274 破壊力が違いすぎる
「ボクが2人に?」
「「はい!お願いできますか?」」
「う~ん…」
ウォルトはしばし考え込む。
友人であるウイカとアニカが、住み家を訪ねてくれた。オーレンは他の冒険者とともに剣の修練をしているので別行動とのこと。
朝から一通りの修練を終えて、昼食後にお茶していたところでアニカとウイカから要望があった。
魔導師の世界では『師匠に描いてもらった絵を所持していると大成する』という慣習があるらしい。
割と新しくできた慣習らしくて、ボクは聞いたことがない。そうでなくても魔導師じゃないからなにも知らないんだけど。…ということで「なんでもいいので絵を描いてもらえませんか?」と頼まれたけど、正直悩んでいる。
ウイカとアニカはそんなことしなくても大成すると思う…けど、一般的に行われている慣習だとすれば、絵を貰っていない2人が『変な師匠に師事しているのでは?』と心配されてしまうのは避けたい。
とりあえず、一度だけ断りを入れてみる。
「ウイカ達は知らないと思うけど……ボクはもの凄く絵が下手なんだ…」
「そんなの関係ないです。私達も絵は下手です」
「絵は心です!上手いとか下手じゃないです!いろんな人がいますから!」
姉妹は満面の笑みを見せてくれる。
「そうだね。それでもよければ…描くよ」
「「ありがとうございます!」」
気合いが入った。絵は心だ、上手い下手じゃないと言われて少し勇気が出た。自分自身、とんでもなく絵が下手な自覚はある。
あの感情をほとんど顔に出さないラットが教えながら明らかに困っていた。あんな表情は初めて見た。「なんちゅう呆れた奴だ…」とか言いそうな顔してたな…。
でも、下手でもいいと言ってくれる2人の…大魔導師へと続く道を歩む助力になるのなら喜んで描こう!ボクも絵を描くこと自体は嫌いじゃないんだ。
「描くのはなんでもいいの?」
「はい。ウォルトさんが描きたいモノでいいです」
「簡単なモノでいいらしいです!」
「そうなると…なにを描こうかなぁ?」
「それぞれ別々のモノがいいみたいです」
「私達っぼいのがいいかもしれないです!」
「2人っぽいモノ…。なにかな…」
★
ウォルトさんがグルグル首を回して悩む姿を見つめながら、私とアニカは微笑む。
遂にこの時が来た。白猫同盟の集会でサマラさんとチャチャが言っていた「ウォルトの絵を見て笑わなかったら尊敬する」という言葉を聞いて、いつか描いてもらいたいと思っていた。そして、「絶対笑わないようにしようね」とアニカと話し合ってお願いした。
魔導師の慣習については噓じゃない。一般的な慣習ではないけど、他の魔導師から話を聞いたとき即座に閃いたんだよね。
ウォルトさんの頭がピタッと止まる。
「…決めた。コレでいこう」
「なにを描くんですか?」
「2人が魔法を詠唱しているところを描いてみるよ」
「難しそうですね」
難易度は結構高めな気がする。
「魔導師として大成してほしいし、そうなれると信じてる。だから願いを込めて魔法を操ってるところを描くよ」
「お願いします」
「どんな絵になるか楽しみです!」
「うん。今度来るまでに描こうか?」
「できれば今からお願いできますか?」
「是非!」
「かなり時間がかかるけど、それでもいい?」
「「はい!」」
絵に集中するためにウォルトさんは自室に閉じこもって、待っている間は私達だけで修練をすることにした。
★
ウォルトは緊張を解すように深呼吸する。
紙を広げて作業机に座り、精神を集中して筆を片手に瞼を閉じる。そのまま天を仰いで友達に想いを馳せた。
ラット…。ボクとお前の特訓の成果を見せる時がきたんだ…。
その頃、フクーベで絵を描いていたラットに電流のようなモノが走った。なんとも言えない悪寒だったという。
ー 2時間後 ー
「できた…」
獣人ウォルト画伯による渾身の2作品が完成した。
姉妹の格好いい姿を描き上げたつもりだ。今までの作品と違って上手く描けている…ような気がしなくもない。模写ではなく記憶を頼りに描いたから多少誇張されてるかもしれないけど心は込めた。
住み家を出て、外で修練している2人に声をかける。
「アニカ、ウイカ。描けたよ~」
声を拾ったウイカ達は、修練をやめて駆け寄ってきた。
「ありがとうございます!」
「見せてもらっていいですか?」
「休憩してからにしようか」
住み家に入り、仲良くお茶を淹れて居間へと向かう。
さっきまで激しく動いていたからか、アニカは『氷結』でキンキンに冷やしてる。最近では微妙な魔力操作も上達して感心しきり。
座る前に「一口だけ」と、姉妹が揃って口に含んだ。ふと、テーブルの上に置かれている絵が視界に入る。
「ごふぅっ…!?ゲホッ!ゲホッ…!」
「ぶっふぉっ…?!ゴホッ!ゴホッ…!」
「どうしたの?!大丈夫?!」
優しく2人の背中をさする。真っ赤な顔をして咳き込んでるけど、しばらくして落ち着いてきた。
「はぁ…。はぁ…」
「ふぅ…。ふぅ…」
「大丈夫かい?急に冷たいお茶を飲んだから変なところに入ったの?」
涙目で顔を真っ赤にしてる。小刻みに震えながら、なにかを我慢するように頬が膨らんでる。怒ってるようにも見えなくはない。きっと咳き込んだから喉が痛むんだな。心配していたら玄関のドアがノックされた。
「ちょっとだけ待ってて」
出迎えるためボクは玄関に向かう。
★
居間に残された私とお姉ちゃんは「ぷはぁ~!」と大きく息を吐いた。
きっと同じ言葉を思い浮かべてる。誰か知らないけど助かった…と。そして…2枚の絵を見ないようにしながら裏返して目に付かないよう各々の懐に隠した。
「ウイカさん!アニカさんも!」
ウォルトさんとともに現れたのはチャチャだった。狩ってきたばかりの獲物を背負ってる。
「チャチャ。久しぶり」
「久しぶりだね!元気だった?」
「お久しぶりです…って、言うほどでもないような」
3人揃って笑顔になる。相変わらず可愛い妹だ!
「ちょうどお茶を淹れてたんだ。チャチャもどうだい?」
「飲みたい。暑いから喉渇いた。冷たいのが飲みたい」
「わかった。ちょっと待ってて」
魔法が使えないチャチャは、頼んで冷やしてもらうしかないもんね。ウォルトさんが台所に向かうと、チャチャもテーブルを囲んで会話する。
「今日も修練で来たんですか?」
「うん。それとウォルトさんにお願いがあってきたの」
「勘のいいチャチャならズバリ当てられるかも!」
「なんの情報もなしじゃ無理ですよ」
しばらく談笑しているとウォルトさんが戻ってきた。とりあえず言っておかねば!
「皆でお茶するので、テーブルの上は一旦片付けました!預かってます!」
「楽しみは後に取っておこうと思って、まだ見てません」
「そう?そんなに期待されると怖いなぁ」
『なんの話だろう?』って顔をしながら、チャチャは冷たいお茶を手に取った。…私はあることを思いつく。
お姉ちゃんを見るとコクリと頷いてくれた。さっすが!私達姉妹は目と目で通じ合う!
「ウォルトさん。お代わりを頂きます」
「私も頂きます!」
「ボクが淹れてこようか?」
「「大丈夫です!自分達で淹れます!」」
笑顔で席を立って、姉妹揃って台所へ向かう。チャチャは私達を目で追いながらコップに口を付けた。
…ふふっ。賢い妹よ…。お裾分けしてあげるからね。
そ~っとウォルトさんの背後に回り、正面に座っているチャチャに向かってウォルトさんが描いた絵を音を立てないよう広げて見せた。
「ぶっふぅ~っ…!」
チャチャはお茶を吹き出して、思いきりウォルトさんの顔面に浴びせた。
「わっ!チャチャ!?大丈夫っ?!」
「ゲホッ…!ゴホッ…!…ゴホッ!」
笑わば諸共作戦、大成功!満足した私達はそそくさと台所へ消える。
★
喉、いったぁ~!
予想しない爆撃を食らってしまったチャチャは少しずつ落ち着いてきた。
「大丈夫?」
自分の毛皮もずぶ濡れなのに、兄ちゃんは私のことを心配して背中をさすってくれてる。長い時間咳き込んだけど、呼吸を整えて謝る。
「兄ちゃん、ごめんね…。…ぶっ…!ホントにごめん…」
いろんな意味で。
「謝らなくていいよ。今日のお茶は喉に引っ掛かるのかな…?丁寧に淹れ直してみようか…」
言葉の意味に直ぐ気付いた。そういうことね…。
「大丈夫だよ。喉が渇いて勢いよく飲み過ぎただけだから」
「それならいいけど」
「ごめん。ちょっとだけ席外すね」
席を立って台所へ向かうと、ウイカさん達は姉妹仲良くお茶の準備をしてる。
「ウイカさん…。アニカさん…。外に行きましょう…」
「「てへっ♪」」
可愛こぶっても騙されない!困ったお姉ちゃん達だっ!
兄ちゃんに黙って住み家を出て、離れた場所まで移動した。真っ先に口を開く。
「2人ともひどい!」
「ごめんね、チャチャ」
「ごめん、チャチャ!つい♪」
手を合わせて謝ってくるけど反省している様子はない。だって笑顔だ。
「つい♪じゃないですよ!兄ちゃんの顔にお茶ぶちまけちゃいましたよ!」
憤慨する私をアニカさんが宥めてくる。
「まぁまぁ。妹を揶揄いたくなった姉の気持ちを汲んで大目に見てほしいな♪ねっ?」
しょうがないなぁ…。
「さては…自分達も同じ目に遭ったんですね?」
「勘がいいね。私達はサマラさんとチャチャに同意するよ」
「うん!私ごときじゃ耐えられなかった!」
「でしょう?破壊力が違うんですから。いずれ誰か笑い死にますよ。ところで…さっきの絵はなんの絵ですか?」
なんの絵かわからないのに吹き出してしまうほどの破壊力だった。兄ちゃんはスベり知らずの白猫画伯。
「私達が魔法を使ってるとこを描いたって言ってたよ?まだチラッとしか見てないの」
「皆で確かめてみようか!」
「ちょっと怖いですね」
輪になってしゃがみ込み、1枚ずつ見てみることに。まずはウイカさんが回収した絵から。
「覚悟はいい?いくよ。絵に描かれてるのは私だからね」
ウイカさんの言葉に2人で頷く。可能な限り心を落ち着けたところで懐から絵を出した。
「「「……ぐふっ!」」」
両手で口を押さえながら笑いを堪える。兄ちゃんの聴覚の鋭さは異常だ。住み家にいても聞こえてしまうかもしれない。
「んふふふっ!……私だよね…?ふふっ!」
「ぶふっ…!髪が長いから…あはっ!…間違いなく…お姉ちゃんだね…。…ぶはっ!」
「ウイカさんが……治癒魔法を…くくっ!使ってるところですね…!あはははっ!」
描かれているのが女の子だというのはわかる。髪型もそうだけど、目が大きくて顔の上半分くらいあるから。
笑顔を浮かべた女の子が差し出した両手の間に光る玉のようなモノを浮かべてる。おそらく魔力を表現しているという予想。
「大きな目に…んふっ!…たくさん☆が入ってる…。睫毛も凄く長くて……ふふっ!可愛い…!」
「あはははっ!身体に…関節がないね!軟体動物みたい…っ!くくっ…!」
「手足が短すぎますね…。この服…上下の境目もない…ぶはっ!…ですねっ…はははっ!」
しばらく1作目の品評会は続いた。気が済むまで絵を考察した怖いもの知らずの私達は、次なる作品に手を付ける。呼吸と気持ちを落ち着かせて戦闘準備を整えた。
「じゃあ、いくよ…。次の絵は私を描いてるはず…」
ウイカさんと私が頷いて、アニカさんは気合いとともに紙を開いた。
「「「…ぶふっ!あはははははっ!」」」
二度目でも新鮮な衝撃。私達の腹筋はすでに崩壊寸前。それでもさっきより冷静に見れている。
「…私だっ!顔はほとんど同じだけど…んはっ!…髪型がっ違うねっ!ふふっ!あははっ!!」
「『火炎』を……んふっ!…詠唱してるところかな…?うふっ…!相手は…子守熊?」
「ふはっ…!多分魔物ですよね…。ぶふふっ!…ベア系だと思います。可愛く描きすぎです……ぶっふ…!」
笑顔のアニカさんらしき女の子が、両手を突き出して炎を放っている。相手は異常にモフモフして大きな丸い耳を持つ獣にしか見えない。そして、なぜか笑顔だ。「わ、わぁ~!」みたいな反応してる。
とにかく破壊力ありすぎ。落ち着くまでに時間かかりすぎる。
「きっとムーンリングベアだね!ウォルトさんには、みんな笑顔に見えてるのかな?」
「絵のアニカは、身体は完全に横向きだけど顔は正面を向いてるね」
「こうですか?」
「「あはははははっ!」」
私が絵のポーズを真似すると大きな笑いが起こる。
「チャチャ、やめてっ!」
「お腹痛い!もう千切れる!内臓飛びでちゃう!」
「さっきのお返しです。もっと上手く…こうかな?」
「「あはははははは!!似てる!」」
★
ウォルトの絵とチャチャの形態模写に腹がよじれるほど笑って満足したアニカは、3人で仲良く住み家に戻るとのんびり待っていてくれたウォルトに話しかける。
「ウォルトさん、すみません!いきなり外に出たりして!」
「構わないよ。ちらっと見たけど楽しそうだったね」
「ちょっと世間話をしてました!」
「描いた絵も見せてもらいました。凄く嬉しいです」
「よかった…。この間、画家の友達に描き方を教えてもらったから上手く描けたんだ」
あれで上手くなってるんだ…。事実なら昔は殺人級だったはず。今度サマラさんに聞こう!
「兄ちゃん。私にも描いてほしいな」
チャチャがお願いすると「いいよ」と笑って了承してくれた。
「私達はずっと家に飾ります」
「宝物にします!」
「そんな大層な絵じゃないよ。でも、2人が大魔導師になれるよう下手なりに心を込めて描いた。謂われのようになったらいいなぁ」
笑みを浮かべるウォルトさんを見て、私とお姉ちゃんは猛省した。慣習は噓じゃないけど、半分は興味本位で頼んだ。絵の下手さ加減が見たかったから。
弟子のことを想って真剣に描いてくれた師匠の絵をバカにするようなことをしてしまった…。最低の行為だと今さら気付いて、肩を窄めて俯いてしまう。
「2人ともどうかした?大丈夫?」
「ウォルトさん…」
「私達…。謝らなきゃいけないことがあって…」
「謝る?なにを?」
誠心誠意、謝ろう。そう思って顔を上げると、首を傾げるウォルトさんの背後でチャチャが絵のポーズをとっていた。
「「あはははははははっ!」」
突然の大きな笑い声に、ウォルトさんは耳を閉じて大きく仰け反る。
「あはははははっ!ウォルトさん!ホントにごめんなさいっ!」
「ふふっ!…ふぅ…ぶふっ!今日だけは…許してください!あはははっ!」
自分の意志ではどうにもできない私達は、開き直るしかなかった。
くっそぉ~!妹めっ!やり返された!さすが獣人!
意味不明な謝罪を受けて、ウォルトさんは首を傾げたけど、『とりあえず楽しそうでニャにより』と笑ってくれた。




