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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
293/710

293 初めての感情

 準備万端のフォルランさんから声がかかる。


「いつでもいいぞ!」

「では、いきます」


 障壁を展開したのを確認して詠唱する。


『鷲の風切』


 無数の風の刃をフォルランさんに向けて放つ。変形させた魔法で本来の魔法とは違う。


「うぉっ…!」


 強固な障壁で難なく防がれた。予想通りの素晴らしい強度。


「『鷲の風切』をそんな風に変化させられるのか!すごいな!」

「フォルランさんが忘れてるだけだと思います。次いきますか?」

「頼む!」

「わかりました」


 頼まれた通りに多彩な魔法を放つ。炎、氷、雷、風と一通り詠唱したところで気付く。

 この人は、やっぱり凄い魔導師だ。魔法を受ければ受けるほど、障壁は強固に変化している。正面から受けきれる魔法しか放ってないけど、まるで障壁が急激に進化しているような…そんな印象。


「ウォルトの魔法は綺麗だな!」


 大袈裟に目を輝かせるフォルランさんに聞いてみる。


「魔力はまだ残ってますか?」

「魔力…?あるような、ないような…」


 答えが曖昧なので、実際に手を取って確認するとほとんど残ってない…。ウークで何度も吸い取ったから大体の許容量は覚えてる。さすがに危険なので、満タンになるまでエルフの魔力を練って渡した。


「温かいなぁ!不思議な感覚だ!」

「もう大丈夫だと思います。まだ続けますか?」

「頼むよ!」


 再度離れて、今度は『破魔の矢』や『火龍』を詠唱する。エルフの魔法はフォルランさんの身体が覚えているはず。いい影響があると思いたい。


「ぐぅうっ…!受け止めきれないほどじゃないぞっ…!」


 フォルランさんは、魔力を注いで防ぎきったあと爽やかに笑った。


「ウォルト!魔力が切れた!補充頼めるか?」

「はい。まだいきますか?」

「もちろん!」

 

 その後も3回繰り返して、疲れが見えるフォルランさんが意外なことを口にする。


「ふぅ~!次は俺が詠唱してもいいか?」

「ボクは構いませんけど、大丈夫ですか?」


 かなり疲れているように見える。魔力や体力は全快しても、精神の疲れは取れない。

 魔法戦では、技量が同等なら精神力の強さが明暗を分ける。それほど魔法には不可欠だということ。師匠から教わった。


「大丈夫!…俺の魔法をウォルトに受けてほしいんだ!」


 突如フォルランさんの纏う気配が変わる。いつもの陽気なエルフではなく、初めて目にする真剣な表情。


「わかりました」


 距離をとって向き直ると、フォルランさんの身体から魔力が陽炎のように立ち昇った。見事に練られた魔力…。驚かされてばかりだ。フォルランさんは、見たことのないエルフの魔法を詠唱した。


浅葱色の氷雨(グラニッツォ)


 翳した手から冷気が吹き荒れる。身体に纏う障壁で受け止めた。『氷結』に似てるけど、冷気の中に無数の氷の弾丸が混じってる。『雹弾』に似てるけど、冷気が目眩ましになってるし複合魔法じゃない。身動きを封じながら致命傷を与える危険な魔法だ

 フォルランさんの魔力が空になるまで、魔法は降り注いだ。観察しながら防ぎきる。


「凄い魔法でした。さすがです」


 汗だくになって肩で息をしながらも爽やかに笑う。


「ウォルト…」

「はい」

「俺は、今日から魔法の修練をやることに決めたよ。親父やキャミィがなんと言おうとやる。ウークにはしばらく帰らなくていい」

「本当にいいんですか?よく話し合ってからの方が…」


 やる気になってくれたのは嬉しい。でも…キャミィ達からすれば、無責任で余計なことをしてしまったかもしれない。


「有無を言わさず反対されるのがオチだよ。なら無視する一手だ」

「キャミィにはボクから言っておきます」

「気にしなくていい。俺が魔法を完璧に制御できるようになって親父達に認められたら問題ない。それまで会わなくていいさ」

「わかりました。ボクにできることなら手伝います。キャミィ達に認められるように援護します」

「助かるよ」

「ボクが言いだしたことです。ボクの命は短いから、早めに大魔導師になってもらわないと困るので」


 微笑むとフォルランさんも笑ってくれた。


「あと200年はいけるな!」

「無理です。ボクは土に還って白猫じゃなくて白骨です」

「じゃあ、100なら?」

「土の中でまだ辛うじてボクの形を保っているかも…ぐらいですね」

「80!」

「生きてるかもしれないですけど、高齢で動けないかもしれません。多分ボクが元気なのは、よくてあと50年くらいです」

「短いな!イケるかなぁ?」

「先のことは気にせずやってみましょう。そんなことより今日はもうご飯にしませんか?直ぐに作れます」

「めちゃくちゃ腹が減ったよ!」


 その後、談笑しながら食事をしてフォルランさんは帰路についた。



 

 フォルランさんなら、いずれ師匠の域に到達できるかもしれない。内に秘めた可能性について、お茶をすすりながら考えを巡らせていた。


 あくまでボクの感覚だけど、キャミィを超える素質がある。魔法の完成度や多彩さ、魔力操作の技量はキャミィが遙かに上だけど、あくまで今の段階の話。フォルランさんは未完の大器だ。伸び代しか感じない。

 異常な速さで『聖なる障壁』の耐久性と展開速度が上昇したのにも驚いたけど、直ぐに魔力残量の判断ができるようになった方が驚き。

 一度目は曖昧だったのに、二度目から正確に残量を把握していた。それだけ魔力に敏感だということ。

 

『浅葱色の氷雨』の威力も凄まじかった。渡した分の魔力をボクが一気に使い切る計算でも、放てない威力だった。やっぱりエルフの魔法はエルフが使ってこそなのかもしれない。

 幾度も驚かされたけど、今日最大の驚きは蓄積できる魔力量の増加。1回目より2回目、2回目より3回目といった具合に、譲渡する度に魔力の上限値が増えてた。どういう理屈なのかボクには理解できない。魔力を蓄積するコツを掴んだということなのかな?


 フォルランさんは無意識に成長する規格外の魔法使い。俗な言い方をすれば魔法の神に愛された天才だと思う。ボクの常識ではフォルランさんの力量は測れないけど、間違いなくエルフでも屈指の魔導師になれるはず。 

 忘れっぽい性格をどこまで矯正できるか。それが今後の課題だと思う。やる気があればどうにかなるかも…と楽観的に考えよう。

 エッゾさんが見えない魔法を感じられるようになったように、不可能を可能にできるかもしれない。ボクら獣人からすれば、エルフの寿命は果てしない。可能性は無限大。


 短命だからこそ負けないように修練しよう。大きな刺激を受けて、明日からの修練に対するモチベーションを上げた。



 ★



 コーノスまでの帰路を迷いながら進むフォルラン。


 ウォルトのような獣人がいるなんて、世界の誰も思わないだろうな。生まれて200年近く経つけど、魔法の修練をやりたいなんて一度も思ったことがない。

 詠唱できなくても死ぬことはないし、昔は使えていたことすら最近まで忘れてたくらいだ。『使えたら便利だな』くらいにしか思ってなくて、実際何十年と使えなかったのに不便なく生きてきた。


 覚えてないけど、使っていた頃も真面目に修練なんかしてない。辛い体験をしてたらバカな俺でも嫌な思い出として記憶に残っているはず。


「はぁ?エルフなのに、魔法が使えないのか?」


 そう言われるのだけが辛かった。エルフだからと勝手に期待されて、勝手にガッカリされる。冒険者や同族に出会うのは嫌だった。慣れてしまえばどうでもいいと思えたけど、時間はかかったっけ。


 嘘偽りなく…生まれて初めて魔法を覚えたいと思った。こんな日がくるなんてなぁ。

 ウォルトの話を真に受けたワケじゃない。大魔導師になれたら面白そうだと思ったのは事実だけど、バカなエルフの俺がそんな大それた存在になれない。

 でも、興味本位で頼んだウォルトの魔法を受け続ける内に、不思議な感覚に陥った。全身を熱い血が駆け巡るような。こんな魔法を操ってみたいと心の底から思えた。あんなに美しくて力強い魔法は初めてだ。


 親父やキャミィの魔法とは全然違う。なにが違うのかわからないけど、どうすればウォルトのように魔法を操れるようになるのかだけ直ぐにわかった。


 ウォルトの魔法は弛まぬ修練の賜物。なぜ理解できたのかは自分でもわからない。


 これからどうするかなぁ?修練をするのは決定事項としても、ウークに帰ると腕輪を着けられる。そう考えると親父やキャミィには頼れない。

 ウォルトは協力すると言ってくれたけど、基本的に頼むつもりはない。俺が修練する目的は、ウォルトを驚かせたいからだ。


 バカなエルフの俺を凄いと言ってくれた…獣人の友達を俺の操る魔法で驚かせたい。そして、ウォルトに勝てるような魔法を身に付けて、力量でも超える魔法使いになりたいと強く思ったんだ。


 冒険者ギルドに行って冒険者になるか、コーノスの有名な魔導師を訪ねて弟子入りを志願してみるか。いずれにせよ直ぐに行動してみよう。ふらふら生きてきただけの俺に、目標を与えてくれた友達に感謝だ。


 道に迷いながらも軽い足取りでコーノスへと向かった。

 


 ★



「…ということがあったんだ。相談せずに余計なことをしたかもしれない」

「別に構わないわ」


 後日、ウォルトの住み家を訪ねたキャミィは事の経緯を説明された。


 コクリとお茶を頂く。いつも安定の美味しさ。


「兄さんの魔法の才能は凄いでしょう?」

「キャミィに負けず劣らずだと思う。凄い兄妹だ」

「ありがとう。私は里を継ぐのは兄さんだと思ってた。ウークのエルフでも魔法の才能だけは突出していたから。性格がアレじゃなければ…ね」


 ゆっくり花茶を飲みながら、軽~く毒を吐く。ウォルトを見ると思案してる風。


「なにを考えてるの?」

「ボクには兄妹がいないけど、妹がいたら怒られてばかりだろうと思って。幼なじみの兄妹もそうなんだ」

「それはないわ。ウォルトが私の兄さんだったら嬉しい。魔法も優しく教えてくれそうだし」

「そうかな?かなり甘やかして、猫可愛がりしてたとは思うけど」

「…妹になってみたいわね」

「ん?」

「独り言よ。気にしないで」 

「とにかく、フォルランさんを制御できる師匠のような存在がいればいいなと思う」

「まずいない。扱うにあたって才能より性格に難があるエルフだからすぐ投げ出される。もしいたら…」

「凄い魔導師になれる。ボクはそんなフォルランさんを見たいんだ」


 兄さん。いい友達を持ったわね。


「期待しない方がいい。兄さんを変えるのは誰にでもできることじゃない。もしかすると、世界の誰にもできない」

「そうか。でも、大魔導師になるのを見たいなぁ…」


 兄さんは魔法の才能に能力が振れすぎて、反動のバカさ加減がカネルラに収まりきれない。おそらく世界でも類を見ないバカエルフ。

 表情には出さないけれど、私は驚いている。そんな兄さんが、魔法の修練をやると言ったことに。


 ウークにいた頃は、適当にやって魔法を習得してた。父さんから強制でやらされた以外で自分から魔法を修練したことはないはず。


 認めたくはないけれど…兄さんは天才。とんでもないバカエルフなのに、魔法の才能に溢れて万人を驚かせる魔導師…になれる可能性を秘めてる。


 そんなふざけた兄さんの気持ちは私もよくわかる。きっとウォルトのおかげ。彼の魔法をその身に受けて目にしたからに違いない。

 ウォルトの魔法はとにかく洗練されていて美しい。どんな修練をすればあんな魔法を操れるのか見当もつかない。肌で感じるとジッとしていられなくなる。否応なく突き動かされる。

 私は自分も負けられないと刺激を受けた。実際、手合わせして以降、魔法の修練を欠かしたことはない。魔法を操る者なら誰もが同様に感じる。そう思わせる魔導師。


 もし万が一…いえ、億が一兄さんが修練を続けることができたらウォルトを超えるかもしれない。理解力が残念過ぎるから100年くらいかかりそうだけど。


「ボクの友達の姉妹もきっと大魔導師になるはず。どっちも生きてる内に見れたら嬉しい」

「ウォルトはなりたくないの?」

「ボクはそんな器じゃないよ。コレは内緒なんだけど…」

「なに?」


 ウォルトの秘密を教えてもらうなんて、友人として嬉しいわ。喜んで聞かせてもらいましょうとも。


「自分は魔導師だ…って言えるようになるのがボクの目標なんだ」


 それは薄々気付いてた。きっとそうだろうと。照れて『大きく出ちゃったかニャ~?』とか言いそうな顔ね。抱きしめまくってあげようかしら。


 それはさておき、いい機会なので訊いておきたい。


「ウォルトが思う魔導師ってどんな魔法使いなの?」

「魔法を生業としてたり、驚くような魔法を操る人かな。キャミィもそうだけど、ボクが会ったことのある魔導師はボクの知らない魔法を見せてくれた。本当に凄くて普通の魔法しか操れないから憧れるよ」

「普通の魔法…ね」

「ボクの場合、師匠のような魔法を操れたらそう言っていいような気がするんだ。まだまだ先になりそうだけど」


 まぁ、ウォルトの師匠の魔法がとんでもないということは見なくても理解できるわ。存在自体は怪しいと思うけれど。


「じゃあ、大魔導師は?」

「凄い魔導師を何人も育てたり、魔法を知らない人でも名を知る歴史に名を刻むような魔導師かな。万人が驚くような魔法を操ったりとかね。あと、新しい魔法を編み出す魔導師もそうだ」

「私は見たいわよ」

「え?」

「ウォルトが大魔導師になるのを。フォルラン兄さんがなれるのなら貴方も同じようになれると思う」


 もうなってると言ってよさそうだけど、ウォルトは絶対に認めない。友達だからわかるのよ。


「ありがとう。キャミィに言われると嬉しいな。モフるかい?」

「友人への感謝のモフモフということね。当然モフるわ。えぇ。モフりまくるわ」


 その後、ウォルトの毛皮を堪能した。恩恵に与るタメにも、今後は積極的にウォルトを褒めることに決めたわ。

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