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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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298 魔導師交流のススメ

 今日はフクーベの冒険者でマードックのパーティーメンバーであるマルソーが森の住み家を訪ねた。

 ウォルトは久しぶりの再会を嬉しく思いながら、マルソーが好きな飲み物カフィを淹れて差し出す。


「美味い…。コクがあるというか味に深みがある」

「ありがとうございます。豆の挽き方を変えてみました」

「君はカフィを飲めないと言ってたけど、味見だけしてるのか?」

「いえ。味は香りで大体わかります」


 カフィが体質的に合わないけど、味は匂いで予想できる。それに舐めるくらいなら問題ない。


「そうか。今日は君に訊きたいことがあってきたんだ」

「なんでしょう?」

「フクーベで開催された魔法武闘会の予選を見に行ったか?」

「はい。友達がチケットを譲ってくれて一緒に。それがなにか?」


 皆で楽しく予選を観戦して、新たに目にした魔法も修得できた。いいこと尽くめの1日だったな。


「おかしなことを聞くようだけど、ウォルト君はその姿で行ったのか?」

「いえ。ちょっと事情があって若い人間の姿で行きました」

「若い人間の?どういうことだ?」


『変化』でテムズさんに姿を変えて見せる。


「こういうことなんですけど」

「驚いたがそういうことじゃない…。どうやったんだ?」



 ★



 いきなり若い人間の男に姿が変化したウォルトを見て、マルソーは若干混乱した。


 どういう理屈だ?魔法みたいだが…。


「2つの魔力を混合して姿を変えてます。魔導師のマルソーさんからすればややこしいと思うんですけど、ボクが変装するにはこれが精一杯なんです」


 言ってることが意味不明だし、勘違いして苦笑してるが…俺は見たこともない魔法。変装できる魔道具はあっても魔法なんて聞いたこともない。

 集中して目を凝らすと薄ら魔力を纏っているが、かなり集中しないと気付かない。とりあえず、魔法で姿を変えていることだけは理解した。やはりクウジさんが言ってたのはウォルト君のことだ。


「ウォルト君は、予選の表彰式のときライアンさんの魔法を掻き消したか?」

「はい。変装してたので解かれるワケにはいかなかったんです。なぜ知ってるんですか?」

「ちょっと耳に挟んだ。『無効化』を知ってたんだな」

「初めて見ました。ライアンさんの魔力が障壁や可視化を無効化しながら迫ってきたから気付けたんです。あれは凄い魔法です」

「まぁ、そうなんだが…」


 予選会の数日後、クウジさんに会ったとき訊かれた。


「おい、マルソー。お前の言う魔導師がライアン師匠の『無効化』を掻き消した。若い人間の男のようだな…?」

「違います」


 またカマをかけてきたか。探らないと約束しただろうに、存外しつこいな。


「噓つけ。ネタはあがってるんだ」

「本当です」

「お前は強情だな」

「言ってる意味がわかりません。俺は嘘は言ってない」

「そうなると、ソイツはまた別の魔導師か…。一体どうなってる…」

「落ち着いて話を聞かせて下さい」


 詳細を聞いても意味不明だったが、俺は嘘は吐いてない。ウォルト君は確かに若いが、人間じゃなくて獣人だ。返答をどう受け取ったかは知らない。


 …と、そんな話題が気になって直接会いに来たが、やっとクウジさんが言ってる意味が理解できた。魔法を使って変装してるなんて誰も思わない。

 それにしても、初見の魔法を軽く凌いだ技量は見事と言うほかない。しかも、他ならぬライアンさんの高度な魔法を。


 俺はあの爺さんのことが嫌いだ。元宮廷魔導師の頂点だかカネルラ史上最高の魔導師だか知らないが、偉そうな態度が酷く鼻につく。

 だが、クウジさんやデルロッチさんの師匠だけあって何度か目にした魔法の技量は本物。遠目にウォルト君の魔力に気付いて、無効化しようとしたのは尊敬に値する。俺では気付きもしなかっただろう。

 それでも彼に大した驚きは与えてないはず。ウォルト君にとっては俺もライアンさんも変わり映えのない魔導師に違いない。

 

「それより、マルソーさんも含めてホライズンの皆さんは予選に出場されなかったんですね」


 一瞬で元の姿に戻ったウォルト君が聞いてくる。淀みない魔力操作は余りに自然すぎて芸術的ですらある。


「俺達は武闘会にあまり興味がないんだ。マードックは『ケンカなんか人に見せてなにが楽しいってんだ。下らねぇ』って笑ってたよ」

「確かにアイツは言いそうですね」


 俺も出場したことがあるし、いい経験にはなったがまた挑戦したいとは思わない。魔導師は対人戦でできることなんてたかが知れてる。ただ、他の魔導師と交流できることだけが有意義だと思う。


「この間、クウジさんを見たか?」

「はい。凄い魔導師でした。マルソーさんもですけど、フクーベには凄い魔導師が沢山いますね」


 どの口が言ってるんだ?…と思うが、ウォルト君は『魔導師は全員爪を隠してる』と思っている節がある。


「たとえばの話なんだが、もしクウジさんが君に会ってみたいと言ったらどう思う?」

「それは、獣人の魔法を見てみたいという意味ですか?」


 俺は頷いた。段々、2人を会わせないといけないような気がしてる。ウォルト君は少し悩んだ様子で口を開いた。


「ボクがマルソーさんに魔法を見せたのは、マードックが連れて来たからです」

「マードックの人選を信用してるということか?」

「はい。アイツはボクが基本的に魔法を使えるのを内緒にしてるのを知ってますし、黙ってくれてます。なのに会わせたいということは、信用できる人だからです」

「なるほど」


 とても有り難い話だ。


「ボクは知らない人の前で非常事態以外では堂々と魔法を操ることはないです。だから興味本位なら見せることはないですね」

「よくわかった」


 一見と冷やかしの客人はお断りということか。他人と積極的に交流するタイプじゃないのは知ってる。こんなところに住んでるくらいだ。俺も人のことをとやかく言えない。


 マードックは、どうしてもウォルト君に会いたいという俺の気持ちを汲んで信用してくれた。けれど、クウジさんは現状そんなこともない。単なる興味だけだろう。口外しないという信用もできない。

 余計なことをしたら、ウォルト君は俺にも会ってくれなくなりかねないな。放っておこう。


「ところで、なにかボクに用があって来たんですか?」

「いや。特にない」

「ゆっくりしていってください。…そうだ。マルソーさん、魔道具作りについて聞いてもいいですか?」

「構わない」


 作業台に案内されて、作りたい魔道具について相談された。できる限り丁寧に答える。


「ありがとうございます。マルソーさんの知識は凄いです」

「いや。君のほうが……。なんでもない」


 ウォルト君が気になっていたのは、本に記された製法と違う方法のほうがもっと効果が高い魔道具ができるんじゃないか?ということ。そのやり方なら…と、俺はアドバイスをしただけ。

 彼は手順や製法にこだわらない。基本を理解しつつ、もっといい手段があるんじゃないかと常に探ってる。魔法も同じだろう。姿勢を見習うべき。


「ボクもマルソーさんの力になれたらいいんですが」


 そう言ってくれるなら訊いてみるか。教えてくれないと思うが…。


「もしよければ、ウォルト君が多重発動を身に付けた修練法を教えてくれないか?もちろん言える範囲で構わない」


 魔法の世界で不可能と云われてきた多重発動をウォルト君は難なくこなす。

 あれができるようになれば、魔法の幅が格段に広がる。秘伝の可能性が高いが訊くだけならいいだろう。


「そんなことでよければいくらでも。ボクは魔法の才能がなかったので、皆さんと修練法が違うと思いますけどいいですか?」

「君の修練で構わない」


 意外だ。軽く答えたな…。この感じだと、魔導師なら誰でもできると思っているな。とんでもない勘違いだと言っておきたいが今はやめておこう。


「幾つかの段階を踏んだんですけど、まずはこれからでした」


 ウォルト君は、両手を前に突き出してそれぞれパッパッと指を折って見せてくる。


「今のはなんだ?」

「両手の立てた指の数を足して計算するんです。右手は右手の分、左手も同様に。同時に計算するのがポイントです」

「同時に…?」

「今のは右手が25、左手が18なんですけど、ひたすらやりました」

「…もう一度やってみてくれるか?」

「はい」


 さっきと同様に、指で数字を示していく。今度はゆっくりと。


「右手は16、左は……わからないな…」

「右は正解です。やってみると意外に難しくて、できるようになるのにボクは時間がかかりました」

「今度は、俺が君にやってみてもいいか?」

「どうぞ」


 真似て指を折って見せるが…。


「これは……難しい」

「やる方が難しいんです。左右別々の動きで、自分でも答えを計算しながらやらないといけないので」

「それはそうだ」

「ボクの場合、間違えると直ぐ殴られてたのでいつも緊張感がありました」

「これができるようになると、どうなるんだ?」

「次の段階に移ります。まだ幾つか修練があるんですけど、多重発動をこなすための初歩です」

「なるほど。ちなみにどのくらいこなせるようになったら次の段階にいくんだ?」

「ボクはこのくらいできるようになってからでした」


 目にも留まらぬ速さで両手の指を器用に示していく。左右でタイミングをずらしたりしながらしばらく続けた。


「今の答えもわかってるのか?」

「右が145、左は137です」

「そうか。ありがとう」

「大したことないです」


 器用すぎるし頭の回転も速すぎる。本当に獣人なのか疑いたくなる。いや…獣人に失礼すぎるな。

 家で俺も修練してみようか。できなくとも、気付きがあるかもしれない。魔道具の製作と同じで手順や修練法にこだわる必要はない。

 多重発動の習得法だって1つじゃないはず。自分の思う最善を探ればいい。それをウォルト君から教わったばかり。


「ところで、ウォルト君はいくつ同時に発動できるんだ?」

「ボクはまだ三重発動までです」


 控え目に「見せてもらえないだろうか?」と頼むと「いいですよ」と軽く答えてくれて、更地で『雹弾』という『氷結』『水撃』『破砕』の同時発動による複合魔法を見せてくれた。


 間近で見たかったから障壁で受け止めたが、加減されても凄まじい威力。襲い来る氷の弾丸を受け止めるのにかなりの魔力を要した。

 しかも、体を流れる3つの魔力の動きをわざと視認できるようにしてくれた。本来なら完璧に隠蔽できるのに…だ。


 おそらく、俺がなにか知りたそうだくらいに思って見せてくれたんだろう。それでも、どういう理屈なのかすら今の俺には想像もつかない。

 翳した手に美しい3色の魔力が集中して魔法は放たれた。だが、俺の常識ではあんな魔力制御はできない。魔法は奥が深い。そして面白すぎる。


「まだ詠唱しましょうか?」

「いや。もう充分だ。ありがとう」


 これ以上は自信をなくしてしまいそうだ。魔導師としてウォルト君と付き合うには、プライドと好奇心の塩梅を上手く制御する必要がある。


「見せてくれたお礼に、俺の魔法でウォルト君が知らない魔法があれば見せられるぞ」

「本当ですか!?是非!」

「俺に詠唱できれば…だが」


 詠唱できる魔法を伝えると、意外にも知らない魔法が幾つかあったようで、ひどく興奮して、『どれにしようかニャ~?』とか言いそうな顔で思案し始めた。

 魔法が好きだという気持ちが伝わってくる。幾つも見せてほしいと言うのは相手に失礼だと思ってるんだろう。段々思考が読めてきた。


「別に1つに決めなくていい。知らない魔法は全部見せても構わない」

「ホントですか!?」

「マードックを救出してもらったお礼もできてない。こんなことでいいなら」

「充分過ぎるお礼になります。よろしくお願いします!」


 俺の魔法を100回見せても、お釣りが来るような魔法を見せてもらった。魔導師は珍しい魔法を絶対他人に見せない。俺も見せない。それこそ「見たければ金をよこせ」と言われる可能性すらある。

 魔法は誰のモノでもないが、発想や魔法そのものを盗まれたくないと考えるからだ。自分が編み出した魔法ならなおさら。

 それが自己顕示欲の塊である魔導師という存在。今から見せるのは広く知られていてなんの変哲もない魔法。ちょっとでもお礼になればいいが。



 魔法を見せるともの凄く喜んでくれて、お礼にとカフィ豆をもらった。明らかにもらいすぎだ。

 魔法を見ただけで喜ぶなんて大袈裟だと思ったが、その内の1つを直ぐに発動させたのを見て度肝を抜かれた。

 まさか見るだけで魔法を習得できるとは…。本当に異端の魔導師。まだまだウォルト君との付き合いは続きそうだ。


 そう思いながら住み家を後にして、フクーベに到着するなりギルドの訓練場に向かう。修練して帰らないと気持ちが昂って治まりそうにない。

 ギルドで使用許可をもらって訓練場に向かうと先客がいた。あれは…サラさんか。サラさんは先輩魔導師。数年前に冒険者を引退したが、最近よく修練していると噂には聞いていた。


 現役時代は冒険で何度かお世話になったが、身を固めてからは後輩の育成に尽力していたはず。昔から姐さん気質だったが、あまり親しくはない。そもそも俺に親しい魔導師なんかいない。


 向こうも気付いたので挨拶する。


「お久しぶりです」

「久しぶりね、マルソー。貴方も修練?」


 サラさんはいい汗をかいて、充実した表情を浮かべている。


「はい。サラさんもですか?」

「そうなの。最近また修練を始めてね」


 なにかしら思うところがあるんだろう。だが、そんなサラさんのことを今さらとは思わない。魔法は一生をかけて修練するモノ。再開するきっかけがあっただけだろう。


「武闘会の予選に出場したけど、直ぐに負けちゃったのが悔しくてね」

「残念でしたね」

「マルソーも出ればよかったのに」

「俺は興味がないんです」

「貴方なら本戦でも優勝できたと思うけど残念ね」


 評価してくれるのは有難い。ただ…。


「俺は、俺より遙かに凄い魔導師を知ってます。まだまだです」


 気付くとサラさんの表情が少し険しくなっている。変なことを言ったつもりはないが…。


「貴方より…遙かに凄い魔導師…?もしかして…知ってるの…?ふわふわの魔導師を…」


 ふわふわ…?……まさか。


「もしかして…サラさんも知ってるんですか?常識破りの…白い魔導師を?」


 コクリと頷いてくれる。まさかサラさんも彼のことを知ってるとは…。どういう繋がりだ?


「驚いたわ…。今度食事でもしながら彼の魔法について話さない?」

「喜んで。俺もサラさんの意見を聞きたいです」

「ありがとう。彼の魔法について誰かと話してみたかったの。魔法の常識に!…理解のある魔導師とね…」


『常識に!』を強調して苦笑するサラさんの気持ちは十二分に理解できる。


「わかります。彼は埒外の魔導師です。話しても理解できないことが多すぎるし、他人には言えません」

「そうなの。知ってる者同士ならいいわよね?」

「いいと思います。俺とサラさんは信用してもらった者同士ですから」

「楽しみにしてるわ」

「こちらこそ」



 後日、約束通り昼飯を食いながら話した。俺は飲み物だけだが。

「信じられないのよ!」を連呼するサラさんが、彼の魔法を見て修練を再開したことを知った。彼の魔法を見ると、不思議な感情が湧き上がって修練に身が入る。どう表現すれば正しいのか。


 呆れ…。嫉妬…。羨望…。感動…。どれも正解で不正解だ。伝えるのは難しいが、ただ1つ間違いないのは、彼の魔法を見ると腹の底から笑える。魔導師であることが嬉しくなる。

 なぜ俺が言ったのがウォルト君だとわかったのかサラさんに尋ねると、「貴方ならライアンさんもクウジさんも遙かに凄いとは思わないでしょ?だったらウォルトしかいない」と笑った。


 言い得て妙だ。彼と会えば誰もが魔法を修練したくなる不思議。そして、誰もが認める最高の魔導師。


 今後もなにかあればサラさんと情報交換することに決めた。

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