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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
278/715

278 国王と王女

 カネルラ王城にて。


 国王ナイデルの部屋に、王妃ルイーナとジニアス、ストリアルとウィリナ、アグレオにレイも集合して王族が勢揃いしていた。


 王族が一堂に会する理由。それは…。



「そろそろいいんじゃないかと思うの!」

「またか…」


 声を上げたのは元気が有り余っている愛娘リスティア。国王である俺に対し、笑みを浮かながらあることを要望している。


「お父様。どう?」

「どうもこうもない。まだ時期尚早だ」

「えぇ~!?まだダメなの?じゃあ、いつならいいの?」

「その内だ」

「飽きるほど聞いた!この際だね…。国王らしくないからいい加減ハッキリさせようよ!」

「ぬぅ…」


 10歳の娘に押し込まれる国王を目にして、苦笑する他の王族達。何度も見てきた光景だ。

 リスティアが要望しているのは、動物の森の視察。以前、多幸草を採取するためにリスティアが城を抜け出したとき、俺は「その内、視察で連れて行く」と口にしていた。


 リスティアは最近ルイーナから聞いたのだが、ことある毎に急かしてくる。


「お父様!娘との約束を破るのは国王のおーぼ~だからね!お~ぼ~!」

「横暴ではない。今は本当に忙しいのだ。さらに言えば約束はしていない」

「い~や!お母様から「今度視察で連れて行く」って言ってたって聞いた!お母様に言ったということは約束したも同然!……わかった!明日から私も仕事を手伝う!だから、早く終わらせて行こう!」

「ぬぅ…」


 二の句が継げない。俺は内心焦っている。


 リスティアが仕事を手伝うのは別に構わない。非常に助かるがさほど多忙でないことがバレてしまう。

 ちょうど国政も安定して大きな案件を抱えていないのだが、リスティアには「緊急の案件を抱えているので行けない」と伝えてある。


 決して視察に行きたくないワケではない。行くこと自体は吝かではないが、リスティアが同行するということで、やはり危険な場所であることに二の足を踏んでいる。

 たとえ親バカと言われようと、望んで危険地帯に愛娘を連れて行く者などいるはずもない。


「もしくは…いつも言ってるけど視察を私に任せてほしいな!」


 気持ちを知ってか知らずか、リスティアは笑顔首を傾げている。


「無理だと何度言えばわかる」


 魔物も跋扈する森に小さな娘を1人で行かせる親がどこにいる。いかにお転婆であろうと、リスティアは紛う事なきカネルラの至宝。


「ボバンとぉ……アイリスとぉ……シノも連れて行くから大丈夫♪」


 指折り数えて『どうだ!』と言わんばかり。胸を張る娘は可愛いが…。


「無理に決まってるだろう。城の守りをどうするつもりだ?」

「お父様…見てっ!」


 ニヤリと笑ったリスティアは、1枚の紙を差し出してきた。目を通すと、綿密に練られた視察計画が書かれている。


 なんだコレは…?どうやら3泊4日でのんびり視察するつもりのようだ。森の視察で3日もどこに泊まるつもりだ…?

 しかも、城の警備に関する計画には細かいスケジュールがびっしり書き込まれているのに、行動予定には3日通して『この間、視察。同行者あり!』としか書かれてない。同行者…?


 だが、警備に関しては無理もなく隙もない。ボバンとシノがいなくとも万全の態勢といえる。文句の付けようがない見事な計画。


「ボバンとシノと相談して決めたの!城に憂いはないはず!」

「お前の行動力はどこから来るんだ…?」


 呆れてモノが言えない。無駄に才能を使っている。ただ…過去にも我が儘を言うことはあったが、今回は特に『私は退かない!』という圧が凄い。

 しかも、どんな手を使ったのか知らないがこの件について騎士団と暗部も協力者であるということが判明した。

 娘はなぜ動物の森に行きたがるのか…。そういえば…親友がいるとか言っていたような…。


「とにかくまだ早い」

「えぇ~!?仕事も手伝うのに…」


 2人の王子が俺を援護する。


「リスティア。そのくらいにしておけ。もう少し待てないのか。父上は行かないとは言っていないだろう」

「そうだよ。あまり困らせてはいけないよ」

「むぅ~!」


 頬を膨らませるリスティアだが…。


「ストリアル様。私は是非とも森の視察に行かれた方がよいかと思います」

「アグレオ様。私も同意見です。今が好機かと」


 義理の姉であるウィリナとレイが援護を始めた。


「ウィリナ。なにを根拠にそんなことを言うんだ?」

「ここ数十年間、動物の森について詳細な調査をされたことはないと伺っております。国土の4分の1を占める森の生態系や含有資源に関する調査は、今後のカネルラの発展に寄与するのではないでしょうか?」

「なるほどな」


 それに対してアグレオは…。


「でも、今すぐでなくてもいいんじゃないかな?」

「いえ。短いながらも雨季を目前に控えた時期となります。雨が降れば森は緑を増し、移動や調査をするのも困難になるかと。そうなれば、次の視察は来年になる可能性が高く」

「確かに。レイの言うとおりかもね」


 積極的に意見を交わす王族達。


 俺は黙って話を聞いているが、視察に関する数回のやり取りで気付いた。ウィリナとレイは明らかにリスティアの味方だ。息子達は基本的に俺の肩を持ってくれているが、妻の意見にも真摯に耳を傾ける。

 王子として、そして夫としてそれでいい。それでこそカネルラの王族と云える。だが、2人がリスティアを後押しすることによって国王としては無茶な決断ができない。


 リスティアと1対1の交渉なら「ダメだと言ったらダメだ!」と心配する親の立場で頭ごなしに言えるのだが、2人が擁護しているのに口にしてしまうと、リスティアの言葉通り国王の横暴になってしまう。

 断るにも相応の理由を立てねばならない。しかも、リスティアは間違いなく見越して交渉を仕掛けている。やはり、敵に回したくない娘。


「ウィリナとレイの意見は聞き届けた。今日はこのくらいにして…」


 現状打開策はない。次の交渉までに考えておくか…と話を切ろうとしたのだが…。


「お父様…。男らしくないですよ」


 無表情のリスティアが挑発するような言葉を発する。場が一気に張り詰めた。


「俺のどこが男らしくないと言うのだ?」

「カネルラの国王たるもの、口にしたことを反故にするのは男らしくないと言っているのです」


 国王に対して実に堂々たる物言い。


「反故になどしていない。今は無理だと言っているだけだ」

「では仰って下さい。「視察には必ず行く」と」

「視察には必ず行く。これでいいか?」


 なんということはない。行くつもりはあるのだから。今ではないというだけのこと。


「1つだけ認めて頂きたいことがあります」

「なんだ?言ってみろ」

「現在抱えている緊急の案件が……仮になかった場合は私に森の視察を一任すると仰って頂ければ、私はお父様の視察を待ち、金輪際急かすようなことは致しません」


 皆はリスティアの発言に首を傾げているが、「ぐっ…!」と漏らしそうになるのを堪える。


 コレが本線か…。完全に油断していた。


 こちらが訊いて口に出された以上無視できない。皆は俺の「多忙だ」という言葉を虚言であるなどと思わないだろう。だが、リスティアには通用しない。


 堂々とした態度で告げねば。動揺を悟られてはならない。


「そんなことを言う必要はない」

「であれば、私を騙したということでよろしいですね?カネルラの第29代国王であるのに、男らしくない嘘を吐いて娘を騙していたと認めるのですね?」


 皆はリスティアがなにを言っているか理解できないといった表情で困惑している中、ルイーナだけが困ったように笑う。

 この物言いには、さすがに可愛い娘であっても腹が立ってきた。…が、このままではリスティアの思うつぼ。目的は不明だが安易に策略に乗るワケにはいかぬ。


「騙してなどいない」

「そうでなければ容易いことです。ならば仰って下さい」


 リスティアは「さぁ!さぁ!」と言わんばかりだ。可愛さあまって憎さ百倍。怒りとばしたい衝動を抑えながら冷静に口を開く。


「俺が案件を抱えていなければ、動物の森の視察はお前に一任しよう。コレでいいのか?」


 案件がないわけではない。『緊急の大きな案件』がないというだけ。嘘をついてはいない。屁理屈だろうと今回は押し通させてもらう。


「ありがとうございます。理解致しました。お父様に対する失礼な物言いについて、深く反省しお詫び申し上げます」


 リスティアは深々と頭を下げる。そして、顔を上げて満面の笑み。


「お父様。明日が楽しみです」

「明日だと?」





 翌日。


 執務に勤しみながらも、リスティアの言葉が気になっていた。今日…なにがあるというのだ?考えても思い浮かばない。…と、執務室の扉がノックされる。


「入っていいぞ」


 顔を見せたのはストリアル。


「父上。そろそろ識者会議が始まります」

「もう、そんな時間か。直ぐに向かう」


 ストリアルの後を追うように会議室へ移動する。中に入ると皆は既に席に着いていた。円卓の一際豪華な椅子に座り声をかける。


「待たせたな。準備が整い次第、会議を始めてくれ」


 声に反応した宰相のカザーブが立ち上がった。


「国王様。本日の議題でありますが…」

「うむ」

「特にありません」

「そうか。………なに?」

「本日は会議するような議題はございません」


 なにを言って………まさか!?


 辛うじて綺麗な金髪が見えているリスティアに視線を向けると、卓に手をかけて笑顔で顔を出した。


「昨日までにリスティア様と協議を重ね、本日の朝を以て全ての案件に関しての対応が完了しております。ゆえに本日議論して頂く案件はございません」


 カザーブの言葉を聞いて目を瞑った。


 やられた…。リスティアが言っていたのは、こういうことか…。ふぅ…と息を吐いて確認する。


「元々案件はいくつあったのだ?」

「12件でございます」

「それを…どの位の期間で終わらせたのだ?」

「1週間…いえ、5日ほどでしょうか」


 カザーブは少々困惑している様子。俺は事情を察した。集まった皆に告げる。


「あいわかった。直ぐ職務に戻ってくれ。ご苦労だった。…リスティア」

「なに?お父様」

「お前に話がある。この場に残れ」

「わかった」


 識者達が退出して2人きりになると、リスティアを呼んで隣に座らせた。


「リスティア。やってくれたな」

「なにを?」

「カザーブには俺の命を受けたと言ったんだな?」

「違うよ」

「お前が森の視察に行きたい気持ちは理解した」

「よかった!」


 花が咲いたような満面の笑み。だが…。


「お前は行かせない。此度のお前の行いは許されることではない。外出もしばらく認めん。識者会議にも当分出席する必要はない」


 国を動かすような決定を王女の独断で行っていいはずがない。いかに良策を導き出そうと、仮に対応が失敗であれば責任は全てリスティアにある。


 国王である俺には、国政における全ての責任を負う覚悟があるが、10歳のリスティアにあるはずも無い。真摯に民に向き合い、声を聞き、識者の声も聞いて導き出した最良策を己が責任を持って実行する。独裁者とならぬタメにも傾聴は不可欠な行為。最も疎かにしてはいけないこと。


「そっか。わかった」


 リスティアは椅子から飛び降りて退室した。去りゆく表情から心の内は読み取れなかったが。


「ふぅ…」


 いかにリスティアが聡明であろうと、下した決断が正しかろうと絶対に守るべき事項。まだ理解できなくとも仕方ない年齢だが、王族である以上、立場を弁える必要がある。


 …と、扉が開いた。


 入室してきたのは政務の片腕であるカザーブ。近くまで歩み寄って深々と一礼する。


「国王様。此度は勝手なことをして申し訳ございません」

「こちらこそすまん。リスティアが迷惑をかけた」

「いえ。……こちらをご覧下さい」

「なんだ?」


 手渡されたのは数枚の書類。じっくり目を通して目を見開く。


「今回リスティアが対応したという案件か…?」

「はい。最後の…決定に関しては国王様にお願い致します…と、王女様より」

「……そう……か」


 渡された書類には、識者全員の意見と署名に加えて、王都の市民や問題が起こっている土地の住人の声が具体的にまとめられている。

 把握したうえでリスティアがいくつか立案し、最後に俺の署名と意見を以て決定するよう作成されていた。


「王女様は…識者それぞれの意見を個別に確認し、御自分の伝手を使って現地からも意見を収集されました。「お父様のタメに新しい解決案を探ってみたい」と仰られました。「上手くいけば、私でなくてもお父様が多忙な時に力になれる」と。我々は賛同したのです。「このやり方が正しいとは思っていない」と仰られていました。本当は先ほどお伝えするべきだったのですが…。申し訳ございません」


 ふぅ…。


「いや。構わない…。……カザーブ」

「はい」

「俺は……今ほど己を恥じたことはない…」


 円卓に片肘を付いて額に手を当てる。カザーブはしかと説明するつもりだったはずだ。それを遮って、誰の話も聞かず勝手に会議を終了させたのは他ならぬ俺自身。なんと身勝手で傲慢な所業。


 耳を傾ける…?どの口が…。


「国王様。会議後すぐにお伝えするようにと、リスティア様から伝言を賜っております」

「伝言…?」


 なんだというのだ。


「私の口からは非常に申し上げにくいのですが…」

「構わん。聞かせてくれ」

「それでは……。「お父様は民に寄り添える国王だけど、最近頭が固くなってるよ。傾聴ができてないね!」だそうです」


 揃って大苦笑した。


「まさに…。冷静に話を聞いてさえいれば直ぐに理解できたこと。俺はリスティアの暴走だと決めつけて…。この結果すらあの子は予想していたのだな」

「王女様は、常にカネルラの国民と王族の皆様を想っておられます。我々では気付かぬ国王様の変化にも敏感に反応されたかと」

「そうかもしれん」


 今回のリスティアの行動は、おそらく国王である俺に対する『警告』だ。『お前の考えなど話を聞かずとも理解している』という思考の危うさを伝え、自分の行いを省みるように。

 ルイーナの言う『意固地なところ』とはこういうところだろうか。リスティアのことになると、つい感情的になってしまう。いかに幼い娘といえども、話を無視していいはずもない。今回は猛省が必要だ。

 

「さて…謝りに行くか」

「はい。おそらくは…」

「あの子の予想の範疇であろうな」


 眉尻を下げて歩き出した。

 


 

 リスティアの部屋に向かって直ぐに会議の件を謝罪すると、笑顔のリスティアが確認してきた。


「結局、お父様は案件を抱えてたことになるの?どうなの?約束は約束だからハッキリさせようよ!」

「ふむ…。どちらだろうな」


 踵を返して逃げるように部屋を後にした。俺の行動にリスティアは目を丸くする。


「お父様~!逃げるな~!国王なのに話に耳を傾けないでいいのか~!?」


 呼び止める声には耳を傾けずに歩く。自分の行動に思わず笑みがこぼれた。俺もまだまだ青い。娘と張り合ってしまうとは。

 今日はリスティアに見事に1本とられてしまった。この行動もあの子は予想していただろうか?そうでなければ嬉しいが。


 今日は深く反省することにして、話を聞くのは今度にしよう。


 リスティアよ。大人は…ズルいのだ。


 苦笑しながら愛する妻の待つ部屋へと帰っていく。

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