292 天は二物を与えず
「なんとか辿り着けた!久しぶりだな、ウォルト!」
「お久しぶりです。会えて嬉しいです」
住み家の外で、互いに笑顔を見せるウォルトとエルフの友人フォルラン。
畑仕事をしていたところに突然訪ねてきた。妹のキャミィは定期的に会いに来てくれるけど、兄のフォルランさんとはウークを訪ねたとき以来なので数か月ぶりの再会。変わらず元気そう。
「何度か挑戦したけど、やっと辿り着いたぞ」
「わざわざありがとうございます」
「神木を治療したときのお礼もまだ言えてなかったから。ウォルトのおかげでウークに自由に出入りできるようになった。ありがとう」
「フォルランさんの努力の成果です。ボクはなにもしてません」
神木の治療を成し遂げたのは、フォルランさんだ。軽く手助けはしたけれど。
「そう言うと思った。そういえば、キャミィはしょっちゅう来てるんだろう?」
「月に1回から2回来てくれます」
「そうか。やるなウォルト!」
グッ!と親指を立ててるけど、意味がわからない。とりあえず家に招き入れてお茶を出す。
「最近ウークには無事に辿り着けてますか?」
「どうにかね。2回に1回は行けるようになったよ」
「行けなかったときは?」
「森で野宿してそのまま帰ってる」
「聞いてなかったですけど、どこの街に住んでるんですか?」
「【コーノス】だよ」
コーノスはフクーベと同じくらいの規模の大きな街と聞いたことがある。カネルラでも有数の大きさを誇る街。
地図では見たことあるけど、ボクもハッキリとした場所を知らない。ただ、住み家からは結構遠いはずだ。
「コーノスは暮らしやすいんですか?」
「どうかなぁ?人それぞれだと思うけど、俺は好きかな。他のエルフもいるし」
腕を組んで思案するフォルランさんの右腕に、魔力封じの腕輪が装着されてないことに気付く。
「腕輪は外したままなんですね」
「おぉ!それなんだけど、ウォルトに装着を頼みたいんだ」
「え?また着けるんですか?」
「俺はこのままでいいんだけど、腕輪を外すのを許可してくれたんじゃなくて、誰も着けられなかったんだ」
それはおかしい。
「そんなことないと思いますけど」
「キャミィや親父も含めて、ウークの皆で悪戦苦闘したけど無理だった。でも、色々と心配だから着けたいんだってさ」
外すときに解析した魔力を覚えてるけど、付与の数が多いだけでボクでも可能な魔力付与だった。前回装着したのもエルフだろうし、簡単にこなすはず。
「俺の魔力が邪魔するらしいけど、よくわからないんだ」
「フォルランさんの?」
「試しにウォルトが着けてみてくれないか?」
「はい」
腕輪を渡されたので、フォルランさんの右手に腕輪を通して手を翳しながら複数の魔力を同時に展開する。5色の魔力の帯が腕輪に巻き付くように吸収され、皮膚にピタリと吸い付いた。
「終わりました。取れますか?」
「…取れない!やっぱりウォルトは凄いな!」
「そんなことないです。普通に着けられました。どういうことでしょう?」
「キャミィが言うには「兄さんの魔力が邪魔してくる!魔力までウザい!」ってさ」
キャミィはとにかくフォルランさんに厳しい。そして毒を吐くことを躊躇わない。愛情表現だと思うけど辛辣だ。
「とりあえず、一旦解除して原因を探ってみます。ボクも気になるので」
「頼むよ!」
解除して再度魔力を付与してみる。今度は1つずつ付与してみることに。すると、フォルランさんの纏う魔力に掻き消される。何度やっても同じだ。
「フォルランさんは意図的に魔力を操作してますか?」
「いいや。身を任せてるよ。いつも通りなにも考えてない」
ちょっとは考えた方がいい…とは口に出さない。同時に付与すれば反発しないけど、1つずつだとダメ。どういう理屈なんだろう?そもそも、なぜフォルランさんの魔力が関与してくるのか理解できない。
試しに2つ同時に付与しても、やっぱり反発する。ただし、3つ同時に付与すると付与できた。4つでも同様。3つ以上付与したとき魔力が揺らいで見えた。陽炎のようで、まるで生きているかのように不思議な揺らめき。仮説を立てて試してみる。
「フォルランさんに『睡眠』をかけてみてもいいですか?」
「いいよ。眠るだけだろう?」
『睡眠』をかけると、フォルランさんは直ぐに眠った。自分からお願いしたけど不用心だな…。お人好し加減を心配してしまう。
それはさておき、眠っている内に腕輪に1つの魔力を付与すると、すんなり付与できた。数を増やしても何回付与しても同様だった。確認できたので『覚醒』でフォルランさんを起こす。
「う~ん!なんかスッキリした!よく眠ったような気分だ!」
「実際寝てますからね。次は目を瞑ってもらっていいですか?」
「いいよ。はい」
目を瞑っている隙に魔法を付与すると、やっぱり付与することができた。だが、魔力は揺らめいている。
「ありがとうございます。なんとなく原因が掴めました。確証はないんですが」
「さすがウォルト!なにが原因なんだ?」
「魔力の付与を邪魔しているのは…フォルランさん自身です」
「そうかぁ…やっぱり俺が邪魔してるのかぁ。さすが俺っ!………って、嘘だろう!?」
フォルランさんはテラさんのような反応を見せる。ひょうきんなエルフ。
「多分、無意識に腕輪を着けるのを嫌がってます。だから魔力で掻き消してるんじゃないかと」
「まぁ、着けなくて済むなら着けたくないけど。嫌だってほどでもないけどなぁ」
「眠っている間は完全に付与できました。意識がないから反応できないんです。目を瞑ったときは魔力に反応しました。無意識に探知して反応したんだと思います」
「そうなのか?本人の知らない内に、実は嫌がってるなんて意外だなぁ~。嫌よ嫌よも好きの内なんて言うし!」
この人は……なにを言ってるんだろう…?
「ウークで付与されたときは、何人同時に付与してましたか?」
「2人だよ。それ以上同時にやっても上手く絡み合わないって言ってた」
それなら辻褄は合う。
「3つ以上同時に付与したときに掻き消せないのは、フォルランさんが魔力操作できるのが2つまでだから相殺できないんだと思います」
魔力が揺らぐのは、おそらく困惑している心境を表してる。そう感じた。
「俺はそんなことできないよ。そもそも魔力操作のやり方も知らない」
そうなると、無意識で付与される魔法を解除していることになる。フォルランさんは魔力混合も驚異的な速度で習得していた。そんなはずないと思うけど一応聞いてみる。
「魔力を操作できないのに、どうやって魔法を覚えたり使ってるんですか?」
「全然記憶にないけど、最初は気付いたら使えるようになってたんじゃなかったかな?キャミィに聞いたほうがいいかもしれない」
「覚えるのはどうですか?」
「教えてもらって、ちょっと練習したらできた…ような気がする。この間もウォルトの言う通りにやっただけだしな!」
先天性の魔法使いは確かに存在するので、考えられなくはないけれど…修練もせず、あれほどの魔力操作ができるようになるのか疑問が残る。でも、フォルランさんは勘違いはしても噓を吐くような人じゃない。
「もしよかったら、ボクと少しだけ魔法の修練をしてみませんか?」
「いいよ。面白そうだ」
「では、表に出ましょう」
更地に移動して、先ずはボクがフォルランさんに魔法を見せる。
「ボクと同じ魔法を使ってもらいたいんですが」
「多分できないけど、やってみようか」
「いきます。『鷲の風切』」
翳した手から風の刃が吹き荒れた。
「ウォルトはエルフの魔法も詠唱できるのか!本当に凄いな!」
「この魔法なら、フォルランさんが使っていたので使えるはずだと思って」
昔はこの魔法でスカートをめくったり、風に乗ってお風呂を覗いていたと聞いた。
「よぉし!見ててくれ!『鷲の風切』!」
フォルランさんの手からそよ風が吹く。ふわっと更地の草が風に靡いた。
「あれ?おかしいな。もっと強く吹くと思ったけど。『鷲の風切』」
何度か詠唱するも、全く変化は見られない。
「じゃあ、ボクの言う通りに詠唱してみて下さい」
魔力操作と発動させるイメージについてざっくり説明する。
「だいたいわかった!」
「では、もう一度お願いします」
「うん。『鷲の風切』」
フォルランの翳した手から旋風が巻き起こる。
「今のはいい感じだったよな!」
「はい。じゃあ、次は『炎龍』を詠唱してみます」
「多分使える!いってみよう!」
最初は小さな炎しか発現しなかったけど、イメージと魔力操作について簡単に説明すると、数倍威力が高い『炎龍』を放った。
「ウォルトは説明が上手いなぁ」
「そんなことないです。最後にもう一度だけ『鷲の風切』を使ってもらっていいですか?」
「いいよ」
すると、笑顔でそよ風を吹かせた。ここまでの流れで確信する。フォルランさんは、魔法の扱いに関しては天才的だ。ただし、直ぐに忘れてしまうのが欠点。
わざと細かい説明を省いているのに、突如上達したかのように威力が上がる。魔法を操るセンスが桁違い。元々覚えていて思い出している可能性もあるけど。
『炎龍』のコツを覚えたら『鷲の風切』のコツは忘れてる。この感じだと、昔は操っていたであろう魔法のことは綺麗サッパリ忘れている。
それでも、天性のセンスで直ぐに習得できそうだ。無意識に腕輪の魔力を解除しているのも過去に習得した魔力なのかもしれない。
天は二物を与えないと云うけど、フォルランさんは魔法の才を与えられた代わりに記憶力を奪われてしまったのかな?
ただ……このままでは……。
「なぁ、ウォルト。俺は色々と忘れっぽいんだよ」
「はい」
「やっぱり腕輪を着けて生活した方がいいのかな?」
「それは…」
無意識に魔法を使ってしまう危険性に、自分でも気付いているのかもしれない。制御できない魔法は天災と変わりない。
エルフであるキャミィ達は、同族が魔法で他人に迷惑をかける可能性を考えて腕輪を装着させたがっているはずだ。
それでも…。
「ボクは反対です」
「なんで?」
「ボクが言うのはおこがましいんですが、フォルランさんは修練を積めばキャミィと同じ大魔導師になれると思います。正直羨ましいです」
「本当か!?ウォルトが羨むような魔法の才能が俺にっ?!」
「その才能を閉じ込めておくのはもったいない気がして。ただのボクの願望なんですけど、才能を磨いて大魔導師になった姿を見たいです。魔法を完璧に制御できさえすれば腕輪を着ける必要もないです」
「俺が大魔導師になるなんて…想像つかないな。でも、ウォルトがそう言うのなら長い人生だから目指してみるのも面白いかもしれない!」
フォルランさんは屈託なく爽やかに笑う。
「なれると思います。フォルランさんは魔法が好きだと思うので」
「そうかな?」
「無意識に腕輪を拒絶するのは、多分魔法が使えなくなるからです」
「別に困ってはいないけどなぁ」
エルフの血がそうさせるのかもしれない。長い歴史を魔法と共に生きてきた種族。ボクが弱くても気質は獣人なのと同じように、フォルランさんも例外じゃないはず。
「ただ、キャミィ達がなんと言うかわかりません」
「大丈夫だよ。修業中はウークに帰らなきゃいいんだ」
「それは…寂しくないですか?」
「100年くらいは大丈夫!その頃にはキャミィも大人になってるだろうし」
ボクの感覚とは2桁違う…。大魔導師になるのを目にすることはなさそうだ。
フォルランさんは歩き出してしばらく進むと、ボクに向き直ってニカッ!と笑った。
「ウォルトに頼みがあるんだ」
「なんでしょう?」
「俺にいろんな魔法を見せてくれないか?魔法を見て感じるモノがあればやる気が起きる気がする!」
「ボクの魔法でよければ構いませんけど、そんなに離れる必要はないんじゃ?」
見せるだけなら傍でも構わないはず。
「自分で受けてみたいんだ。キャミィやフラウが驚いた…ウォルトの魔法を」
「大した魔法じゃないですけど。その前に『聖なる障壁』の修練をしましょう」
「おっと!そうだな!軽く死ぬとこだった!」
さすがと言うべきか、フォルランさんは直ぐに『聖なる障壁』を習得した。




