280 雑談
ウォルトの住み家を訪ねた【森の白猫】の3人は、修練と食事を終えて談笑していた。
「魔法の才能は遺伝らしいですけど、本当なんでしょうか?」
ウォルトがオーレンの疑問に答える。
「信憑性は高いみたいだね」
「そうなると、俺の先祖にも魔力を持った人がいたってことですよね?」
「オーレンの才能はミシェルさんの血筋だと思う」
「えっ!?なんでわかるんですか?」
「ミシェルさんは魔力を保持してた。ミルコさんは魔力を持ってなかったよ」
「初めて知りました…。母さんが…」
「本人も魔力に気付いてないことは結構多いみたいだ。魔法を使えるようになるかは別問題だしね」
「やっばリ適性を見ないとわからないんですか?」
「ボクはそうだね。オーレンも魔力を持ってるのは気づいてた。魔力を操る適性は調べてから知ったけど」
「私達はどっちの遺伝ですか?」
ウイカも気になるみたいだ。
「私の予想だとお父さんだね!お母さんは細かいこと気にしないし、魔法とか使えそうにない!」
性格と魔力は関係ないけど、アニカの言いたいことはわかる。ウィーさんは魔法を操りそうにない。
「ウイカとアニカの家系では言うまでもなくウィーさんだよ。…というか、ウィーさんが魔法使いだからだね」
「「「えぇぇぇっ!?」」」
突然の大声に耳をパタンと閉じる。驚きに気付いた瞬間に閉じる術を覚えたから、耳がキーン!となることが少なくなった。
「本当ですか…?」
「ウチのお母さんが魔法使い?!」
「初めて聞いたな…」
「本人から聞いたことないよね。見たこともないし」
「お父さんからもないよ!」
「村人からも聞いたことないな」
ゆっくりお茶をすすって答える。
「間違いないと思う。ボクが見たのは練られた魔力だった。今でも魔法を使ってるはず。頻繁じゃないかもしれないけど」
「クローセに魔法使いはホーマおじさんしかいないと思ってたんですけど…」
「まさか身近にいたなんて…!しかもお母さんが…!」
「ウィーおばさんの性格なら堂々と言いそうだよなぁ。なんで誰も知らないんだ?」
皆の会話を聞いていてちょっと気にかかる。
「そう言われると…教えなかったのには理由があるかもしれない。今のは聞かなかったことにしてくれないかな…?」
『やっちゃったニャ…』と肩を落として落ち込む。
「気にしないで下さい!お母さんはガサツだから気にしません!」
「ウイカが言うならわかるけど、お前が言うな」
「黙れ!ちなみに、お母さんの使える魔法ってわかりますか?」
答えるのを少し躊躇う。
「本人が内緒にしていることをボクが言うのは…」
「だ~いじょうぶです!私達の魔法の適性がわかったりしないかと思って!」
「アニカの言う通りで気にしないと思います。言うのを忘れてたか、もう言ったと思ってるだけで深い意味はないはずですから」
「だよね!お母さんはズボラだから!」
「2人がそこまで言うなら教えようか。ウィーさんが使える魔法は『身体強化』だよ」
「「身体強化…」」
ウイカとアニカは揃って思案する。
★
思い返してみると、私とお姉ちゃんには思い当たる節がある。今思えば不思議だった。
「お母さんは背が低くて痩せてる。昔から体型は全然変わってないね」
「力持ちには見えないのに、ここぞってときに力を発揮することがあったよね!」
「へぇ。俺は初耳だ」
「お父さんが腰を痛めた重いモノを軽々運んだり、畑仕事中に倒れたホーマおじさんを抱えて家に運んであげたりしてた」
「森で遊んでいた私達を両脇に抱えて、魔物から逃げ切ったこともあったね!」
「すげぇな…」
力持ちだなぁくらいに思ってた。あの時魔法を使ってたなんて。
「お母さんを純粋に凄いと思ったよね」
「「おかあさん、すごいね~!」ってお姉ちゃんと言ったら、胸を張って答えたね!」
「おばさんはなんて言ったんだ?」
「こう見えてアタシは魔法使いだからね!誰かが困ったときくらいしか使わないけどさ!あっはっは!…って豪快に笑ってた」
「私達が「それでもすごい!」って言ったら、「それほどでもない!あっはっは!」って笑い飛ばしてたっけ」
お母さんはちゃんと言ってたんだ。私達が信じなかっただけ。
「思い返してみると言ってたね」
「うん!聞いてた!」
「でも、お母さんの性格からして冗談だと思うよね?私は火事場の馬鹿力だと思ってたよ」
「私も!だっていつも適当なんだもん!」
信じなかったのはお母さんのおちゃらけた日頃の言動が原因だけど、今回は反省しなきゃね!お母さんのおかげで私とお姉ちゃんは魔法の才能を授かったんだから。
「よかった。ちゃんと教えてもらってたんだね」
ウォルトさんはホッとしてる。
「はい」
「言ってました!」
「そうなると、おばさんは誰かに魔法を教えてもらったってことになるよな」
「確かに」
「そうなるね!」
「ホーマおじさんは、ウィーおばさんが魔法を使えるの知らないだろ。知ってたら教えてくれると思う」
「他に魔法使いはいないし、どういうことだろう?昔はいたのかな?死んじゃったとか」
「お母さんは生まれたときからクローセに住んでて、働きに出たことないはず!お父さんも一緒!」
2人は幼馴染みだって聞いてる。生まれも育ちもクローセ。
「村に立ち寄った魔導師から教えてもらったとかかな?」
「はっ…!まさか…行きずりの魔導師と恋に落ちて一夜限りのロマンス…。実はその時に私を授かった…」
「んなワケあるか。ウイカも才能あるだろ」
「言ってみただけだよ!」
お母さんは結構美人だと思うけど、遠慮ない物言いでさっぱりした性格。だからあまり美人だと思われてない。
普段は飄々としてて夫婦は仲睦まじく、お父さんと2人きりの時は意外にデレている。隠してても知ってるんだよね。
「クローセに立ち寄った冒険者とかに教えてもらった線が濃厚かなぁ」
「隣村に魔法使いがいたかもしれないね!聞いたことないけど!」
隣村の方がクローセより人も多い。可能性がなくはない。
「結局は謎ってことか。ウォルトさんはどう思います?」
「いろいろな可能性があると思うけど、話を聞いた限りだと生まれつきかもしれない」
「生まれつき?誰にも教えてもらってないのに魔法を使える…ってことですか?」
「誰にも教わってないのに魔法を操れる人は意外に多いんだ。1つだけらしいけどね。知識がなくてもごく自然に使えるみたいだよ」
「「「へぇ~」」」
たった1つ使えるのが強大な魔法だったりしたら面白い。
「本人も魔法を覚えた自覚がないから、なぜ使えるのかも説明できない。クローセに帰ったときウィーさんに確認して、答えられなかったらそうかもしれないね」
「お母さんは間違いなく生まれつきです」
「私もそう思う!訊くまでもないよ!」
「2人はなんでそう思うの?」
「黙って魔法を教わるような性格じゃないです」
「細かい魔力操作なんかできっこないです!めっちゃ適当に生きてるんで!ホーマおじさんが教えても1日でゲッソリして音を上げます!」
お母さんはとにかく面倒くさがりだ。細かいことが大の苦手。あと、人の話を聞いてるようで聞いてないことが多い。
「ところで、ウォルトさんの言う『魔力を見る』ってどうやればできますか?俺は他人の魔力が見えたことないんですけど」
「魔力を観察してると自然にできるようになるんだけど、イメージしてもらった方がいいかな」
立ち上がったウォルトさんの身体がオーラのようなモノを纏っているのが視認できる。
「ボクの魔力が見える?」
「はい」
「よく見えます!」
「俺は見えないです」
「じゃあ、もう少し解放してみようか」
オーレンが視認できるところまで、魔力を解放してくれてる。
「見えました。なにか揺らめいてます。魔力の観察って他人のを見るんですか?」
「自分の魔力でいいよ。自分の魔力を循環させて観察するだけで目が慣れて見えてくる。こんな風に」
ウォルトさんの魔力が縦横無尽に高速で流れ始めた。操作して身体を巡らせてるんだろうけど私にはあんなことできない。
「魔力を視認できるのは、魔導師にとって大きな意味がある。この状態で『炎』を使うと…」
ウォルトさんの魔力が赤く変化した。
「魔力が赤く変化しました」
「ホントだ!」
「色は変化してないぞ…?」
「オーレン!真面目にやれ!」
「やってるっつうの!わからないんだからしょうがないだろ!」
聞いてばっかりでやる気がない!困った弟子だ!優しいウォルトさんは苦笑い。
「相手がどんな魔法を使うのかわかるようになる。だから、魔導師は相手に気付かせないよう魔力を隠蔽するのが上手い。普段も魔力を視認されないように操作して、実力がバレないようにしてる」
なるほど!だから、ウォルトさんは世間の魔導師が凄いと勘違いしてるんだ!普段、全ての魔導師が膨大な魔力を隠蔽してると思ってる!盛大な勘違い!
「視認できるようになって感覚を磨いていけば、魔力を持ってるのかそうでないか見るだけで判別できるようになるよ」
「ちなみに、クローセで1番魔力量が多かったのはやっぱりホーマおじさんですか?」
「圧倒的にウイカだね。見えてない部分の魔力量が凄すぎた。とにかく驚いたよ」
「えへへ」
「ウイカにとっていいことじゃなかったけど、魔法使いじゃないのにあれ程の魔力を体内に蓄積していたことに本当に驚いた。その次は…」
「ちょっと待って下さい!私が当てていいですか?!」
ウォルトさんを手で制する。
「いいよ」
「私の予想だと…本命はホーマおじさんだけど、実はアンディとみました!」
「残念。不正解」
「意外にトールとかありそうです」
「ウイカも残念」
「大穴で村長じゃ?」
「オーレンもハズレだね。言ってもいいかい?」
揃って頷いた。意外性はないけど、きっと本命のホーマおじさんだ。大穴がお母さんだね!
「2番目に魔力量が多かったのはカートだよ」
「えっ!?カート?!ホーマおじさんよりもですか?!」
カートはホーマおじさんの息子で、まだ12歳になったばかり。オーレンと同じで剣が大好きなわんぱく小僧。私が小さい頃から可愛がってる可愛い弟分。
「魔力量はホーマさんより多かった。クローセには魔導師の卵が沢山いる」
「でも、アイツは俺と一緒で剣が好きで、小さな頃の俺に似てます」
「オーレンが道標になってあげたらいい。魔法を操る剣士は凄く格好いいと思う。本人がどっちもやる気があればだけど」
「俺もなれたらいいと思ってます」
オーレンの肩をポンと叩く。釘を刺しておこう。
「やめてよ。可愛いカートがただのスケベ剣士になっちゃうから」
「うるさいな!男は皆そうなんだよっ!カートもいずれそうなるんだ!俺のせいじゃない!」
「開き直ったな…。ドエロ剣士め…」
カートがスケベ剣士に成長したら責任をとらせて首を絞めてやる。
「そんなことより、ウォルトさんは元々魔力を持ってたんですか?…というより、獣人って魔力を持ってるんですか?」
「ほんの一握りだけ持ってたみたいだ。師匠ですらやっと見つけられたくらいの、本当に微々たる魔力を。他の獣人で持ってる人には会ったことはない。過去にもいなかった可能性が高いと思う」
「なんでそう思うんですか?」
「獣人は魔法を使えないって云われてるけど、魔力には敏感な者が多いしなにより自慢が好きなんだ。他人と違うことを自慢したがるけど、魔力を持った獣人の話は聞いたことがない」
「黙ってられないんですね。ウォルトさんも魔法を使えるのを自慢したくなったりしますか」
「まったくない。他の獣人と違うことで苦労したから、獣人の前では口に出すのも嫌なんだ」
何度も思うけど…想像するだけで腹が立って仕方ない。会ったこともないけど、ウォルトさんに危害を加えた奴らに対する怒りは直ぐに再燃する。
「いずれ…私がソイツらを殺ってやります…」
私はウォルトさんを蔑んだ奴らを許せない。あくまで個人的な感情。
★
怒り心頭なアニカの様子にウォルトは苦笑いしかできない。
「絶対にダメだよ」
光を失った目のアニカを見ていると、いつか本当にやりそうで怖い。親身になって怒ってくれるのは嬉しいけど、ボクのせいで友達を危険に晒すワケにはいかない。
「ボクは気にしてないから」
「獣人は…やられたことを絶対忘れない…。そうですよね…?」
「うっ…。そうだけど…」
「噓はダメです…」
直ぐにバレてしまった。サマラやチャチャと交流があるから、アニカは獣人の性質を知ってる。魔法を操る冒険者のアニカは、そこらの獣人より強い。でも、獣人はキレやすいうえに執念深いからなにをしてくるか予想できない。
アニカに獣人流のやり方はできないと思う。彼女はボクと違って優しい。万が一にもボクが原因で傷付いてほしくないから、ウイカにお願いして制御してもらおう。
「ウイカ。いざというときはアニカを止めてもらえる?」
「お断りします」
「えぇっ!?」
微笑んでいるのに断られてしまった。
「アニカほどじゃないけど私も怒っているので、止めることはできないと思います」
目だけまったく笑ってない…。こんな笑顔ってできるんだな…と感心してしまうくらい目が笑ってない。困っているとオーレンがフォローしてくれる。
「ウォルトさんを困らせるなよ。本人がダメだって言ってるんだ」
「うるさいな!私の気が済まないんだよ!」
「私も許せないから」
「なら好きにしろよ。お前らが勝手にやったことでも、なにかあったらウォルトさんは教えた自分を許せない。そんなことをさせるタメに教えてくれたんじゃない。俺達を友達だと思ってくれてるからだ」
「うっ…」
「それは…」
「二度と会ってもらえなくなるぞ。縁が切れて間違いなくココに来れなくなる。その覚悟があるならやれよ」
ウイカとアニカは黙り込んでしまった。そんな姉妹の傍に立って頭を優しく撫でる。
「ボクのタメに怒ってくれるのは嬉しい。でも、ボクのせいで君達が傷付いたりしたら、オーレンが言ったように教えた自分を許せない。君達に危害を加えた奴も絶対に許さない。今まで言わなかったけど…安心してくれないか」
姉妹は顔を上げる。
「安心…ですか?」
「正直に言うよ。自分からは仕掛けないだけで、ボクは一生ソイツらを許すつもりはないんだ。やるなら……ボクがやる」
一瞬だけ獣の顔で嗤った。恨み辛みを思い出すとこうなってしまう。隠してるつもりはないけど皆に見せたい顔じゃない。
「君達とはずっと付き合っていきたい。だから自分を大事にしてほしい。お願いできるかな?」
3人はコクリと頷いてくれた。
「お茶を淹れ直そう。飲むかい?」
「「「頂きます」」」
就寝時間になって、ベッドに横たわったまま隣のベッドにいるオーレンと会話する。最近はオーレンと同じ部屋で寝るのも珍しくない。
ボクは軽はずみな言動を後悔していた。
「はぁ…。今日は恐がらせちゃったかな…。顔に出すつもりじゃなかったのに、つい出てしまった…。よくなかったなぁ…」
「気にしなくていいですよ。俺は違う一面が見れてよかったです」
「よかった?」
「ウォルトさんは、獣人だってことを忘れるくらい優しいんで」
「優しくはない。勘違いだよ」
「まぁ聞いてください。でも、やっぱり獣人だから、らしいとこもありますよね?」
「もちろん」
「俺達は人間で、ウォルトさんは獣人。種族の特徴を見せ合えば、互いに理解が深まるんじゃないですか?手合わせみたいに」
手の内を互いに見せて相手に対する理解をより深める…か。通じるところがあるな。
「友人になるのに種族なんて関係ない…って格好いいこと言えたらいいですけど、大なり小なり関係ありますよね。付き合っていくうえで大事だと思います。ずっと友人でいたいから」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい。でもウイカ達は驚かせちゃったかな?」
「心配いりません。アニカ達は俺と全然違います。そもそも、ウォルトさんと長く付き合っていきたい意味が違うんで」
「どういうこと?」
「その内わかります。アイツらに聞いてみて下さい」
★
その頃、アニカ達姉妹も会話していた。同じようにベッドに横たわって、天井を眺めている。
「ウォルトさんの獣人の表情…初めて見た」
「私も。サマラさんの言った通りだったね」
「アニカはどう思った?」
「やっぱり………………格好いいね!」
「だよね~。ギャップが凄かった♪」
「すっごく貴重なモノを見れたよ!眼福!眼福ぅ~!」
「優しいウォルトさんはもちろんだけど、キリッとして格好よかったなぁ」
「『ふっ…。俺に任せニャ…』とか言いそうでめっちゃ渋かった!大人の男だよねぇ~!オーレンとは大違い!」
「今日はよく眠れそうだよ」
「そうだね!夢でまたあの表情を見たいなぁ~!」
かなりズレた感覚の仲良し姉妹は、ウォルトの心配など気にする様子は微塵もなく、眠るまでしばらく盛り上がった。獣人について事前に教えてくれたサマラへの感謝を忘れずに。




