛皮の焼ける匂いが辺りに充満する。
「グオォォォォッ…!!」
魔物は吠えながら苦しんで転げ回る。その隙にアニカに駆け寄った。その場に座り込んで肩で息をしてる。
「大丈夫かっ!?当たったからいいけど、無茶しやがって…」
「ハァ…ハァ…。私達はパーティーでしょ…。助けられてばかりじゃ……ダメだから…。ハァ…ハァ」
「あぁ…。お前の魔法で助かったよ」
アニカは小さな頃から体力や筋力を含めた身体能力が人並み以下だった。走るのだけは速かったけど、鍛えても他の能力はなかなか伸びず、稽古しても剣の扱いも上手くならず…とお世辞にも冒険者に向いてるとは言えない。だから余計に冒険者に憧れたのかもしれない。
そんなアニカは、いつだったか村長から「魔法が使えれば力がなくとも冒険者としてやっていける」と言われ、「いいことを聞いた!」とアニカは村で唯一魔法が使えるおじさんに弟子入りをせがんだ。
おじさんは、戦闘ではなく生活に役立つ魔法しか使えない魔法使いだったけど、魔法の基礎について優しく丁寧に教えてくれた。幸いアニカには素質があったみたいで、教わった魔法は全て習得するに至る。
魔法を習得できるかどうかは才能で決まる。それが世界の常識だとおじさんは教えてくれた。天性の感覚と生まれ持った魔力がなければ、どんなに訓練しても覚えることができないらしい。
特にエルフやドワーフが魔法の扱いに長けていると云われていて、逆に獣人は魔法を一切扱えない。その代わり、獣人は信じられないくらい頑強な肉体を持つ。
「冒険者になるつもりなら」と、おじさんが若かった頃に憧れたものの習得できなかったという魔法を教えてくれた。それが『火炎』。
実際に詠唱できないから、目にしたこともない魔法をおじさんの記憶と説明を頼りにひたすら修練して、アニカは習得したけどもの凄いことらしい。
ただし、我流で覚えたからなのか『火炎』を詠唱するとたった一度で魔力が枯渇してしまうという欠点がある。修練によって魔力量を増やしても、それに伴って魔法の威力が増すだけでやはり一度しか詠唱できなかった。
威力だけ増したアニカの『火炎』は、詠唱したあと糸が切れた人形のようにしばらく動けなくなってしまう。体力の消耗が激しいらしい。戦闘中に使うのは諸刃の剣でまさに最終手段。
おじさん曰く「名の知れた魔導師であれば原因が分かる」ということだったので、近い内に有名な魔導師を訪ねて訊いてみるつもりだった。
その前に使うことになるなんてな…。けど、正直助かった。脱力してペタリと座り込むアニカの身体を起こして肩を貸すと、息も荒いし足からの出血も激しい。
不格好でも止血だけはしておかないと命に関わる。応急処置で包帯だけ巻いたけど、痛みが和らぐわけじゃない。泣き言を言わないアニカの我慢強さに救われる。
チラッと魔物に視線を向けると、吠えながら転がり回って纏う火が小さくなってる。このままじゃ再度戦闘に突入するのは時間の問題。俺達には微塵も余裕はない。ココを離れるのが最優先事項。
「アニカ、歩けるか?」
「ちょっとずつなら…なんとか…」
「来た道を探して今度こそ逃げるぞ」
「…うん」
本当は背負ってやりたいけど、魔物との戦闘で俺の体力も限界に近い。共倒れにならないタメにもう少しだけ頑張ってもらう。
「来た方角は…?」
周りを見渡しても来た道がわからない。どこも同じように見える。こんなことになるなら印でも付けながら来るべきだった…と冒険者としての経験のなさを痛感する。
とりあえず、後悔してる暇なんてない。生き延びて次の冒険に活かせばいいんだ。
方角を確かめることより、一刻も早くこの場を離脱しようと魔物を一瞥して歩き始めた。
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