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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
290/710

290 知恵の輪

「頼まれてた絹が入荷したから、持ってきたよ」

「わざわざありがとうございます」


 訪ねてきてくれた馴染みの商人ナバロさんに冷たいお茶を淹れて、頼んでいた絹の確認を終える。

 今回は3人分を作るので、前回より頼んだ量も多い。それでも、余裕で作れそうな大きさの見事な絹だ。


「良質なモノをありがとうございます。では…」


 すかさず対価の話をしようとしたけど…。


「最近君に教えてもらった茶葉のおかげで、収益が上がってるんだよね」


 先に呟かれた。思いがけず後手に回る。とても嫌な予感がする。でも、まだ間に合うはずだ!


「今回は魔力回復薬と解毒…」

「対価はいらないよ」


 予想通り食い気味に断られた…。そういうワケにはいかない。絹はかなりの高級品。しかも前回と同じく上質。たとえ正座させられようと無償なんてあり得ない。


「さすがにそれはできません」

「そう言うだろうと思ったけど、最後まで話を聞いてほしい」

「はい。聞きます」

「今回は、絹の対価としてお願いしたいことがあるんだ。できればで構わないよ」

「なんでしょう?」

「コレを見てもらいたいんだけど」


 ナバロさんがリュックから取り出したのは、2本の細い鉄棒が絡み合った鎖のようなモノ。釘を曲げて輪を作ったような形をしていて掌に載るくらいの大きさ。


「コレはなんですか?」

「王都で流行ってる【知恵の輪】っていうモノなんだ」

「知恵の輪?」


 初めて耳にする言葉だ。確かに輪になってるけど知恵って…?


「玩具なんだけど、絡み合ってる部品を切り離す単純な遊びで奥が深くて面白いんだ」

「切り離すだけなのに…ですか?」

「やってみるかい?」

「はい。是非」


 手渡された知恵の輪を外そうと試みる。簡単そうに見えて全然外れない。


「外れないですね」

「ちょっと貸してもらっていいかな?」


 ナバロさんに返すと、あっという間に切り離してしまった。注目してたけど力で無理やり外してない。するっと外れた。


「なるほど。ひねって少しだけ隙間が広くなる角度で外すんですね」

「ボクは外し方を知ってただけだよ」

「面白いです。単純に見えて難しい」


 苦労して正解に辿り着いたときの爽快感と達成感がある。造りはシンプルなのに奥が深い。珍しいモノを見せてもらえて嬉しい。


「それで本題なんだけど」

「はい」

「幾つか知恵の輪を作ってもらえないかと思って」

「ボクがですか?」

「ウォルト君は器用だからできるんじゃないかと思ったんだ。別に同じモノでも構わない。タマノーラやフクーベの皆に売って、遊んでもらいたくてね」


 なるほど。技術料ということ。


「絶対にできるとは言えないですけど、是非作ってみたいです」

「よかった。時間はかかってもいいからお願いできるかな」

「できなかったときは対価を渡します」

「それでいいよ」


「よかったら材料に使って欲しい」と釘程度の太さの鉄棒を数本と、手に入れた知恵の輪を3つ手渡してナバロさんは帰路についた。

 



 修練や畑仕事、そして夕食も入浴も終えて知恵の輪製作の態勢を整えると、預かった知恵の輪を解きながら注意深く観察する。


 簡単そうなのに全然外れない。一見単純なのに実際やってみると難しい。同じ形をした2つの輪を繋げているだけなのに、簡単には外れない不思議。知恵を絞って時間をかけながら解いていくと、制作者の思考が少し読めてきた。錯覚と思い込みを上手く利用するのか。逆算的な思考で作ったのかな?

『こうすれば外れるんじゃないか?』とか、『閃いた!』という気付きの通りに解こうとすると大抵失敗に終わる。むしろ、行き着く途中に正解があることに気付かず素通りしてしまったり、もう一手間加えるのが正解だったりする。

 それに気付かず「あれ?おかしいな?」と振り出しに戻ってしまうんだ。遊ぶ者の思考を読んで楽しんでもらえるように作り上げてる。凄い知恵だなぁ。

 新たなモノを創造できる人を心から尊敬する。なんであろうと最初に考え出した者は偉大だ。


 既存をよりよく進化させることも素晴らしいことだけど、新たなモノをこの世に生み出すことのほうが遙かに困難で敬意を払う。

 それは魔法も同様で、自分の技量では改良や考案はできるけど創造はできない。いつか自分だけの魔法を編み出せたらどんなに素晴らしいだろう。


 ちょっと思考が逸れたので気を取り直す。どんな知恵の輪にしようかな?同じモノを作るのはさほど難しくないけど、子供から大人まで楽しんでもらえそうな知恵の輪作りに挑戦してみたい。


 この日から数日間、暇があれば知恵の輪作りに精を出した。訪ねて来てくれたオーレン達やチャチャも意見を出してくれたりして、幾つかの知恵の輪を作り上げることができた。

 


 ★



 数日後。


 完成した知恵の輪を持って、ウォルトがナバロの商会を訪ねた。ナバロは店の奥で休憩してもらって、労うようにお茶を淹れて差し出す。


「知恵の輪ができたので持ってきました」

「無理したんじゃないのかい?」

「楽しかったです。希望に添えるかわかりませんが、幾つか作れました」

「さすがだね」


 背負ってるリュックから小さな袋を取り出す。材料は細い鉄棒しか渡してないのに、なぜかこんもりしている袋を受け取って、不思議に思いながら中を覗き見る。


「結構作ってくれたね」

「1つずつ説明したいんですけど、時間はありますか?」

「店番を変わってもらったから大丈夫だよ」

「では、手短に」


 ウォルト君曰く、参考に預けたのと同じモノも製作したけれど、少しアレンジを加えているから解き方が違う。結局同じモノは作らなかったらしい。売るとき答えを聞かれても困らないように解き方を伝えておきたいみたいだ。アフターケアも万全の白猫獣人。


 まず手に取ったのは、ハートの形をした輪が繫がる知恵の輪。


「女性向けに作りました。少し小さめなので、あえて切り離して恋人と揃いのネックレスにもできます」

「なるほど。喜ばれそうだね」

「女性の意見を取り入れてみました」


 次に説明してくれたのは、ちょっと棒が太くて単純な知恵の輪。


「獣人用に作ってみました。力が強くて怒りっぽいので、しっかりした作りでイライラしても投げ出さない難易度に仕上げたつもりです」

「よく考えてるね」

「獣人の友人のアイデアです。複雑すぎると獣人は楽しめないと言われて」

「なるほど。ところで、ずっと気になってるんだけど、コレは?」


 僕が手にしているのは木製の球体。渡された袋には幾つか木製の玩具が入っていて、袋が膨らんでいた原因でもある。

 表面は綺麗に研磨されて滑らかな玉だけど、所々継ぎ目があって木の色が違う。このままでも工芸品として飾っておけそうな作りだ。


「知恵の輪の逆で、組み立てて遊ぶモノです。子供向けに作ってみました。全部バラバラにできて、木の色が違うのはヒントです」

「積み木のような感じ?」

「はい」


 ウォルト君は、パーツを全て分解して改めて組み立てて見せた。本当に器用だと感心する。どうやって綺麗に研磨したんだろう?


「綺麗に嵌まるね」

「子供が遊ぶなら角が少ない方が安全だと思います。そんなに難しくないのもポイントです」


 20種類以上の知恵の輪について、丁寧に解き方を教えてくれた。僕からすれば彼は賢いとか器用を通り越してる。表現する言葉が見つからない。


「コレで終わりです」

「ありがとう。どうにか理解できたよ。製作は1人で?」

「はい。楽しかったです。使って楽しんでくれる人がいるといいんですが…」

「心配無用だよ」


 絹の対価として充分過ぎると伝えたけど、ウォルト君は茶葉を持ってきていて「楽しかったので」と渡されてしまい、返す間もなく逃げられてしまった。とんでもなく足が速い友人。



 ウォルト君が住み家に戻ったあと、店番をしていたところに常連のお姉様達が現れた。


 3人は若い頃から大の仲良しで、ウォルト君の茶葉に異常な執着を示すお茶通(グルメ)でもある。


「ナバロ。ウォルトさんが来てたって聞いたよ」

「茶葉が入荷したんだね?」

「もう帰ったのかい?」

「はい。さっきまでいたんですが」


 なんて耳の早さだ…。四六時中店の外で見張ってるかのようでちょっと怖いな。


「茶葉もありますが、ウォルト君から皆さんに贈り物を預かってます」

「ウォルトさんから?なんだい?」

「こちらをどうぞ。「いつも茶葉を買って頂いている感謝の気持ちです」と言ってました」

「「「なんだい、こりゃ!?」」」


 お姉様達にそれぞれ手渡したのは、絹のスカーフ。ワンポイントで綺麗な花が刺繍されている。

 必要な分を使った余りで作ったと言っていた。売ればいい値段が付く代物だ。彼の刺繍や縫製技術は職人並み。


「ウォルト君が1人1人に似合うと思う花を刺繍したそうです」


 お姉様方は乙女のような表情を浮かべている。ちょっと……いや、かなり怖い…。


「こんな立派なモノを…。いい男だねぇ」

「器用なもんだよ…。年甲斐もなく胸が高鳴る」

「それに比べてナバロは冷たいねぇ…。私らを、いつも面倒くさい顔で見てくるもんねぇ」

「小さい頃はオムツも替えてやったのに」

「最近調子に乗ってるんじゃないのかい?」

「ババア、早く逝っちまえ!って顔に書いてるね」

「そんなことないですよ!これっぽっちも思ってませんし!いつも皆さんには感謝してます!」


 予想外の角度から刃が飛んできた。てっきり機嫌よく帰ってもらえると思っていたのに、弁明することになるなんて…。

 結局、茶葉とスカーフを手にしたお姉様方はご機嫌な様子で帰って行く。なんだかんだお姉様達は優しいので、買い占めたりせず他の人が買う分の茶葉をしっかり残してくれるから有難い。


 とりあえず、知恵の輪については明日にでもフクーベと商会で売ってみよう。





 明くる日。


 朝早くからフクーベに向かって、いつも露店を開く場所で商いの準備を始める。


 すると、直ぐに人が集まってきた。


「ナバロ。今回もなにか面白いモノがあるのか?」

「待ってたよ」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」


 最近はフクーベでも少しだけ顔が売れて、珍しいモノを売る商人だと認識されてる。嬉しい限りだ。わざわざタマノーラまで買いに来てくれる者もいる。


「面白いかはわからないけど、今回は大人も子供も遊べる玩具だよ」

「へぇ」

「どんなのだい?」

「王都で流行ってるって聞いたんで、ちょっと仕入れてみたんだ。知恵の輪って言うんだけど」


 傷薬などの商品を綺麗に並べ終えると、試しに知恵の輪を実演してみる。皆、興味を示してくれた。


「単純だけど面白い。よく考えてるな」

「人にやらせても面白いかも!」

「このくらいなら獣人の俺でもできそうだぜ」

「ハートの可愛い♪私、買うわ」

「買えるのは1つまでだよ。どれでも70トーブだ」

「安っ!」

「相変わらずだなぁ。もっと高くても買うのに。もったいない」

「俺が売るのはこの値段でいいんだ」


 珍しいモノが高く売れるのは当然。でも、この価格でも全て売れたらウォルト君に渡した絹の仕入値と同額になる。対価だからそれで充分。

 薬も知恵の輪も順調に売れていく。予想通りの展開に、忙しくも楽しさを感じていると女性が話し掛けてきた。


「2つもらっていいかい?」

「悪いけど売れるのは1つまでなんだ」

「買うのはこの2人さ」


 女性に促されて前に出てきたのは、まだ小さな子供。おそらく兄妹だろう。少し離れた場所からずっとこちらを見ていたのには気付いていた。


「それなら構わないよ」

「いいってさ。ほら、選びな」

「おねえさん…ホントにいいの…?」

「いいんだよ。もたもたしてると他の客が来る。早く選びな。その代わり約束は守ってもらうよ」

「うん」


 その後、兄妹はそれぞれ欲しいモノを選ぶ。木製のパズルと比較的簡単な知恵の輪を1つずつ。


「それでいいのかい?」

「うん!」

「これがいい!」

「そうかい。じゃ、アタイはコレを買おうか」


 女性は最も難易度の高いモノを買った。ウォルト君に教わっても、中々覚えられなかったくらい複雑な知恵の輪。


「ありがとう。全部で210トーブだよ」

「…はぁ。安いねぇ」

「え?」

「こっちの話さ」


 女性は代金を払って子供に向き直る。


「じゃ、このバッグを家まで運んでもらおうか」

「うん!」

「任せて!」


 男の子は受け取ったバッグをしっかり抱きかかえる。身体に比べて大きい。心配になって思わず声をかける。


「大丈夫かい?」

「だいじょうぶ!はこぶやくそくだから!」

「約束?」

「アンタの商品が欲しいけど、買う金がないんだとさ。だから運び屋として雇ったんだよ。ココから家までの荷物運びをね」

「おにいちゃん、おもくない?きつくなったらわたしがかわる!」

「だいじょうぶ!かるい!」


 よく見ると中身は入ってなくて軽そうに見える。小さな子供でも持てるほどに。お人好しな女性だな。


「アタイをお人好しだと思ったかい?」

「そうだね。思った」

「正直だねぇ。まぁ、アンタとコレを作った奴ほどじゃないよ」


 女性は笑って知恵の輪を見せてくる。


「君は…彼の知り合いなのか?」

「アタイの弟分なんでね。本当に欲しいと思った人が手に取って遊んでくれるのをなにより喜ぶだろ?」


 言われてみれば、目の前の麗しい女性は猫の獣人。嘘を吐く理由もなく、会話からも真実だと思える。


「それは間違いない。君が買ってくれて嬉しいんじゃないか」

「アタイも欲しいだけさ。それにしても、安く売りすぎじゃないかい?」

「渡した商品の対価に作ってもらったから儲ける必要がないんだよ。利益が出ても受け取ってくれないしね。姉貴分ならわかるだろ?」


 苦笑いしながら語る。


「アンタもウォルトに負けず劣らずのお人好しだよ。じゃあね」

「ウォルト君には負けるよ」


 ふわりと柔らかく笑った女性は、子供達と会話しながら歩き出した。初めて彼の知り合いに会ったな。優しげで美しい姉貴分だ。



 その後、持ってきた商品は全て売れて、タマノーラに帰って売り出した残りの知恵の輪も即完売した。

 家に帰ったキャロルが、どれだけ頭を捻っても知恵の輪を解くことができず、イライラして文句を言いたくなったのは余談。

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