275 魔力について
今日は【森の白猫】が勢揃いで修練のタメに師匠の住み家を訪れていた。魔法や剣術の修練を一通り終えたところで、お茶しながらアニカが尋ねる。
「ウォルトさんって、魔力が尽きることってあるんですか?」
ずっと気になってた。少なくとも修練中には魔力が尽きたのを見たことがない。クローセのダンジョンに潜ったときもなかった。それどころか魔力回復薬を飲んでいる姿も見たことない。
私達は修練中にしょっちゅう魔力が切れるから、続けるために魔力を譲渡される。それも、お姉ちゃんと2人分。ときにはオーレンの分まで全回復してもらう。
多いときは1日で4~5回繰り返すけど、それでも平然としてて回復薬すら飲んでいないはず。
「もちろんあるよ。最近はないけど昔はしょっちゅう魔力切れを起こしてた」
「へぇ~!」
無尽蔵の魔力に思えたから、ちょっとホッとする。
「例えばですけど、『火炎』を何回詠唱したら、魔力が切れますか?」
「『火炎』だと…100回くらいじゃないかな」
「ひゃく?!」
「ボクの体感だとそのくらいじゃないかな?いや…ちょっと言い過ぎかもしれない…」
『見栄はったかニャ~』とか言いそうな顔をしてるけど、私は知ってる。ウォルトさんの性格からして控え目に言ってる。いっつも下振れの評価しかしない。つまり、私の予想だと倍はイケる!
「どうやったらそんな魔力量を手に入れられるんですか?!」
「ボクの魔力量なんか大したことないんだけど……」
思案してる様子で察した。
「お師匠さんの修練ですね?」
コクリと頷いた。やっぱりそうだ。私達は、少し前からウォルトさんの師匠を『お師匠さん』と呼ぶことにした。
許可をもらったけど、同時に「師匠に会う機会があったとしても絶対に本人の目の前で言っちゃダメだ」と釘を刺されてる。間違いなく激怒されるらしい。
「ボクには魔法の才能がないから、魔力量もかなり少なくて辛うじて『炎』を1日で1回使えるくらいだったんだ」
「今のウォルトさんからすると噓みたいな話ですね!」
「そうだね。でも、魔法を操れるようになったからには修練して何回も詠唱できるようになりたいと思った」
その気持ちは私にも理解できる。
初めて魔法を放ったときが、一番感動して一番楽しかった。もっと使ってみたくってホーマおじさんとずっと修練してた。
「だから、師匠に「魔力量を増やせますか?」って訊いたんだけど、「雑魚猫のお前が魔力量を増やすとしたら命懸けだ。さっさと死ね」って言われてね」
「命懸け…ですか?」
「皆も知ってると思うけど、獣人には魔力を司る器官がないって云われてるんだ」
耳にしたことがある。確たる根拠はないけど、『獣人には魔力器官が存在しない。だから魔法を操れない』という説は未だに根強いみたい。
「ボクもそう思ってたんだ。でも、師匠が言うには「どこかのバカが言い出した勝手な推測」らしい。それとは関係なく「クソ猫の魔力量を増やすのは普通のやり方じゃ無理だ」って言われてね。それでもいいって無理やり頼み込んで…」
その先の言葉は予測できた。
「そこから先がお師匠さんとの修練だったんですか?」
苦笑しながら頷いてくれる。
「皆は魔力が体内に内包されてると思ってる?」
「はい。違うんですか?」
私とお姉ちゃんはそう認識してる。オーレンは考えたこともないだろうけど。
「その通りなんだけど、じゃあ蓄えられた魔力はどこにあると思う?」
「体内を巡ってると思います!」
お姉ちゃんは、内包しすぎた過剰な魔力が全身を巡ることで体調に異常をきたしていると診断してもらったし、消費するために魔法を覚えて今に至る。
「その通りだよ。まず問題だったのが、ボクは魔力の流れが悪い体質だってことなんだ」
「流れが悪いと魔力量に関係あるんですか?」
「魔力は血液みたいなモノで、流れがいいと全身を隅々まで使って魔力を蓄えられる。逆に、流れが悪いと身体の一部にしか貯められない」
「魔力が流れにくい体質は修練で克服したんですよね?」
以前聞いた。お師匠さんの矯正で気が狂いそうになったと言ってたからよく覚えてる。
「そう。魔力の流れがスムーズになったところまではよかったんだけど、次は魔力の生成に問題があった」
「魔力の生成に…ですか?」
「元々ボクの魔力の生成量は今のオーレンの5分の1くらいだったんだ」
「かなり遅いですね!」
オーレンの魔力生成は私やお姉ちゃんに比べるとかなり遅い。それより遅いとなると、次の魔法を詠唱するまでにかなり時間がかかる。
「魔力を内包できる量は人並みになったけど、生成が遅いから修練しようにも時間がかかって仕方なかった。だから「生成は早くできないんですか?」って訊いたんだけど、師匠は予想してたみたいで「できないことはない。だが…」」
「だが…?」
「「死んでも文句を言うな」って言われたんだ」
やっぱりお師匠さんは過激!
「なんて答えたんですか?」
「それでも構わないってお願いした。元々そのつもりで森に来たから、自分のやりたいことで命を落とすのなら幸せだと思えたし、死人に口なしで文句は言えないから師匠の希望には添える」
『うミャいこと言った!』とか言いそうに微笑んでるけど、まったく笑えません!
「それで…どんな修練だったんですか?」
恐る恐る尋ねた。
「内緒だよ」
「えっ?」
「皆が真似するとは思わないけど、興味半分でやっても命に関わる。今は教えられない。それに…」
「それに…なんですか?」
「なんでもないよ」
★
ウォルトはアニカ達に教える必要性を感じない。むしろ、教えない方がいいと判断した。
皆はボクより遙かに魔法の才がある。師匠の考案した修練なんかしなくても、成長するのに問題はない。あの修練をこなすには覚悟がいる。ボクは…きっと寿命が縮んだ。それでも後悔してない。
お茶をすすりながらほんの少し回想する。
『クソ猫。なんでそんなに魔法を操りたがる?『炎』が使えれば充分だろうが。他に理由があるのか?』
『いろいろあります』
『なにがいろいろだ阿呆が。お前の道楽に付き合ってられん。時間の無駄だ』
『ボクは…貴方の魔法を見て魔法を操りたいと思いました』
『復讐のタメにか?それとも、自分は他の獣人とは違うと自慢したいのか?』
『そんなつもりはないです』
『下らんことに魔法を使うな。不愉快だ。魔法を悪用する気なら今すぐ燃やしてやる』
『全くないとは言い切れません。でも、貴方のような魔導師になりたい。それが一番の理由です』
『黙れ、バカ猫!魔導師じゃないと何度言えばわかる?!憧れる要素がどこにある!?ふざけるなっ!』
『ふざけてません。ボクは、貴方と…貴方の魔法に救われました』
『助けるつもりはなかった!ただの気まぐれだ!飽きっぽい猫のくせにしつこいぞ!』
『たとえ気まぐれでも、助けた貴方の責任です。助けられた獣人が貴方のようになりたいと思ってしまった。貴方のような…魔法使いに』
『屁理屈言いやがって…。人のせいにするな!お前なんか助けるんじゃなかった!』
『……ボクだって助けられたのが貴方じゃない方がよかったです!』
『なんだとぉ~!?恩知らずのクソミソ獣人が!』
『誰がクソ獣人なんですか?!恩知らずってことは恩に着せてるじゃないですか!矛盾してるでしょう!この…変人魔法使い!』
『もう許さん…!塵も残さず燃やしてやる!』
『燃やしてもどうせ治すんでしょ!?無駄ですよ!実はお人好しのくせに悪人ぶって!本当に性格が悪い!』
『こんの……減らず口ばかり叩く生意気なクソガキがっ!わかった!お前の望むようにやってやる!死んでも後悔するなよ!森で野晒しだ!埋めてやらないからな!』
『望むところです!』
「…トさん。ウォルトさん…?」
我に帰る。気付けばアニカに名を呼ばれていた。
「ゴメン。考え事してて聞いてなかった」
「普通の修練で私達の魔力量がウォルトさんの域まで伸びることはあるのかなぁって!」
「もちろんだよ。…というか、既に追いつかれてる。あとは超えていくだけだよ」
「えっ!?」
「ボクは、魔力を操作して体内に貯め込んでるだけなんだ」
理解できないといった表情だ。それも仕方ない。言葉では上手く表現できない。
「わかりやすく魔力を見せようか。外に行こう」
外に出て魔力の操作について説明する。
「皆は、魔力を生み出したままの状態で体内に保管してるんだ。ボクは魔力を圧縮して貯めてる」
「そんなことできるんですか!?」
「現にやってるからね。なぜかというと、人の身体は魔力を内包できる量に限界がある。個人差はあると思うけど」
「私達もウォルトさんも、元々内包できる量には大差ないってことですね!」
「皆よりボクの方が少ないかもしれない。だから、体内に魔力を詰め込んでる。魔力で隙間なく埋めていくイメージだね。そうすれば隅々まで有効に使える。箪笥の中に服を畳んで入れるみたいに」
「なるほど~!」
「3人は魔力弾を出せる?」
「魔力弾ですか?」
聞いたことがないのか揃って首を傾げてる。ちょうどいいから教えておこう。
「魔法は魔力を様々な形に変形させて発動するけど、魔力弾はシンプルに魔力を固めるだけ。やって見せようか」
上に向けた掌に魔力の球体を発現させる。握れば掌に収まるくらいの大きさ。
「コレが魔力弾だよ」
遠くの岩に向かって放つと岩が砕け散った。
「凄い威力です!」
「威力も高いし、属性もないから誰でも使えて便利なんだ。魔力を固めるのに結構コツがいるけどね。この要領で体内に圧縮してる」
「それって魔力が多いほど大きい魔力弾ができるんですよね」
「そうだよ」
「ウォルトさんの魔力を全部使った魔力弾を見せてもらえたりしますか!」
「見たいの?」
皆は揃って頷いた。
「いいよ。じゃあ、見てて」
★
初めてウォルトの魔力量が明らかになるとあって、アニカは期待しかない。
ウォルトさんが両手を天に掲げると、直ぐに人の頭くらいの魔力弾が出現して、どんどん大きさを増していく。
そして…。
「ボクの全力の魔力弾だよ」
笑顔のウォルトさんの頭上には、住み家をすっぽり収めきれるサイズの巨大な魔力弾が現れた。とんでもなく大きな爆弾を掲げているように見える。
皆で見上げる魔力弾は圧巻の一言。お姉ちゃんとオーレンも開いた口が塞がってない。私の予想よりめっちゃ大きいんですけど…。
「満足してくれたかな?」
「ありがとうございます!よくわかりました!」
何事もなかったように一瞬で体内に取り込んだ。
「今の魔力弾を食らって、受け止められる人なんかいませんよね!」
以前ウォルトさんが操れる最高威力の魔法として、『圧縮爆弾』を見せてもらったことがある。でも、明らかに魔力弾のほうが危険に思えてならない。そんな疑問にも軽く答えてくれる。
「大袈裟だよ。世の魔導師は皆が魔力を隠してるからね。もっともっと凄いはず。ボクなんかまだまだ修練しないと。皆もこのくらいはすぐできるようになるよ」
「はぁ…」
簡単に言ってるけど認識がおかしい。ウォルトさんは世の魔導師の実力を勘違いし過ぎてる。拳くらいの大きさで岩を砕くような魔力弾が、さっきの大きさだと小さな山くらい崩せるはず。防げる魔導師がそこら辺にいるわけない。
でも…。
「ウォルトさんは私達に期待してくれてるんですね!」
「もちろん。君達は凄い冒険者になる。断言してもいい。ボクの目が節穴だとは思ってない」
「凄く嬉しいです!」
「ボクが教えられるのは多分あと1年もない。その頃には魔法の技量も追い抜かれてる。その後は逆に色々教えてもらうんだろうなぁ」
『間違いニャい!』とか言いそうな顔で笑ったので、こちらも『それは絶対ニャい!』と言い返しそうな顔をしてみる。それでもウォルトさんは優しく微笑むばかり。困ったもんです。
「とりあえず今から皆で魔力弾の修練をやってみる?」
「「「やります!」」」
その後、発奮した私達は非常識な師匠に少しでも近付くため修練に精を出した。その昔、ウォルトさんも同じ気持ちで修練していたことは知らずに。




