295 パーティー強化期間
カネルラは騒がしさを増していた。
…というのも、1ヶ月後に1年ぶりの武闘会が開催されることが決定した。しかも、今年の武闘会では初の試みが実施される。
今年は王都のみならず各地方都市でも予選を行うことが決定した。昨年までは、王都で開かれる予選に出場する必要があったが、今年は地方都市での予選を勝ち抜けば本戦に出場できる。家庭の事情等により、長期家を空けられない者でも参加しやすい。
さらに、予選開催費用から本戦出場者の王都までの移動費や宿泊費も全て国が負担してくれる至れり尽くせりで、例年より多数の参加者が押し寄せること必至。
記念すべき第100回大会ということで、国を挙げて盛り上げようという国王ナイデルの粋な計らいである。当然カネルラでも有数の大きな都市であるフクーベでも予選が開催されることになった。
予選開催が決定して直ぐにオーレン達は揃って森の住み家を訪れ、ウォルトに内容を教えた。
「ウォルトさん!一緒に武闘会の予選を観にいきませんか!」
アニカが笑顔で誘ってくれる。近くで魔導師の魔法を見れるチャンスはそうそうないので是非観戦したい。
「ボクはいいけど…皆は予選に出ないの?」
名誉のタメに冒険者になったワケじゃないことは知ってるけど、修練の成果を試す絶好の機会だ。こんなチャンスはそうそうないはず。
「俺の力じゃまだまだです。もっと力を付けないと」
「私は出たいと思わないです。治療班の参加希望は出しました」
「私はいつか出たいんですけど、まだまだ修練してからです!」
他の冒険者の実力は知らないけど、3人だって負けてないと思うのは贔屓目なのか?でも、皆の気持ちを尊重する。
「武闘会の前後はクエストが増える時期みたいで、ギルドの冒険者が手薄になると困る人達も出てくるからそっちをこなせたらと思ってます」
「冒険も仕事なので!」
なるほど。冒険者達は大会に向けて修練に励むだろうし、そうなるとギルドも依頼者も困るのか。オーレンもウイカもアニカも冒険者の鑑だなぁ。
「皆がよければ、ボクもクエストを手伝うよ」
「えっ!ホントですか?!」
「もちろん。4人いたら少しは早いかもしれないし、足手まといにならないように頑張るよ」
「凄く嬉しいです」
「楽しみだな!」
「またウォルトさんと冒険できる!クローセ以来だ!」
大したことはできないけど、ボクも皆と冒険できるのは嬉しい。頑張ろう。
「クエストが落ち着いたら皆で観にいきましょうね!」
「そうだね」
「夜はウチに泊まりに来て下さい!」
「その時はお邪魔するよ」
「「やったぁ!」」
それから数日経ったある日のこと。
「ウォルトさん!クエスト受けちゃいました!ギルドは手が回らなくなり始めてて、どんどん増えてるみたいだったので!」
アニカが受注してきたクエスト票を見せてくれた。目を通すと採取から討伐まで十数枚ある。
「薬草の採取からグランタートル討伐まで充実です!私達のランクで受けられる依頼を全部受けてきました!」
「受付のエミリーさんに「ギルドとしては助かるけど…」って驚かれました」
「すみません。俺は止めたんですけど、アニカが聞かなくて…。「このくらい余裕だよ!ウォルトさんを舐めるな!」って逆ギレされたんです」
「大丈夫だよ。ゆっくりでも今日で半分はこなせる」
さほど難しくないモノばかりだ。
「ですよね♪ちなみに全力なら?」
「1日で全部終わると思う。遅くまでかかるけど」
「マジですか…」
「いつ始めようか?ボクはいつでもいいよ」
アニカの口ぶりからするときっと早い方がいい。
「じゃあ、弁当を作って今から行きましょう!」
「偉そうに言うなっての。作るのはウォルトさんだろ」
「だまらっしゃい!私とお姉ちゃんで手伝うからいいんだよ!」
「お願いするよ。じゃあ、早速作ろう」
「「はい♪」」
楽しく弁当を作り終えて支度を整える。
「クエストの順番はどれからでもいいの?」
「はい!問題ないです!」
「じゃあ、まずは薬草採取から行こう。この薬草は直ぐ近くに群生してる」
「お願いします!」
皆と一緒に森を駆ける。3人は『身体強化』を纏っているとはいえ、人間の中では速いと思うけどどうなんだろう。ちなみにボクは生身で駆けてる。
「このスピードで大丈夫?もう少し落とそうか?」
「大丈夫です!」
「イケます!」
息を切らしながら薬草の群生地に到着した。
「皆は駆けるの速いね。凄いよ」
「「「はぁ…はぁ…」」」
『精霊の慈悲』で皆の体力を全快させたあと薬草を採取する。冒険に生かせそうな知識を伝えながらだけど、真剣に耳を傾けて吸収してくれてる。
「よし。このくらいでどうかな?」
「充分だと思います!」
採った薬草は『圧縮』してリュックに入れておこう。そうすればかさばらない。
「ちょっと休憩するかい?」
「いえ!次に行きましょう!」
「じゃあ、次はヒスイの採取だね。採取場所はそう遠くない」
「お願いします!」
再び駆けて、移動し終えると皆を回復する。
「コレがヒスイ。色々な使い道がある素材で、依頼の量からすると…」
「「「ふんふん」」」
必要な量を採取して次のクエストに向かう。選んだのはグランタートルの甲羅の採取。出現するダンジョンに向かおう。皆のスピードなら30分かからない。
「はぁ…はぁ…」
「ぜぇ…ぜぇ…」
「ふぅ~…ふぅ~…」
ダンジョンの入口に到着して小休止することにした。
「魔法で回復したら食事にしよう」
「待ってましたぁ!」
圧縮していた弁当を取り出して解除すると、美味しそうに食べてくれる。
「美味いな!めちゃくちゃ腹減ってたから尋常じゃなく美味い!」
「私も!最高に幸せ~♪」
「すっごく美味しいです」
「沢山あるからゆっくり食べて」
ボクはずずっと熱いお茶をすする。動いたあとのお茶はもの凄く美味しい。
「ウォルトさんは腹減らないんですか?」
「まだ大丈夫だから、どんどん食べてくれると嬉しいよ」
「私は遠慮しません!綺麗に頂きます!」
「さすがアニカだね」
腹ごしらえを終えてダンジョンに入ると、3人は見事な連携で魔物を倒していく。ウイカが加入したのもあるけど、パーティーの安定感も増して確実に成長してる。
アニカとウイカは教えたばかりの『雷撃』を詠唱しているし、オーレンの剣や身体への魔法強化はスムーズだ。ボクも負けないように頑張ろう。
目当ての魔物グランタートルに遭遇すると、アドバイスに徹して討伐を任せる。少し苦戦しながらも試行錯誤して見事に倒しきった。
「やったぁ~!倒せたぁ~!」
「強かったね~」
「直ぐ甲羅を剥ぎ取ろうぜ」
素材を獲得してボクが背負う。
「お疲れさま。帰りはボクに任せて少し休んでくれないか?」
「「「いえ!一緒に闘います!」」」
役に立ちたかったけど、必要ないくらい皆は強いし闘いの中で成長してるのが見てとれる。成長を妨げないよう援護に回ろう。
その後も2つのクエストをこなして今日は住み家に戻ることにした。
★
住み家に戻ったウイカは、食事を終えて直ぐアニカと一緒にお風呂に向かう。
体力は魔法で回復してもらったけど、かなり汗をかいたからスッキリしたかった。なによりウォルトさんに汗臭いと思われるのが嫌だから。
「今日は充実してたぁ~!めっちゃ疲れたけど凄く楽しかったよね!」
「1日でかなり成長できた実感があるよね。やっぱりウォルトさんは凄いなぁ」
アニカの言う通りで、もの凄い充実感を味わった。仲良く湯船に浸かりながら話す。
「自然に私達を引っ張ってくれるからね~!」
「背中に追いつきたくなるよね」
「そう!付いていかなきゃ!って思う!」
「私は初めて一緒に冒険したけど…驚きしかないよ」
魔物に放つ魔法は修練のときより多彩で、威力もスピードも段違いだった。魔物を知り尽くした戦闘と、後半は補助に徹してくれたて戦闘の安心感が半端じゃなかった。
魔力の残量や体力を気にせず行動できるから、常に全力を出すことができたし。
「甘えちゃダメだけどね!いつか私達がウォルトさんを楽しい冒険に連れて行く約束だから!お姉ちゃんも協力してね!」
「もちろんだよ」
★
姉妹が入浴している間、ウォルトとオーレンも1日を振り返っていた。
「今日はありがとうございました」
「ボクが手伝いたかったからお礼はいらないよ」
「明日もいいんですか?」
「もちろん。というか、皆がよければ状況が落ち着くまで手伝うよ。ちょっと畑仕事とかあるけど、終わってからでもいいなら」
「そっちを俺達が手伝います。ありがとうございます」
「それにしても、冒険者は大変だね。荷物を運ぶだけでも一苦労だ」
奥深いダンジョンから素材を持ち帰るのは容易じゃない。単純に重い素材ほど移動も辛くなる。マードックのように力が有り余っていればいいけど、皆がそうじゃない。
「運び屋を雇うパーティーもいるみたいです」
「それならボクでも雇ってもらえそう……いや。力がないから無理か」
『無重力』を付与すれば幾らでも持てるけど、仕事をしたとは言えないからなぁ。
「ウォルトさんが運び屋なんてもったいないですよ」
「そうなると、やっぱりボクが冒険者になるのは難しそうだね」
「そんなことないです!ウォルトさんは冒険者になれます!」
「アニカの言う通りです!私達が保障します!」
話が聞こえていたのか、風呂上がりのウイカとアニカがフォローしてくれる。ボクは友人に恵まれてる。
「ありがとう。あっ、そうだ。貫頭衣を作ったから後で渡すよ」
「やったぁ!」
「ありがとうございます」
「貫頭衣ですか?」
「2人の寝間着用にボクが作ったんだ」
「へぇ~。見たいから着てくれよ」
「アホかっ!オーレンに見せるくらいなら舌を嚙んで死ぬわっ!」
「変なことばっかり言ってると怒るよ!」
「なんでだよ?!俺、そんなに変なこと言ったか!?」
ボクは男として意識されてないからいいとしても、貫頭衣は露出も多くなるからオーレンに見せるのが恥ずかしいのは理解できる。
ただ、2人の貫頭衣姿は刺激が強いからできればボクにも見せないでほしい。
「それは置いといて、ギルドが落ち着くまでウォルトさんにクエスト手伝ってもらえることになったぞ」
「ホントですか!?明日も一緒にクエスト行きましょうね!」
「嬉しいです。気付いた悪い点なんかも教えて下さい」
「気付いたらね。でも、ボクの方が勉強になってる。明日からもよろしくね」
息の合ったコンビネーションで単独行動ばかりのボクには思いつかない戦術や知識を見せてくれた。今後の修練や冒険に生かせる。
それから数日間、ボクらは毎日のようにクエストをこなした。
なぜかギルドから「身体は大丈夫か…?」と心配されたらしいけど、皆は怪我もなく元気だし体力にも余裕がある。
ギルドの下級クエストは依頼板から消え失せて、今だけ限定でCランクのクエストも比較的安全なモノは受注を許可されたみたいだ。今日もオーレンに渡されたクエスト票に目を通して内容を確認する。
「3人の実力で全部達成できるよ。ボクも全力で援護する」
「「「やります!」」」
他の冒険者達が武闘会に向けた修練に励む中、オーレン達はひたすらにクエストをこなした。
初日こそ共に闘ったけど、皆の成長を目にしてからはフォローに回ると決めて、基本的に回復役と素材と運搬だけで大したことはしていない。アドバイスも必要最小限に留めた。
オーレン達は凄い冒険者だ。見ず知らずの誰かのタメに、いつも以上に力を発揮してクエストをこなしたんだから。ボクにはできないこと。
★
「エミリーさん!今日のクエスト終わりました!」
Dランクパーティー【森の白猫】の魔導師であるアニカちゃんが笑顔で依頼の品をカウンターに置く。軽く見ただけで依頼達成だとわかる。
「お疲れさま。他の冒険者の穴を埋めてもらって、感謝しかないよ」
この3人は、武闘会に向けて修練している多くの冒険者達の代わりに沢山のクエストをこなしてる。ギルドとしては大助かり。
しかも、ランクを超えたクエストまで受注しているのに、その全てを問題なく達成している凄い若手パーティー。
「エミリーさん。感謝してるのは俺達の方です」
「え?」
言ってる意味がわからない。
「連日クエストをこなして、連携も個人の力もかなり上向いたと思います。低ランクなのに信じて任せてくれたギルドのおかげです」
「それに、私達だけの力じゃないんです」
「凄い助っ人がいるので!その人も「クエストが溜まると困る人がいるから」って手伝ってくれたんです!全部その人のおかげです!」
オーレン君もウイカちゃんも頷いてる。言わなくていいことを教えてくれるのもこの子達の人柄。
「いい人だね。冒険者なの?」
「いえ。一般人です」
「でも、知識とか冒険者並みに凄いんです!」
「そうなのね。その人にギルドが感謝してたって伝えてもらっていい?」
「伝えておきます」
誰なのか知らないけど、この子達の知り合いならきっといい人だ。
その後も、連日クエストを受注した【森の白猫】は何度もギルドに足を運んだ。数日に渡る武闘会の予選が始まると、早々に敗退した冒険者達がクエストの受注を始めて、ギルドも徐々に日常に戻りつつある。
そんな中で一段と逞しくなったように見えるオーレン君達にギルドからの朗報を伝えよう。
「ウイカちゃん。おめでとう」
「なにがですか?」
「今日でEランクに昇格ですって」
「ホントですか!ありがとうございます!」
「【森の白猫】が多くのクエストをこなして、実力も申し分ないって判断されたの。Dランクの試験も早く受けられるみたいだよ」
ウイカちゃんは冒険者になってまだ半年経たない。けれど、他の冒険者達から「才能溢れる魔法使いだ」「文句なく強い」「賢くて美人で性格もいい…」「ウイカはいいぞ!」と高評価を貰っている。
後半のはちょっと毛色が違うけど。
「ウイカ、やったな!」
「うん!ありがとう!」
「お姉ちゃん!報告に行こうよ♪」
「うん!エミリーさん、ありがとうございました!」
3人は足早にギルドをあとにする。きっとクエストを手伝ってくれた人の所へ行くのだろう。そんな気がした。
★
住み家に着くなり、ウイカは昇級したことを報告してくれた。
「ウォルトさん!Eランクに昇級しました!」
「努力が実ってよかったね。昇格おめでとう。今日はウイカの好きな料理を作るよ」
「ありがとうございます。なんでもいいです」
「そうなの?」
「ウォルトさんの料理は名前のないモノばかりですから」
「確かに…。こんなとき困るね…」
創作料理も程々にしておこう。若しくは、とりあえず適当に名前を付けておこうか。
「あと、俺達からウォルトさんに…」
オーレンに渡されたのは大きな紙袋。受け取るとズッシリ重い。
「コレは?」
「ずっとクエストを手伝ってもらったので、ウォルトさんの分の報酬です」
「好きでやってるからいらないよ」
気を使ってもらって申し訳なく感じる。必要ないと最初に言っておけばよかった。
「かなりの数クエストをこなしたんで、報酬も多かったんです。俺達もちゃんと分けてます」
「ウォルトさんはお金を受け取ってくれないので、勝手に欲しそうなモノを選んで買ってきました!」
ボクが欲しいモノ…?性格を理解してくれて嬉しいけど、なんだろう?紙袋を開けると何冊かの本が入ってる。
「…魔導書だっ!魔道具作りの本もっ!」
「もう持ってたらすみません」
「いや!持ってないよ!本当にもらっていいの?!」
「もちろんです♪」
「ありがとう…。また魔法を覚えられる。お返しになにかなかったかな…。魔力増幅の腕輪を3つ作ろうか…」
「やめましょう」
「洒落になってません!」
「俺は報酬だって言いましたよね」
魔導書は高価なモノだ。市場に出回ってる初級魔法の複製魔導書であっても凄く嬉しい。森に住んでるボクには入手できないから。
特に、獣人が買おうと思ったらちゃんと理由を説明できないと無理だろう。プレゼント用以外で買う理由がない。
「お酒も買ってきたんで肴をお願いできませんか?」
「任せてほしい。腕によりをかけるよ」
お酒を楽しみながら、ボクらは夜遅くまで語り明かした。