286 変身。その2
ウォルトを眠らせてから4人で話し合う。
「さて…どうしようか?」
「起こしたら、またキザ男状態かもしれませんね」
「あの状態も嫌いじゃないけど、予想してたオラオラ系とは違いました!」
「私に任せて下さい。兄ちゃんを床に寝せてもらってもいいですか?」
腹立たしげな様子でチャチャはどこかへ向かう。なにをする気だろう?
残された3人で椅子に座ったままのウォルトをそっと床に寝かせると、チャチャは桶を手に戻ってきた。
「桶なんかどうするの?」
「みんな離れて下さい……せぇい!」
「えぇぇっ!?」
言われた通り離れると、チャチャはウォルトの顔面に水をぶちまけた。跳ねるように起き上がる。
「ぶはっ…!ゲホッ!ゲッホッ…!ゴホッ…!」
「兄ちゃん、おはよう」
まさかのワイルドな起こし方。毛皮から床まで水浸し。
「ゴホッ…!チャチャ…ゴホッ…!ありがとう…」
「お酒弱いのに、一気飲みなんかしちゃダメだよ。心配したんだからね」
「ゴメン……ゴホッ…!嬉しくて、つい」
「わかってる。でも、サマラさんは兄ちゃんとゆっくりお酒が飲みたいんだから無理はしないで」
「ありがとう…。ちょっと酔い覚ましのお茶を淹れてくる…」
ウォルトは濡れ鼠のまま台所へ向かう。床の乾燥をウイカとアニカにお願いしてから、チャチャは介添えで台所へ向かった。
「やっぱりチャチャが一番しっかりしてるかも」
「普通に叱られてましたね。ちょっとびっくりです」
「しっかり者の妹で鼻が高いです!」
魔力を含んだお茶を飲んで直ぐに回復したウォルトは、さっと諸々乾燥させて謝る。
「心配かけてごめん。お酒弱いのに見栄を張って勢いで飲んじゃって…」
「別にいいよ。どこまで覚えてるの?」
「2杯目を飲もうとしたとこまでだね。眠ってからは一切記憶がない」
「ならいいや!」
「今からは少しずつ飲む」
「あと『頑固』はなしだよ!」
「わかった…って、バレてたのか…」
その後、私達はぐいぐいと、ウォルトは舐めるようにお酒を飲みながら談笑する。いい感じにテンションが上がってウォルトにアピールだ。
「皆が着てる服は私が選んだの!似合ってるでしょ!」
「凄く似合ってると思う。人に合う服を見立てられるなんて凄いな」
「でしょ~!やりがいがあるんだよ!皆はまだ綺麗になれる!」
いいチョイスができたと自画自賛。
「大袈裟ですよ」
「サマラさんとお姉ちゃんは大人っぽいけど、私はまだ子供っぽいです!」
「私は全員に憧れてます」
「いや!皆はまだ伸び代がある!私はもうない!」
「アニカもチャチャも、もっと綺麗になりそう」
年少組は可能性を感じるんだよね。私とアニカはもう大きく変わることはないと思う。
「アニカとチャチャが大人に…か。今すぐなれるけどね」
ご機嫌そうなほろ酔いウォルトが、またおかしなことを言いだした。全員で警戒する。
「どうやって大人になるワケ?さすがに無理でしょ」
「魔法なんだけど、少しの時間ならなれるよ」
「本当ですかっ!?」
「いくら兄ちゃんでも、さすがに信じられないよ」
「なってみる?」
「大人になりたいです!」
「本当なら私もなってみたい」
「わかった。サマラ達を驚かせたいから一緒に来て」
3人はウォルトの部屋に移動した。
「ねぇ、ウイカ。魔法で大人になんてなれるの?無理でしょ」
「聞いたこともないですけど、ウォルトさんが言うなら本当ですね」
「だよねぇ~!常識破りもいいとこだ!」
「ふふっ。いつものことです」
「楽しみだね~」
「2人がどんな風に成長するのか気になります」
…と、ウォルトの部屋から大きな声が響く。
「すっごぉぉ~!チャチャが大人だぁ~!」
「アニカさんも大人ですっ!すっごい!」
2人の興奮する声が聞こえた。かやっぱり噓じゃないんだね。どうかしてるよ、ウォルト。
ドアが開いて、先にアニカが出てきた。姿を見て開いた口が塞がらない。
「大人だ…」
「アニカじゃないみたい…」
幼さの残る容姿から大人の女性に変身してる。身長が少しだけ伸びたグラマラスな美女。短かった髪も肩より長く伸びて、元気溌剌な少女から落ち着いた雰囲気を醸し出す大人の女性に変貌を遂げてる。とにかく出るところが出ているのが印象的で、驚きしかない。
「鏡で見た私が1番びっくりしてる!成長するとこうなるんだね!」
喋るとやっぱりアニカだ。
「びっくりした。将来が楽しみだね~。綺麗だしスタイルが凄いよ。誰でも悩殺できるんじゃない」
「凄く素敵な大人だと思う。よかったね」
「嬉しい!…でもね、チャチャの変化はもっと凄いよ~!チャチャ~!」
アニカに呼ばれてチャチャが出てくる。…目を見開いて息を呑んだ。
「どうでしょう…?」
照れ臭そうに立つチャチャは、身長は私と変わらないほどに高くて、細身で手足の長いスタイル抜群の美女に変身してる。服のサイズが合ってないのが少し残念だけど、それを補って余りある美貌。正直、今のチャチャからは誰一人この姿を想像できないだろうというくらい違う。髪も伸びてアニカより少し長い。
「めちゃくちゃ美人だ…」
「すっごく大人で綺麗…」
「チャチャは伸び代が凄すぎ!」
「お世辞でも嬉しいです」
優しく笑うチャチャの表情は麗しい大人の女性。間違いなく強敵だ!成長が楽しみだけど脅威だね!
「わかってもらえたかな?」
いつの間にか近くにいたウォルトにアニカが尋ねる。
「この魔法はなんて名前なんですか?」
「『淑女の誕生』だよ。エルフ魔法なんだ」
ウォルト曰く、おそらく女性にしか効果がない魔法で、自分も白猫オジサンに変身したかったけどなれなかったみたい。使う機会はないと思ってたけど、2人が喜んでくれたから覚えた甲斐があると笑った。
「ねぇ、ウォルト。今の2人が何歳くらいかわかる?」
「25歳くらいだね」
迷いなく即答した。
「成長する年齢を調整できるの?」
「今のボクにはできない。修練すればできるかも」
「じゃあ、なんで歳がわかるの?」
「………」
急に黙り込んで『言いたくニャい…』って顔してる。
「言いなよ。気になるじゃん。あっ…もしかして…体型を見て予想したとか!」
ニシシ!と揶揄うように笑ってみる。
「気になりますね」
「私も知りたいです!」
「もしかして、兄ちゃんの男としての勘とか?」
「違うよ。変態扱いされそうだから言いたくないんだ」
「そんなこと言わないよ」
「……ホントに?」
「ホントに」
皆も頷いてる。
「ボクは……親しい人は匂いで大体の年齢がわかるんだ」
「変態だ!」
「やっぱり言った!だから嫌だったんだ!」
誰でも体臭は少しずつ変化していて、親しい人に限るけど出会ってからの変化の幅を元に今後の匂いの変化を予測できる。それに当てはめると24~5歳くらい…というのがウォルトの言い分。
「言わないって言ったのに!」
「ごめんて♪どうどう」
変態扱いされて拗ねてしまったウォルトを宥めながらお酒を堪能する。
出してもらったお酒と肴が美味しくてぐいぐい飲めてしまうけど、ウォルト特製の酔い覚ましのお茶も飲んでるから酔い潰れるようなこともない。
「サマラも満足してくれてる?」
「大満足だよ!ありがとう♪」
どうにか機嫌を直してくれたみたい。ほんの1年前までは、一緒にお酒を飲める時が来るなんて思いもしなかった。だからこそ嬉しい。
「そろそろお風呂に入りたいな♪」
「いいよ。準備しようか」
ウォルトは準備でお風呂場へと向かう。
「私は誰かと入りたいなぁ~」
「私が一緒に入りたいです」
「よしっ!今回はウイカと入る!」
「じゃあ、チャチャと私で入ろう♪いい?」
「今だけ大人の2人で入浴ですね」
「お風呂沸いたよ。洗濯する服があれば置いといてくれたら明日洗って渡すから」
「は~い!じゃあ、私とウイカからいい?」
「どうぞどうぞ!」
私とウイカは着替えを持ってお風呂に向かう。私の早脱ぎを目にしたウイカは驚いた。
「どうやってるんですか?」
「つるっと脱ぐだけだよ」
浴室に入ると、のんびり話しながら身体を洗って浴槽に浸かる。
「ふぅ~!お風呂最高だね!」
「気持ちいいですね」
「ウイカ。アニカ達の成長で共通点に気付かなかった?」
「共通点…?体型は違うし…。そういえば、髪を伸ばしてました」
「正解。なんでかわかる?」
「なんで…?……あっ!もしかして、ウォルトさんは髪が長い方が好きなんですか?」
「そうなの。さすがに魔法でも時は超えないと思うけど、仮にそうだとしたらまだ決着がついてないのかもね」
「チャチャが25歳になるまで10年あります。もしそうなら嬉しいですね」
「どれだけ長期間なのさ!って思うよ」
「私達は楽しんでる可能性すらありますよ」
「あるね。同盟の人数が増えてる可能性もね」
「まだ増えるんですか?でも、充分ありえますね」
「アニカとチャチャを見て私は気合いが入ったよ!負けられない!」
「私もです。もっと自分を磨かないと!」
私達が入浴を終えると、入れ替わりでアニカ達が入る。身体を洗って仲良く湯船に浸かる。
「ふわぁ~!気持ちいいね!」
「凄く気持ちいいです」
「チャチャはかなり背が伸びるね。脚長いし狭くない?」
「全然大丈夫です。アニカさんも少し背が高くなってますね。それに…胸が凄いです」
「自分でもびっくり。正直重いよ!」
「羨ましいです。兄ちゃんは、大きいのと小さいのどっちが好きなんでしょう?」
「大きい方だと嬉しい!これだけは皆に勝てる自信がある!」
「ふふっ。サマラさんならわかるかもしれないです」
「この歳になるまで皆で楽しくやってるかな!」
「そうだといいですね。若しくは奪い取ろうとしてるかも…」
「あり得るね!勝った人は「これからもかかってきなさい!」とか言ってそう!」
「サマラさんとアニカさんなら…ですね」
「チャチャなら?」
「私なら独占して勝ち誇ってます」
それぞれ入浴を終えると、ウォルトに髪や毛皮を乾かしてもらった。
「ウォルトさん!私とチャチャが一向に元に戻る気配がないんですけど!」
「魔法の効果はあと少しだけど、解除すれば今すぐ戻せるよ。解除しようか?」
「まだ大丈夫です!」
「私はお願いしていい?このままじゃ寝間着のサイズが合わないから」
「いいよ」
ウォルトが魔法を解除すると、淡い光が身体を包んでいつものチャチャに戻った。
「やっぱりこの方が落ち着く」
「ボクも見てて落ち着くよ」
「もしかして…動揺してた?」
「そうだね。大人のチャチャは魅力的で心臓に悪い」
「もう1回かけてもいいけど」
「今日はやめとこう」
チャチャが少しだけ不満そうな表情を見せたとき…。
「あっ!」
アニカが髪を梳いていた櫛を落とした。近くのウォルトが拾おうとしたとき、同時に屈んだアニカの豊満な胸の谷間が目に入った。
「~っ!」
異常なほど顔を真っ赤にして目を瞑ったウォルトを見て全員が思った。大きいのが好きなんだな…と。
アニカは満面の笑みを浮かべて、赤猫ウォルトに魔法の解除をお願いした。




