299 精霊だろうと関係ない
体力向上のタメに生身で動物の森を疾走するウォルトは、2時間ほど駆けて軽く休憩することにした。
この辺りは初めて来る場所。木陰に座って熱々のお茶を飲む。
美味い!……ん?あれは…。
視線の先に薄ら魔力を纏った木がある。まるでウークの神木みたいに。気になったので近寄って『念話』を詠唱してみる。
『初めまして。ボクはウォルトといいます』
なにも反応がない。ボクの勘違いかな?もう一度だけ話しかけてみよう。
『こんにちは。ボクは獣人のウォルトといいます。ウークのバラモさんの知り合いなんですけど…』
…反応がない。やっぱりボクの勘違いか。ウークの神木と同じ力を纏ってると思ったけど、気のせいかもしれない。
知ったかぶってちょっと恥ずかしい…。もう少し休憩しようと木陰に向かうと声が聞こえた。
『ちょっと待てぃ!』
『えっ!?』
間違いなく『念話』で話しかけられた…んだけど、その後なにもない。もう一度だけ話し掛けてみようか。
『あの~…ボクはウォル…』
『遅いわっ!』
『わぁ!すみません!』
思わず謝ってしまった。なにが遅いんだろう?
『精霊にモノを尋ねるときは3回訊けと言われなかったか?三顧の礼と言うじゃろがい!』
言われてないし、聞いたこともないけど…。ご立腹のようなので話を合わせておこう。
『最近の若いモンは……くどくど…』
『礼儀がなっとらん……くどくど…』
『まったくどうなっとるんだ……くどくど…』
神木に説教される獣人なんて世界でボクだけだろう。長い説教が終わると、神木から『バラモを呼んでやる』と言ってもらえたので黙って待つことに。
『やぁ、ウォルト。久しぶりだね』
1分と経たず話しかけられた。
『バラモさんですか?』
『そうだよ。ウルシの話は長かったろう。すまなかったね』
さっきの神木はウルシさんっていうのか。
『3回尋ねるのを知らなかったので怒られてしまいました』
『そんなルールなんかない。アイツは賭けに負けたから理不尽に怒ってるだけなんだ。それ以外にもあるけど』
『賭け…ですか?』
『ウルシは魔法が使える獣人がいるって信じなかったんだ。絶対いるわけない!ってね。だけど、ウォルトに『念話』で話しかけられて認めざるを得なくなった。私を嘘つき呼ばわりしたのを謝ってもらう賭けだよ』
理不尽に怒るのはやめてほしいけど、そんなことより獣人が魔法を使えることは、精霊ですら信じられないことなのか。
『バラモさんの話し方からすると、他の神木の皆さんも一緒にいる感じですか?』
『私達は繫がってるからね。一緒にいると云えばいるし、いないと云えばいない。あと、精霊だからって畏まらなくていい。普通に話してくれていいんだ』
畏まってるつもりはないけれど、ボクからすれば理外の存在。それでも普通に話してるつもり。
『前にバラモさんが呼んでくれって言ってたから呼びましたけど、なにかボクに用ですか?』
『私を治してくれたお礼をしたくてね。神木だからできることは限られるけど……ってこら!ウルシ!まだ私の話は終わってない…!コラ!』
風もないのにいきなり木が激しく揺れだした。中で誰か揉めてるみたいで、ちょっと怖いな。
『獣人の小僧!お前がバラモの火傷を治したと聞いたが、本当にそんなことができるのか?あぁん?』
声の質が変わった。この感じはウルシさんか。
『ボクは治療してません。ボクの友人が治しました』
『ならばお前に礼など必要ないな!』
まったくその通りだけど言い方にカチンときた。ボクはお礼をしてほしいなんて言ってない。過去に言ったこともない。
『必要ないです』
『なにぃ~?!獣人のくせにお礼は必要ないだと?そんなワケなかろうが!見栄を張りおって!』
『何度も言ってますが必要ないです』
『きっさまぁ!必要ないだとぉ!?……ん?……ない?』
『ボクに、お礼は、必要ないです。なにもしてませんから。満足ですか?』
心外だ。お礼なんて要求しないしするつもりもない。よく知りもしない精霊に恩を売ったみたいな言われ方をされる筋合いはない。
獣人のくせに…?神木がどんな存在か知らないけど、どれほど偉いっていうんだ。
『ならばさっさと消えろ!礼儀知らずの獣人が!』
『言われなくてもそうします』
駆け出そうと振り向いたところで、木が激しく揺れた。突風が吹いたように葉が落ちる。
『ウォルト!すまない!私が代わりに謝るから、待ってくれないか!!』
バラモさんの声に振り向かず答える。
『謝る必要はないです。ただ、お礼するのは諦めて下さい』
一目散に住み家に向けて駆け出した。
その日の夜、夢を見た。夢に出てきたのは、いつかと同じ姿のバラモさん。男性とも女性とも言えない中性的な容姿の存在。
『今日は私の仲間が失礼なことを言ってすまない。ウルシを抑えきれなかった。主導権はその場に生えている者が優先なんだ』
昼の出来事を気にしているのか、ショボンとしてる。バラモさんにはなにも言われてないけど、まだ冷静になりきれてないから正直会いたくなかった。
『気にしないで下さい。あのまま話していたら、怒りにまかせてウルシさんを燃やしたかもしれない。それは避けたかっただけです』
気持ちを正直に告げると、バラモさんの表情が険しくなる。
『世界樹の神木を?君にできるのか?』
そんなの無理だろう?という表情だ。ボクはエルフじゃないから、神木を奉ったりしない。話せる木というだけ。
『やってみなければわかりませんが、ボクの感覚では魔法で治せたんだから破壊することもできるはず。その時はボクの全力で燃やします』
精霊の宿る木を破壊するなんて、やったことがないからできるとは言い切れない。ただ、やると決めたら徹底的にやるつもりでいく。塵も残すつもりはない。
『君は…そんな風に怒るんだな…。てっきりお人好しかと…』
『ボクはお人好しじゃない。腹を立てるのは相手が精霊だろうと関係ない』
『そうか。お礼はいらないんだよね…?』
『何度も言ってますし、貴方が1番わかっているはず。治療したのはフォルランさんです。ボクはなにもしてない。お礼するならフォルランさんにお願いします』
なぜそんなにお礼したがるのか理解できない。しなくていいならその方が楽だろうと思う。フォルランさんは事の元凶でもあるからお礼は必要ないと思うけど。
『いや……その……私は君を気に入ったからお礼をしたいんだ』
『気に入ったのは、魔法が使える珍しい獣人だからですか?』
獣人なんて世界には星の数ほどいる。偏屈なボクを気に入る理由なんてそれ以外に考えられない。薄々感じてたけど、もし珍獣扱いしてるのなら付き合いなんてお断りだ。
『そうじゃない!いや、それもあるんだけど…。その…できれば君と普通に友人として仲良くなりたいと思って…。お礼は…そのきっかけになればと…』
バラモさんは落ち着かない様子。夢だから匂いは感じないし、人の嘘を見抜く目はないけど、嘘は言ってない気がする。
『ボクもバラモさんとは友人になりたいです』
『本当か!?』
『本当です』
バラモさんは獣人を見下してるワケではなさそうだし、友人になれそうな気がする。今だってボクの感情を逆なでしたりしない。多分悪い精霊じゃない。
『是非お願いしたい。私にとって神木以外の友達は君が初めてなんだ』
『そうなんですか?』
『私はエルフの里に立ってる。しかも隠れ里にだ。あの場所でエルフ以外に直接会ったのは君だけだ』
『それはそうですよね』
『それに…一度なんの気なしにウークのエルフに話しかけたら「神のお告げだ!」って大騒ぎになってね…。ただ話したかっただけなんだけど』
『なるほど…』
神聖視してる神木から声が聞こえたら誰だって驚くだろうし、そう思われても仕方ない。ボクも急に猫から話しかけられたらそうなる自信がある。舞い上がるだろう。気軽にエルフと話したりできないのは難儀だと思う。
『私は君が微かに治療してくれたときの温かい魔力を覚えてる。凄く心地良かったんだ。君という獣人の優しさを感じたことが君と友人になりたいと思ったきっかけだよ』
『嬉しいです』
『友達になれたのは嬉しいけど、ウォルトが私に会いに来るのは無理かな?』
ウークでのボクとエルフ達のやりとりを知ってるのか。やっぱり気を使ってくれてる。そんなバラモさんには悪いけど…。
『ボクはウークに行くつもりはありません。話すだけなら今みたいに夢で会えばいいのでは?』
『結構特別な力を使ってるんだ。たまにしか無理なんだよね』
『どうしてもというときは、キャミィにお願いしてなんとかウークに会いに行きます。それでどうでしょう?』
『ありがとう。それでいいよ』
『それ以外は他の神木を通じて会えばいいんじゃ?ウルシさん以外に森に神木は生えてないんですか?』
ウルシさんはボクのことが嫌いみたいだから、また邪魔されると思う。他の神木がいればお願いしてもいいと思うけど。
『何人かいるんだけど、万が一ウルシが出てきて同じ態度をとったらまた君に迷惑をかけるからね』
『獣人が嫌いなんですか?』
バラモさんは頷いた。
『君が立ってた位置からは見えなかったと思うけど、アイツの幹には獣人の爪で傷付けられた大きな傷がある。悪戯に傷付けられたらしい。今でも痛むんじゃないかな。私の火傷と同じさ』
『そうだったんですね』
傷痕には気付かなかった。何事にも理由がある。冷静に話せばわかったかもしれないな。
ボクも修練で木を傷つけたことがある。悪戯にはやらないと言い切れるけど、色々な材料として切ったりもする。木だって獣人と同じで恨みを忘れないかもしれない。
『樹木はそんなものさ。動けないし、話せないんだから咎めることもできない。そういう生き物だ』
『バラモさん、友人として協力してもらえませんか?』
『なにをだい?』
次の日。
再び森を駆けてやってきたのは、ウルシさんが立っている場所。近寄ると『念話』が聞こえた。
『獣人の小僧!なにしに来た!文句でも言いに来たか!この野蛮人が!』
『ボクは野蛮じゃない…と思います。来た理由は貴方の治療です』
『なんじゃと?儂の治療…?』
『バラモさんから聞きました。昔、獣人に傷付けられたと』
『バラモめ、余計なことを…。だからなんじゃい!お前がやったワケでもあるまいし!治してどうする!善人気取りか!』
『ボクの我が儘です。その様子だと、魔法を使えるのは信じてくれたみたいですね。…では、バラモさん。よろしくお願いします』
『なんじゃと…?……ん?…こらっ!お前ら!なにをする!やめんか!』
ウルシさんは、ガサガサと激しく枝を揺らす。この現象は慣れるまで怖い。しばらくして落ち着くとバラモさんの声が聞こえた。
『ウォルト。皆でウルシを抑えてる。今の内に頼むよ』
『ありがとうございます』
夢の中で『ウルシさんを治療したいんですけど、騒がれると気が散るので抑えてもらえませんか?』とお願いしたら、『皆で抑えるから任せてくれ』と笑ってくれた。
近寄って背後に回ると、見事な3本の深い爪痕が残っている。熊の獣人にでもやられたのかな。
傷に手を翳して詠唱する。
『精霊の加護』『精霊の慈悲』
ボクは精霊のことをよく知らない。でも、精霊が宿る木ならリスティアの『精霊の加護』や、エルフの『精霊の慈悲』での治療が効果的なんじゃないかと考えた。精霊と名が付くのだから。
『成長促進』を一定の割合で混ぜるのも忘れずに付与すると、直ぐに傷は回復した。綺麗に治せたと思う。
『バラモさん。終わりました』
『ありがとう。やっぱり君の魔法は温かい。じゃあウルシと変わる』
『他の皆さんにもお礼を伝えてください』
『伝えておくよ。もう聞いてるけどね』
さて、ウルシさんはどう出るのかな。
『……猫の小僧』
『なんでしょう?』
『礼など言わんぞ。儂は頼んでもいない』
『必要ないです。ボクが勝手にやったことですから。強いて言えば、貴方の話をよく聞かなかったお詫びです』
『くっ…』
『では、失礼します』
目的は果たせた。治療はボクの単なる自己満足であって、傷付けた獣人だって悪気があったかもわからない。
もしかすると、修練の一環だっただけかもしれない。わからないことばかりだから自分の気が済むように治しただけ。
その日の夜。夢に出てきたのは…。
『おい!猫の小僧!』
『ウォルトといいます』
『知っとるわ!』
『だったら名前を呼んでください』
『うるさいわ!お前なぞ儂からすれば赤子以下よ!』
『そうですか。でも、名前を呼ぶのは赤子でも関係ないでしょう?難しくて呼べないのならそう言って下さい。優しく教えますから』
『なんじゃと~!減らず口を叩きおって~!』
初めて会う精霊。口調ですぐにウルシさんだと気付いた。見た目はバラモさんと違うけど、同じように中性的な容姿。
人間でいえば、ナバロさんと同じくらいの歳に見える。話し方からして男みたいだけど精霊にも性別があるのかな?
昨日は腹が立ったけど、今日は冷静に話せてる。なぜならウルシさんとどう接するべきか気付いたから。この神木は性格が師匠に似てる。師匠と話してると思えば腹も立たないし、普通に接することができる。
『夢の中までどうしたんですか?また傷を付けろと言われてもお断りしますよ?』
『たわけ!そんなこと言うか!生意気な奴じゃ!』
『じゃあ、なんなんですか?文句があるのなら聞きます』
『ぬっ…』
ウルシさんは黙り込んでしまった。しばらく唸って口を開かない。
『用がないならボクは眠いのでもう寝ますね。おやすみなさい』
昨夜、バラモさんと話した後も少し疲れが残ってた。ちょっと眠りが浅くなるのかもしれない。
とりあえず横になって夢の中で寝る態勢を整える。寝付きがいいのはボクの唯一といっていい自慢。夢の中でも寝れるか知らないけど。
そうして、直ぐに意識を手放した。
★
『…腹の立つ小僧じゃ。好き勝手ぬかしおって…』
いつの間にかウルシの隣にバラモが立っていた。
『残念だったな。ウォルトに上から目線の話は通用しない。私達を神聖視してないんだから。彼は「怒りで燃やす」とすら言い切った。お前は彼に礼を言いたかったんだろう?』
『違うわっ!なんで礼なぞ言わなきゃならん!儂らを燃やすなどと偉そうに…!どこまでも生意気な奴じゃ』
『じゃあ、なんで夢に来た?お前がコレをやるのは初めてじゃないのか?』
『文句を言うタメよ!断りなく身体に触りおって!』
『ウォルトは触れてない。神木に触れてはいけないとエルフの友人に言われて、律儀に守ってるんだ。素直じゃないな』
『やかましい!去ね!』
『なぁ、ウルシ。たまにでいいから私とウォルトが話せるよう身体を貸してくれないか?その時だけでいい』
『ちっ…。…勝手にせい』
ウルシは不機嫌そうにすぅっと姿を消して、私は苦笑いを浮かべた。
ウォルトは魔法を使える稀有な獣人というだけでなく、神木にとって貴重な意思疎通を図れる治癒師。魔法の扱いに長けるエルフですらできなかったことを、簡単にやってのけた獣人の魔導師。
私達の存在に簡単に気付き、神木だからと崇めることもせず対等に話す。許容できない発言には相手が精霊だろうと腹を立て威嚇や攻撃することも厭わない。
それなのに、優しく温かい魔力で私達を魅了する。そんな不思議な存在に初めて出会った。他の仲間も彼を気に入っている。おそらくウルシも…。
「次に話すときが楽しみだ」
笑顔を浮かべて空間から姿を消した。