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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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272 ウイカの願望

「お付き合いはできません。ごめんなさい」

「…だよね。聞いてくれてありがとう…」


 ウイカは、肩を落として去っていく男性冒険者の背中を見送る。「俺と付き合って下さい!」と告白されて丁重にお断りしたところ。


 フクーベに来て数ヶ月経ったけど、何度か男性に告白された。今の人で7人目かな。気持ちは嬉しいけど、私はウォルトさんが好きだからお断りさせてもらってる。


 普段は「変な虫が付かないように」ってアニカが目を光らせていて、大袈裟で過保護だと思うけどそれがアニカの優しさ。

 でも、四六時中一緒にいるワケじゃないから、アニカがいないときに告白される。そのことを伝えると「くっそぉ~!やられた!」って悔しがるのがちょっと面白い。

 私は相手のことをなんとも思ってないし、嫌な気持ちになる男性に遭遇したこともない。


 好意に応えることはできないけど、真摯に対応することを心掛けていて今のところ逆上されたこともない。

 ただ、いつも不思議に思うけどなんで私のことが好きなんだろう?ほとんど話したことがない人ばかりで、お互いよく知らないのにちょっと不思議。軽い女だと思われてるのかな?

 アニカも何人かに告白されてるみたいで、食い気味の「ごめんなさい!」で押し通してると言ってた。


 それはさておき、呼び出された場所から移動して動物の森を目指し歩く。オーレンとアニカはやることがあるみたいで、今日の私は手持ち無沙汰。というわけで、1人でウォルトさんの住み家に修練しに行くことにした。


 ウォルトさん、いるかなぁ?


 フクーベを出て森に入り、住み家に向かう途中で魔物に遭遇した。森を訪問すると5回に1回くらいの確率で遭遇するので別に珍しくない。

 囲まれたのはフォクスロット。狐っぽい魔物だ。…といっても3匹だけ。強さはフォレストウルフやハウンドドッグとさほど変わらない魔物で危険度は高くない。


「いつでもいいよ」


 油断は禁物!と『身体強化』を詠唱して、襲い来る魔物をウォルトさんから貰ったガルヴォルンのナイフで斬りつける。冒険者としては未だFランクだけど、この程度の魔物に負けたことはない。でも、絶対に油断はしない。

 オーレン達のように、予期せぬ強敵との遭遇で窮地に陥るのは仕方ないけど、自分の油断で危機を招かないよう気を配ってる。先輩である2人から教わったこと。


「ギャン!」

「ふぅ…。よかった」


 倒した魔物達を放置して歩を進める。仕留めた魔物の肉をウォルトさんに届けることもあるけど、フォクスロットは内臓に寄生虫と云われる虫を宿してるみたい。

 人間や獣人が口にすると命にかかわることをウォルトさんが教えてくれた。本当に物知りな師匠。


 軽やかに歩を進めて、ウォルトさんの住み家が見える場所まで来た。今日も畑仕事中かな?なんて考えていたけど、初めての状況を目にする。


「すごい…」


 ウォルトさんは更地で魔法の修練をしてる。高速で走り回って、ときに跳んだり止まったりしながら、見たこともない高威力の魔法を次々繰り出している。

 オーレン達と違って、私はウォルトさんと一緒にダンジョンに潜ったことがない。話には聞いてたけど、修練で見たことがない魔法を操るウォルトさんの姿を初めて目にした。


 魔法を覚えて日々修練してるからわかる。今のウォルトさんは、私なんか遠く及ばない存在だって。ホーマおじさんの言う通り。

 激しく動きながらの正確な照準、異常な詠唱速度に多重発動、森に被害が及ばないよう抑えているはずなのに途轍もない威力。なんて表現すればいいのか言葉が見つからない。あまりに凄すぎて感動する。


 しばらく見蕩れていると、ウォルトさんは「ん?」という表情を浮かべて、私に目を向けた。目が合うと修練をやめて優しく微笑んでくれる。


 アレだけ集中して動いてるのに…匂いにも気付くなんて凄いなぁ。笑って駆け寄る。


「こんにちは。今日は1人で来ました」

「いらっしゃい」

「ウォルトさんの修練を初めて見ました。凄かったです」

「大袈裟だよ。ボクが勝手にやってる修練だから真似しちゃダメだよ」


 真似なんて絶対無理だけど、ウォルトさんは私やアニカでもできると思ってるんだよね。いつか本当にそうなれたら嬉しい。そんなことを考えているとお誘いが。


「ご飯食べるかい?」

「食べたいです!」

「住み家に入ろうか」

「はい」


 連れ立って住み家に入る。


「今日もチャチャがくれた肉があるんですか?」

「そうだよ。今日は新しい料理に挑戦してみたいと思ってるんだけど、それでもいいかな?」

「もちろんです。楽しみです」


 新しい料理と言ってるけど、ウォルトさんが作る料理は独自に考案した名もない料理が大半を占める。

 定番料理もたまに作ってるけど、なにかしら手が加えられていてほぼ原型を留めていないのもある。だけど、その全てが美味しいから問題ない。


「包丁捌きが上手くなってるね」

「ホントですか?嬉しいです」


 ウォルトさんの調理を手伝い始めてからというもの、私の料理の幅は広がっていて腕も上がった。魔法だけでなく料理の師匠でもあるのだ。今回は燻した素材を使って調理していく。保存も効くし香ばしさも増す。


 その発想に脱帽。できたて熱々を頂く。


「いただきます」

「どうぞ」


 チップを使って燻製にした肉は、香りも味も素晴らしくて一気に平らげる。遠慮なくお代わりして満腹でお茶で一息。


「はぁ…。美味しかったです」

「それはよかった」


 笑顔のウォルトさんに、ちょっと質問してみたい。


「ウォルトさんは、恋人や番になる人は料理上手がいいですか?」

「料理を作りたいから、美味しそうに食べてくれたりウイカ達みたいに手伝ってくれるほうが嬉しいかな」

「へえ~。そうなんですね」


 何気ない会話から貴重な情報を入手する。それとなく尋ねて、仕入れた情報を白猫同盟の皆で共有するのが私の楽しみの1つ。

 いずれウォルトさんを丸裸にするのを同盟の皆が望んでる。いかにウォルトさんが常識外れでも4姉妹でかかれば怖くないもんね。


「お腹が落ち着いたら修練するかい?」

「はい。是非!」


 その後、しばらく談笑して私達は外に出た。



「今日は治癒魔法にしようか?」

「はい。お願いします」


 治癒魔法の修練をするとき、ウォルトさんは絶対に私やアニカを傷つけない。必ず自分自身につけた傷を治させる。「『治癒』は万能じゃない。傷痕が消えない可能性があるから」という理由で。「冒険で傷付いたのなら仕方ないけど、女性が修練でやることじゃない」と頑なに拘る。そんな優しいウォルトさんが私は大好きだ。


「じゃあ、いくよ」

「はい」


 躊躇なく爪で自分の腕を突き刺す。爪を抜くと血が噴き出した。


『治癒』


 回復する傷を真剣な表情で見つめてる。


「また回復速度が上がってるね。ウイカは本当に凄いよ」

「ありがとうございます!」


 微笑むウォルトさんを見てホッとした。かなりの痛みを感じてるはずなのに、私に心配をかけないように表情1つ変えない。「ウイカのことを信用してるからね」と言って笑うだけ。

 信用に応えたいと思うのは当然だ。アニカも同じように思ってるはず。ウォルトさんは、状態異常の回復魔法を教えるときにも自分を犠牲にする。毒や麻痺、眠りなんかの状態異常を自分に課して私達に解除させる。しかも、上達に合わせて自分にかかる負荷も変化させてる。


 そんな苦しみを受けてなお、細かいところまで丁寧に指導してくれる。解除に失敗したとしても絶対に責めたりしない。コツを伝えて「次は上手くいくはず」と励ましてくれる。アニカが言っていた「私達はウォルトさんに魔法を教えてもらえて幸運なんだよ!」という言葉が脳裏に浮かぶ。まったくその通りだ。


「じゃあ、『解毒』や『覚醒』も修練しよう」

「はい!お願いします」


 ウォルトさんが、自身の魔法で毒に侵されたり麻痺するのを冷静に解除する。一刻でも早く楽にしてあげたいという想いが、私の成長の一助を担っているのは間違いない。


「うん。いいね。次は…『睡眠』」


 芝生に寝転んであっという間に眠ってしまう。


「『覚…』」


 覚醒させる前に、あることを思いついて詠唱をやめた。大の字になって寝転んでいるウォルトさんの寝顔を見つめると、ヒゲを動かしながら気持ちよさそうに眠ってる。


「可愛いなぁ……」


 自分で言うのもなんだけど、最近は『覚醒』も上達してる。だから、ウォルトさんはそんじょそこらの『覚醒』では目を覚まさないくらい深い『睡眠』を自分に付与する。


「…よし!」


 頬を染めながら、遠い距離でウォルトさんの横に寝転んだ。そして…少しずつ近寄る。


「ウォルトさん…?」


 話しかけてもまったく起きる気配はない。にじり寄る。


「師匠…?」


 さらににじり寄る。そんなことを繰り返して、ウォルトさんの直ぐ傍まで移動すると意を決して「えいっ!」と胸に頭をのせた。

 一瞬だけ「うぅ~ん…」と身動いだけど、まったく起きる気配ははい。『覚醒』が上達したことでこんな効果をもたらすなんて…。頑張ってよかった!


 とりあえず、今のうちに…。


 微かに上下するウォルトさんの胸に耳を当てると、トクン…トクン…とゆっくりした心音が心地よく響く。


 …と、寝ぼけているのか私の背中に手を回して身体を引き寄せた。肩を抱かれた形で止まる。


「すぅ…。にゃぁ…」


 驚いて声を上げそうになったけど、なんとか口を両手で塞いで堪えた。


「…ふぅ。あぶなかったぁ…」

「すぅ……すぅ…」


 まだ起きる気配はい。耳に響く心地いい心音とは対照的に、激しく脈打つ自分の心音がうるさいなぁと苦笑する。


 私はゆっくり目を閉じて幸せを噛み締めた。



 ★



「…ルトさん。…ウォルトさん」

「うぅ~ん…」

「ウォルトさん。どうですか?」


 ウイカの声で目を覚ましたウォルトは、すぐに『覚醒』の修練中だったことを思い出す。


 眠気もなく快適な目覚め。


「バッチリだよ」

「よかったです」


 眠った記憶すらないからアドバイスのしようがない。だけど、ウイカはめきめき腕を上げているから心配してない。ボクが眠っていても自分で問題点に気付く賢さがある。

 ただ、今日はいつもより長く眠っていた…ような気がするなぁ。なんだか凄くスッキリしてる。


「ん…?顔が赤いけど大丈夫?」


 よく見るとウイカの顔が赤い。熱があるっぽく見える。


「だ、大丈夫です!ちょっと『覚醒』が上手くいかなくて。何度か詠唱したら熱くなりました!」

「焦らなくていいからね。ボクを起こすのはゆっくりでいいんだ。魔物が出たりした叩き起こしてくれていいし」

「ありがとうございます。今後はそうします」

「うん。それでいいよ」


 その後、魔力が限界を迎えるまで修練を続けた。


「ウイカは今日帰るの?」

「はい。2人がなにをしてたのか気になります」

「確かに気になるね」

「あの…ウォルトさん?」

「なんだい?」

「私が1人で泊まりに来ても大丈夫ですか?」

「もちろん。いつでも歓迎するよ」


 同じ部屋で寝さえしなければ、サマラでもアニカでもテラさんでも問題ないと思ってる。もちろんウイカもだ。


 ウイカは満面の笑みを浮かべた。


「今度泊まりに来ます!」

「待ってるよ」

「…あと、ウォルトさんにお願いがあるんですけど…」

「なんだい?」



 ★



 住み家を後にしたウイカは、軽い足取りでフクーベへ向かう。ウォルトさんとの別れを思い出して、自然と笑みがこぼれた。



「ハグ?初めて聞くね」

「はい。お願いできますか?」

「ボクにできることならいいよ」

「じゃあ、今から教えますね」


 ウォルトさんの正面に立ってふわりと抱きつく。


「ウイカ?!」

「コレがハグです。簡単に言うと抱擁なんですけど、フクーベではそう呼ばれてます。ウォルトさんも…してもらっていいですか?」

「うっ…」


 躊躇うウォルトさんに説明する。


「ハグにはお互いの心を落ち着ける効果があるらしいです。今日は…ちょっと『覚醒』の修練が上手くいかなかったので…」

「そうだったんだね…」


 ウォルトさんは遠慮がちに抱きしめてくれた。温かいなぁ。


「コレで合ってるのかな…?上手くハグできてる?」

「バッチリです。すごく落ち着きます」


 眠ってるときは大胆なのに…なんて思ってしまうのは欲張りすぎかな。


「どの位の時間ハグすればいいの?」

「毎日するなら30秒くらいです。私達はたまにしか会わないので3分くらいですね」

「わかった。ところで……ボク、汗臭くない?」

「ふふっ。大丈夫です。ウォルトさんはウォルトさんの匂いがしてます」

「そっか。クローセを思い出すね」

「はい。私は私の匂いをさせてますよね?」

「ウイカの匂いをさせてるよ」



 そんなこんなで、しばらくの抱擁に満足したあと笑顔で住み家を後にした。


 白猫同盟で情報交換していたとき、サマラさんは「ちょっと照れちゃうけど、ウォルトに抱きつくのは挨拶」と言ってた。

 アニカもクローセで抱きかかえられていたり、チャチャも何度か抱きついたことがあると言ってた。


 私は純粋に羨ましいと思って、皆に1歩後れを取っている…と機会を伺っていた。やっぱり同盟の皆に言いたい。「私もしたことあるんだよ」って。

 自分の性格を知ってるからなかなか抱きしめてもらえる機会なんてない。でも、勇気を出して頼んでよかった。「ウォルトさんには堂々とお願いした方がいい!」と教えてくれたアニカに感謝しなきゃ。


 皆に伝えたらなんて言ってくれるんだろう?


 予想はついてる。満面の笑みで「よかったね!」と言われるのだ。

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