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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
288/711

288 俺だってお祝いしたい

 ウォルトの誕生日から2日後。


 更地で修練に勤しんでいると、オーレンが住み家を訪ねてきてくれた。


「おはようございます」

「おはよう。いらっしゃい」

「遅くなりましたけど、22歳の誕生日おめでとうございます」

「ありがとう。わざわざ来てくれたの?」

「ホントは当日に来たかったんですけど」

「いや。すごく嬉しいよ」


 実は、少し前からウイカとアニカの動きが怪しいことに気付いて、しつこく問い詰めたときウォルトさんの誕生日を知った。

「俺も行く!」と言ったのに、「今回だけは4人で行きたいから譲ってほしい!」と言われて泣く泣く諦めた。


 いや、諦めさせられた…と言った方が正しい。ウイカと話していたとき、背後に『火炎』を詠唱する準備を整えたアニカがいた。

 アイツの目は本気だった。意地を張ってたらココに来ることはできてない。最近では、姉妹から狂気すら感じる。家ごと燃やすつもりだったのか…?


「とりあえず中に入って」

「お邪魔します」


 ウォルトさんが飲み物を淹れている間に、持参したプレゼントを渡す準備をしておく。 喜んでもらえるといいけど。


「カフィ、淹れたよ」

「ありがとうございます。…ウォルトさん、誕生日プレゼントです」


 リュックからプレゼントを取り出して手渡す。


「ありがとう。気を使わなくていいのに…」

「いつもお世話になってますから。大したモノじゃないんですけど」

「開けるのは来年でもいいかな…?」

「直ぐに開けて下さい」


 言ってる意味がわからない。1年も寝かされたら、ハードルが上がりすぎてガッカリされる。自分がなにを渡したのかも忘れてしまいそうだ。


「…じゃあ開けるよ」


 ウォルトさんは真剣な表情でそっと包装紙を開いた。包まれているのは1冊の本。表題と著者名を目にして耳がピン!と立つ。

 

「ブライトさんの新刊だ!」


 喜んでくれてる。よかった。


「前にこの人の本を読みたいって言ってたましたよね。先週発売されたばかりみたいです」

「凄く嬉しいよ!あとでゆっくり読ませてもらう」

「喜んでもらえてよかったです」

「お返しに渡せるモノがあったかな…?なにかないか…?そうだ!オリハルコンのナイフとか…」

「やめて下さい。とんでもないこと口走ってますよ」


 市販されてる本の対価にオリハルコンのナイフは釣り合わない。そもそも持っているはずない。普通ならホラ話以外のなにものでもないけど、ウォルトさんは噓を吐かないから本当に持ってるか、自分で作れるんだろう。相変わらず信じ難い人だ。


「じゃあ、剣の修練に使えるモノならどうかな?」

「なんでしょう?」


 ウォルトさんは自分の部屋から細い剣を持ってきた。刃に鋭さはなくて、かなり細いけど俺の剣より長い。握る箇所に滑り止めの布が巻かれてる。


「ボクが素振り用に作ったんだ。鍛練用に使えると思う」


 魔法だけじゃなくて剣の修行もしてるのは知らなかった。きっと俺のタメでもあるんだろうな。


「貸してもらっていいですか?」

「ちょっと重いから気を付けて」

「わかりました」


 受け取ると、ズン!と両腕が下がる。


「重っ!」

「この剣を常日頃から振っていれば、木刀や普通の剣に持ち替えたときかなり軽く感じるんだ。どうかな?」


 ウォルトさんが片手で軽々素振りしてみせる。俺から見るととても非力には見えない。


「欲しいです」

「使ってくれると嬉しいよ」


 見た目はただの細い剣なのに愛剣の何倍も重い。色と質感からしておそらくもらったナイフと同じ材質。

 冒険者仲間に聞いたら、貰ったナイフの素材はガルヴォルンと呼ばれる鋼でレアな素材らしい。加工の腕も一流で、売ればかなりの高値で取引されるだろうと言われた。滅多なことでは欠けないので間違いなく一生モノだと。

 売るつもりはないけど、万が一売ったりしてバレたらアニカ達に半殺しにされた挙げ句、パーティーを追放されること間違いなし。


「また修練に気合いが入ります!」

「うん。その意気だ」

「あと、今日は調合を教わりたいです」

「じゃあ、昼ご飯まで調合をやろうか」

「お願いします!」


 剣と魔法の修練に加えて、最近では薬の調合も教えてもらってる。治癒魔法はウイカがいれば万全と言っていいけど、冒険では魔力切れや負傷で戦線離脱する可能性もなくはない。備えあれば憂いなし。

 最近では、アニカとウイカが魔法に特化して成長を続けているから、それ以外は全て俺が請け負ってる。補助的なことをやるのは嫌いじゃないし、むしろ自分に向いているんじゃないかと思い始めてる。


「今から作る薬は解毒薬だよ。まずは…」

「はい」

「この配合だと効果が薄まる。ただし…」

「なるほど…。もし、この場合は…」

「いい感じだけど、もっとこうすれば…」


 調合を教わりながら思う。ウォルトさんの本当に凄いところは、高度な魔法を操る技量でも、白猫流剣術の腕前でも、薬の調合技術でもない。

 それは『賢い』こと。膨大な知識を元に、何事も基本から応用まで幅広くこなす柔らかい思考とあらゆる状況変化への対応力。覚えたことを独自に進化させて、よりよいモノを生み出す発想。

 物覚えの悪い弟子でも理解できるような語彙力を備え、理論と感情を交えながらやる気を引き出す指導力。

 なにをやらせても本当に器用にこなす凄い獣人。苦手だという人付き合いを除けば、ウォルトさんにはできないことなんてないと思える。

 昔、アニカが言っていた「ウォルトさんは森の賢者だ!」という台詞もあながち的外れじゃない。


 正午過ぎまで調合を続けて昼食をとる。今日の昼ご飯はとんでもなく美味い。


「めちゃくちゃ美味いです!」

「オーレンの好みに合わせて作ってみたんだ」


 そんな師匠の気持ちに感謝していると、ふと思い出した。


「ウォルトさん。ちょっとお願いがあって」

「なんだい?」

「人形劇って知ってますか?」

「手にはめたり糸で吊って人形を動かす劇のこと?」

「そうです。今度フクーベの孤児院で冒険者仲間と一緒にやろうとしてて」


 少し前に、孤児院が依頼したクエストを受けたことが縁で親交を深めた。その時、「運営費に余裕がないので子供達が楽しめるような娯楽がない」と聞いた。

 冒険者の有志でなにかできないか話し合った結果、素人でもできそうで子供達が喜んでくれそうな人形劇をやることになった。


「ボクにお願いって?」

「人形の作り方を知ってたら教えてもらえないかと思って」


 ウォルトさんは腕を組んで目を瞑る。少し経って目を開けると笑顔を見せた。


「作ったことはないけど、作り方は想像できるから教えられるよ」

「やった!お願いします!」

「人形は2種類あるけどどっちがいい?」

「2種類というと?」

棒操り(パペット)糸操り(マリオネット)だね。パペットの方が操るのは簡単だと思う」

「じゃあパペットでお願いします!俺達は不器用なんで」


 住み家にある材料で人形を試しに作ってみることになった。簡単にぬいぐるみと木彫りの人形を作って、細い棒を付けて操ってみると中々難しい。


「操るのは慣れが必要だね」

「持って帰って練習します」

「どんな劇をやるつもり?」

「『勇者と囚われの姫』です」

「定番だけど、素人には難しそうな演目だ」

「子供達のリクエストで、やっぱり人気があるみたいですよ」


『勇者と囚われの姫』は有名な童話で、魔物にさらわれてしまった美しい姫を、勇者と呼ばれる勇敢な若者が苦難と成長の末に救出し、結ばれて幸せを得る話。世界中で愛される誰もが知る名作。


「披露するのはいつ?」

「決めてないんです。皆の都合が合う日を探してる段階で」


 何人でやるのか?配役は?大きさは?幾つかウォルトさんが確認を終えて提案する。


「もしよければ、人形作りはボクに任せてくれないかな?」

「いいんですか?結構大変だと思うんですけど」

「モノづくりが趣味だからやってみたい。でも、皆で作ったモノのほうが気持ちが伝わるかもしれないね」

「いえ!1人でも多く関わってくれたらその分気持ちもこもります。お願いします」


 賛同してくれた冒険者に工作が得意そうな人はいない。人形を作ってもらえるなら正直助かる。買おうにも特注になるから売ってない。


「じゃあ、次来たときに渡すよ。練習用は数を揃えられそうだから、今から作って渡そうか。時間はある?」

「あります。材料費と技術料は俺が出します」

「いらないよ。ボクが好きでやるんだから。それに、誕生日プレゼントのささやかなお返しだと思ってくれたら」

「明らかに貰いすぎですけど…」


 午後から人形作りの材料集めと練習用の人形を製作する。手際よく作業するウォルトさんの手伝いを可能な限りこなして帰路についた。




 フクーベの家に帰宅すると、アニカとウイカが居間で談笑していた。


「ただいま」

「おかえり。無事にプレゼント渡せたの?」

「渡せた。喜んでもらえたぞ」

「来年見るって言われたでしょ!」

「言われた。なんでなんだ?」

「もったいなくて開けれないんだって。ところで、手に持ってるのはなに?」

「コレか?この間言った人形劇の練習用の人形。ウォルトさんに作ってもらった」

「マジで!?」


 丁寧に包んであった人形を取り出す。


「本番用も作ってくれるってさ。有り難いよ」

「よし!冒険の合間に練習してウォルトさんを驚かせよう!」

「他の皆にも渡さないとね」

「題目は『優しい白猫と純情乙女魔導師』をやろう!楽しみすぎ!」

「そんな話ないだろ。勝手に作んなよ」

「うるさい。カネルラでは有名な話だよ」

「どんな話か言ってみ」

「知らないの?森で暮らす白猫の獣人に命を助けられた女魔導師が、恩返しをしていく内に互いに恋に落ちる純愛物語だ」


 コイツ、頭おかしいんじゃないのか?


「それをウォルトさんに見せる気か?大体、もうやる演目は伝えてるからな」

「くっ…!やられた…!」

「でも、ウォルトさんが作る人形は見てみたいかも」

「破壊力ありそうだよね!」

「とりあえず練習しようぜ。ウォルトさんにがっかりされないように」

「子供達に楽しんでもらわなきゃ!」

「やるからには本気でやらなきゃだね」


 その日、3人で夜遅くまで稽古を続けた。

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