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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
294/709

294 これって本能?

 ウォルトの住み家で泊まりがけの修練を終え、フクーベに帰る途中のオーレン達。


「修練も充実してたし、今回のご飯も美味しかったぁ~!」

「美味しかったね」

「いつも安定してるのが凄いよな。俺の料理なんか、毎回ちょっとずつ味が変わるけど」


 アニカが鼻で笑う。


「オーレンの料理は味の変化の幅が広すぎる。基本ガサツだからだね」

「お前には言われたくない!俺より料理下手なくせに!」

「ふっ…。私はもう大した差はないと見てる」

「ぐっ…」


 確かに最近のアニカは料理の腕を上げてる。ウォルトさんの誕生日以降、「皆より大きいだけじゃまだ足りない!もっと女子力を上げないと!」と意気込んで、ウイカと一緒に料理を研究してるから。なにが大きいのか知らないけど、やる気を出したのはいいことだ。


「いずれ「オーレンの料理は不味すぎて食べれないよ…」ってウォルトさんに言われるくらいまで追い込むのが私の目標だから!」

「絶対そんなこと言わないけどな」


 俺達が作った料理でも笑顔で食べてくれる姿が目に浮かぶ。


「料理上手になるのは諦めてたけど、ウォルトさんの胃袋を掴むという野望ができた!」

「食べてもらうのは勇気いるぞ。お世辞言われるのが目に見えてる」

「くっ…!言い返せない…!」


 ウォルトさんは言わないけどな。優しくない、お人好しじゃない、お世辞を言わない、の3つはウォルトさんの口癖。


「ウォルトさんに料理を食べさせられるのは、フクーベじゃビスコさんくらいだろ」

「もし変な料理とか、美味しくない料理を食べたらどんな顔するんだろう?」

「さすがに顔が引きつるんじゃないかな!」

「それ以前に、匂いでわかるから初めから手をつけないと思うぞ」

「料理が得意すぎるのも大変かも」



 ★



 ウォルトには、オーレン達やチャチャにも秘密にしているささやかな楽しみがある。


 誰にも言ったことがないので、両親やマードック兄妹も知らないはず。本当に孤独な楽しみ。今日は誰も来る予定もないし、久しぶりに作ってみようかな。

 オーレン達が帰った後でそんなことを考える。別に隠すことではないけど、口に出すのはちょっと気が引ける。


 森に向かってやるべきことをこなし、一旦住み家に戻ってきた。あとは待つだけなんだけど、長く時間を置きたいから農作業に精を出そう。


 すると、作業中にキャロル姉さんの匂いがした。出迎えると軽装に身を包んで歩いてくる。


「姉さん、いらっしゃい」

「旅行以来だね。今日はアンタに文句を言いに来たよ」


 そんなことを言うけど表情も匂いも怒っている様子はない。むしろ微笑んでる。


「とりあえず中に入って。お茶淹れるから」

「はいよ」


 連れ立って住み家に入ると、居間で待つ姉さんに冷たいお茶を淹れて差し出す。


「いい香りだねぇ」

「ハーブ茶っていうらしい。最近よく飲んでるんだ」


 美味しい淹れ方をブライトさんに教えてもらった。茶葉は森で採取できるし、色々なハーブがあって調合が楽しいお茶だ。


「美味いね」

「よかった。ところで、ボクになんの文句があるの?」

「あぁ。コレだよ」


 差し出されたキャロル姉さんの手には知恵の輪が載っている。


「知恵の輪?ボクが作ったモノに似てるな」

「アンタが作ったヤツだよ。アタイがフクーベで買ったんだ。商人に対価で渡したろ?」

「そうだけど、ナバロさんから買ったの?」

「あの人のよさそうな商人はナバロっていうのかい?安く売ってるもんだから、大人から小さな子供まで買ってたよ」

「嬉しいな。皆に楽しんでもらいたいって言ってたからね。それより、ボクが作ったってよく気付いたね」

「わかるさ。今までも薬とか絹の手袋とか対価で渡してたろ?」


 姉さんは、なぜボクが作ったことに気付いたか教えてくれた。ココに来たとき見たモノと、ナバロさんが売っている商品が合致してピンときたらしい。凄い洞察力だ。


「文句があるのはいつまで経っても解けないからだ。難しすぎるんだよ」

「なるほど。一番手間をかけて作った知恵の輪だからね。やってみせようか。ちょっと借りていい?」


 ちょちょいとやってみせると、スムーズに外れた知恵の輪を見て驚いてくれた。


「そうやるのかい…。よく思いついたねぇ。旦那さんにもやらせたけど解けなかったよ」

「最近作ったのもあるけどやってみる?」

「見せてみな」


 ふと思いついたときに作ってる。材料はコンゴウさんから貰った良質な鉄の端切れ。作った知恵の輪を持ってきて見せる。


「こんなの…どうやって作ってるのさ?」


 姉さんに見せたのは、竜巻のような螺旋と幾つかの星が絡み合うような知恵の輪。複雑なデザインだけど上手くできたと思う。


「どうやってって、こうやってだよ」


 余った材料から実際に途中まで作ってみせる。魔法で温めたり冷やしたりして形作るだけ。鉄を炎の魔力で熱しつつ、『鉄壁』を指先に付与して作業するだけで難しいことはなにもない。

 飴細工を作るのもこんな感じだと思う。姉さんは驚いた顔してるけど本当に大したことはしてない。


「ね?」

「ね?じゃないよ。アタイに売ってくれないかい?」


 姉さんが気に入ってくれたようで嬉しい。


「欲しいなら貰ってくれないか。お金はいらない」

「ダメに決まってるだろ。対価は払う」

「じゃあ売らない。姉さんに貰ってほしい。誤解のないように言っておくけど、あげるのは姉さんだからだ」


 またお人好しと思われてそうだけど、断じてボクはお人好しじゃない。こう言えば貰ってくれないかな?そもそも売り物として作ってないんだ。


「じゃあ、貰っていいのかい?」

「もちろん。あと、よかったらご飯も食べていってほしい」

「ハナからそのつもりさ。遠慮するつもりはないよ」

「わかった。待ってて」


 今日は栄養満点スープとサッパリした肉料理にしよう。暑いからちょうどいい。


 調理を終えて居間に戻ると、姉さんは知恵の輪を解いてる……けど、どうやらイライラしているみたいで怒りの匂いが凄い…。気付かないふりをして、そっとテーブルに料理を差し出す。


「姉さん。お待たせ」

「えらいモノをくれたもんだね…。まったく解けそうにないよ」

「じっくり楽しんでくれると嬉しいよ」


 …と、直ぐに姉さんが気付いた。


「アンタの分の料理はないのかい?」

「ボクはあとで食べたいモノがあるんだ」

「へぇ。いただくよ」

「口に合うといいけど」


 ちょっと目を細めた姉さんは昔から勘が鋭い。ボクが食べないのを怪しんでるな。

 

「ご馳走さま。美味かったよ」

「ありがとう。片付けてくるよ」


 姉さんは直ぐに知恵の輪を解き始めた。あの様子なら気付かれてなさそうだ。後片付けして戻ってくると直ぐに訊かれた。


「ウォルト。なにを食う気なんだい?」

「え?」

「変わったモノを食べる気だろ?」


 やっぱりバレてた…。勘が鋭すぎる。


「そんなことないけど」

「アタイをみくびるんじゃないよ。下手な芝居はやめな」

「だよね…。ちょっと言いにくいんだけど」


 気持ち悪いと思われそうだから言いたくなかったけど…姉さんから意外な反応が返ってきた。


「アタイも食いたい」

「えっ?!本気で言ってる?」

「当たり前だろ。アタイはアンタと同じなんだ。それに、アンタの調理なら美味いに決まってる」

「そうなのか…」


 姉さんはボクと同じ…。確かに。それならば…と森へ向かうことにした。


 時間もいい頃合い。姉さんはボクが戻るまでに知恵の輪を解くつもりらしい。どうやら意地になってるみたいだった。もっと難易度の高い知恵の輪を作ろう。


 

 

 森から戻って姉さんに声をかける。


「ただいま。罠を仕掛けてたら結構獲れてた。直ぐに料理するよ」

「おかえり!はいよ!」


 返事だけでイライラしてるのが丸わかりだけど、楽しんでくれているようでなにより。あまり早く解かれるのも寂しいので、ある意味希望通り。


 さて…久しぶりに調理するけど、今回はどんな感じに仕上げよう?1人で食べるならなんでもありだけど、姉さんにも食べさせるとなると…悩むな…。

 結局素材を活かすようなシンプルな調理に決めて腕を振るう。15分ほどで料理は完成した。


「できたよ。とりあえず知恵の輪は置いとけば?」

「ホントに解けるんだろうね…?」

「もちろん。解き方を教えようか?」


 獣人は短気だけど、記憶力はいいから一度教えたら忘れない。その後は楽しめなくなる。


「いや、いい!絶対に解いてやるから覚悟しときな!」


 なんの覚悟…?解けたら殴られたりするのか?


「それより、美味しそうじゃないか。アンタは食べ方を知ってるね」

「そう言ってもらえると嬉しい。口に合うといいけど」


 先に姉さんが口にする。食べるときは野性的に手掴みでいってほしい。姉さんはわかってる。綺麗な顔で「バリッ!バリッ!」と豪快に咀嚼した。


「美味いねぇ。ほんのり味がついた衣がいい」

「素材の味と食感が好きだから、あまり味は付けないんだ」


 共に素手で音をたてながら食べ進める。お互い顔が怖い気がするけど気にしない。


「脚もいい感じだ。パリッとして腸の苦味もいい。こっちの幼いのは…プニっとしてジューシーだねぇ」

「気を付けないと歯に詰まるけどね。羽も揚げると食べやすくなる。サクッとして香ばしいんだ。そうだ。お酒もあるけど」

「肴にして飲みたいねぇ。いいのかい?」

「もちろんだよ。まだ食べれる?」

「身が小さいから余裕だよ」

「じゃあ、もう少し調理して出そうか」


 その後も談笑しながら食事を続ける。


「誰かと食べることがあるなんて思わなかったよ。ボクだけの嗜好かと思ってたから」

「おおっぴらにしないだけで、猫の獣人には好きな奴が多い。アタイの親も好きだった」

「ボクの親は食べてるとこを見たことない。定期的に食べたくなるんだけど、本能なのかな?」

「アタイもさ。けど、街じゃゲテモノ扱いだからねぇ。栄養もあるってのにどこでも食べれないから食べるのは久しぶりだよ」


 気持ちがわかるなぁ。別におかしくないのに、白い目で見られそうな気がして言い出しづらいんだ。


「食べたいって堂々と言いにくいよね」

「まぁ、人前で言うと変な空気になるからねぇ。今日食べれて嬉しいよ」

「こっちこそだよ。いつでも調理するから食べたくなったら来てくれ。もう少し経つと成長して食べ応えがあるんだ」

「そりゃいい。アタイとアンタだけの秘密の楽しみにしとこうか」


 獲ってきた分を綺麗に平らげると、機嫌を直して満足な様子でキャロル姉さんは帰路についた。

 



 その後、ハピーに「嫌な音が響いてたけど…なにしてたの?」と言われたけど、「なんでもないよ」と下手な噓で答えた。

 言っても「ふ~ん」で終わりだろうけど、なんとなくハピーに伝えるのは気が引ける。

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