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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
279/715

279 ずっと忘れない

「ウォルトさん。お久しぶりっす」

「ウォルト兄ちゃん!元気になったから遊びに来たよ!」

「セナ、いらっしゃい。マルコさんも」


 グランジの件で知り合ったマルコさんとセナの兄弟が仲良く住み家を訪ねてきてくれた。元気そうなセナの姿に笑みがこぼれる。順調に回復できたんだな。


「立ち話もなんですから、中に入って下さい」

「その前にお願いがあるんすけど」

「なんですか?」

「自分、ウォルトさんより1個年下なんで、普通に話してもらえると嬉しいっす。マードックさんから聞きました」

「そう言ってくれるなら。2人とも中に入って」

「お邪魔するっす」

「おじゃましま~す!」


 居間に案内して飲み物を準備する。セナはまだ小さいからお茶よりコレがいいかな?居間に戻ると、セナは落ち着きなく動き回ってマルコが叱ってる。


「飲み物どうぞ」

「わぁ!なにそれ!美味しそう!」


 椅子に飛び乗ったセナには果実水を準備した。森の恵みを搾って作った甘い一品。マルコにはカフィを差し出す。


「このカフィ、めちゃくちゃ美味いっす…。なんすかコレ…?」

「すごくおいしいよ~!


 そこからゆっくり話を聞く。セナは無事に病気も全快し、マルコも冒険者に復帰して冒険を続けているという。


「全部ウォルトさんのおかげっす。ありがとうございました」

「兄ちゃん、ホントにありがとう!」

「ボクはなにもしてないよ。セナが元気になってよかった」

「ホント謙虚っすね。マードックさんと友達って信じ難いっすよ」

「そうかな?アイツは見た目と裏腹に優しいけど、表に出さないからね」


 ハルトさんと話して、やっぱり冒険を続けたいと思ったことも教えてくれた。より憧れが強くなったとも。

 予想通りではある。会ったことはないけどきっと心の広い男のはずだ。あのマードックを制御しきれるのだから。


「ウォルト兄ちゃん!おいしいご飯は?」

「こら、セナ。失礼だろ」

「もう食べれる?遊んでからにしようと思ったけど」

「やったぁ!遊んでからがいい!」

「じゃあ、外に行こうか。無理は駄目だよ」

「わかった!」


 その後、外で追いかけっこをしたり、セナを背負ったまま森を駆けたりして遊んだ。


「ウォルト兄ちゃんは走るのがはやい!すっげぇ~!」

「褒めてくれて嬉しいな。まだイケるよ。ほら」

「うわぁぁ!すごいすごい!」


 ボクらが駆け回ったり石当てをして遊んでる間、マルコは黙って眺めてくれていた。


 



 しばらく遊び、セナのお腹が空いたところで昼食にする。子供は好き嫌いがある。食べれない食材を確認してから料理を作ることに。


「めちゃくちゃおいしい!こんなの初めて食べる!」

「マジっすか…。店で出てくる料理っすよ…」

「口に合ってよかったよ。たくさんお代わりあるからね」


 2人は満腹になるまで食べてくれた。


「もう、食べれない!ごちそうさまでした!美味しかった!」

「ごちそうさまでした。めっちゃ美味かったっす。もう食えないっす…」

「後片付けしてくるからゆっくりしてて」


 後片付けをサッと終わらせて戻ると、セナはうつらうつらして目を擦っている。満腹になって眠くなったのかな。元気に遊べるくらい回復して本当によかった。


「セナ。少しだけ寝ようか」

「いやだ…。まだ遊ぶ…」

「少し寝たらすぐ起きるさ。そのあとでまた遊ぼう。とりあえずベッドに行こう」


 頷いたセナを抱えて客室のベットに寝かせると、直ぐに寝息をたてて気持ちよさそうに眠りについた。隣に立つマルコが口を開く。


「なにからなにまですんません。セナはウォルトさんに会うのを凄く楽しみにしてんたんです」

「嬉しいよ。好きでやってるから気にしなくていい」

「ありがとうございます。…ウォルトさんにちょっと聞きたいことがあるんすけど」

「なんだい?」


 マルコは、外で見かけた気になるものについて話を聞きたいという。後を付いていくとある場所で足を止めた。


「ウォルトさん…。コレは…もしかして…」


 眼前には冒険者達の墓地。


「この森で亡くなった人の墓なんだ。ボクが最期を看取ったり、発見したときに既に亡くなってた。皆、冒険者だったよ」

「やっぱり…そうっすよね…」


 墓前には季節の花を供えて、鈴を鳴らすように風に揺れている。彼らの供養を欠かしたことはない。

 墓標にはそれぞれ名を刻んである。話ができた冒険者は名前を聞けたけど、既に亡くなっていた人達は代わりに身に付けていた装飾品を墓標に掛けてる。


「この森で結構亡くなってるんすね…」

「ここ最近は見掛けないけど、多いときは年に3人発見した。人知れず亡くなっている人も多いだろう。回復して元気になった人もいるけど冒険者を辞めると言ってた」

「仕方ないっすよね…」


 マルコは冒険者達に祈りを捧げようと、しゃがんで手を合わせてる。他人事に感じられないのかもしれない。


「……まさか!」

「どうかした?」

「まだハッキリ言えないんすけど…。ウォルトさんにお願いしたいことがあるっす」

「お願い?」





 数日後。再びマルコがやってきた。今日はセナではなく、冒険者の格好をした女性とともに。


「ウォルトさん。おはようございます」

「おはよう。そちらの方が?」

「はい。自分と【名無闘士】ってパーティーを組んでるメリッサっす」

「初めまして。冒険者のメリッサと申します」

「初めまして。ボクは白猫の獣人でウォルトといいます」


 互いに礼をして住み家に招き入れると、花茶を淹れてテーブルを囲む。


「すごく美味しいです…」

「ありがとうございます」


 無言のまま花茶を飲む。メリッサさんが飲み干したところで話し掛けた。


「今日はリンクスさんについて確認に来られたんですね?」

「はい…。話を聞かせて頂きたくて」

「わかりました」


 メリッサさんの緊張が伝わってくる。隣に座っているマルコの一言が彼女をこの場所へと導いた。


 住み家の墓標に彫られた【リンクス】の名に気付いて、「もしかしたらパーティーメンバーの兄弟かもしれないっす」と教えられた。

 メリッサさんには数年前に行方不明になった冒険者の兄がいて、リンクスという名前らしい。兄の行方を探すタメに冒険者になったと聞いた。


「同名の冒険者の可能性もあるんで、本人に確認してココに行きたいと言ったら、詳しい話をしてもらえないっすか?」とマルコにお願いされて即了承した。リンクスさんのことはよく覚えてる。


「ボクの知っているリンクスさんは…」



 リンクスさんと出会ったのは、師匠が姿を消した直後だった。ボクが初めて弔った冒険者でもある。森で倒れているのを発見したとき、魔物の爪で腹部を引き裂かれ大きな怪我を負っていた。

『治癒』で傷は回復できたけれど、失った血が多すぎたのか、それとも内臓へのダメージか、治療も虚しく発見から3日で息を引き取った。

 まだ「魔法で治療しました」と正直に伝えていた頃で、笑いながら「それは凄い。世の中は広いな」と冗談とも本気ともとれない反応をされた。

 けれど嫌味に感じなかった。リンクスさんは飄々とした性格で、空気を読めないボクには考えてることが理解できなかったけど、死の際まで気丈に振る舞っていて亡くなると思わなかった。順調に回復していると信じてた。


 看取った冒険者には命を惜しむ声を上げる者が多かったけど、リンクスさんは平然と静かにこの場所にいた。亡くなる直前まで自分より家族の心配をしていたことを覚えてる。


 そんなリンクスさんとの会話や知ることを全て伝えた。



「ボクがお話できるのはこのくらいかと」


 話し終えるとメリッサさんは涙ぐんでいた。静かに待っていると深呼吸して話し始める。


「兄の…リンクスで間違いないと思います…。そう…ですか…。最期まで家族の心配を…」

「メリッサ…」


 きっと人違いであってほしかったと思う。けれど、口には出さないけどボクは会った瞬間にわかってしまった。メリッサさんは…リンクスさんと匂いが似てる。


「少しだけ待っていて下さい」


 自室に向かってあるモノを持ってくる。さほど大きくない木箱をそっとテーブルに置いて、俯いているメリッサさんの前に差し出した。


「メリッサさん。リンクスさんの遺品です」

「兄さんの…?」


 埋葬した冒険者達の遺品は全て綺麗に保管してる。いつでも大切な人達に返すことができるように。

 メリッサさんは震える手でゆっくり箱を開ける。中を覗き込むと堪えきれず涙が溢れた。


「兄の装備です…。覚悟はしていたつもりだったのに…いざ目にすると…ダメですね」


 涙を流しながら1つずつ手に取って、慈しむように見つめる。目に付いたモノを取り出してしまって、箱の底に残されたのは…。


「手紙が…」


 封筒を手に取ると宛名もなにも書かれていない。


「その手紙はリンクスさんが亡くなった日に書かれたモノで、枕元に置かれていました。ボクはなにも聞かされていません。おそらく家族に宛てた手紙だと思っています」

「…読んでみます」

「家に戻ってからじゃなくていいですか?」

「兄さんが書いた場所で読みたいです。いいでしょうか?」

「もちろんです」


 丁寧に封筒を開け、便箋を開いて目を通している。ゆっくり上下する視線はやがて止まり…便箋を閉じるとまた大きな涙が頬を伝う。


「家族1人1人に宛てた言葉と……皆の幸せを心から願っている…と書かれています。それに…」


 ボクに向かって微笑みかける。


「ウォルトさんにありがとうと伝えてほしい…と。君の治療のおかげで別れの言葉を伝えることができた…と」


 その言葉に目を瞑った。なにも言えず佇むことしかできない。リンクスさんは…助からないと気付いていて手紙を書いたということ。亡くなるまで弱音1つ吐かずに。

 あの頃のボクにできる治療はやりきったと言いきれるけど、救うことができなかったボクに礼なんて…。


「本当に…ありがとうございました…。あの…リンクスの……兄の墓標はどちらに…」

「案内します」


 立ち上がって冒険者達の眠る場所に案内した。リンクスさんの墓標の前に立つ。


「兄さんは…この下に…」

「棺に入って眠っています。ボクが作った棺で申し訳ないんですが」

「ありがとうございます。兄さん…久しぶりね…」


 しゃがみ込んで墓標に語りかける後ろ姿をただ見つめていた。




「…ふぅ。よし!」


 笑顔を見せながらメリッサさんは立ち上がる。


「湿っぽいのは終わり!ウォルトさん!本当にありがとうございました!マルコもありがとう!」


 気丈に振る舞って精一杯の笑顔を見せてくれる。


「気にすんなよ。もういいのか…?」

「大丈夫!スッキリした!兄さんとも話せたし…フクーベに帰ろう!」


 笑顔を見せるメリッサさんに伝えていないことがある。生前のリンクスさんに頼まれていたこと。


「メリッサさん」

「なんでしょうか?」

「リンクスさんから貴女が訪ねて来ることがあったら見せてやってほしいと言われたモノがあります」

「見せてやってほしい…モノ?」


 コクリと頷いて、メリッサさんの掌にそっとあるモノを載せる。


「…指輪?」

「リンクスさんが着けていた指輪です。今から贈り物をお見せします。指輪に、この魔石を接触させて下さい」


 小さな魔石を渡すとコクリと頷いてくれた。


「いつでも大丈夫です」

「はい」


 そっと魔石を接触させると、指輪が淡く輝いた次の瞬間メリッサさんを囲むように無数の花が浮かんだ。突然の出来事に驚きを隠せない。


「赤いゼラニウム…。綺麗…」


 震える手で魔力の花に触れてる。


「リンクスさんは、花が好きなメリッサさんを喜ばせたくて、魔導師に頼んで花を出現させる魔力を封じてもらっていたそうです。赤いゼラニウムの花言葉は…」

「君ありて…幸福…」


 震える声に頷いた。大きな瞳から涙が溢れる。


「…うっ……うぅぅ~っ!兄さん!なんでっ…!?なんで死んじゃったのっ!?うぅ~!わぁぁ~!」


 両手で顔を隠して子供のように泣きじゃくる。マルコが隣に寄り添って優しく慰め、ボクは静かにリンクスさんの墓標を見つめた。


 約束を守れたでしょうか…。




 リンクスさんが亡くなる前日のこと。傷の具合を確認していたときだった。


「ウォルトに頼みたいことがあるんだ」

「なんですか?」

「俺には年の離れた妹がいるんだけど、昔から花が好きなんだ。わんわん泣いていても、花を摘んであげれば笑顔に早変わりするくらい好きだった」


 昔を懐かしんでいるのか優しい表情を浮かべてる。


「女の子らしいですね」

「小さな頃から年の離れた俺に懐いてくれた。甘えん坊に育ってしまったよ」

「リンクスさんが可愛がったからでしょう」

「そうかもな。もしアイツがココを訪ねてくることがあったら、花を見せてやってくれないか?どんな手段でもなんの花でもいい。そこら辺に生えてる花でいいから、俺からの贈り物だと」

「早くよくなってリンクスさんが贈らないと意味ないですよ」


 苦笑すると、「そこをなんとか」とリンクスさんは微笑んだ。


「わかりました。その時はボクに任せてください」

「よかった。頼んだよ」


 そう言ってリンクスさんは笑った。





 しばらく泣き続けたメリッサさんは、目を赤くして瞼を腫らしながら「今度こそ大丈夫です!もう涙は当分出ません!」と笑顔を見せた。細く長い指には形見の指輪が嵌められている。


「ウォルトさん。本当に…なにからなにまでありがとうございました!」


 深く頭を下げる。


「遺品は持って帰ります。兄さんは、故郷の家族と話して必ず迎えに来ます。それまで、こちらで眠らせて頂いてよろしいですか…?」

「もちろんです。いつでも会いに来て下さい」

「はい。兄のこと、よろしくお願いします」


 マルコも頭を下げた。


「今日はありがとうございました。自分もまた来るっす。それと、亡くなった冒険者で名前がわかってる人は、ギルドに伝えて調べてもらうっす」

「お願いするよ」


 互いに手を振って笑顔で別れた。



 ★



 フクーベへの帰路を辿りながら、メリッサが感謝を伝える。


「マルコ。いろいろありがと」

「気にするなよ。俺達はパーティーだろ。感謝するならウォルトさんにだ」

「そうだね。…ちょっと訊いてもいい?」

「どうした?」

「ウォルトさんは…………魔法使いなの?」


 マルコは言ってる意味がわからないって顔をした。


「俺も知り合ったばかりだけど、それはないだろ。獣人だぞ?」

「そう…よね」

「なんでそんなこと聞くんだ?」

「ううん…。なんでもない」


 首を振りながら、手紙に書かれていた兄さんの言葉を思い出す。


『命を救ってくれたウォルトに…白猫の魔法使いにありがとうと伝えてくれ』と書かれていた。



 冗談が好きな明るい兄だった。治療してくれたウォルトさんに向けた冗句だったのか、それとも手紙を読んだ家族を笑わせたかったのか。

 真実は誰にもわからない。でも、死の間際まで兄さんらしかったんだと思えて心が温かくなる。


 また会いに行くからね…と心の中で呟いて空を見上げた。

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