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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
282/715

282 【白猫と淑女】の冒険

 フクーベを出発してから2時間。4人は無事にダンジョンの入口に辿り着く。


 ウイカはウォルトが言っていたという「気合いが必要」の意味に気付いた。


「チャチャ。ウォルトにはキツいね」

「間違いないです。私でもキツいです」


【忘却の海原】は塩水の湖エンコの直ぐ傍に所在している。塩の香りが強すぎて嗅覚が鋭い獣人には辛そう。ダンジョンの中からも匂ってくる。私とアニカは、塩の香りがするくらいにしか感じない。


「サマラさんとチャチャ。コレを」


 水筒の水で湿らせた手拭いを渡す。鼻から口に巻いて少しでも匂いが軽くなれば。少し息苦しいと思うけど。


「ありがと!助かるよ!」

「コレだけでもかなり楽です」


 サマラさんとチャチャは、それぞれの武器を装備する。


「手甲だ。サマラさん、格好いいです」

「チャチャの弓も似合ってるよ!さすが狩人だね!」

「準備できましたか?今から【白猫と淑女(アルビーナブラウ)】の初陣ですよぉ~!」

「「白猫と淑女?」」


 アニカが拳を突き上げた。サマラさんとチャチャに説明する。


「アニカが考えたパーティー名なんです。ウォルトさんが加入してオーレンが抜けた場合の」

「いいね!オーレン君には悪いけど、格好いいから今日だけ許してもらおう!白猫いないけど!」

「淑女じゃないけど頑張ります!」

「あと、今日の限定パーティーリーダーはウイカね!誰かいた方がでしょ!」

「えっ?!サマラさんがいいんじゃないですか?」


 初心者には荷が重い。私よりせめてアニカの方が…。


「私はすぐ無茶する自覚があるから!チャチャは初めてだし!微妙な判断は任せる!」

「私も異議なし!お姉ちゃん、よろしく!」

「ウイカさん。よろしくお願いします」

「わかりました。今日だけリーダーやります」


 なんでも経験しておいて損はないもんね。


 ダンジョンに足を踏み入れると、中は鬱蒼として壁や地面にびっしり苔が生えている。まるで水際のような雰囲気。若干だけど幻想的ですらある。


「なんか…このダンジョン湿っぽいね」

「じっとりしてますね」

「なんか生乾きです!」

「苔とかも凄くて足場が悪いですね。気を付けないとコケちゃいそうです」


 特徴的ってこういうことなのかな。


「早速、魔物が出たね」


 前方に現れたのは、リクガメみたいな姿をした魔物。大きさはさほどでもないけど甲羅が硬そう。


「ウイカ、知ってる魔物?」

「初めて見ます」

「まずは私がいっていい?無茶しないから」

「はい。気を付けてください」


 駆け出したサマラさんは、一気に間合いを詰める。魔物は動きが鈍くて避ける気配もない。


「てぇい!」


 頭部を殴られる直前に一瞬で甲羅に隠れた。隠れるときだけ動きが俊敏。ガキィン!と手甲の音が響く。


「かったぁ~い!」


 魔物は反撃しようと顔を出して噛みついてきた。


「おっと、危ない」


 軽やかに躱して再度攻撃しても、やはり甲羅で守られてしまう。このままじゃ埒があかない。効果的な攻撃は…。


「チャチャ。頭を狙える?」

「任せて下さい。サマラさん!離れて!」

「はいよっ!」


 声に反応してサマラさんが飛び退くと、魔物が頭を出した瞬間に矢が突き刺さって魔物は息絶えた。


「見事な一撃だった!」

「あの一瞬で狙えるなんて凄い」

「ホント凄い!天才狩人の妹だ!」

「大袈裟ですって」

「「「出たぁ~!大袈裟です」」」


 騒ぐ私達の前に次に姿を現したのは蛇のような魔物。陸の蛇とは違う風体。ちょっとミミズっぽい。


「ひぃ~っ…!私、蛇だけはダメなのっ!お願いしていいっ?!」

「私達でいきます」

「任せて下さい!」


 サマラさんを除いた3人で前に出る。


「チャチャ!目を狙って!」

「了解!はぁっ…!」

「ギッ…!シュルルッ…!」


 先制攻撃でチャチャの矢が魔物の目を貫く。私とアニカが暴れる蛇に接近して、牙に注意を払いながらナイフで身体を切り裂いた。鱗も軽々と貫通して魔物は絶命する。


「見たことない魔物ばかりだけど、力を合わせればイケるね!そこまで強くない!」

「中級だって言ってたもんね。でも油断せずにいこう」


 今日だけはパーティーの指令塔として冷静に。その後も、見たことのない魔物を討伐しながら進む。


「私達って強いよね?」

「順調ですけど油断は禁物です」

「そうです!ウォルトさんがいないから細心の注意を払わないと!」

「兄ちゃんはダンジョンでも強いんですか?」

「半端じゃないよ~!魔法が凄すぎて腰が抜けそうになる!私はこないだ一緒にマードックを助けに行ったけど、凄すぎて笑っちゃった!」

「見たらチャチャも惚れ直しちゃうぞ♪」

「惚れ直すって…。ハッキリ言われると恥ずかしいですね」

「言えるのは同志だからだよ!私は嬉しい!ですよね、サマラさん!」

「アニカの言う通り!全員ウォルトが好きなんだから恥ずかしくない!」

 

 満面の笑みで並び立って胸を張る。私とチャチャは並んで苦笑い。


 その後も時間をかけながら順調に進み、5階層を攻略したところで大休止することにした。順調だけど、少しだけ皆の動きが悪くなってきた。気疲れもあるはず。今は休むべきだと思うから。ちょうど腰掛けて休めるような綺麗な石段がある。


 チャチャから提案が。


「休むならご飯にしませんか?」

「いいね。昼ご飯にしよう」

「いいですね」

「腹が減っては攻略できないですから!」


 一応携行食は人数分持ってきてる。魔物も食べられそうだけど、食べたことない魔物ばかりでちょっと怖い。


「言ってなかったけど、皆で食べたい料理があるんです」


 チャチが背負っているリュックから取り出したのは箱形の編み籠。蓋を開けて覗くと、小さな料理が所狭しと並んでいる。妖精か小人が食べる弁当みたい。


「器用だね~。どうやって作ったの?」

「美味しそうだけど、もの足りないかも!」

「コレをですね…こうすると…」


 チャチャが編み籠に小さな魔石を接触させると、一瞬で大きな籠に変化する。料理も大きくなって、とても豪華なお弁当に早変わり。


「すごい!」

「すっごぉ~!今のなに?!魔法!?」

「昨日兄ちゃんに頼んでお弁当を作ってもらったんです。森で食べるって言ったら「持ち運びしやすいように小さくできるよ」って言われてこうなりました。『圧縮』っていう魔法らしいです」


 張り切って作ってくれたんだろうなぁ。楽しそうに作ってる姿が目に浮かぶ。


「相変わらず信じられないことしますね」

「また1つ勉強になった!いなくても弟子に勉強させる凄い師匠だね!」

「私は見たことあったけど、改めて見るとぶっ飛んでる。とにかく…有り難く頂こっか!」

「「「頂きます!」」」

 

 皆で頂くと予想通りの美味しさ。


「やっぱり美味しい!トゥミエが生んだ天才料理猫だ!」

「元気が出ますね」

「最高っ!とにかく美味しい!それしか言えない!」

「どの料理もハズレなしだから兄ちゃんは凄いです」


 ウォルトさんと料理について談笑する。


「私はウォルトに料理で勝つのを諦めてない!…けど、正直勝てる気はしない!」

「私も上達してるんですけど、背中も見えないです。むしろ離されてる気すらします」

「私は最初から諦めてます!とにかくウォルトさんのご飯が食べたいです!」

「この間、初めて作る料理を味見なしで美味しく作ってました。もはや変態です」


 会話しながら食べ進めて、よく冷えた花茶も頂く。


「はぁ…。いないのに、いるかのような安心感…」

「ウォルトさんのおかげで頑張れそうです」

「お代わりがほしい…。いつもなら、まだ3杯はイケるのに…」

「今度住み家に行きましょう。張り切って作ってくれますよ」

「お腹が落ち着いたら先に進もうか!多分そう遠くない気がする!根拠はないけど!」


 チャチャが渡されていた『圧縮』の魔石を使って、編み籠をリュックにしまった。素材探しを再開した私達は、6階層、7階層と順調に進む。


 中階層で採取できると聞いたから、そろそろだと思うけど。


「ウイカ達は魔力とか大丈夫?」

「まだ余裕はあります。回復薬も使ってないです」

「サマラさんとチャチャのおかげだね!」


 アニカの言う通りで、サマラさんとチャチャは予想を上回る強さ。他の冒険者と一時的にパーティーを組むこともあるけど、チャチャはCランク以上、サマラさんに至ってはBランクより上の実力がありそう。

 近距離と遠距離から強力な攻撃を加える2人の活躍で魔法を使う頻度も抑えられて、かなり楽に攻略できてる。


「ウイカ達が上手く立ち回ってくれてるからだよ」

「そうです。フォローもしてもらってますし、魔物の弱点や特性を見抜いて指示を出してくれるから、上手く対処できてます」

「指示をこなせることが凄いんですけど」

「細かいことは言いっこなしだよ!ところで、狙ってる素材は魔物から剥ぎ取るの?」

「そもそもダンジョンの魔物から素材って採れるんですか?」


 サマラさんとチャチャの疑問に答える。


「消滅する場合は、消えるまでに採取すれば可能だよ。アンバーグリスは鉱石の類らしいので普通に採掘できるみたいです」

「お姉ちゃんが知ってます!」

「アニカは知らないの?」

「難しいことはお姉ちゃんに任せてます!私はパーティーの直感と魔法と近接戦闘担当なので!あと、ボタンも!」


 そうなんだよね。私の方が経験が浅いのにアニカは色々任せてくれる。


「オーレンと2人だった頃は私もいろいろ覚えてたんですけど、お姉ちゃんは記憶するのが得意でしっかり者だから任せてます!私はサマラさんとタイプが似てます!」

「アニカと似てる?そうかな?」

「感覚で勝負!…みたいな感じです!」

「それはあるね♪」

「逆に、お姉ちゃんとチャチャが同じタイプです!慎重で理論派というか魔物の弱点や状況を冷静に分析する!」

「そうかな?でも、チャチャと一緒なのは嬉しいな」

「私もです。ウイカさんと一緒で嬉しいです」


 微笑みあう冷静派。


「あぁ~!チャチャは私やアニカと一緒なのは嫌なんだ!」

「姉としては悲しい!」


 騒ぐ直感派をチャチャは苦笑いでフォローする。


「そんなことないです。兄ちゃんにぐいぐいいける大胆な性格だから羨ましいです」

「冒険とは関係ないけど…。まぁ、そうかなぁ~!」

「まぁそうだね!見習っていいよ!」


 腰に手を当てて「エヘン!」と胸を張る直感コンビ。私達の4人で胸が大きいコンビでもある。実は羨ましい。


「私達はこっそり裏で暗躍するから大丈夫だよ」

「2人が浮かれてる間に一刺しですね」

「姑息なっ!」

「ふふっ。立派な戦法です」


 バカ話をしながら8階層に辿り着くと、急に空気が変わった。寒気を感じるような冷気。広い階層の中央に、明らかに今までと違う雰囲気を醸し出す巨大な魔物が鎮座していた。


 山椒魚のような大きな頭部に、立派な前足が2本。大きな体躯は鱗に覆われていて、下半身は魚のようで2つに分かれた尾びれ。もちろん初めて遭遇する。


「この魔物はちょっと強そうだね~」

「眠ってるみたいですね…」

「起こさないように先にいけるかな?!」

「こっそり端の方を行ってみますか?」


 話し声に反応したのか、魔物はゆっくり瞼を開くと私達を見るなり咆哮を上げて突進してきた。


「グオォォッ!」

「とりあえず交戦して、無理だと判断したら即撤退します!」

「了解!」


 突進を躱しながらアニカが斬りつけたけど、辛うじて傷を負わせた程度。ガルヴォルンでも貫けない鱗はかなり硬そう。


「硬いねっ…!」

「アニカ!ちょっと私にナイフ貸して!」

「はい!」


 駆けながらナイフを受け取って、魔物に向かって疾走するサマラさん。この人が怯むことなんてあるのかな。


「てぇぇい!」

「グラァァォッ!!」


 横っ腹を斬りつけると大きく傷が入って魔物が暴れる。


「ちょっと浅かったか!でも貫通する!仕留められそうだよ!とぉりゃっ!」


 サマラさんはさらに跳び上がる。魔法も使ってないのに凄い跳躍力。やっぱり凄い。

 

「食らえっ!てぇい!」


 頭にナイフを突き立てようと構えた瞬間、暴れていた魔物が大きな口を開けた。


「ブロロオォォッ!」

「うわぁっ!」


 開いた口から大量の水が噴射されて、大きく吹き飛ばされた。まるでウォルトのさんの『水撃』のよう。


「「「サマラさん!」」」


 壁にぶつかる手前で、くるっと1回転して華麗に着地する。ちょっと焦ったぁ。


「大丈夫!濡れただけ!ガードできた!」

「よかった!チャチャ、攻撃お願い!アニカ、一緒に魔法いくよ!」

「わかりました!」

「了解!」


 チャチャが素早く矢を射ると、見事に魔物の片目を捉えた。


「グオォォッ…!」


 怯んだ隙を見逃さず、私とアニカは同時に詠唱する。


『『火炎』』

「グァォォッ…!グアァァ…!!」


 直撃して一瞬激しく燃え上がったけど、水の膜で魔法は掻き消された。対魔法効果もあるんだね。1つ学んだ。


「キシャァァ!」


 刃のように薄く固めた水を口から高速で飛ばしてくる。遠くで躱すのが精一杯。


「水系の魔物と闘うのは初めてだね」

「火炎は相性悪いかな!効いてはいるみたいだけど!」

「鱗が硬くて矢が弾かれます」


 確実にダメージは与えているので、現状では少しずつ削るのが討伐への近道に思える。魔物の動きが落ち着いたところで、離れていたサマラさんが駆け寄って合流した。


「ウイカ。アイツに効きそうな魔法はなに?」

「水系の魔物だから雷系です。でも、私達は雷系は使えなくて。『火炎』も効いてはいるみたいですけど、効果は薄いですね」

「なるほど。2人が使える魔法を教えて」

「私達が使えるのは…」

「なるほど!いいこと思いついた!私の作戦を聞いてくれる?」


 サマラさんの作戦を聞く。


「その作戦だと、サマラさんの負担が大きすぎます」

「大丈夫。私は負けないから信じてほしい。後ろは任せるね」

「お姉ちゃん、イケると思うよ!サマラさんを信じよう!」

「私も自信あります。動きのパターンが読めてきたんで。任せて下さい」

「…わかった。力を合わせてやろう」


 全員コクリと頷いた。


「じゃ、ウイカ。お願いしていい?」

「はい。『身体強化』」


 作戦通りサマラさんに『身体強化』を付与する。


「漲ってきたぁ~!」

「ウォルトさんの魔法と違って効果は数分です。気をつけて下さいね」

「充分!じゃあ…いくよ!」


 サマラさんは魔物に向かって一目散に駆け出して、迫りくる水の刃を躱しながら一気に接近する。


「うぉらぁぁぁっ!」

「グラァァッ!」


 懐に飛び込んでとにかく魔物を殴りつける。前足や牙で反撃してくるけど、受け止めたり躱したりで相手にならない。


「魔物なのにこんなモンなの?本気でこいっ!うらぁぁっ!」

「グラァァッ!」


 自分の倍はあろうかという魔物を手甲で一方的に殴りつけるサマラさん。硬い鱗も砕ける衝撃。


「本当に凄い人だね」

「あんなデカいのと闘って楽しそうに嗤ってるね!」

「格好いいです」


 ここまではサマラさんの思惑通り。でも気を抜いちゃダメだ。油断はしない。


「私達も準備しよう」

「了解!」

「はい!」


 殴られ続けていた魔物がグラついた。


「よっしゃ!チャチャ!お願~い!」

「はいっ!ふぅぅっ…」


 サマラさんの合図で呼吸を鎮めたチャチャが狙いを定める。


「おっりゃぁ!」

「グラァッ…!」


 サマラさんが魔物の首を下から思いきりかち上げると、首が弾かれて大きく口が開いた。


「シッ!」


 チャチャが口の中を見事に射抜いた。魔物は電流を浴びたように痺れる。


「グラァァォ…!……ァオ…アァ!」

「ウイカ!アニカ!今だよ!」

「「はい!」」


『火炎』を同時に詠唱する。私の『火炎』はいつもの威力だけど、アニカの『火炎』は倍以上の巨大な炎が発現して魔物を直撃した。


「ブルァァッ…!ブロォォッ…!」


 痺れながらも水の膜を纏って身を灼く炎を消し去ろうとする。身悶えながら炎を消滅させた魔物の眼前には、跳び上がって狼の眼で嗤うサマラさんの姿。


「ホントは殴り倒したかったんだけど……皆が心配するからもう終わりだよっ!」


 アニカに借りたナイフを両手で魔物の脳天に突き立てた。華麗に着地すると、魔物はズゥン…と崩れ落ちてピクリとも動かない。


 駆け寄って互いに抱きつく。


「サマラさん!やりましたね!凄いっ!」

「格好よかったです!」

「作戦通りでした!射抜けてよかった~!」

「皆のおかげだよぉ~!ありがと~!」


 私達は満面の笑みで互いを労った。

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